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皆川図書館 [b o o k s]



  • 壁を占める棚から、レコードを一枚抜いた。/ 最新のステレオセットが揃っている。クラウスが選んだ一枚は古びたSPであった。LPより音質が悪いのはしかたないが、それにしても、このレコードはひどい。雑音と摩擦音、そのあいだを縫う悲鳴のような声。不気味だが、甘えかかる猫のようになまめかしい。/ 去勢歌手について、クラウスは熱をこめてギュンターに講釈した。/「身震いするほど美しい声だった。彼らは社会で、最高の名声と名誉と富を得た。だから、貧しい家では、すすんで子供を施術させ、音楽院にすすませた。ナポリの音楽院が、もっともすぐれていた」/「まさか、そんな非人道的な方法で、ミヒャエルの声を保たせるつもりではありませんよね」/「きみこそ、まさか、ヒューマニズムこそ絶対の正義だなどと口にするつもりではあるまいね。人道主義は、戦線にあっては敗北につながるものだった。戦時の正義は、戦後は悪とされた。しかし、美はいかなる時にあっても、絶対だ。天賦の美は、最大限、最高に生かされるべきなのだ」
    皆川 博子 『死の泉』


  • □ 聖女の島(講談社 1988)皆川 博子
  • 救いを求める手紙を読んだ修道女(マ・スール)が廃墟の島にある更生施設(軍艦島がモデル)を訪れる。桟橋で彼女の到着を待っていたのは差出人の園長(矢野藍子)だった。放火されて焼失したホームの救援に来たのだが、奇妙なことに3人死亡して28人になったはずの不良少女たちが31人いる?‥‥修道女(わたし)と藍子(私)の2人による一人称の叙述トリック、登場人物A=Bが同一人物という仕掛け、プロローグとエピローグが円環するウロボロス構造。文庫版(1994)の解説の中で、綾辻行人は皆川博子の作品を「鳥肌が立つほどに、凄まじい」、ノベルス復刻版(2007)で恩田陸は「トリッキーであり、技巧的であり、面白すぎて禍々しくて美しく、なおかつ知的で人間への洞察に溢れている」と評している。「綾辻・有栖川復刊セレクション」 の表紙は矢野藍子なのか、修道女なのか、朝妻梗子なのか、蓮見マリなのか?‥‥サイコ・ミステリにはミス・マッチなイラストではないかしら。

  • □ 死の泉(早川書房 1997)皆川 博子
  • 第二次大戦下のドイツ・バイエルン。ギュンター・フォン・フュルステンベルクの子を身籠もったマルガレーテ・シュトレッツ(わたし)はナチスの施設〈レーベンスボルン〉で男児ミヒャエルを産む。所長クラウス・ヴェッセルマンの求婚を不本意ながら受諾し、孤児のフランツとエーリヒを養子にする。無資格看護婦のブリギッテ・カーフェンがクラウスの子ゲルトを宿す。連合軍の空襲によって、マルガレーテたちはシュタインヘリングからオーバーザルツベルクへの移住を余儀なくされるが、1945年4月25日の絨毯爆撃で壊滅する。ギュンター・フォン・フュルステンベルク著『死の泉』(Die Spiralige Burguruin 1968)は3部構成。「生命の泉」 はマルガレーテの1人称、戦後の「ミュンヘン」と「城」はギュンターやゲルトの三人称視点で描かれる。廃城の地下に隠された名画、悍ましい人体実験、フランツが岩塩坑の地底湖で明かす驚愕の真実!‥‥「死の泉」はクラウスの死で終わるが、『死の泉』の悪夢は続く。訳者・野上晶の「あとがきにかえて」がドンデン返しするのだから。

