『アニマルマニア』(講談社 2003)は回文研究家でもある、作家・ながたみかこ氏の動物回文集。50音順のカルタ形式、見開き頁の右に回文、左にイラスト、コンパクトな判型など‥‥造本が『またたび浴びたタマ』(村上春樹)に良く似ている。登場する動物たちもアリクイ、ウーパールーパー、烏骨鶏、エイ‥‥と、ヒネリが効いているし、一見単純そうな短い回文も濁音・半濁音の一致する難易度の高いルールに則っている。〈今 ウーパールーパー 旨い〉〈けだかいのは ははの イカだけ〉〈魚 のんびりと渡ったが たった独り瓶の中さ〉〈ほっほっほ 爆弾待つ白馬 ほっほっほ〉〈みせなさい ちいさなセミ〉〈ワニ 類人猿 園児いる庭〉‥‥と、シュールで不条理な世界を構築。回文のシチュエーションを説明している左頁のイラストも、ほのぼのと脱力していてキモ可愛い。巻末のオマケ──クロスワードパズル、間違い探し、イラストロジック。オマケのオマケ・もっと動物回文(20篇)も充実しています。

□ 土佐地語り悶える父母、震えた森高千里
森高千里の父親は元ロカビリー歌手。時は昭和30年代、日劇ウエスタン・カーニヴァル華やかしき頃、主に関西方面で活躍していたらしい。その後引退して熊本に帰郷、地元で女性と結婚した。一方、母方の実家は高知の先祖代々伝わる由緒ある「語り部」の一族で、年2回(盆と正月)一家揃って四国に里帰りして、現役の語り部である祖母の「百物語」を徹夜で聞く習わしになっている。その話が怖いのなんの‥‥「新耳袋」や「本当にあった怖い話」どころの騒ぎじゃない。初めて千里ちゃんが連れて行かれたのは確か小学2年生の時。祖母の話の内容よりも尋常ならざる場の雰囲気に怯えて泣き出してしまい、それからというもの年2回の四国行きを堅く拒んだ。しかし、いずれは祖母〜母から「語り部」役を引き継がなければならない。そのことを想うと暗闇の中でユラユラと燃える蝋燭の揺らぎさえ、この世ならざる恐怖でブルブルと震えているように感じられて、正座している両脚の痺れも忘れてしまうのだった。

□「リカは何処の子?」この事ばかり
リカちゃんのパパ、ピエールはフランス人の音楽家。その活動の中心はヨーロッパなので日本には殆ど帰って来ない。たまに帰国してもプロモやコンサート&レコーディング等で忙しく、めったに家に寄り付かない。そんな日々が続いているうちにママはパパが不倫をしているのではないかと疑い出した。最近雇った金髪美人秘書──ミニスカから伸びた形の良い太腿(脚線美を誇示しているとしか想えない)を見つめるパパの視線がエロ親父化している!──が怪しいと睨んでいる。今度会ったら断乎追求してやるんだと手薬煉引いて待っている。そのストレスのせいか1人娘のリカちゃんに辛く当たることも少なくない。リカちゃん自身も「私、パパとママの本当の子じゃないかもしれない!」と独り思い悩んでいた。居間の壁に掛かっているゴッホの複製画を見ては、きっと、この跳ね橋の下に捨てられていたのを修道女に拾われたんだとか、セーヌ川の畔の小舟の中で泣いていたのを釣り人に発見されたんじゃないかとか‥‥考え出すと夜も眠れない。しかもリカちゃんは(本人の預かり知らぬことだが)一生少女のままの姿で決して「大人」になれない宿命。ことの真相を確かめるために彼女は今、密かに渡仏(プチ家出?)を計画している。パスポートも持っているし、貯金もある‥‥後は実行あるのみだ。

□ 好みと美、並ぶツブラな睛の娘
安堂好美ちゃんはクラスの人気者。とりわけ勉強が出来るとか、とびきりの美人とか(どちらかと言うと痩せっぽちの少年体型だし‥‥)じゃないけれど、パッチリとしたアーモンド形の瞳が愛くるしくて、時々余所のクラスの男子が覗きに来るくらい。我が5年3組のアイドルなのだ。そんな彼女の特技は短距離走、メチャクチャ脚が速いこと。運動会の徒競争では毎回1位だし、クラス対抗リレーでも必ずアンカーを走る。1学期の始めに体育の体力測定で50m走をした時、最初に男子が出席簿順に2人ずつ走ったんだけど、俺って一番最後の組じゃん、すぐ後ろに好美ちゃんが控えていて、俺の不様な鈍足走りの後ろ姿を見られているのかと思ったら恥ずかしくって‥‥男女一緒に走らなくて良かったって?‥‥ウ〜ン、オレの方が遅いかも。だから「韋駄天の好美」って呼ばれて彼女も満更じゃなかったのに、いつの間にか「イダテン」の上2文字が省略されて下に「ドウ」って付くようになっちゃった。そう、「天童」って言うんだ、笑った?‥‥でも本人は大不満らしくて、「テンドウ」って呼ばれると明らかに眼が怒っている。ツブラな睛が憤怒の炎に燃えてるって感じ?

