SSブログ

狡いウイルス [p a l i n d r o m e]



  • 私は改めて安富君のテ−ブルに視線を戻しました。B子は「彼」に何か話しかけながら、新しく抜いたビールの壜を傾けて彼のコップを満たそうとしておりました。彼女のその剥き出した腕と白い背中が、私の斜め下にありました。そして私がオヤと思った瞬間、もう彼女の首筋は私の足もとに沈み、私の身体は、まるで水底を離れた気泡のように天井目がけて一直線に昇りはじめ、やがて私の背中は安富君とならんで冷たい壁に貼りついてしまったのです。/ ── 二人は広い店内を斜め上から俯瞰しました。それまで私の耳を領していた人々の高い話し声や、コップの触れ合う音や、それらに掻きまわされていた音楽の騒音などが、突然ピタリと消え失せ、ただワーンというような均等の響きとなってあたりにただよっていました。そしておそろしく遠のいてしまった人々の人形のような姿を、まるで手術室の無影灯のような白い光が、遍く一様に照らし出していました。/ 私は、自分の頭蓋が空っぽになっていることを自覚しました。全視野が健康に解きはなたれ、遥かの下界のフロアの隅を這いまわるゴキブリの姿まで、私はくっきりと網膜にとらえることができました。
    藤枝 静男 「空気頭」


  • □ 寛ぐ婦警バズり汗。ロビー、広瀬アリスは池袋着く
    東京都豊島区は 「消滅可能性都市」(2014)に指定されている。バブル期(1985~1991)の地上げで多くの区民が流出してしたためか、某アイドルが卒業した小学校として知られる母校も2003年に廃校になってしまった(選挙の投票場が図書館の地下だったりする)。危機感の表われなのか、池袋周辺の再開発が進められている。老朽化した豊島公会堂(1950)が新複合商業施設「ハレザ(Hareza)池袋」に建て替えられ、リニューアルされた中池袋公園に「新ふくろう像」が出現した。その日、ハレザ周辺は多くの警察官によって厳重警戒されていた。ミニパトカーで交通違反や不法駐車を取り締まっている婦警たちも警備に狩り出された。施設内に時限爆弾を仕掛けるという強迫メールが区役所に届いたからだ。爆弾魔ザレハの爆破予告はネットでも炎上していた。出演した映画のプレミア試写会の舞台挨拶のために池袋に着いた広瀬アリスは公園やロビーの物々しい警備体制に驚いた。

    □ 肌を焼いた常日頃。喜び熱帯夜を打破
    猛暑の夏、日焼けサロンに通い続けた日本人がいた。ガン黒どころか全身真っ黒け。筋トレも毎日欠かさない。「ブラック・ライヴズ・マター」(Black Lives Matter)を地で行く男のように見られてしまうが、米黒人の人権運動に感化されたわけでも、全身を黒塗りして黒人を揶揄するような意図も全くない。生身の躰を鍛えたボディビルダーのように、生っちょろい黄色から黒褐色の肌になりたかっただけだ。女性になりたい男性や男性になりたい女性がいるように、白人になりたい黒人もいるし、黒人になりたい白人もいる。人間を外見や肌の色で差別しない、性的少数者(LGBT)を排除しないことが、ガン黒男のモットーである。全身像を姿見に映して悦に入る。黒光りする躰は黒豹のように美しい。日々黒くなって行く喜びに興奮して眠れない細マッチョ男は寝苦しい熱帯夜も意に介さない。

    □ Y字路、曽於市、案山子、怖しいわ
    アイルランド・ダブリンのポスト・パンク・バンド、Girl Bandの〈Aibohphobia〉は曲名も歌詞も回文になっている。「アイボ恐怖症」は回文から生まれたユーモラスな造語で、精神医学的な症状・症例として実在するわけではないが、高所・閉所・先端など様々な恐怖症が存在する。「ピエロ恐怖症」や「ネコ恐怖症」があるのならば、「アイボ恐怖症」があっても不思議じゃない。あなたが見知らぬ道を歩いていて、二股に別れたY字路に遭遇したとする。左右どちらの道へ行くべきか、ここが思案のしどころである。通り抜けられるのか行き止まりか、◯かXか、天国か地獄か?‥‥人生の岐路を具現化したような究極の選択である。鹿児島県・大隅半島北部の曽於市の山道にあるY字路も怖しい。その分岐点の中心に古ぼけた案山子が見捨てられた道祖神のように立っているから。不気味な案山子が首刈り鎌を持った死神に見えてしまうからだ。「Y字路恐怖症」という症例もあるかもしれない。

