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皆川幻想館 [b o o k s]



  • 今、当時を思い出しながら書いていて、ただ一作のために、なんと大勢の方々がバックアップしてくださったことか、と鼻の奥が痛くなる。差し向かいで、編集長は作品の欠点を細かく指摘してくださった。帰宅してから、資料を集め、隠れキリシタンの伝統が続く生月島やイエズス会が布教の拠点としたマカオに取材にも行き、ほとんど新作に近いほど大幅に書き直し、郵送した。当時はまだ、〈家庭の主婦〉が、自分だけの時間、自分だけの場所を確保するのは、なかなかに難事であった。指定された日に、偕成社に行った。「これは、うちで本にします」 編集長の言葉を、一語一句、間違いなく記憶している。どれほど記憶力が低下しても、この一言は忘れられないだろう〔下線引用者〕。編集長は、さらに細かく訂正すべき箇所を指摘してくださった。その場でも直せるような簡単な部分であった。タイトルがよくないと言われ、いろいろ考えた末、『海と十字架』に決まった。社を辞してから、駅に向かう途中、道端の石に腰を下ろし、チェックされた箇所に手を入れた。偕成社に取って返し、編集長に手渡した。
    皆川 博子「新宿薔薇戦争 清水邦夫『ぼくらが非情の大河をくだる時...


  • □ 海と十字架(偕成社 1972)皆川 博子
  • デビュー作は児童書(小学上級以上向)だったが、少年たちの友情や為政者による弾圧や虐殺など、後に幾度も変奏されるテーマであることに胸を衝かれる。慶長19年(1614)、ポルトガル商館の下で働く伊太と弥吉は小さな伝馬船を漕いで長崎から堺へ逃げ出そうとして密航するが、木屋助右衛門の朱印船に乗ってアマカワ(マカオ)に着いてしまう。2人は木屋の出店の主人・小鉄、イエズス会の日本人マチアスと出会う。伊太は9歳の時にキリシタン狩りで親兄妹が火刑に処されてから、キリシタン、バテレン嫌いとなる。マチアスの母ルシアは肥後の領主・加藤主計頭清正の側室の1人で、磔刑に処される前に3歳の愛児をマカオへ帰る宣教師に託した。日本へ帰る途中、朱印船が大嵐に遭った夜に小鉄が「事故死」する。いかり綱に足が絡まり、強風に煽られて帆柱に頭を打つけて死んだことに責任を感じて落ち込んでいた伊太に船長・与惣次が真相を仄めかす。出店の金の使い込みがバレそうにな った黒市(按針)が口封じのために小鉄を絞殺したらしい。黒市はマカオで日本人女性たちの人身売買をしていた。伊太は殺された小鉄小父さんの仇討ちを強く誓うのだった。

    元和2年(1616)、ディオゴ=デ=カルバリオ神父(パードレ)とマチアス(イルマン)がガレオン船に乗ってマカオから日本へ向かう。マチアスは青物屋で働いている弥吉、淀川で〈おけ船〉の櫓を漕ぐ伊太と1年振りに再開する。伊太はマチアスと一緒に津軽の鬼沢村で荒れ地を開墾して暮らしている流人衆に支援金を届ける旅に出る。2人の後を追って来た弥吉がキリシタン狩りで拷問された信徒が口を割って、津軽行きが役人に知られたことを伊太に告げる。2人は用心深く山越し(関所破り)しながら野宿を続ける。吹雪の中で道に迷 って遭難しかけ、マタギ(狩人)の小屋で養生する。鬼沢村に辿り着いた2人は尾形兵庫に支援金を渡す。伊太は三男・数馬に剣術を教わり、マチアスは次男・十次郎と布教に行く。4人が訪れた猿渡村では十次郎の懸想しているタカが父親を看病していた。マチアスは津軽に残り、伊太は大阪に戻る。黒市を追って江戸へ旅立つ伊太、山仕置奉行からの命令で鉱山人足となったマチアスと十次郎。伊太は弥吉からの援助金を元手に南蛮貿易の船主となるが、それはマチアスを訴人した賞金だった。伊太はマチアスを救うために津軽へ出航する。

