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ルイス・ウェインの猫たち [a r t]


  • Louis Wain 1860-1939

  • ここにあげる、込み入った構造を持ちながらもひと目見て好ましさを覚えるべきイメージの作品群は、ルイス・ウェインが精神病院に収容されていた人生後期に、商業的なプレッシャ ーのない環境で描かれたものがその大半を占める。活気と強烈さを突きつけられるような印象を与えるかもしれないが、ただよろこびとともに鑑賞することもできるとわたしは考えている。実際、医師に判断をあおぐまでもなく、日に三度は楽しめる。これらの作品は美的観点のみを問題にして論じることが可能で、内なる感情やゆがんだ観察眼の産物だとか、内的な知的障害を視覚的に表現されたものだとか、その手の分析を必要としない。暑い夏の日にアイスクリームを食べるよろこびは、含まれる商品添加物のことを知ったところで増すわけではないのと同じだ。〔‥‥‥〕1924年から亡くなるまでの15年間、ウェインは精神病院という、締切りや借金などの雑事から解放される場所、安らかに芸術と向きあえる環境に置かれ、彼はここへいたって、真の営みというべきものを見いだした。
    クリス・ビートルズ「ルイス・ウェインの後期の作品」


  • □ ルイス・ウェインのネコたち(青土社 2023)クリス・ビートルズ
  • 英国の美術ディーラーが蒐集した19世紀ヴィクトリア朝、エドワード7世時代の猫画家ルイス・ウェイン(Louis Wain 1860-1939)の画集は大判(254×254cm)でズッシリ重い。絵画、絵本、ポスター、絵葉書、陶器製の動物「マスコット」などの図版約300点を収録している。擬人化した二立歩行の可愛らしいネコたちが意地悪く、気味悪く、怖しく、抽象化して行く様子が堪能出来る。左利きのウェインはサイン(鏡文字)を右手で、時には両手でネコの絵を描くこともあったという。ウェインは内気で親切な性格で自信のなさから、画業で一儲けしようという商売っ気もなかったので、絵も著作権も売り渡し、人気絶頂期にあっても経済的に困窮していた。著者クリス・ビートルズの 「ルイス・ウェイン序論」。評伝 「猫を描いた男」(Louis Wain: The Man Who Drew Cats 1968)を上梓したロドニー・デイルの長篇エッセイ 「キャットランド」(Catland 1977)をアップデート。ロイ・コンプトンによる月刊誌 「ジ・アイドラー」(The Idler 1896)のインタヴュー記事を転載している。

    ルイス・ウェインの 「わたしの猫の描き方」 と 「動物たちは自分の見た目をどう考えているか」。「ルイス・ウェイン年鑑」(1901-21)、「ルイス・ウェインと音楽」 「ルイス・ウェインと法と秩序」 「ルイス・ウェインと政治」 「ルイス・ウェインとスポーツ」 「ルイス・ウェインとファッション」 「ルイス・ウェインと食事」 「病めるときも健やかなるときもルイス・ウ ェインと」。漱石の「猫」にも登場した 「ルイス・ウェインからの絵葉書」 。日常の柵から解放された 「ルイス・ウェインの後期の作品」。デイヴィッド・ウートンの序論「未来派の招福マスコット猫」と35体のカタログ・レゾネ、年譜「ルイス・ウェインの生涯とその時代」。序文「ルイスになって」を寄せたのは映画 「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」(The Electrical Life of Louis Wain 2021)に主演したベネディクト・カンバーバッチ。帯イラスト「ねこをみつめる そしてみつめられる」を描いたのは日本の猫画家ヒグチユウコ。

  • 思うに、この本を買うようなお方は、さだめし猫好きの方であろう。/ だから、夏目漱石の『吾輩は猫である』も読んでおられるだろうが、もしも今手元にその本があったら、初めの方の第二節を開いてみていただきたい。そこには、苦沙弥先生の元旦の様子が語られている。/ 「吾輩」 は猫の特権で、御主人の膝の上にのっかっている。すると、下女が次々と年賀葉書を持 って来る。第一の葉書は画家からの年賀状で、何と 「吾輩」 の絵が描いてあった。しかし、苦沙弥先生はそれが自分の飼猫であることはおろか、何の動物かもわからない。「吾輩」 が人間の愚かさに思いをいたしていると、
      やがて下女が第二の絵端書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四、五疋ずらりと行
      列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている、その内の一疋は席を離れて机の
      角で西洋の猫じゃ猫じゃを躍っている。その上に日本の墨で「吾輩は猫である」と黒々
      とかいて、右の側に書を読むや躍るや猫の春一日という俳句さえ認められてある。
    南條 竹則 「キャットランドの猫絵描き」


