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21世紀の女性ヴォーカル・アルバム [r e w i n d]

  • VESPERTINE (One Little Independent 2001) Bjork


  • 《ヴェスパタイン》は不思議な親和力に満ち溢れている。今までの外部への執拗な攻撃・破壊性は暴風雨後の凪のように影を潜め、Bjorkの新たな冒険は内面ヘ向かう。いつの間にか、どこか人間離れした近寄り難い存在になってしまった彼女は昆虫が完全変態の過程で「蛹」になるような劇的な変貌を遂げつつあるらしい。内向性と言っても、それは自閉症的な「引きこもり」でも、自らを傷つける行為でもなく、むしろ逆に親密な、Bjorkという 「繭」 に包まれる──彼女の中に溶け込む──...01


  • BY THE BLUE (Stuck 2002) Rosie Brown

  • 《もしRoni Sizeがドラム・マシンの代わりにJoni Mitchellを発見していたら創っていたかもしれない音楽》という英Q誌の4つ星レヴュー(CDケースに貼ってあるステッカー)が目を惹く女性SSWのデビュー作。とりわけ声質やメロディーが似ているわけではないけれど、Joni Mitchellを引き合いに出したのは言い当て妙でかもしれない。アルバム・タイトルからして「Blue」だし、〈Big Blue Building〉なんていう少女っぽい曲もある。Joni独自のギター奏法──変則チューニング...00


  • OI (Sorte 2003) Laura Finocchiaro


  • 「タイムトンネル」 みたいな渦巻き状の赤黒い孔の前に佇む全身黒ずくめの男装の麗人ラウラ・フィノッシアーロはハードコア・パンクでもSF懐古趣味の宝塚歌劇団宙組でもなかった。一風変わった彼女の音楽を言い表わすのに一番手っ取り早い方法はFernanda Abreuとの比較だろう。F・Aがヒップホップ寄りのファンクだとすると、ラウラ嬢の方はクラブ / エレクトロ系、声質も(男勝りで硬質なF・Aに対し)フェミニンで 、意外と可愛い。もちろん羊頭(パンク頭?)な意匠を施…02



  • KISMET (Red Ink 2007) Jesca Hoop


  • オルゴールの螺子を巻くと、次第に速度を早めて変幻自在のヴ ォイス&コーラスが妖精のように宙を翔け回る〈Dreams In The Hollow〉。津軽三味線の吉田兄弟が参加したハイブリッド・ロック〈Intelligentactile 101〉、絵本 「孫悟空の冒険」 にインスパイアされたという〈Havoc In Heaven〉、M.I.A.みたいに大胆にヒップホップ〜ラップしてみせる〈Out The Back Door〉など。《ジェスカ・フープの音楽は4面体の硬貨である。古い霊魂、黒い真珠、善き魔女、赤い月。彼女…03



  • HU HU HU (Sony Music 2009) Natalia Lafourcade


  • 《メキシコからこにゃにゃちわ》(Epic 2003)という変タイトルの日本盤が話題になったナタリアちゃんの2ndソロ・アルバム。デビュー・アルバムをリリースした時は18歳(録音時は17歳!)だったという早熟女子。作詞・作曲、ピアノやギターなども弾きこなす女性SSWなのだ。6年振りのソロ・アルバムではヒップホップ色の濃いラテン・ポップスから、アルゼンチン音響派〜エレクトロニカへ大変身?‥‥大山猫娘にコスプレしたアルバム・カヴァも新宿タイガーみたいにポッ…04



  • EKSTASIS (Rvng International 2012) Julia Holter


  • Laurie Andersonの姪、それともJulianna Barwickの双子姉妹なのか。米ロサンゼルス出身のSSW、マルチ奏者の2ndアルバムは夢幻的なエレクトロニカでリスナーを魅惑する。可愛らしいヴォーカルとキーボード、クラリネット、ヴィオラ、アルト・サックスなどが鳴り響く異世界へトリップする。Julia Holterの神秘的なヴォイスは妖精の囀りにも、セレーンの誘惑にも聴こえる。カナダの詩人アン・カーソンのエッセイ集から採ったというアルバム・タイトルの〈Ekstasis〉はギ…05



  • ULTRAVIOLENCE (Polydor / Interscope 2014) Lana Del Rey


  • ラナ・デル・レイ(Lizzy Grant)はNY生まれのSSW。「ギャングスタ版ナンシー・シナトラ」(gangsta Nancy Sinatra)を自称、「ハリウッド・サッドコア」(Hollywood sadcore)とも呼ばれる音楽スタイルは往年の映画女優のような気怠い頽廃感に覆われている。Dan Auerbach(The Black Keys)が大半をプロデュースした3rdアルバムは60年代のヒット・ソング〈And I Love Her〉や〈Romeo And Juliet〉を彷彿させるノスタルジックなサウンド。モノクロのアルバム・カヴ…06



  • ANA - AMOSTRA NUA DE AUTORAS (Independente 2014) Coletivo A.N.A.