  • □ インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー(早川書房 2021)皆川 博子
  • 18世紀ロンドンを舞台にした『開かせていただき光栄です』(2011)を端緒とするバートンズ・シリーズ最終作。『アルモニカ・ディアボリカ』(2013)のラストで新大陸に渡ったエドワード・ターナーはアシュリー・アーデン(先住民族モホーク)を殺害した容疑で投獄されていた。殺人の理由を訊くようにモーリス・ウィルソン(アシュリーの友人)から依頼された記者ロデリック・フェアマンが囚人エドと面会する冒頭のシーンは 「羊たちの沈黙」(1988)を想わせる。レクター博士はクラリスに意味ありげなヒントを仄めかすだけだが 、エドワードは当事者である。ロディ(俺)が囚人にインタヴューする「調査」と英国増援軍の補給隊隊員となったエドとクラレンス・スプナーたちが遭遇する一連の怪事件をアシュリ ー(私)が語る「犯行」の2つの章を交互に挿み込む構成。アシュリーが遺した「手記」の異変を読み解くことで、エド(安楽椅子探偵)とロディが独立戦争中に起こった大陸軍スパイの陰謀を暴く歴史ミステリー。クラレンスはアルバート・ウッドに宛てた手紙の中で 《人間と人間の戦いとは思えない。野獣の殺しあいだって、これほどじゃない》と記す。

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  • ■ トマト・ゲーム(講談社 1974)皆川 博子
  • 70年代に発表した第1短篇集。犯罪サスペンスやミステリの衣裳を纏っているが、その裂け目から作家の目指す「華麗な狂気」が漏れ出る。2人の少年・ノブと羽島が1人の娘・利枝を争って、工場裏の空地でコンクリート壁面に全速力で驀進するチキン・レースに挑む 「トマト・ゲーム」(1973)。転校する同級生・皓ニからカトキン(コノハズク)を譲り受けた腐女子・令(中3)が1年前の父親と同じように家出する 「アルカディアの夏」(1973)。N初等少年院から退院した野本亘の部屋を盗聴する姉・亜也が抹殺計画を企てる 「獣舎のスキャット」(1973)。私立Q高校生の真垣喬之(高3)が医学部志望のライヴァル2人、村越靖夫を自殺に見せかけて殺害し、高須理彦に容疑をかける 「漕げよマイケル」(1974)。ガソリン・スタンドで働く青年・室矢市郎は運送会社の男たちに輪姦されそうになった迪子(中3)に命じられて男子寮に放火するが、彼女に見放されて自殺未遂する。痴呆状態に陥 った市郎を中井英樹(中1)がドーベルマンとして飼育する 「蜜の犬」(1974)。

    最終電車に乗り合わせた隣席の男性が読んでいた週刊誌の記事に興味を惹かれた初老の男がエッセイ(アイデースの狂宴)の著者・矢代喬司、ブルーフィルムを演出したアングラ演劇の主宰者・由木武美、その両親・由木定雄と夏枝に辿り着く 「アイデースの館」(1976)。家政婦会から派遣された倉田良江が小学校(国民学校5・6年)の級友だったことから、木崎葉子の回想と妄想が交錯する 「遠い炎」(1975)。内科医・日下絢子が甥の唐津俊夫(大4)に伴われて来た、フェンシングの練習中に負傷した鈴木和重に惹かれる 「花冠と氷の剣」(1973)。単行本は 「トマト・ゲーム」 「アルカディアの夏」 「獣舎のスキャット」 「漕げよマイケル」 「蜜の犬」 の全5篇、講談社文庫(1981)は「獣舎のスキャット」 「蜜の犬」 を 「アイデースの館」 「遠い炎」 「花冠と氷の剣」 と差し替えた6篇、ハヤカワ文庫版(2015)は割愛された2篇を増補・加筆修正した全8篇を収録している。「アルカディアの夏」 に頭脳警察のパンタ(パンダじゃないよ)、「獣舎のスキャット」 にピンク・フロイドが出て来る。皆川博子先生はロック好きなのかしら。