  • □ 倒立する塔の殺人(理論社 2007)皆川 博子
  • 第二次大戦末期の東京。ミッションスクール**女学院のチャペルに直撃弾が落ち、焼け跡から専門部の女生徒と身許不明の遺体が掘り出された。空襲によって校舎が全焼した都立**高等女学校の生徒たちは焼け残った女学院の建物へ通うことになる。阿部欣子(わたし)は級友の三輪小枝から手書きの本「倒立する塔の殺人」を読んで欲しいと頼まれる。3人の女生徒、設楽久仁子、上月葎子、三輪小枝が回し書きした作中小説「倒立する塔の殺人」は心臓麻痺で急死したギイ・ロスタンの後任として女学院に赴任した教師ジュウル・サマンと女生徒ミナモの物語と書き手の「手記」で構成されていた。巧妙な叙述トリック(書き手)やミスリード(カメラ・オブスキュア?)によって、作中人物も、読者も「倒立」させられる。「ミステリーYA!」 の1冊だが、作者は一切阿諛しない。若年層に配慮してか、文庫版(PHP文芸文庫 2011)は本文と区別するために、作中小説「倒立する塔の殺人」の字体が変えられている。作中に引用されるドストイェフスキーの小説やエゴン・シーレの絵画、ショパンの音楽など、若い読者のための「ガイド本」になっているところも見逃せない。

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  • ■ 猫舌男爵(講談社 2004)皆川 博子
  • 「水葬楽」 「猫舌男爵」 「オムレツ少年の儀式」 「睡蓮」 「太陽馬」 の5作品を収録した短篇集だが、表題作には「本文」がない。「本書はハリガヴォ・ナミコの短編集『猫舌男爵』の全訳である」 という「訳者あとがき」から始まるからだ。収録作品は 「猫舌男爵(猫舌男爵・ネコシタダンシャク)」 「ゲイシャの娘(沼太夫・ヌマフトシオット)」 「鶴が飛来した!(鶴屋南北綺譚・ツルヤミナミキタキタン)」 の3篇。古本屋で見つけたヤマダ・フタロの英訳本『THE NOTEBOOK OF KOHGA'S NIMPO』に魅了された日本文学専攻学生ヤン・ジェロムスキが針ケ尾奈美子の短編集を翻訳するが、日本語及び日本文化の知識不足が数々の「珍訳」を生む。皆川博子の「猫舌男爵」は 「訳者あとがき」 「書簡」 「会話」 「メール」 「日記」 だけで構成されている。針ケ尾奈美子(皆川博子のアナグラム)の「清純な乙女を、残虐冷酷な猫舌男爵が苛む物語」が読めないのは残念にゃん。翻訳家となったヤン・ジェロムスキは文庫版(早川書房 2014)の解説「結合術による救済」(垂野創一郎 訳)も書いている。

    平均寿命が29歳となった近未来、強国との敗戦後に開発された延命装置(人工鰓の手術を施され、水槽容器の中で生き永らえて骨まで溶ける)の中の父を見舞うシャム双生児の兄と妹(わたし)の 「水葬楽」。エルツ山地の山麓の村で生まれた鍛冶屋の子が父親の死後、母親とプラークへ出て、カフェ《銀の猫》のオムレツ調理人となる「オムレツ少年の儀式」。女性画家エーディト・ディードリヒの生涯(1873-1944)を彼女や双子の兄ルドルフ、孫娘のクララなどの手紙や日記で逆時系列(1969-1880)に遡る 「睡蓮」。「朕」 という語り手による舌のない豚たちが指弦を奏でて会話するという奇怪な説話で始まるが、大尉殿がコサック兵の朗読を遮る。ボリシェヴィキとの戦闘で生き残ったドイツ部隊の5人が半壊した図書館の地下室に籠城していた。焼け残った書庫の本の余白に物語を書き綴るコサック(俺)たちの行く末を描く 「太陽馬」。『死の泉』『倒立する塔の殺人』など、文字の書かれていない「白い本」や本の余白に日記や手記、物語を書くことで「作中作」を挿む入れ子構造は皆川博子が偏愛し多用する手法である。