  • ミナス新世代の女性SSW8人、Deh Mussulini、Laura Lopes 、Leonora Weissmann、Leopoldina、Luana Aires、Luiza Brina、Michelle Andreazzi、Irene Bertachiniが結成した集団「作家の裸のサンプル」の1stアルバム。音楽監督はRafael Martini、編曲はJoana QueirozやFelipe Joséなど。Jennifer Souzaと共作、Ná Ozzettiがゲスト・ヴォーカル参加という錚々たるメンバーが集結した声楽アンサンブル。全11曲・46分。デジパック仕様、歌詞ブックレット(28頁)付きCD...07



  • FRONT ROW SEAT TO EARTH (Mexican Summer 2016) Weyes Blood


  • 《Titanic Rising》(Sub Pop 2019)が年間ベスト・アルバムの上位に選出された米カリフォルニア・サンタモニカ生まれのSSW、Natalie Meringの3thアルバム。ワイズ・ブラッドというステージ・ネームはフラナリー・オコナー(Flannery O'Connor)の小説 「Wise Blood」(1952)から採られている。彼女とChris Cohen(Deerhoof)の共同プロデュース。ターコイズブルーのサテンスーツを着て浮島に横たわるアルバム・カヴァは米カリフォルニア・インペリアル・バレー...08



  • EL BUEN GUALICHO (Casa Del Arbol 2017) Natalia Doco


  • ナタリア・ドコ(Natalia Doco)はアルゼンチン・ブエノス ・アイレス生まれの女性SSWで、2011年から活動の拠点をパリに移している。アルゼンチン音響派のアクセル・クリヒエール(Axel Krygier)がプロデュースした2ndアルバムは仏レ ーベルからリリースされた。フォルクローレやクンビア、フレンチ・ポップスなどをスペイン語やフランス語で歌う摩訶不思議な世界‥‥女占星術師風のアルバム・カヴァは近寄り難いけれど、ツンデレ系の可愛いヴォイスに一瞬で惹き込まれる…09


  • MEMORIES ARE NOW (Sub Pop 2017) Jesca Hoop

  • ジェスカ・フープ(Jesca Hoop)の4thアルバムは2枚のリメイク・アルバム《Complete Kismet Acoustic》(2013)と《Undress》(2014)を敷衍したようなシンプルなサウンド。Jesca Hoop(ヴォーカル、ギター)とプロデュースしたBlake Mills(ベース、ドラムス、ギター、バッキング・ヴォ ーカル)の2人だけで殆どのトラックをレコーディングしている。音数の少ない演奏が多重録音された彼女のヴォーカルとコ ーラスを一層際立たせる。風通しが良くなったことで、...00


  • HALO (Crammed Discs 2017) Juana Molina


  • 1人だけで録音した《Wed 21》(2013)から3年半、フアナ・モリーナの7thアルバムは宅録から、スタジオ・レコーデ ィングへ1歩踏み出した。テキサス郊外のスタジオで録音したアルバムにはライヴ・サポート・メンバーのOdin Schwartz (ベース、シンセ、ギター)とDiego Lopez de Arcaute(ドラムス)が参加している。John Dieterich(Deerhoof)がギターを弾いた〈In The Lassa〉、6拍子の〈Paraguaya〉と〈Estalacticas〉、7拍子の〈Cosoco〉など。アルバム…10



  • VESTIDA DE NIT (Universal 2017) Silvia Perez Cruz


  • スペイン・パラフルージェル生まれの女性SSWシルヴィア・ペレス・クルース(Silvia Perez Cruz)の4thアルバムは彼女の「愛唱歌」を弦楽五重奏(ヴァイオリン×2、ヴィオラ 、チェロ、コントラバス)でリメイク。Caetano Velosoのスペイン語圏のラテン・カヴァ・アルバム《Fina Estampa》に収録されていたSmon Diazの〈Tonada De Luna Llena〉、カタルーニャのトラッド・ソング〈Vestida De Nit〉、日本でも大ヒットした〈La Lambada (Chorando Se Foi) 〉、…11



