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青い月の夜に [c o m i c]



  • 手法上の工夫、もしくは実験を石森章太郎ほど企てるまんが家はいない。これまでもまんが家自身がドラマの中で顔をだすことは、愛敬として、また道化的プロモーターともいうべき狂言まわし役として、しばしばいろんな作家のまんがにみられたことである。「氷の花」 「雪の日に」 では、まんが家自身とその妹を、「きのうはもうこない、だがあすもまた‥」 では、まんが家とそのファンを登場させている。そのかぎりではなんの不思議もないのだが、ただ他の作品群とちがっているのは、即興的に水の泡のような愛敬で単に用いられているのではなく、作品自体と深くかかわらせていることである。たとえば「氷の花」では、妹とまんが家の兄弟的、日常的ふれあいによるギャグ的展開ですべりだす。「宿題」 をはさんで二人の兄弟のやりとりでそのまますすんでいくのである。世界の幽霊の話を取材に兄のところへ妹はやってきたのだが、兄はすぐに答えられず、参考書をめくる時間かせぎに自作を読ませる。その読んでいるものがそっくり私たちは作品としてみることができるわけだ。
    草森 紳一 「まんが家自身の登場」


  • ■ 青い月の夜(少女クラブ 1960)石森 章太郎
  • 子供部屋のドアを少し開いて階下を不安そうに覗き見る少女アコ。両親が親権を言い争う喧嘩をしていた。窓ガラスに指で「パパ バカ」と書く。シルクハットを被ったペンギン人形(ボクちゃん)に語りかける。室内に月の光が差すと、ペンギンが話し出す。1年に1度だけ青い月の光を浴びると、一晩だけ動いたり話したり出来るようになるという。月に向かって「エムオーオーエヌ」と3回唱えると、アリスのように躰が小さくなる。ネズミに襲われそうになるが、「エヌオーオーエム」 と逆に言うと元の大きさに戻った。人形たちは「人形の騎士に恋をして死んでしまった女の子、赤毛のリリー」の物語を歌う。彼らが踊り出すとママ人形が泣き出し、アコが子守唄を歌ってあやす。「うるさい」 と怒鳴って一本足の兵隊人形が暴れ、少女が宥める。絵の中のバレリーナも踊り出す。窓辺の少女は人形だったというバレー劇。アコがネズミに攫われる。呪文を唱えて元の大きさに戻ろうとするが、高く昇った月が黒い雲に隠れてしまう。一本足の兵隊がアコを救おうとするが‥‥。

  • □ 氷の花(少女クラブ 1959)石森 章太郎
  • 『氷の花』を車内で読んでいた少女は椎名町四丁目で下車してトキワ荘を訪れる。夏休みの自由研究「ゆうれいやおばけについて」を兄(石森)に手伝ってもらうために。〆切が迫った原稿(少女クラブ夏の増刊号)を仕上げる間に、妹は兄の描いた「青い目のお人形」を読む‥‥洋子から奪った青い目の人形を義弟が庭に投げ捨てると、黒い犬が咥えて行ってしまう。弟に泣きつかれた義母に謝られ、父親に叱責されるが、死んだママのことが忘れられない洋子は家を飛び出す。霧の中で青い目の人形にそっくりの少女フランソワと出合う。女中のサンダースと2人だけで住む洋館に招かれた洋子は少女に説得されるが、別れ際に少女が黒い犬に襲われる。雨の中で泣いている洋子を発見した警官によると、少女のいた洋館は3カ月前から空き家だった。洋子は青い目の人形を見つけ、心配して探しに来た義母と抱き合う。読み終えた妹に兄が日本の四谷怪談や中国、イギリス、ドイツなど、世界の幽霊について講釈していると、石森選集編集部から原稿催促の電報が届く。

