• ◎ EL BUEN GUALICHO(Casa Del Arbol 2017)Natalia Doco
  • ナタリア・ドコ(Natalia Doco)はアルゼンチン・ブエノス・アイレス生まれの女性SSWで、2011年から活動の拠点をパリに移している。アルゼンチン音響派のアクセル・クリヒエール(Axel Krygier)がプロデュースした2ndアルバムは仏レーベルからリリースされた。フォルクローレやクンビア、フレンチ・ポップスなどをスペイン語やフランス語で歌う摩訶不思議な世界‥‥女占星術師風のアルバム・カヴァは近寄り難いけれど、ツンデレ系の可愛いヴォイスに一瞬で惹き込まれる。フレンチ・ポップ風の〈Le temps qu'il faudra〉、クンビアの〈Respira〉〈El Buen Gualicho〉など、全14曲・46分。The Beatlesの〈And I Love Her〉やCharles Aznavourの〈Et Pourtant〉のカヴァなどを収録したデビュー・アルバム《Mucho Chino》(Belleville 2014)は彼女のスタイルが充分に反映されていなかったそうで、ファナ・モリーナ(Juana Molina)に倣えば、このアルバムが「セグンド」ということになる。見開き3面紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(12頁)付き。

  • ◎ SONGS OF PRAISE*(Dead Oceans)Shame
  • 英サウス・ロンドンで結成された5人組のデビューアルバム。メンバー全員が20か21歳という若いポスト・パンク・バンドである。Charlie Steenのヴォーカルは怒りを爆発させる激情型のパンク・スタイルだが、Eddie GreenとSean Coyle-Smithの2本のギター(ストラトキャスター)がクリアなハイトーンを奏でて、Josh FinertyのベースとCharlie Forbesのドラムスが縦揺れでなく、横揺れのグルーヴを生み出す。意外とメロディアスでダンサブルなのだ。ハードコア化したエコバニみたいな〈Concrete〉、「肺が草臥れているのは煙が充満しているからだ」 と歌う〈One Rizla〉、Happy Mondaysの〈Kinky Afro〉を髣髴させる〈Friction〉には思わず頬も緩む(The B-52'sの〈Rock Lobster〉をライヴでカヴァする茶目っ気もある)。メンバーが3匹の子ブタを抱いているアルバム・カヴァも可笑しい。豚ジャケに外れなし。三面見開き紙ジャケ仕様で、歌詞はインナーに記載されている。

  • ◎ ALICE(Universal)Alice Caymmi
  • 日本古来の流儀で緊縛された花嫁アリス(縛り甲斐のある体型?)は「神聖と冒涜」の象徴 ‥‥彼女を包むハート型のネオンの標示は「ALICE」という名前だけが黄色く点灯されて、「CAYMMI」の文字は消えている。アリーシ・カイミ(Alice Caymmi)の3rdアルバムはバルバラ・オハナ(Barbara Ohana)のプロデュース。エクスペリメンタル系のエレクトロニカだが、ダークで退廃的な色合いから半歩抜け出し、ヴォーカルがネオンのように妖しく色づく。ラッパーのRincon Sapienciaがゲスト参加した〈Inimigos〉、Ana Carolinaと共作した〈Inocente〉、ドラッグ・クイーンのSSW、Pabllo Vittar(Phabullo Rodrigues da Silva)とデュエットした〈Eu Te Avisei〉など‥‥9曲・26分。女優・歌手のCleo Piresと共演した〈Sozinha〉のリミックス・シングル(アルバム未収録)はブラジルのヴァレンタイン・デー(6月12日)にリリースされた。ブラジルのAnohniのような存在でしょうか。

  • ◎ HISTORIAN(Matador)Lucy Dacus
  • ルーシー・ダカス(Lucy Dacus)は米ヴァージニア・リッチモンド出身の女性SSW。2ndアルバムは彼女のギターと共同プロデュースしたJacob Blizardのギター、ベース、オルガン、ウーリッツァ、パーカッションに、ドラムスという編成でドラマチックに展開する。ギター弾き語りからオルタナ・ロックへ徐々に盛り上がって行くリード・シングルの〈Night Shift〉やヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなどを配した〈Body To Flame〉。憂いを帯びた強靭なヴォーカルがハードなギター・サウンドと拮抗する〈Timefighter〉。抑制を解き放ってエモーショナルにシャウトする6拍子の〈Pillar Of Truth〉‥‥全10曲・48分。デジパック仕様、歌詞ブックレット(8頁)付き。Lucy Dacusは友人のJulien Baker、Phoebe Bridgersと共にスーパーグループを結成した。6曲入りのデビューEP《boygenius》のアルバム・カヴァはCSN(Crosby, Stills & Nash 1968)を模している。