  • SUIS UNE ILE (Heavenly 2018) Halo Maud


  • アロー・モード(Maud Nadal)はフランス・オーヴェルニュ出身の女性SSW。デビュー・アルバムはGwenno、Melody's Echo Chamber、Jane Weaverなどに通じる最新流行型のサイケデリック・ドリーム・ポップだが、「Francoise HardyからBjorkにひとっ飛びする弾力性のあるヴォーカル」 に魅了される。共同プロデューサのRobin LeducやBenjamin Gilber (Aquaserge)、Pablo Padovani(Moodoïd)が彼女を好サポート。英・仏語混じりで歌うBjorkっぽい〈Tu Sais …12


  • LOS ANGELES (Universal 2017) Rosalia

  • ロサリア(Rosalia)のデビュー・アルバムはRaul Refreeのプロデュース。彼のギターだけの伴奏で、死をテーマにしたフラメンコの古典を歌うコンセプト・アルバム。ラスト曲のWill Oldham(Bonnie "Prince" Billy)の〈I See A Darknes〉を除き、スペイン語で歌っている。彼女の内に秘めたパッションはパンキッシュでクール。「LOS ANGELES」 というアルバム・タイトルは「天使たち」という意味。全12曲・49分。見開き紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(12頁)付きです00


  • QUIET SIGNS (City Slang 2019) Jessica Pratt


  • ジェシカ・プラット(Jessica Pratt)は米カリフォルニア・サンフランシスコ生まれの女性SSW。彼女のデビュー・アルバム《Jessica Pratt》(Birth 2012)をリリースするためにレコード・レーベルを設立したというエピソードが全てを雄弁に語っている。3rdアルバムは初のスタジオ録音。ジョン・カサヴェテス(John Cassavetes)の映画 「オープニング・ナイト」(Opening Night 1977)からタイトルを採ったというピアノ・インスト曲で幕を開ける。「魔法にかけられたフ…13


  • TITANIC RISING (Sub Pop 2019) Weyes Blood

  • 米カリフォルニア・サンタモニカ生まれの女性SSW、Natalie Meringの4thアルバム。ワイズ・ブラッド(Weyes Blood)という名前はフラナリー・オコナー(Flannery O'Connor)の小説 「Wise Blood」(1952)から採られている。豪華客船で奏でられるようなオーケストラル・ポップは夢幻性も高い。水没した寝室をイメージしたカヴァはコロナウイルスが蔓延したクルーズ船やパンデミックを予見したかのようにも思える。沈没寸前の地球丸はコロナ惨禍から無事浮上出来るのか…00


  • SOMEONE NEW (Luminelle 2020) Helena Deland


  • カナダ・ヴァンクーヴァー生まれのヘレナ・ダランドはJesca HoopやJessica Prattと同じように、その蠱惑的なヴォイスだけでアピール出来るSSWである。それだけにヴォーカルを彩るサウンド・プロダクトが鍵になる。本人の指向性なのか、プロデューサGabe Wax(Soccer Mommy)の手腕なのか、デビュー・アルバムは退廃的で耽美的なドリーム・ポップとなった。Portisheadの〈The Rip〉を想わせるトリップホップ風の〈Someone New〉。「あなたの犬になるのは嫌です」 …14



  • SINNER GET READY (Sergent House 2021) Lingua Ignota


  • クリスティン・ヘイター(Kristin Hayter)は南カリフォルニア・デル・マー生まれのマルチ奏者である。リングア・イグノタ(Lingua Ignota)というステージ・ネームは「中世ドイツのベネディクト会系女子修道院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)によって作られた言語」に由来する。家庭内暴力、性的虐待、拒食症、ミソジニーなどから生き長らえた「サヴァイヴァー・アンセム」。ブルガリアン・ヴォイス、アパラチアン・フォーク、ピアノやバンジョーの弾き語り…15


  • MOTHER (Forever Living Originals 2021) Cleo Sol

  • 英匿名バンドSAULTのメンバーでもあるクレオ・ソルの2ndアルバム。英ロンドン生まれのCleopatra Nikolicはセルビア系スペイン人の母親(父親はジャマイカ人)に敬意を表して、自ら「Sol」(太陽)と名付けたという。表カヴァを飾る3人の人物、母親(Cleo Sol)と乳児と壁に架かった若い女性のポ ートレイト(Cleo Solの母親?)。SAULTと同じく、アルバムにはタイトルもアーティスト名もなく、裏面にも曲目とプロデューサ(Inflo)名しか記載されていない。全12曲・…#00