  • ■ 夜のリフレーン(KADOKAWA 2018)皆川 博子
  • 皆川 博子の短篇は単行本未収録作品が少なくない。「短篇は本にならないと思って、よほど気に入ったもの以外は切り抜きも取っていないのよ」と言われて驚愕した編者(日下三蔵)による短篇集。『皆川博子作品精華』全3巻(白泉社 2001)、『皆川博子コレクション』全10巻(出版芸術社 2013-17)から漏れた60篇近い作品を幻想小説系『夜のリフレーン』とミステリ系『夜のアポロン』(早川書房 2019)の2冊に振り分けたという。福田隆義のイラストに短いストーリを添えた表題作「夜のリフレーン」(1978)。女の夢の中に囚われた男の無限ループを描く「夜、囚われて‥‥」(1977)。芝居小屋の女主人が語る因果話が現実化する「赤姫」(1981)。階段を昇る従姉の素足と古道具屋の階段箪笥が妖しく交歓する「踊り場」(1988)。都営アパートに越して来た女主人公(わたし)の「独白」が胸に突き刺さる「青い扉」(2006)‥‥趣向を凝らした24篇を発表年代順に収録。ショート・ショート「そ、そら、そらそら、兎のダンス」(2011)、中川多理の人形をモチーフにした掌編「そこは、私の人形の」(2016)とエッセイ(2018)も再録されている。

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  • ● 辺境図書館(講談社 2017)皆川 博子
  • 「この辺境図書館には、皆川博子館長が蒐集してきた名作・稀覯本が収められている。貸出しは不可。読みたければ、世界をくまなく歩き、発見されたし。運良く手に入れられたら、未知の歓びを得られるだろう。辺境図書館 司書」‥‥辺境図書館の開設はマンディアルグの短篇「ポムレー路地」が契機となった。『黒い美術館』が「未知との遭遇」だったという編集者から、マンディアルグを知らない若い読者への自由気儘なエッセイを依頼されたのだ。「読書に興味のない方でも名前は知っているような有名作や作家には触れず、素晴らしいけれど忘れがちな古い作、あるいはおびただしい出版物の中に埋もれがちな作をなるべく選ぶようにしました」とのことなので、辺境図書館愛蔵のドストエフスキーや山尾悠子などは除外されている。ホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』から郡虎彦まで25章、34点の作品と31人の作家について語るだけでなく、少女時代の読書体験や自著との関連など、著者のプライヴェートなことにも及ぶ。「お七」と同じく、古今東西の文学作品からの引用で構成された書下ろし短篇「水族図書館」と「索引」を巻末に収録。続編は『彗星図書館』(2019)。

  • ○ 辺境薔薇館(河出書房新社 2018)皆川 博子
  • 「文藝別冊 総特集」の皆川博子特別版。ジョージ・フレデリック・ワッツの「希望」、カラヴァッジョの「ナルキッソス」などの絵画に引用文を添えた「辺境美術館」。豆本「しらない おうち」。短篇精華7篇「風」 「砂嵐」 「お七」 「廃兵院の青い薔薇」 「ひき潮」 「美しき五月に」 「水引草」。著者へのロングインタヴュー。「絵と私」 「暗合の旅」 などの随筆精華7篇。綾辻行人、恩田陸、佐藤亜紀、篠田真由美など‥‥39名のエッセイ、解説、挿絵。「BGP」 「狂気」 「ツイン」 「欧羅巴」 「第三帝国」 「霊媒」 「人体」 「少女」 「泉鏡花」 「澁澤龍彦」 など、東雅夫による 「皆川博子を読み解くキーワード20」。小説家や評論家など23人の「私の愛する皆川作品3」(トップ3は 「死の泉」 「聖女の島」 「辺境図書館」)。各出版社の担当編集者による「編集後記」。日下三蔵のジャンル別「皆川博子作品ガイド」 「皆川博子著作リスト」。編集部編「Biography」‥‥デビュー作『海と十字架』(偕成社 1972)から『U』(文藝春秋 2017)まで104点。皆川博子(1930-)は現役バリバリの作家である。ちなみに書名の「薔薇」は「そうび」と読む。

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    聖女の島(綾辻・有栖川復刊セレクション)

    聖女の島(綾辻・有栖川復刊セレクション)

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:講談社
    • 発売日:2007/10/05
    • メディア:新書(講談社ノベルス)
    • 目次:プロローグ / 修道女1 / 修道女2 / 藍子 / 破局 / エピローグ / 解説・恩田 陸