    □「空気頭」響く頭、また欠伸‥‥暇だ、飽き浮く
    暇だなぁ。コロナ禍の巣籠もり生活で、不要不急の外出を控えている。食料・食材や生活必需品は宅配や通販を利用している。自分だけは安全な場所に引き蘢って、配送業者たちに新型コロナウイルスの感染リスクを負わせているのは忍びない。自分が生き延びるためのリスクは自らで負いたいと思うけれど、放射能で汚染された外界から核シェルターに避難した核戦争後の近未来を想わせるリモート生活の居心地は意外に悪くない。地球温暖化の影響による豪雨、猛暑、大型台風などの異常気象も、隠遁生活の理由づけになっている。暴風雨の吹き荒ぶ今夜はジャックスの〈からっぽの世界〉を聴きながら、藤枝静男の「空気頭」を読んでいた‥‥いつの間にか眠ってしまったようだ。気がつくと頭の中が空っぽになっていた。試しに拳で頭を叩くと伽藍堂の音が響く。頭だけでなく、躰も手足も空洞になって、ジョージ・マクドナルドの「かるいお姫さま」のようにフワフワと空中浮游していた。

    □ 玉突き事故起こし、木津まだ?
    コロナ禍の夏、「Go To トラヴェル・キャンペーン」に釣られて旅に出た3人家族(夫婦と子供)。新幹線での移動は感染リスクがあると判断して、マイカーで京都方面へ向かった。東名・名神高速は渋滞もなくスムーズに行けたが、高速を降りる手前で玉突き事故に巻き込まれてしまった。交通事故の怖さはドライヴァーや歩行者に何の落ち度がなくても、事故に遭ってしまうこと。安全運転をしていても追突事故や人身事故を起こしてしまう危険性がある。あおり運転で執拗に尾け回されたり、逆走車が目の前に迫って来たら、誰にも危機を避けられない。青信号で横断歩道を渡っている時に、ブレーキとアクセルを踏み間違えた暴走車が全速力で迫って来たらと思うと恐怖心で身の毛もよだつ。木津市のホテルに宿泊し、市内の観光名所や神社仏閣(浄瑠璃寺、天神神社、大智寺、栄泉時など)を遊覧する旅行の先行きは予期せぬ暗雲に覆われてしまった。小6の娘が心配そうに訊く‥‥「木津まだ?」。

    □ 再従姉妹睡る。ウルウル潤む寝言は‥‥
    幼い再従姉妹(はとこ)が昼寝をしていた。瞼が時折ピクピク痙攣して、目尻から涙が流れている。彼女は一体どのような午睡の夢を見ているのか?‥‥怖い、哀しい、嬉しい、愉しい夢なのかと想像してみる。僕は寝転んでネットのブログ記事を読んでいた。ネコ好きのブロガーらしく、トップにはネコ写真が掲載され、撮ったネコたちのプロフィールやネコード(猫ジャケ)、ネコ本なども多数紹介されている。朝日新聞の朝刊コラム 「折々のことば」 (鷲田清一)のネコ版パロディ「折々のねことば」も面白い。小説やエッセイなどから気に入った文章(400字前後)を単に引用するよりも、キーになる「ねことば」を抜き出した方が目を惹くし、解説文で「ねことば」の真意を深く読み解ける。再従姉妹が何か寝言を呟いている。耳を澄ますと「寝言葉」は「くもりも、あめもいい天気‥‥」と言っているように聞こえる。「夜廻り猫」の夢を見ているのかしら?

    □ おうち食べな、お鍋、太刀魚
    コロナ禍の巣籠もり生活で外食が激減した。家庭で消費する食品・食材などの購買数が増えて、生活可燃ゴミの量も増えたという。飲食店での食事を忌避したテイクアウトや出前・宅配、「夜の街」で起きたクラスターや鍋料理の感染リスクなどの影響から、おうち飲みやおうち鍋の需要も増えている。都内で1人暮らしの大学1年生は入学式も中止されて以来、未だ1度も大学構内で講義を受けたことがない。このままオンライン・リモート受講が続くのならば地方から上京した意味がない。学友も出来ないし、遊びに出るのも憚れる。持て余した暇な時間を有効に使おうと思って、自炊に凝ってみた。今夜の献立は「太刀魚の団子鍋」 ‥‥3枚に下ろした太刀魚に塩を振って5分間置き、水洗いしてキッチンペーパーで水気を拭き取って3cm幅に切る。フードプロセッサーに太刀魚と調味料(塩、砂糖、酒、醤油、味噌、味醂)、片栗粉を入れて撹拌。鍋に出汁、塩、醤油、味醂を加えて沸騰させ、丸めた太刀魚の擂り身を投入。豆腐、白菜、小葱などを加えて煮立てて出来上がり。