  • AGE OF APATHY (Yep Roc 2022) Aoife O'Donovan


  • I’m with Herという女性トリオでも活動している米SSWイーファ・オドノヴァンの3rdアルバム。彼女の音楽はアメリカーナに分類されているが、その歌唱や曲調から、ポスト・ジョニ ・ミッチェルの呼び声も高い。フロリダのフル・セイル大学(Full Sail University)で録音(ヴォーカル、ギター、ピアノ)した後、Joe Henry(プロデューサ)とリモート・コラボして完成させたという。〈Phoenix〉はコロナ・ウイルス(COVID)を暗喩し、Joni Mitchellの〈My Old Man〉…16



  • TRESOR (Heavenly 2022) Gwenno


  • グウェノー(Gwenno Mererid Saunders)は英ウェールズ ・カーディフ生まれのSSW。レトロ・ポップ・ガールズ・グループ、ピペッツ(The Pipettes)の元メンバーだったが、母親はウェールズの活動家で、父親がコーニッシュ詩人であることから、2010年に国連がレッドリストの「絶滅」から 「絶滅寸前」(critically endangered)に引き上げたコーンウォール語で歌うようになった。《Y Dydd Olaf》(2014)、《Le Kov》(2018)に続く、3rdアルバムもウェールズ語の...17



  • HUECOS (Club Del Disco 2022) Melina Moguilevsky


  • リード奏者Marcelo Moguilevskyの娘メリーナ・モギレフスキーの3rdアルバムは鉱物なのか化石なのか分からない異形なオブジェ・カヴァが象徴するように妖しく神秘的な音像空間を創出する。飼い猫バタト(Batato)が傍を彷徨く間、無糖コ ーヒーを飲み干した彼女は 「自分のバンド(sextet)でやって来たことの何かが終わってしまったと感じた。別の側面から音楽を作る必要があることに気づいた」 と語る。M.M(ヴォーカル)、Juan Belvis (シンセ、ピアノ)、Luciano Lucia...18



  • CLEARING (PC Music 2023) Hyd


  • Hyd(Hayden Dunham)は米テキサス・オースティン生まれのパーフォーマンス・アーティスト、デザイナー、SSW。英プロデューサのA. G. Cook、Sophieと結成したプロジェクトQTのシングル〈Hey QT〉(2015)で、仮想キャラのポップ・シンガーQT(Quinn Thomas)を演じて(実際に歌っているのはHarriet Pittardだという)、半架空のエナジードリンク(DrinkQT)をプロモートした。1stアルバムはSophie(2021年1月30日、アテネの自宅バルコニーから転落死…19



  • DESIRE, I WANT TO TURN INTO YOU (Perpetual Novice 2023) Caroline Polachek


  • キャロライン・ポラチェックはNYマッハタン生まれのSSW。家族と移住した東京で幼少時を暮らす。コロラド大学在学中にシンセ・ポップ・デュオを結成。Ramona LisaとCEP名義で2枚、ソロ・アルバム《Pang》(2019)をリリースしている。薄汚れた地下鉄の車内で四つん這いになって進む女性の眼差しは 「欲望」 に燃えている。手前に砂漠が広がり、右端に蟻のキ ャラバンが進む。2ndアルバムはベルカント・オペラとラップが交錯する〈Welcome To My Island〉、フラメンコに...20


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    • 「21世紀の女性ヴォーカル・アルバム 20」 になってしまいましたが、傑作揃いです

    • 「21世紀のシンガー・ソングライター 12」 と重複したアルバムはBjork、Natalia Lafourcade、Julia Holter、Halo Maudの4枚。SSWとの違いはどこにあるのか?
    • MM誌との重複アルバムはBjork、Aoife O'Donovan、Melina Moguilevskyの3枚
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    ミュージック・マガジン 2024年3月号

    ミュージック・マガジン 2024年3月号

    • 特集:21世紀のヴォーカル・アルバム100 / パレスチナに平和を!
    • 出版社:ミュージック・マガジン
    • 発売日: 2024/02/20
    • メディア:雑誌
    • 内容:ノラ・ジョーンズ・インタヴュー〜多様な要素と親和性を保ちながら、いずれにも属さない音楽家 / “Come Away With Me” はヴォーカルの魅力を再認識させた / パレスチナ 、カナファーニー、表現の力 / 中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)が語るパレスチナへの思い / 『A Better Tomorrow For Palestine』〜パレスチナ支援コンピレーション...

    タグ:Music rewind
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