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悪魔の手毬少女 [v i s u a l]



  • ある嵐の猛り狂う夜、メッツェンガーシュタインは深い眠りから醒めると、狂気のように自分の部屋から階下へ降りた。そして、大急ぎで馬にまたがると、森の奥の迷路のように入りくんだ径へと駆け去った。いつものことなので、だれも別に気にもとめなかったが、それから数時間経って、メッツェンガーシュタイン宮殿の壮麗な胸壁が、炎々たる青黒い焔に包まれて、もはや手の施しようもなく、ばりばりと音を立てながら、礎までも揺れ動いていることがわかったとき、召使いたちは、はげしい不安におののきながら、主人の帰りを待った。〔‥‥〕 森からメッツェンガーシュタイン宮殿の正面入口へと通ずる樫の老樹の立ち並ぶ長い並木道を、一頭の駿馬が、帽子もかぶらず取り乱した騎手を乗せて、「嵐の悪鬼」をもしのぐ猛烈な勢いで疾駆して来る姿が見え、呆然と見守る人々は、思わず口々に、「何と恐ろしいことだ!」 と叫んだ。
    エドガー・アラン・ポオ 「メッツェンガーシュタイン」


  • 初めて書店で買った一般書(絵本やマンガ、ジュヴィナイルを除く)は確かシャーロック・ホームズものだった。小学生の頃は子供向けの探偵小説ばかり読んでいたので、ホームズの研究書(?)に食指が動いたのではなかったか(ちなみに初めて買った洋書は映画『Yellow Submarine』のペーパーバック絵本だった)。同じく初めて観た劇場公開映画(怪獣映画や長編アニメ、特撮ヒーローを除く)が、エドガー・アラン・ポオの原作ものだったのは自然な成り行きである。『世にも怪奇な物語』(Histoires Extraordinaires 1968)は3人の監督が3本の短編を撮ったオムニバス映画。監督:ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニ。出演:ジェーン・フォンダ、ピーター・フォンダ、アラン・ドロン、ブリジット・バルドー、テレンス・スタンプ‥‥という、今にして思えば豪華絢爛たる監督と俳優たちの競演だった。

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    第1部「黒馬の哭く館」(Metzengerstein)の舞台は中世ハンガリー。ベリルフィッツィング家とメッツェンガーシュタイン家は数百年に渡って敵対関係にあった。メッツェンガーシュタインの末裔であるフレデリック女伯爵(ジェーン・フォンダ)は22歳の若さで莫大な遺産を相続して、何不自由ない奔放な生活を送っている。ベリルフィッツィング家のウィルヘルム男爵(ピーター・フォンダ)は愛馬と狩猟にしか興味のない寡黙な青年。ある日、フレデリックは森の中を散策中に「キツネの罠」に左足首を鋏まれてしまう。彼女を救ったのは罠を仕掛けたウィルヘルム本人だった。命の恩人に恋心を抱いたフレデリックはウィルヘルムを誘惑しようとするが、敢えなく拒否される。プライドを傷つけられて愛憎の焔に燃えたフレデリックは家来に命じてウィルヘルムの馬小舎を放火させる。愛馬を救出しようとして火の中へ飛び込んだウィルヘルムは2度と戻らなかった。

    フレデリックの古城へ一頭の大きな黒馬が駆け込んで来る。焔に包まれたウィルヘルムの馬小舎から突然現われた黒馬だというけれど、そんな馬は今まで誰も見たことがなかった。フレデリックにだけ従順になる暴れ馬は焼死した青年、ウィルヘルム男爵の「化身」なのだろうか?‥‥城内では黒馬の部分だけが焼け落ちて消失してしまった巨大なタペストリー(伯爵家に代々伝わる合戦の図柄)を老織物師が修復している。フレデリックは次第に姿を顕わして来るタペストリーの中の「黒馬」に不吉な運命を感じる。漸く復元された「黒馬」の瞳は真紅の血のように赤く燃え立っていた。ある嵐の夜、落雷と強風によって草原一帯が火の海と化す。狂ったように哭く黒馬に呼び起こされたかのように、フレデリックは黒馬に乗って草原の焔の中へ突き進む。

    A・ピエール・ド・マンディアルグの『オートバイ』(1963)はエドガー・アラン・ポオの「メッツェンガーシュタイン」の一節をエピグラムに引用している。主人公のフレデリック(原作では青年)を若い女性レベッカ・ニュル(19歳)へ性転換し、乗りものを黒馬からバイク(ハーレー・ダヴィッドソン)に乗り換えて、20世紀のアウトバーンを疾走する。薔薇の花束でレベッカの裸体を鞭打つというマンディアルグらしいサド・マゾの趣味もある。ロジェ・ヴァディムに『オートバイ』の鮮烈なイメージが残っていなかっただろうか。『バーバレラ』(1968)はジェーン・フォンダの美しいヌードを鑑賞するためだけのSFエロ映画の傑作だったが、「黒馬の哭く館」にはフォンダ姉弟の近親相姦のイメージも隠喩されている(ピーターは2年後に『イージー★ライダー』を製作することになる)。黒馬やオートバイに跨がって、「死」に向かって疾駆する主人公のモチーフは第3部のスポーツカー(マセラティ)へ乗り継がれて行く。