  • □ 吾輩は猫画家である(集英社 2015)南條 竹則
  • 英ロンドン生まれの挿絵画家ルイス・ウェインの伝記本。コンパクトな判型(新書ヴィジュアル版)に、カラー・イラストや図版などが多数収録されている。6人兄妹の長男ウェインは23歳の時に妹たちの家庭教師だったエミリー・リチャードソンと結婚するが、その直後に彼女が乳癌に罹っていることが判明した。妻を慰めるためにウェインは白黒の子猫ピーターを飼って、猫の絵をスケッチして部屋を飾ったことから「猫画家」として数奇な人生が始まる。写実的な猫、コミカルな猫、擬人化した猫、意地悪そうな猫。絵本や年鑑、絵葉書などで絶大な人気を博するものの、母親と5人の妹を養わなければならなかったウェインの生活は逼迫して行く。渡米(1907年10月)と第一次世界大戦(1914-18)。三妹マリー、長妹キャロラインの相次ぐ死。ウェイン自身も急停車したバスのデッキから落ちて脳震盪を起こす。奇行癖が目立つようになったウェインは1924年、ロンドン・トゥーティングのスプリングフィールド病院の貧民病棟に入院させられて、分裂症(統合失調症)と診断された。

    病棟で描いた「万華鏡猫」と称される絵は抽象化して絨毯の模様のように見えなくもない。「完璧な猫」 と題された晩年の絵はアルハムブラ宮殿を背景にして、穏やかな茶色の猫が描かれている。「吾輩は猫画家である」 という表題は言うまでもなく、夏目漱石の 「吾輩ハ猫デアル」(1905)のモジリだが、安直なパロディやネーミングではない。《吾輩が主人の膝の上で眼をねむりながらかく考えていると、やがて下女が第二の絵端書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四、五疋ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている、その内の一疋は席を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを躍っている》と描写される、主人 ・苦沙弥先生の膝の上で微睡んでいた吾輩が見た「第二の絵端書」。これがルイス ・ウェインの描いた「猫の絵葉書」であることを本書の冒頭で、絵葉書とウェインの「原画」を掲載して実証しているのだから。原画には絵葉書でトリミングされた部分が描かれていた。左端の猫は「猫じゃ猫じゃを躍っている」わけではなく、猫教師に叱られて脅えていたのだ。

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  • ● The Glasgow School(Domino 2005)Orange Juice
  • 太鼓を叩く金色のネコが黒地に輝く‥‥1979年、英グラスゴーで結成されたネオ・アコ・バンド、オレンジ・ジュース(Orange Juice)がインディーズ時代に残したレア音源を纏めた編集盤。アルバム・カヴァに使われた「Postcard Records」のシンボル・マークは猫画家ルイス・ウェインのイラストだった。シングル4枚〈Falling And Laughing〉〈Blue Boy〉〈Simply Thrilled Honey〉(1980)、〈Poor Old Soul〉(1981)のA・B面、1stアルバム《Ostrich Churchyard》(1992)、未発表音源(BBC Peel Session 1981)、前身バンド(Nu-Sonics)の未発表デモ(Ramonesのカヴァ曲)をコンパイルした全23曲・66分。ハードカヴァ・デジパック仕様、ライナーノーツ(15頁)付き。イラストレーターの高田理香は「猫のレコード」の中で、《10代の頃、友人に録音してもらったカセットテープを擦り切れるほど聴いたものでした。これは彼らのPost Cardレーベル時代の音源をまとめたもの。だからジャケットの中央にはレーベルの象徴、太鼓を叩く猫のマークが金色に輝いているのです。昔からこの絵が大好きでした》と述懐している。

  • ● Happy Families ...Plus(Edsel 2008)Blancmange
  • ブラマンジェ(blanc-manger)は砂糖、牛乳、生クリーム、ゼラチン、アーモンドなどで作るフランスの冷菓。バヴァロア(bavarois)との違いは卵黄の有無にある。4月某日、借りていた雑誌を図書館に返却して、家電量販店でネコ写真をDPEした。写真が仕上がるまでの空き時間を利用して駅前公園へ行く。暫く見かけなかった三毛ネコと久しぶりに膝の上で旧交を温める。その後、レコード店に立ち寄って、「ネコード」 を捕獲した。英シンセ・ポップ・デュオ、ブラマンジェ(Blancmange)の1stアルバム《Happy Families》(London 1982)に、12インチ・ミックスなど全6曲を追加収録したリマスターCDだった。瀟洒な洋館の広い前庭で開かれたマッド・ティー・パーティ(A Mad Tea-Party)。ネコたちはヘッドフォンで音楽を聴きながら、紅茶とブラマンジェを振る舞われる。ヴィクトリア朝時代の猫画家ルイス・ウェインへのオマージュを込めたマイク・ブラウンロウ(Mike Brownlow)のカヴァ・イラストもキモ可愛らしい。オリジナルは 「ネコたちのお茶会」 でしょうか?