    □ 仕出しカサゴ、猫好き男、保護、遠きスコネコ探し出し
    朝刊の折り込み広告に「猫を探しています」というチラシが入っていた。電柱や壁面に行方不明になった飼いネコの情報を募るポスターが貼ってあるのを時々見かけるけれど、新聞の折り込みチラシとは珍しい。失踪してから1カ月‥‥飼主家から遠く離れたところまで配布していることから、広域に渡って探していることが分かる。未だに見つからないのは車に撥ねられたか、誰かに保護されて室内で飼われている可能性も高い。「保護または保護に至る情報を頂いた方には15万円謝礼致します」 という文言からも飼主の必死さが滲み出る。室内飼いされていたからか、首輪とチャーム(名前と連絡先)を着けておかなかったことが悔まれる。失踪したスコすけ(スコティッシュ・フォールド)の捜索を依頼された猫探偵Fは仕出し弁当と猫用キャリーバッグを持って調査に出かけた。スコすけの大好物「カサゴ(笠子・鮋)の唐揚げ」が功を奏したのか数日後、飼主宅から遠く離れた場所で無事に保護された。

    □ 強請ったワクチン、3分3地区、渡ったね
    新型コロナ感染症(COVID-19)ワクチンの開発競争が世界各地で熾烈を極めている。一早くワクチンを完成させた国が政治的にも経済的にも優位に立つからだ。大統領選に勝利するための政争の具にしようと目論んでいる指導者もいる。ワクチン開発を急ぐ余り、副作用や後遺症の懸念も指摘されている。「2021年初頭より1億2千万回分のワクチンの供給」 を日本政府と締結した英製薬会社は最終段階に入っていた臨床試験(治験)の一時中断を表明した。「安全性データの検証のため、ワクチン接種を自主的に停止した」 という。202X年、提携した製薬会社がワクチン開発を断念したことで、日本政府は窮地に陥った。切羽詰まった苦肉の策として、某国から余剰ワクチンを分けてもらうことになった。とても全国各地に行き渡る数量には足らず、感染者数の多い東京・大阪・神奈川の3地区に3分するしかなかった。マスク争奪戦や「アベノマスク」を思い起こさせる残念な結果となってしまった。

    □ パクった、盗るな!‥‥どら焼き女に逢う。戸惑うアニメ・キャラ、ドナルドダックは?
    ドラえもんが声を荒らげた。大好物のどら焼きを盗まれたと思ったのか、それとも恋人を盗られると心配したのか?‥‥ノラミャーコは六本木のディスコで踊っていたところをスカウトされてアニメ界入りした。「ドラえもんの恋人」 というキャッチフレーズでデビューを飾ったが、その妖艶すぎる姿態が子供向けアニメには相応しくないという批判がネットに集中して、ヴァーチャル・アイドルとしての人気は低迷‥‥キャトウーマンのような「大人のダンス・クイーン」にイメチェンしようかと思案していた。老舗和菓子店のイメージ・ガールに起用されたノラミャーコにドナルドダックは一目惚れ。キャンペーンCMに飛び入りして彼女から、どら焼きを貰い、一緒に情熱のサンバを踊った。それを横目で見ていたドラえもんは面白くない。どら焼きどころか、恋人までを奪おうとする憎っくき盗人アヒルめ!‥‥嫉妬に狂ったドラえもんは獲物を狙う野性のネコ科動物に豹変していた。

                        *
    • 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい^^;

    • ドナルド回文はアニメ映画 「三人の騎士」(The Three Caballeros 1944)を参照

    • 太刀魚回文は「太刀魚のすり身だんご鍋作りました♪」のレシピを参考にしました

     スニンクスなぞなぞ回文 #60

     じろ◇△◎☆▽クロコダイル歩いた5、6▽☆◎△◇路地

     回文作成:sknys

     ヒント:「鰐男」 現わる!


                        *


    The Talkies

    The Talkies

    • Label: Rough Trade
    • Date: 2019/09/27
    • Media: Audio CD
    • Songs: Prolix / Going Norway / Shoulderblades / Couch Combover / Aibohphobia / Salmon Of Knowledge / Akineton / Amygdala / Caveat / Laggard / Prefab Castle / Ereignis

    ジャックスの世界

    ジャックスの世界

    • アーティスト:ジャックス
    • レーベル:ユニバーサル・ミュージック
    • 発売日:2018/06/13
    • メディア:CD
    • 曲目:マリアンヌ / 時計をとめて / からっぽの世界 / われた鏡の中から / 裏切りの季節 / ラブ・ジェネレーション / 薔薇卍 / どこへ / 遠い海へ旅に出た私の恋人 / つめたい空から500マイル

    田紳有楽・空気頭

    田紳有楽・空気頭

    • 著者:藤枝 静男
    • 出版社:講談社
    • 発売日:1990/06/05
    • メディア:文庫(講談社文芸文庫)
    • 目次:田紳有楽 / 空気頭 / 解説・川西 政明 / 作家案内・勝又 浩 / 著者目録・高柳 克也


    かるいお姫さま

    かるいお姫さま

    • 著者:ジョージ・マクドナルド(George MacDonald)/ 脇 明子(訳)
    • 出版社:岩波書店
    • 発売日:2005/09/17
    • メディア:文庫(岩波少年文庫 133)
    • 目次:かるいお姫さま / 昼の少年と夜の少女 / 訳者あとがき

    コメント(0)