  • ■ 鳥少年(徳間書店 1999)皆川 博子
  • 精神病院で実施されている絵画療法を取材した作家・江森朔郎と医師・穂積桃子、看護婦・小野和子などの手紙による書簡体ミステリ 「火焔樹の下で」(1977)。旅芝居一座の楽屋裏を舞台とした掌篇 「卵」(1985)と 「黒蝶」(1984) 。有原病院の末娘・夏代と武地耕次男(ミニコミ誌サークル)、須賀光子(アマチュア詩人)の3人が別荘でバーベキュー・パーティを開く 「血浴み」(1983)。叔父・中戸敬司の妻・美也に夫の浮気を相談に行った依子がソファで眠っている2人の若い男に化粧を施す 「指」。肉屋の2階に下宿した娘(わたし)がベニヤ板の仕切りと天井の隙間から隣室の若い女性を覗き見る 「密室遊戯」(1981)。新婚旅行で異国のホテルに泊まった友紀子が季男のバッグの中に紛れ込んだ銅鏡(魔鏡)を見つける 「坩堝」(1991)。吹雪でゲレンデのナイターが中止になったロッジのホールで開かれたロック・バンドのライヴ中に、ケイコ(小2)とミキオが両親(母と父)の再婚を妨害しようと画策する掌篇 「サイレント・ナイト」(1984)。

    「私」の行きつけの美容院の白川佐保子(同僚の桜井六也の写真を撮った)が無理心中の相手にされて刺殺される 「魔女」(1979)。創作舞踊『玉虫物語』で主役の若者を演じた姉が終演後数日して台本を書いた男と心中し、「私」 が遺体を庭の欅の根元に埋葬する 「緑金譜」(1988)。1年に1度だけ逢瀬する八千代と秋生が〈鬼姫滝〉を目指して歩き、二叉で分かれる 「滝姫」(1979)。夕紅葉の下に茣蓙を敷いて飯事をしていた少女が男の子と蠟燭で遊ぶ掌篇 「ゆびきり」(1999)。矢藤鳰子を暴行した少年たちの1人・木谷秋久(運動性失語症)を彼女が保護観察する 「鳥少年」(1983)‥‥全13篇を収録した初期単行本未収録短篇集。創元推理文庫(2013)は永子が妹・芦子の不倫相手・春原明男の部屋で諫死する 「泣く椅子」(1980)、ユウコのために校長の飼い犬を殺して片目になった青木が中学のクラス会の通知を出した次の日に無理心中する 「バック・ミラー」(1980)、周子が義母の連れ子・慈子を鈍色の沼に突き落とそうとする掌篇 「沼」(1989)の3篇を増補。髪に花輪を飾り、半身を沼に沈めた女性を描いた文庫版のカヴァ・イラストは伊豫田晃一の「美女と野獣」。

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  • ○ マイマイとナイナイ(岩崎書店 2011)皆川 博子(作)/ 宇野亜喜良(絵)
  • 「怪談や幻想文学の第一線で活躍する作家たち」と「ベテランから新進まで異彩を放つ作風で実績ある画家たち」がコラボした〈怪談えほん〉シリーズ。『絵小説』(集英社 2006)は皆川博子の選んだ詩に宇野亜喜良が絵を描き、彼女が短篇を書くという試みだった。「絵本」 は皆川博子の文に宇野亜喜良が絵をつけている。マイマイが見つけた弟ナイナイは小さくて両親には見えない。姉は小さな弟を胡桃の殻の中に入れる。大きな森へ花を摘みに行った時、マイマイは白い馬に蹴飛ばされて右目を失う。壊れた目に胡桃を嵌めた。ナイナイは胡桃の中から外を見る。姉が眠っている時に殻を開けると。部屋の中に夜の夢が拡がっていた。夜の夢の尻尾を捕まえて、胡桃の殻に引きずり込む。殻の隙間から夜の夢がマイマイの頭の中に流れ込む。ナイナイは夜の夢に誘われて、胡桃から飛び出す。空っぽになった殻の中に夜の夢はマイマイの心を押し込む。夜の夢で胡桃を包み、その上に腰かける。マイマイの心は胡桃の外へ出られない(原文は平仮名と片仮名)‥‥「だれか たすけて、マイマイを」