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  • まず、彼はわれわれの猫の見方を変えた。彼の作品と猫に対する献身によって、たんなる鼠捕りと見なされていた猫は、たぐいまれで謎めき、おもしろく、凶暴でいて愛情深く、独立心が強いなど、じつにさまざまな面をもつ猫科の友となり、いまもその地位を保っている。/ 第二に、そして(少なくともわたしにとっては)もっとも驚くべきことに、ルイスは猫の本質を際立たせようとして、さまざまな社交の場面や余暇活動や政治談義において擬人化した猫を描き、結果的に彼自身を含めたわれわれ人間の本質を映しだすことになった。彼は自分の時代と環境を観察しそれに反応し、「みずからが、動きまわる自然に向かってかかげた鏡たれ」 という芸術家としての使命をまっとうしたのだ。それまで神話のなかの神々や魔女や悪事の仲間として遠ざけられてきた猫たちを私たちのそばへ、家のなかへと招き入れた。そばにやってきた猫はペットとして受け入れられた。家のなかでそのふるまいを観察してみると、われわれの映画のなかでエミリー・リチャードソンがいったとおり、「滑稽で、愚かで、かわいらしくて、さみしそうで、こわがりで、勇敢で──わたしたちとおんなじ」。
    ベネディクト・カンバーバッチ 「ルイスになって」


  • ■ ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ(The Electrical Life of Louis Wain 2021)
  • ベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)が猫画家ルイス・ウェインに扮した伝記映画。画集と評伝はネコたちの絵画と数奇な生涯がメインだったが、映画は妹たちの家庭教師エミリー・リチャードソン(Emily Richardson 1850-87)と長妹キャロライン(Caroline Wain 1862-1917)、飼い猫ピーター(Peter 1882-1898)にもスポットが当たる。ウェインは乳ガンを患っている妻エミリーの気晴しだった白黒ハチワレ猫ピーターのスケッチを何枚も描いて慰安したという。カンバーバッチは画集の序文の中で、《忘れないで。どんなに大変でも、どれほど苦しいと感じても、世界は美しいもので満ちているということを。それをとらえ、観察して、できるだけ多くに人々と分かちあう、ルイス、それはあなたの仕事よ。あなたというプリズムで命の光を屈折させて》というエミリー役のクレア・フォイ(Claire Foy)の励ましの言葉を引き、実際にエミリーが言ったかどうかは重要ではないと書いている。ウィル・シャープ(Will Sharpe)監督は 「SHERLOCK」(BBC 2012)に出演していたが、H・G・ウェルズ役のニック・ケイヴ(Nick Cave)との繋がりは?

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    • ルイス・ウェイン関連の記事(画集・評伝・ネコード・映画)を纏めてみました^^;

    • 「吾輩は猫画家である」、Orange JuiceとBlancmangeの「ネコード」は再録です

    • ルイス・ウェインの原画と絵葉書、映画のスチール写真5枚がランダム表示されます
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    ルイス・ウェインのネコたち

    ルイス・ウェインのネコたち

    • 著者:クリス・ビートルズ(Chris Beetles)/ 高里 ひろ(訳)
    • 出版社:青土社
    • 発売日:2023/02/16
    • メディア:大型本
    • 目次:ルイスになって / ルイス・ウェイン序論 / キャットランド / ルイス・ウェインの初期の名声 / 「犬のようにして崇高」 / わたしの猫の描き方 / ペットの世界 / 動物たちは自分の見た目をどう考えているか / ルイス・ウェイン年鑑 / ルイス ・ウェインと音楽 / ルイス・ウェインと法と秩序 / ルイス・ウェインと政治 / ...


    吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝

    吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝

    • 著者:南條 竹則
    • 出版社:集英社
    • 発売日:2015/06/17
    • メディア:新書
    • 目次:キャットランドの猫絵描き / ナショナル・キャット・クラブ / アメリカ行きと第一次世界大戦 / 万華鏡猫 / あとがき / 参考文献・引用出典一覧


    The Glasgow School

    The Glasgow School

    • Artist: Orange Juice
    • Label: Domino
    • Date: 2006/02/01
    • Media: Audio CD
    • Songs: Falling And Laughing / Moscow / Moscow Olympics / Blue Boy / Love Sick / Simply Thrilled Honey / Breakfast Time / Poor Old Soul (Part One) / Poor Old Soul (Part Two) / Louise Louise / Three Cheers For Our Side / In A Nutshell / Satellite City / Consolation Prize / Holid...


    Happy Families ...PLUS

    Happy Families ...PLUS

    • Artist: Blancmange
    • Label: Edsel
    • Date: 2008/09/16
    • Media: Audio CD
    • Songs: I Can't Explain / Feel Me / I've Seen The Word / Wasted / Living On The Ceiling / Waves / Kind / Sad Day / Cruel / God's Kitchen / Living On The Ceiling (Extended Version) / God's Kitchen (12" Mix) / Feel Me (Extended 12" Version) / Feel Me (7" and 12" Instrumental) ...


    ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ

    ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ

    • 監督:ウィル・シャープ(Will Sharpe)
    • 出演:ベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)/ クレア・フォイ(Claire Foy)/ アンドレア・ライズボロー(Andrea Riseborough)
    • 販売元:Happinet
    • 発売日:2023/07/05
    • メディア:Blu-ray
    • 内容:君とネコの思い出が、永遠に僕を守ってくれる。夏目漱石にも影響を与え、英国で爆発的な人気を博したネコ画家ルイス・ウェイン。彼を守り続けた妻とネコと...

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