  • ◎ WE ARE ILL(Box)ILL
  • 英マンチェスター出身の女性バンドにも40年前に冷凍保存されたThe B-52'sや90年代に核爆発したBikini KillのDNAが組み込まれているらしい。アンコーツの廃工場で18カ月以上にも渡ってレコーディングされたというデビュー・アルバムは彼女たちの禍々しいメイキャップで飾られている。ハロウィンのコスプレの域を超えた仮装も「ビョーキ」なのだから仕方がないのかもしれない。Harri Shanahan(キーボード)、Sadie Noble(ギター、テープ、パーカッション)、Whitney Bluzma (ベース、パーカッション)、Fiona Ledgard (ドラムス)、Tamsin Middleton(ヴォーカル)‥‥ドラマーを除くメンバーも歌って(叫んで)いるので、「女三人寄れば姦しい」どころか、5人も集まれば五月蝿いのだ。NHS (国民保健サービス)を批判した〈ILL Song〉、NASA(米航空宇宙局)のセクハラ疑惑に言及した〈Space Dick〉「私のクマの餌食にしたい」 と執拗に繰り返す〈Bears〉、10分にも及ぶサイケデリック・デス・ディスコの〈Slithering Lizards〉など、全9曲・41分。

  • ◎ JE SUIS UNE ILE(Heavenly)Halo Maud
  • アロー・モード(Maud Nadal)はフランス・オーヴェルニュ出身の女性SSW。デビュー・アルバムはGwenno、Melody's Echo Chamber、Jane Weaverなどに通じる最新流行型のサイケデリック・ドリーム・ポップだが、「Francoise HardyからBjorkにひとっ飛びする弾力性のあるヴォーカル」 に魅了される。共同プロデューサのRobin LeducやBenjamin Gilber(Aquaserge)、Pablo Padovani(Moodoïd)が彼女を好サポート。英・仏語混じりで歌うBjorkっぽい〈Tu Sais Comme Je Suis〉、Tom Verlaineの孫姪娘みたいな間奏の鋸ギターに瞬殺される〈Du Pouvoir/Power〉《Du Pouvoir EP》には仏語ヴァージョンが収録されている)、ピーガブみたいなプログレ風味の〈Baptism〉、〈Du Pouvoir〉をサンプリングしたアルバム・タイトル曲〈Je Suis Une Ile〉、Stereolabを想わせる浮游感溢れる〈Proche Proche Proche〉‥‥全12曲・44分。見開き紙ジャケ仕様、4つ折りの英・仏歌詞カード入り。2018年にデビューした女性SSWの中で一番気に入っています。

  • ◎ TRANCA(Circus)Ava Rocha
  • アヴァ・ホーシャ(Ava Rocha)の3rdアルバムは全19曲・62分。Alberto Continentino (ベース)、Domenico Lancellotti(ドラムス)、TonoのRafael Rocha(パーカッション)、Tulipa Ruiz、Iara Renno(ヴォーカル) など、総勢35名のミュージシャンが参加した大作となった。彼女の自作曲は共作を含めた11曲に、夫のNegro Leo(ギター、ヴォーカル)が5曲、カヴァ3曲というアルバム構成。2016年6月6日、64歳で亡くなった友人の彫刻家トゥンガ(Tunga)に捧げた〈Pangeia〉、エンディングで早送りになる(不良CDかと一瞬思いました)変則リズムの〈Periferica〉、Tulipa & Gustavo Ruiz姉弟と共作した〈Lilith〉、TulipaとNegro Leoの2人がバック・ヴォーカルで参加した狂躁的な〈Anjo do Bem〉、Marcos Campelloのギター・ノイズの渦に巻き込まれる〈Assumpcao〉‥‥土着的なリズムと低音のハスキー・ヴォイスと実験的なサウンドが「三つ編みドーナツ」のように絡み合う。3面見開きデジパック仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。

  • ◎ DOUBLE NEGATIVE*(Sub Pop)Low
  • アニコレの《Merriweather Post Pavilion》(2009)のように、良くも悪くも1年を象徴してしまうアルバムがある。米ミネソタ・ダルースで結成された3人組の12thアルバムもメンバーたちの思惑は兎も角、2018年に蔓延していた閉塞感を音像化している。自分だけが良ければという排他的利己主義、監視カメラの映像やクレジット・カードの情報(閲覧履歴や購入記録)などでプライヴァシーが暴かれ、個人の行動や嗜好がビッグデータとして利用されてしまう管理社会。遅れて来た「1984年」のようなディストピア。《二重否定》は漠然とした不安や猜疑心に囚われ、疑心暗鬼に陥った人々への警告なのか、それとも癒しなのか? ‥‥アンビエントともスローコアともシューゲイズとも形容し難いサウンドに清冽なヴォーカルが揺蕩う。2018年7月、米大統領選(2016)にロシアが関与したのではないかという「ロシア疑惑」に対して、トランプ大統領は「ロシアである理由が見当たらない」という発言を修正して、「ロシアではなかったという理由は見当たらない」と二重否定した。