□ ズール族、履くぞルーズ
西欧資本主義は情報と欲望による物質支配体系である。例えばアフリカの未開部族にエルメスやルイ・ヴィトンのバッグを見せても何の興味も示さないだろう。それらが「高級ブランド品」だという情報→共通認識が一切ないからだ。もしかしたら「バッグ」という概念さえもないのかもしれない。情報のないところに欲望は生まれないし、「モノ」は「未名称フォルダ」みたいな存在に等しい。今ではブランド天国(地獄?)の日本でも、60年代にヴィトンのバッグを持っている(知っている!)人は、ほんの一握りのセレブたちだった。もちろん高級ブランド・メーカが存在していなかった訳ではない。『エルメスの道』(中央公論 1997)でも分かるように元々エルメスはフランスの一馬具メーカだった。20世紀自動車社会になる遙か前のことである。産業革命後、石畳を走る馬車が自動車にとって換ろうとしていた時に、それまでに培われて来た技術を生かした高級革製品(旅行鞄)やスカーフを手掛けることで一流ファッション・ブランドに転身出来たのだ。60年代にエルメスやヴィトンは存在していたが、日本では「情報」が殆どなかったので(経済力も乏しかった)「欲望」も生まれなかっただけのこと。ワイン、高級外車、ロレックス、ヴィンテージ古着‥‥欲望は情報量に比例し、物質量に反比例する。ズール族にルーズ・ソックスを履かせるには「コギャル文化」の情報を大量に与えて、彼らの欲望を刺戟しなければならないだろう。

□ 君、今イチ、今井美樹
回文には有名な〈ミキ・ヴァリアントの法則〉なるものが存在する。凡そ「‥‥ミキ」と付く女性名には例外なく必ず回文が成立するという定理が‥‥。今井美樹の他にも〈君、イカサマ酒井美紀〉とか〈君似たかな?‥‥中谷美紀〉とか〈君の棲家地下、水野美紀〉とかキリがありません。芸能人にチョット似の一般人、それも本人が似ていると思っているほどには似ていないプチそっくりさん。古くは桂三枝&西川きよしの「ラブラブカップル」(だっけ?)以来、自称他称のチットも似ていないド素人娘が巷に櫛比している現状を憂う。今井美樹、酒井美紀、中谷美紀もどきの似非ギャルよ去れ!‥‥。最後の水野美紀だけ多少毛色が変わっていて、まるで美少女を略取〜誘拐して秘密の地下牢に監禁〜飼育するコレクター〜バッファロー・ビルみたいな趣きの暗黒回文になってしまいましたが、これも暗い世相を反映してのこと。日本国内も含めて、全く物騒な世の中になっちゃたよね。

□ ドジ!‥‥あたしだけ逃げ出したアジト
あたしはヘアサロン〈スクイーレル〉の従業員です。オーナが今世間を騒がせている「髪切り魔」かもしれないということにはウスウス気づいていました。「彼」は女性の髪、それも長い黒髪に異様な執着があったし、何しろ、この店名でしたから‥‥どうして選りに選って「栗鼠」なんて屋号を付けたのかしら?‥‥由来については全く知りません。ウチに捜査の手が伸びるのも時間の問題だと覚悟していました。美容室の地下に秘密の隠し部屋があって、お客さんの切り落とした髪を密かにコレクションしていたのも知っていました。でも、それだけでは飽き足らず「断髪魔」となって兇行を重ねていたとは!‥‥。捜査陣が店内に踏み込んだ日は生憎の臨時休業日でオーナも不在したが、あたしはヘアカットの練習──マヌカンに女性用の鬘を被せてカットする──に独り励んでいました。咄嗟に逃げ出してしまったのは共犯者と思われたくなかったから。今でも「彼」が犯人だったとは信じたくありません。「彼」は真犯人に巧妙に仕立て上げられた哀れな「犠牲者」なのではないかとさえ思えます。(以下次回へ続く)

□ 世捨て、解脱まで待つだけですよ
出家して寺に籠り、厳しい修行に我が身を晒し浮き世の煩悩を只管浄化しようと努めてきたのに一向に悟りが開ける気配さえない。寺の住職は何やら怪しげな「回文」を日がな唱えるだけで毎日が虚しく過ぎて行く。ある日、住職の留守を見計らって密かに本堂の中に忍び込んで驚いた。本寺の御神体は何と「即身仏」だったのだ。即身仏とは生きながら土中に埋められミイラ化した遺体のことを言う。腐敗から免れるための準備段階として苦しい断食行をしなければならないし、孤独の裡に暗闇の中で餓死しなければならない。言い伝えによると即身仏となった行者は必ずしも高僧ばかりとは限らず、いわゆる流人罪人の類いも多かったと聞く。旱魃や飢饉・飢餓に喘ぐ貧しい農民のために自ら死して仏となる自己犠牲‥‥と言えば聞こえは良いけれど、その実態は犯罪者を半ば無理矢理、樽の中に押し込めて生き埋めにし、巧い具合にミイラ化しない場合は木に吊るして下から火で燻す‥‥だから多くの即身仏の形相は憤怒の苦悶に歪んでいるのだという。おたずね者ではないが、即身仏にされては堪らない。その夜、俺は寺から脱兎の如く逃げ出した。