    妹の夏休みの研究ノート「怪談について」を猫のミーコが咥えて外へ出てしまう。兄妹が後を追って行った家はネコたちの「おばけやしき」だった。木に縛りつけられ、火焙りにされたところで夢から醒める。サン・サースの「死の舞踏」やシューベルトの「魔王」、文豪のゲーテやシェークスピア、上田秋成、芥川龍之介など、一流の作家はスリラーを書いていると独り言つ兄は妹に今描いているスリラー「魔女オーロラ」を見せる‥‥ある村に吸血鬼の噂が流れる。喉に咬みつかれて貧血状態で倒れていた娘。夜な夜な白いネグリジェを着た女に村娘たちが襲われていた。義妹オーロラと恋人フィリップの逢瀬を妬む義兄ダニエル。ある朝オーロラが寝室で目醒めると、義母が喉を咬まれて床に倒れて気を失い、オーロラの唇に血痕が着いていた。彼女は自分が吸血鬼だったとフィリップに告白する。不審に思った恋人がオーロラの寝室に隠れていると、深夜に入って来た義母が睡眠薬で眠らせた彼女を自分の連れ込んで、自ら喉に傷を着け、オーロラの唇の周りに血を着けていた‥‥。

  • □ 雪の日に(少女クラブ 1960)石森 章太郎
  • マンガ家の兄と妹の「おやつの時間。仕事の手を休めた兄が窓の外の降りしきる雪からアイデアを思い描く。「ある小さな町のかたすみの雪のふる夜のおはなし」‥‥花売りの女の子が転んで、花が散らばってしまう。凍えた手で顔を覆って泣き出した少女に全身真っ白な子供が声をかける。白い子供が片手を上げると散らばっていた花が踊り出す。雪ん子が踊った後に美しい雪の結晶が現われて、くるくる回り出す。遊んでいると思った親方が少女の頬を殴る。もう一度殴ろうとして手を上げると雪ん子が男を凍らせる。倒れている少女を抱き起こそうとするが、手を触れたことで冷たく凍って死んでしまう‥‥兄が妹にマンガのアイデアやストーリについて講釈していると、ファンの女の子から手紙と原稿が届く。兄は妹を弟子になりたいという少女に見立てて、その顛末を思い描く。少女が送って来たマンガ原稿「かぐや姫」を兄が改変して妹に物語る。

    竹を切りに来た老夫の前に金色の髪の少女が現われる。身寄りのない少女を可哀想に思って家に連れて帰るが、恐妻に追い返される。老夫は別れ際に少女から綺麗な光る石(月の欠片)をもらう。光る石を手にした妻は態度を急変させて、少女カグヤを娘に迎える。薪を拾いに行ったカグヤは森の動物たちと寛ぐ。イノシシに襲われそうになったが、風麻呂が弓を射てカグヤを救ける。狩りに来ていた倉持皇子がカグヤに懸想する。老夫の家に大量の貢ぎ物が届く。倉持皇子の使いで訪れた風麻呂がカグヤを嫁にしたいと告げる。嫁に行きたくないカグヤは無理難題の条件を出す。竜の首に着いている五色の玉を取って来て欲しいと。十二単を着て風麻呂の無事を月に願うカグヤ姫‥‥風麻呂が持って来た竜の玉は倉持皇子が職人に作らせた贋物だった。カグヤが倉持皇子を問い詰めると、風麻呂は海で嵐に遭って死んだと告白する。悲嘆に暮れたカグヤ姫は迎えに来た雲に乗って月の世界へ飛び立つ‥‥。

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  • □ きのうはもうこない、だがあすもまた‥(少女クラブ 1961)石森 章太郎
  • 同名の短篇を描き終えたマンガ家の許にファンの少女(双子姉妹)が訪ねて来る。2人は作者が寝ようとしていた布団を片付けて、仕事部屋の掃除を始める。作者はマンガ家志望の姉妹に、マンガを描き始めた中学1年頃の楽しかった思い出や勉強よりも遊んでおいた方が良い、二度と昔や昨日には戻れないからという話をして、最近作を見せる‥‥ある青年がフランス大使館の鉄柵越しに女の子と出会うが、少女は裏庭の奥へ駆け去ってしまう。出版社に持ち込んだ原稿の掲載を断られた帰りに、青年は昨日の少女と再会する。二日間食べていないと言うと再び姿を消す。「おなかの虫のかぜ薬」 を持って戻って来た少女は少し大きくなっていた。少女はミミ、青年は水島健二と互に名乗り合う。誰何された警官に大使館のお嬢さんと話していたと告げる。ところがフランス大使に娘はいなかった。少女に貰った薬を含むとお腹が一杯になった。一晩留置所で過ごした青年は美しく成長したミミと三度出会う。