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    第2部「影を殺した男」(William Wilson)は2つに分裂した、もう1つの人格が実体化するドッペルゲンガー物語。舞台は19世紀オーストリア占領下の北イタリア。教会に駆け込んで来た青年将校(アラン・ドロン)が恐るべき殺人を司祭に告白する。ウィリアム・ウィルソン(仮名)が殺した相手は彼自身だった !?‥‥ウィルソンは少年時代から残虐でサディスティックな性格だった。ある日、教師に告げ口をした級友に校内でリンチを加えているところを1人の新入生に制止される。ウィルソンと瓜2つの容姿の少年はウィリアム・ウィルソンと名乗る同姓同名の人物(仮にウィルソン2とする)だった。医学生となったウィルソンは見ず知らずの若い娘を拉致して手術台の上に縛り着け、解剖実習のように手術用のメスで生体解剖しようとする。ところが、またしても突然現われたウィルソン2に邪魔されてしまう。ウィルソン2は生贄の娘を解放する。全く同じ容姿の男性の出現に錯乱した娘がウィルソンに抱き着くと、彼女の腹部にメスが突き刺さる。

    サディスティックで残虐な性癖のウィルソンが「悪」ならば、ドッペルゲンガーのウィルソン2は「善」を象徴する。ジキル博士とハイド氏のような2重人格者のように、1人のウィルソンが善と悪、2つの人格に分裂しているのだ。ウィルソン2が怪傑ゾロみたいなマスクで顔を隠しているとしても、2人のウィルソンを目撃している級友や友人たちが不思議に思わないのは奇妙なことだが、ウィルソン2は主人公の「幻覚」というわけではない。退学処分になって将校となったウィルソンはカジノに入り浸ってイカサマ・トランプの腕を磨く。ある夜、黒髪の貴婦人(ブリジット・バルドー)に侮辱されたウィルソンはカード・ゲームでワザと負け続けた後に賭け金を倍に上げて、得意のイカサマで勝負を逆転する。破産した貴婦人に「肉体」を賭けさせて勝利する。ウィルソンの要求は彼女の躰を奪って凌辱することではなく、公衆の面前で半裸にさせて彼女の背中を激しく鞭打つことだった。

    倒錯的な快楽に酔うウイルソンの前に3度ウィルソン2が現われてイカサマ・トランプを暴露する。歓喜の絶頂から屈辱の奈落へ突き落とされたウィルソンは剣を抜いて相手に決闘を迫るが、逆に返り討ちに遭う。自暴自棄になった彼は短剣を抜いて背後から襲う‥‥「バカなことを‥‥俺が死ねば、お前も死ぬのだ」と、言い残してウィルソン2は死ぬ。告白を終えたウィルソンはドッペルゲンガーの存在を司祭に信じてもらえず、絶望して教会の高塔から身を投げる。墜落死したウィルソンの脇腹には「分身」を刺殺した時と同じ短剣が突き刺さっていた‥‥。能面顔で若い全裸女性の躰を手術用のメスで突き刺したり、グラマラスな半裸美女の背中を鞭打つ残虐でサディスティックな性癖は子供が観る映画としては刺戟が強すぎるかもしれない。ルイ・マル監督の嗜好なのか、男女のサド・マゾ趣味はポオの原作には描かれていない。

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    第3部「悪魔の首飾り」(Never Bet the Devil Your Head)はフェリーニのA級ホラー映画である。英シェイクスピア俳優のトビー・ダミット(テレンス・スタンプ)はアル中でスランプ状態に陥っていたが、映画出演のギャラがフェラーリのスポーツカーという甘い誘いに乗ってイタリアへ飛ぶ。空港で出迎えた映画プロデューサやカメラマン、ジャーナリストたち‥‥そして、トビーは1人の美少女に出逢う(足許に転がって来た白いボールを探しに来た少女に手渡す)。彼が主演する映画はキリストを主役とした西部劇だった。「ドライヤーとパゾリーニの中間を行き、少々ジョン・フォードの味を加えた」劃期的な作品になるはずで、「構造主義」やロラン・バルトの名前も映画関係者たちの会話の中に登場する。60年代後半という現代篇の劇中で「構造主義」を揶揄するところにフェリーニの知識人としての鋭さがある(当時の日本で「構造主義」について語るインテリが何人いたでしょう)。