  • ■ 皆川博子随筆精華 ll(河出書房新社 2021)皆川 博子
  • 皆川博子のエッセイ集第2弾は「解説&書評集成」である。全63篇を 「ミステリ」 「時代小説」 「海外文学・コミック・現代文学・ノンフィクション」 「幻想・SF・ホラー」 の4ジャンルに分類して、前・後半の幕間に本の腰巻きに寄せた「推薦文」9本を挿み込んだ構成。江戸川乱歩、南條範夫、北村薫、竹本建治、綾辻行人、小栗虫太郎、小池真理子、東野圭吾、恩田陸、倉田啓明。藤沢周平、山田風太郎、久世光彦、宇江佐真理。ホセ・ドノソ、ボアロ ー=ナルスジャック、アガサ・クリスティー、エドワード・ケアリー、C・J・サンソム。赤江瀑、中井英夫、津原泰水、京極夏彦、宮木あや子など、著者には『辺境図書館』(講談社 2017)、『彗星図書館』(2019)という読書エッセイ・シリーズも「群像」で連載中だが、皆川博子が偏愛する「辺境」は幅広く奥深い。つのだじろう、坂田靖子のコミック、吉田良一(吉田良)の人形写真集や「夜想#中川多理」、伊豫田晃一の画集(別冊小冊子)にも書いているのだから。

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    海と十字架

    海と十字架

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:偕成社
    • 発売日:1983/10/01
    • メディア:単行本(偕成社文庫 3111)
    • 目次:海のはての国 / 伊太とマチアス / 旅だち / 流人の村 / 伊太の船 / 海と十字架 / 解説・大石 真

    皆川博子コレクション 5 海と十字架

    皆川博子コレクション 5 海と十字架

    • 著者:皆川 博子 / 日下 三蔵(編)
    • 出版社:出版芸術社
    • 発売日:2013/11/25
    • メディア:単行本
    • 目次:海と十字架 / 炎のように鳥のように / シュプールは死を描く / 暗い扉 / 戦場の水たまり / コンクリ虫 /「海と十字架」作者と作品について・大石真 /「炎のように鳥のように」解説・岩崎 京子 / 後記・皆川 博子 / 編者解説・日下 三蔵

    インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー

    インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2021/06/16
    • メディア:単行本(ハヤカワ・ミステリワールド)
    • 内容:作家生活50年目を迎える著者の集大成、魂を揺さぶる傑作歴史本格ミステリ、エドワード・ターナー三部作、ついに完結!


    トマト・ゲーム

    トマト・ゲーム

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2015/06/04
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫 JA ミ 6-6)
    • 目次:トマト・ゲーム / アルカディアの夏 / 獣舎のスキャット / 蜜の犬 / アイデースの館 / 遠い炎 / 花冠と氷の剣 / 漕げよマイケル / 解説・日下 三蔵


    鳥少年

    鳥少年

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:東京創元社
    • 発売日:2013/10/23
    • メディア:文庫(創元推理文庫)
    • 目次:火焔樹の下で / 卵 / 血浴み / 指 / 黒蝶 / 密室遊戯 / 坩堝 / サイレント・ナイト / 魔女 / 緑金譜 / 滝姫 / ゆびきり / 鳥少年 / 泣く椅子 / バック・ミラー / 沼 / 解説・日下 三蔵


    マイマイとナイナイ

    マイマイとナイナイ

    • 著者:皆川 博子 / 宇野 亜喜良(絵)/ 東 雅夫(編)
    • 出版社:岩崎書店
    • 発売日:2011/10/07
    • メディア:大型本(怪談えほん 2)
    • 内容:皆川博子と宇野亜喜良コンビによる、美しく、怖い物語。 マイマイは、小さい小さい弟、ナイナイをみつけた。マイマイは、ナイナイをこわれた自分の右目にいれて、そっと右目をあけてみる。すると、そこには不思議な世界がひろがっていた


    皆川博子随筆精華 ll 書物の森への招待

    皆川博子随筆精華 ll 書物の森への招待

    • 著者:皆川 博子 / 日下 三蔵(編)
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2021/07/27
    • メディア:単行本
    • 目次:ミステリ / 時代小説 / 幕間|推薦文 / 海外文学/コミック/現代文学/ノンフィクション / 幻想/SF/ホラー / あとがき / 編者解説・日下 三蔵

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