    青年は町を見物したいというミミを自分の住む下宿に案内する。翌日、少し成長したミミと売れない貧乏マンガ家の水島健二は雪の降る中を散歩する。一周間後、健二の下宿を訪れたミミは大変なことが起きたと話す。「お別れに来たの。フランスに帰るの。原子戦争が始まりそうなの」 ‥‥泣き伏して机の上の原稿を濡らしてしまったミミは健二が変節したこと、生活するために売れるマンガを描いていることを知って失望する。立ち去ったミミを追って行 った健二は大使館の裏庭でタイムマシンを発見した。「今から50年後に発明されるの‥‥過去にも未来にも自由に行ける機械よ」 ‥‥ミミは50年後の未来から来ていたのだ。この世界で暮すことを決心したミミは核戦争が始まる前に、パパやママにお別れがしたいと言い残してタイムマシンに乗って消える。雪の降る夜に1人佇む青年。ミミは50年後の未来から帰って来られるのか?‥‥成長する少女ミミは「ジュン」に登場する不思議少女の原型である。

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    「青い月の夜」(1960)は1年に1度だけ青い月の光を浴びると、人形や絵の中のバレリーナが一晩だけ動いたり話したり出来るようになるという設定だが、お化けや妖精たちが集うコロナ禍のハロウィンは実に46年振りの満月、しかも「ブルームーン」だった‥‥といっても青い満月が見えたわけではない。「ブルームーン」には少なくとも2つの定義がある。文字通り青く見える月と、ひと月に2度目の満月(月の満ち欠けの周期が約29.5日なので、ひと月に2度満月になることがある)‥‥今年(2020)の10月は2日と31日が満月だった。「氷の花」(1959)に「ゲーテのファウストという詩のなかにはハロウィン・デーとかいうおばけのよりあいのことがかいてある」というマンガ家(作者)の科白がある。60年前の日本人にとって、「ハロウィン」 は縁遠いイヴェントだったのではないか。人口に膾炙したのは映画 「E.T.」(1982)以降のことではないか。ハロウィンの夜、ブルームーンを眺めて想い出す‥‥エリオット少年とE.T.が乗る自転車もブルームーンを背景にして宙を飛んだことを。

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    • 「石ノ森章太郎萬画大全集 9-37・34」(角川書店 2008)と 「石森章太郎選集 2」 (虫プロ商事 1969)をテクストに使いました

    • 「ブルームーンとは? きょうは10月2度目、2020‥‥」(Huffpost)を参照しました

    • 意図したわけではないけれど、拙記事とブルームーンがシンクロしちゃいました^^
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    青い月の夜 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 9-37

    青い月の夜 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 9-37

    • 著者:石森 章太郎
    • 出版社:角川書店
    • 発売日:2008/02/29
    • メディア:コミック
    • 目次:青い月の夜 / 雪の日に / 氷の花 / 白いばらの物語 / かげろう / 雪おんな / ガラスのマリ / イラストコレクション


    白鳥の湖 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 9-34

    白鳥の湖 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 9-34

    • 著者:石森 章太郎
    • 出版社:角川書店
    • 発売日:2008/02/29
    • メディア:コミック
    • 目次:白鳥の湖 / きのうはもうこないだがあすもまた‥‥ / 金色の目の少女 / イラストコレクション


    青い月の夜 ── 石森章太郎選集 2

    青い月の夜 ── 石森章太郎選集 2

    • 著者:石森 章太郎
    • 出版社:虫プロ商事
    • 発売日: 1969/11/15
    • メディア:コミック
    • 目次:青い月の夜 / みどりの目 / きのうはもうこない、だがあすもまた / 雪の日に / 氷の花 / 雑感・草森 紳一 / 作品メモ


    青い月の夜 ── 石ノ森章太郎デジタル大全

    青い月の夜 ── 石ノ森章太郎デジタル大全

    • 著者:石ノ森章太郎
    • 出版社:講談社
    • 発売日:2014/10/31
    • メディア:Kindle版
    • 目次:青い月の夜 / 雪の日に / 氷の花 / 白いばらの物語 / かげろう / 雪おんな / ガラスのマリ / イラストコレクション

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