  • ◎ AVIARY(Domino)Julia Holter
  • 既発の自作曲をロンドンのスタジオでライヴ録音した《In The Same Room》(2017)のレヴューで「灰色の雲が垂れ籠めた暗鬱な空にセンシティヴなヴォイスが小鳥のように浮游する」と書いたが、5thアルバムは奇しくも「鳥小屋」(aviary)というタイトルだった。《Aviary》の曲作りをしている間、「記憶」に関する概念が重大な影響を与えた。彼女の記憶から浮かび上がる翼のイメージと鳥たち‥‥レバノン・ベイルート生まれの画家・詩人エテル・アドナン(Etel Adnan)の小説『Master of the Eclipse』とメアリー・カラザース(Mary Carruthers)『記憶術と書物』(The Book of Memory)に影響されたという(アルバム・タイトルの「Aviary」はメアリーの小説の一節「I found myself an aviary full of shrieking birds.」から採られている)。Kenny Gilmore(Ariel Pink's Haunted Graffiti)との共同プロデュース。全15曲・90分というアルバム・コンセプトはシングルの演奏時間が短くなり、収録時間が30分という新作アルバムも珍しくない昨今の潮流に敢えて逆行している。見開き紙ジャケ仕様2枚組(2CD)、歌詞ブックレット(16頁)付き。

  • ◎ EL MAL QUERER(Sony Music)Rosalia
  • ロサリア(Rosalía Vila Tobella)はスペイン・バルセロナ生まれの女性SSW。デビュー・アルバム《Los Ángeles》(2017)はフラメンコ・ギター1本だけの伴奏だったが、2ndは伝統的なフラメンコとR&B、ヒップホップ、ダンス、エレクトロなど、最先端のサウンドを融合させている。アルバム1曲目のリード・シングル〈Malamente〉が強力無比で、クールなダンスを披露するPVにも悩殺されちゃう。天上界から舞い降りた女神のようなカヴァ・アートや歌詞ブックレット(28頁)に載っているセミ・ヌード写真も魅惑的で、ポップ・アイコンとしてのスター性もある。全11曲・30分(全曲スペイン語歌詞)。スーパージュエルボックス・エディション(初回限定盤)は透明スリップケース入り。メジャー・レーベルからのリリースなのに、日本国内で余り流通していないのは残念です。Pitchforkの「The 50 Best Albums of 2018」で、第6位に選出されているのにね。

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    洋楽界は女性上位時代を迎えている。インディ・ロック系の若い女性SSWたちが次々にデビュー、R&B、ソウル、ヒップポップ、テクノ、ワールド・ミュージックなどでも女性たちの活躍が目立つ。たとえば英ガーディアンの「年間ベスト・アルバム」の上位(1〜5位)は女性で占められているし、海外音楽メディアの「年間ベスト」を独自に集計した 「AOTY」 でも、ベスト10に7人の女性アーティストが入っている。アナログ盤の復活は喜ばしいことかもしれないが、扱い難さやスクラッチ・ノイズ、摩耗、音質が均等でない(外周から内周に行くほど音が劣化する)という致命的な欠陥があるので、今さら元に戻るつもりはない。CDよりもLPの方が高い、アナログ盤だけのリリースでCDは未発売という逆転現象も起きている。boygeniusのデビューEP(輸入盤)はアナログのみのリリース、SophieのCDも入手困難で「年間ベスト・アルバム」から外さざるを得なかった。The Ex、Parquet Courts、U.S. Girls、Goat Girl、Snail Mail、Let’s Eat Grandma、Melody’s Echo Chamber、Mitski、Courtney Barnett、Yves Tumorなどのアルバムも印象に残っている。

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    • 個人的な年間ベスト・アルバム10枚を1年ずつ遡って行く〔rewind〕シリーズです



    • 輸入盤のリリース順(国内・流通盤が出ているアルバムには *マークを付けました)



    • Alice Caymmi、Halo Maud、Ava Rochaは再録(一部加筆・改稿)です



    • トランプの「二重否定」については「Pitcfork」「BBCニュース」を参照しました

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    Je Suis Une Ile

    • Artist: Halo Maud
    • Label: Heavenly
    • Date: 2018/05/25
    • Media: Audio CD
    • Songs: Wherever / Du Pouvoir/Power / Chanceuse / Surprise / Tu sais comme je suis / De retour / Baptism / Fred / Je Suis Une Ile / Proche Proche Proche / Dans La Nuit / Des Bras