    TV番組に出演したトビーは、神を信じるかという質問には躊躇して否と答えるが、悪魔を信じるかという問いには「私の悪魔は可愛い少女の姿をしている」と意味深長な発言をする。イタリアで開催される映画祭(ヴェネツィア国際映画祭?)の「金牝狼賞」受賞式にゲストとして招待されたトビーは泥酔状態となり、マクベスの一節を引用したスピーチの途中で会場から逃げ出し、赤いマセラティを狂ったように疾駆する。スピード狂のトビーはローマへの道に迷い、「工事中危険」という道路標識を無視して疾走する。橋の中央部分が崩れ落ちて奈落の底のような暗い深淵を覗かせているハイウェイの手前でマセラティを止めたトビーに工事作業員が迂回路を示す。しかし、夜霧の中に白いボールと戯れる金髪の少女の姿を幻視したトビーは「俺が通れなかったら、悪魔に首をくれてやる!」と、泣き笑いしながら叫んで、マセラティを猛スピードで突進させる。

    かつて美少女を誘拐〜地下室に監禁して、美しい蝶々のように蒐集していた『コレクター』の青年、テレンス・スタンプの首が白いボールのように少女の足許に転がる!‥‥これは美少女という名の「悪魔のフェティシズム」だ。究極の恐怖は美少女そのものではないかという妄想も浮かぶ。美少女の可愛い笑顔と背筋が凍り着くような世にも怖しい表情‥‥天使と悪魔が共存する美少女マリナ・ヤルを子供の頃に映画館やTVの洋画劇場で観てトラウマになったという映画ファンも少なくないでしょう。ところが、「悪魔の首飾り」 の金髪少女は2人1役という説がある。少女(悪魔)役のマリナ・ヤル(Marina Yaru)は600人のオーディシ ョンの中から選ばれた1人だが、ロングとクローズアップで別人(2人1役)を起用しているという。つまり、白いボールを手に持った可愛い方の「手毬少女」がマリナ・ヤルちゃんではない可能性もあるわけです。

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    ポオの原作は色気に欠けるどころか、そもそも女性の出る幕がない。「メッツェンガーシュタイン」(1836)のフレデリック男爵とウィルヘルム伯爵は青年と老人だったし、「ウィリアム・ウィルソン」(1939)の主人公がイカサマ賭博をする相手のグレンディングは成金貴族の男子学生だった。「悪魔に首を賭けるな」(1841)の主人公トビー・ダミットが首を賭ける「悪魔」は小柄な老紳士の姿をしていた。ウィルヘルム伯爵を若い女性に、トランプ賭博の男子学生を黒髪の貴婦人に、「悪魔」を金髪の美少女に変えることで、銀幕に男女のエロティックな関係を生じさせたのである。『世にも怪奇な物語』のオムニバス3部作は3人の主人公の「死」で終わる。青年に愛憎の焔を燃やして焼死させた女と、自分の「良心」を殺した男の「死」は当然の報いという気もするが、トビー・ダミットは殺人の罪を犯したわけではない。「死」の誘惑に取り憑かれた末の「自殺」とも考えられる。あるいは、因果応報ではない理不尽な「死」がホラーの本質なのかもしれない。

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    世にも怪奇な物語

    世にも怪奇な物語(1967)

    • 出演:ジェーン・フォンダ / ピーター・フォンダ / アラン・ドロン / ブリジット・バルドー / テレンス・スタンプ / マリナ・ヤル
    • 監督:ロジェ・ヴァディム / ルイ・マル / フェデリコ・フェリーニ
    • メーカー:アミューズソフトエンタテインメント
    • 収録作品:黒馬の哭く館 / 影を殺した男 / 悪魔の首飾り
    • 発売日:2006/06/23
    • メディア:DVD


    世にも怪奇な物語

    世にも怪奇な物語(Histoires Extraordinaires)

    • あらすじ:黒馬の哭く館 / 影を殺した男 / 悪魔の首飾り
    • 解説:松村 達雄 / 大沢 よう子 / 田中 純一郎
    • 出版社:東宝株式会社
    • 発売日:1969/07/12
    • メディア:パンフレット


    ポオ小説全集 1

    ポオ小説全集 1

    • 著者:エドガー・アラン・ポオ
    • 出版社:東京創元社
    • 発売日:1974/06/28
    • メディア:文庫
    • 目次:壜のなかの手記 / ベレニス / モレラ / ハンス・プファアルの無類の冒険 / 約束ごと / ボンボン / 影 / ペスト王 / 息の喪失 / 名士の群れ / オムレット公爵 / 四獣一体 / エルサレムの物語 / メルツェルの将棋差し / メッツェンガーシュタイン / リジイア / 鐘楼の悪魔 / ...


    ポオ小説全集 3

    ポオ小説全集 3

    • 著者:エドガー・アラン・ポオ
    • 出版社:東京創元社
    • 発売日:1974/06/28
    • メディア:文庫
    • 目次:モルグ街の殺人 / メエルシュトレエムに呑まれて / 妖精の島 / 悪魔に首を賭けるな / 週に三度の日曜日 / 楕円形の肖像 / 赤死病の仮面 / 庭園 / マリー・ロジェの謎 / エレオノーラ / 告げ口心臓 / 陥穽と振子 / 鋸山奇談 / 眼鏡 / 軽気球夢譚 / 催眠術の啓示 / 早まった埋葬

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