□ 浮くコンソメの具飲め!‥‥孫悟空
これもシチュエーションの良く分からない謎回文だなぁ。きっと、ヘマをやらかしてしまった孫悟空(香取慎吾)への厳しい御仕置き‥‥今様の「罰ゲーム」といった処でしょうか。コンソメに浮く具といえばクルトン(Crouton)──つまり小さなサイコロ状の揚げパンのこと。でもこれは西洋の食卓の話で、西遊記の舞台である東洋の中華スープ──炒飯に付いてくるスープやフカヒレに浮いている具は青葱やチンゲン菜、キクラゲの類でしょう。サーロイン・ステーキやハンバーグ等の洋食(外食産業!)に毒されてしまった21世紀の飽食肥満児・孫悟空が高がクルトン如きに怯むはずがない。もしかすると、三蔵法師の仕掛けた「特製コンソメ」はJR恵比寿駅前の「地獄ラーメン」みたいな真っ赤な超激辛スープ+ハバネロ唐辛子漬けの赤クルトンだったのかもしれません。このスープは四川料理だから元々辛口だって?‥‥何を隠そう、カトリ悟空は大の甘党だったのです。

□ 鋏む蟹、はにかむ鯖
元祖「さるカニ合戦」では狡猾なサルに騙されて哀れカニ君は散々な目に遭いましたが、地上戦では所詮水棲生物の蟹には分が悪い。海の中ならエテ公なんかに負けるはずがないし、臼や蜂たちの救けを借りることもなかった、憎っくきサルどもを海底に引き摺り込んで、甘柿の代わりに塩辛い海水をタラフク飲ませて溺死させてやるんだ、と新年早々怪気炎のカニ君‥‥本当に食い物の恨みは怖しいですね。「桃栗3年柿8年、猿の大莫迦20年」などと訳の分からない寝言(泡)を吐きながらカニ君は独り妄想の海に沈んでいました。夢の中で今まさに宿敵サルの脚を自慢のハサミで挟んで海中に引き込もうとしてるところ。「何するのよカニ君、痛いじゃないの!」──偶然傍を泳いでいたサバ嬢が控えめに抗議した。「ゴメンよ、サバ姐さん、夢を見ていたんだ」‥‥これが本当のサルカニならぬ平成「サバカニ合戦」‥‥お後が宜しいようで(笑)。

□ 吉野か‥‥短大にいたんだ、彼女!
元祖チャイドルの1人、吉野紗香ちゃんも今年5月で24才‥‥4年前に成人式を迎えてしまいました。芸能界で活躍する少女アイドルたちはデビュー時期が早いこともあって一部の例外的女性タレント──横浜国立大卒の眞鍋かをり、東大工学部卒の菊川怜、上智大卒業後、某薬学部(手に職?)も出ているクボケイ(久保恵子)等‥‥の高学歴「理系ギャル」を除いて圧倒的に高卒(中退?)者が多いけれど、紗香ちゃんは密かに短大に通っていたのでした。1996年に篠山紀信センセイが撮った「少女」(Brutus no.367)たち──鈴木紗綾香、水谷妃里、小倉星羅、吉野紗香、浜丘麻矢、安藤聖、栗山千明、安藤希──も現在芸能活動している娘に限って言えば、皆んな大人になったなぁと感慨一入です。『チルソクの夏』(2003)に主演した水谷妃里さん(女子高生役)なんて余りにも成長していて一瞬、水野美紀かと思っちゃったよ。吉野や栗山ちゃんのようにTVや映画、CM等で活躍し続けている「少女」もいる一方で、高校卒業までは学業優先‥‥という方針の娘もいたみたい。いずれにしても、これからが勝負の時、少女〜大人の女優へと華麗に羽ばたいて欲しいなぁ。

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  • 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい
  • 今回もナゾナゾ回文を作りました。「クロスワード」や「穴埋め川柳」より簡単だと思うのですが‥‥また夜更し?

    〈タバコ値上げ◯◯◯◯◯け姉御肌〉

    ◯◯◯◯◯の中に文字を入れて回文を完成させて下さい。ヒント:ヘヴィー・スモーカーの姉のとった行動は?

  • lapisさんへのコメントを考えていて、大変な誤りを犯していたことに気づきました‥‥今、即行で訂正しました。間違えた箇所は怖くて言えません(2006/06/03)

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アニマルマニア

  • 著者:ながた みかこ
  • 出版社:講談社
  • 発売日:2003/12/12
  • メディア:単行本
  • 動物回文:アリクイ 夜 悪酔いクリア / 今 ウーパールーパー 旨い / 烏骨鶏 結構!/ エイと言えば エイと言え / 惜しむ 飛ぶカブトムシを / 河童 つい痛い一発か? / 生糸吐くカイコ 威嚇は吐息 / 杭切るアオサギ 竿歩き行く / けだかいのは ははの イカだけ / ...