    聖女の島

    聖女の島

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:講談社
    • 発売日: 1994/10/15
    • メディア:文庫(講談社文庫)
    • 目次:プロローグ / 修道女1 / 修道女2 / 藍子 / 破局 / エピローグ / 解説・綾辻行人

    死の泉

    死の泉

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日: 1997/10/31
    • メディア:単行本
    • 目次:死の泉(生命の泉 / ドキュメント / ミュンヘン / 城 / あとがきにかえて)/ あとがき / 謝辞 / 主要参考文献

    死の泉

    死の泉

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日: 2001/04/15
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫JA)
    • 目次:死の泉(生命の泉 / ドキュメント / ミュンヘン / 城 / あとがきにかえて)/ あとがき / 解説・北村薫 / 謝辞 / 主要参考文献

    倒立する塔の殺人

    倒立する塔の殺人

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:理論社
    • 発売日: 2007/11/01
    • メディア:単行本(ミステリーYA!)
    • 目次:倒立する塔の殺人 /『倒立』美術館 あとがきにかえて

    倒立する塔の殺人

    倒立する塔の殺人

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:PHP研究所
    • 発売日: 2011/11/17
    • メディア:文庫(PHP文芸文庫)
    • 目次:倒立する塔の殺人 /『倒立』美術館 あとがきにかえて / 解説・三浦しをん

    猫舌男爵

    猫舌男爵

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:講談社
    • 発売日:2004/03/27
    • メディア:単行本
    • 目次:水葬楽 / 猫舌男爵 / オムレツ少年の儀式 / 睡蓮 / 太陽馬

    猫舌男爵

    猫舌男爵

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2014/11/06
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫JA)
    • 目次:水葬楽 / 猫舌男爵 / オムレツ少年の儀式 / 睡蓮 / 太陽馬 / 解説・ヤン・ジェロムスキ(垂野創一郎 訳)


    夜のリフレーン

    夜のリフレーン

  • 著者:皆川 博子 / 日下 三蔵(編)
    • 出版社:KADOKAWA
    • 発売日:2018/10/26
    • メディア:単行本
    • 目次:夜のリフレーン / 夜、囚われて… / スペシャル・メニュー / 赤姫 / 夜明け / 陽射し / 恋人形 / 赤い砂漠 / 紡ぎ唄 / 踊り場 / 笛塚 / 虹 / 妖瞳 / 七谷屋形 / 島 / 紅い鞋 / 青い扉 / 新吉、おまえの / 桑の木の下で / そ、そら、そらそら、兎のダンス / 水引草 / メタ・ドリーム / 蜘蛛が踊る / そこは、わたしの人形の / あとがき / 編者解説・日下 三蔵


    辺境図書館

    辺境図書館

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:講談社
    • 発売日:2017/04/19
    • メディア:単行本
    • 目次:『夜のみだらな鳥』とホセ・ドノソ /『穴掘り公爵』とミック・ジャクソン /『肉桂色の店』とブルーノ・シュルツ /『作者を探がす六人の登場人物』とルイジ・ピランデルロ /「建築家とアツシリアの皇帝 /「迷路」とフェルナンド・アラバール /『無力な天使たち』とアントワーヌ・ヴォロディーヌ /「黄金仮面の王」とマルセル・シュオップ /『アサイラ...
    皆川博子の辺境薔薇館 Fragments of Hiroko Minagawa

    皆川博子の辺境薔薇館 Fragments of Hiroko Minagawa

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日: 2018/05/24
    • メディア:単行本
    • 目次:辺境美術館 / しらない おうち / 短篇精華(風 / 砂嵐 / お七 / 廃兵院の青い薔薇 / ひき潮 / 美しき五月に / 水引草)/ ロングインタビュー / 随筆精華(時代の歌 / 楽屋の鏡 / 無人島へ持っていく本『江戸語事典』/ 絵と私 / 暗号の旅 /『酩酊船』/ 幻想作家についての覚え書き)/ Fragments1 / 女王国の巨大迷宮、幻想短編の園 綾辻行人 / 尽きぬ憧...

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