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秋雨のアルバム 2019 [m u s i c]



  • サーストン・ムーアと別の女性とのあいだに交わされた一連のメールを私がうっかり発見したのをきっかけに、私たちの結婚は危機的状況に陥った。その衝撃は耐え難く、私が完全にまいってしまわなかったのは、ココがいたからに他ならない。両親のあいだで起こっていることへの対処を迫られる事態から彼女を守ることができるなら、私はもうなんでもしただろう。父親の人生において、自分がいちばん大切な人間ではないということを知るのは酷だというだけでなく、いわゆる大人の世界に足を踏み入れたときに、どんな男性観をもつかにも影響をおよぼす。そうやって、繰り返される嘘、最後通牒、偽りの約束、失敗するに決まっているように感じられるメールやテキストがゆっくりと続いた末、彼、サーストンが直面するにはあまりにも意気地なしだった決断を、私が下さざるを得なくなった。私は激怒していた。それは彼がとらなかった責任にだけではない。彼が、私を、そういう人物、すなわち彼の母親にさせていたのだ。私は屈辱に耐え続けるか、終わらせるかしかなかった。
    キム・ゴードン 「コットン・クラウン」


  • ◎ No Home Record(Matador 2019)Kim Gordon
  • 夫婦バンドは仲睦まじい時は良いけれど、不仲になるや否や解散の危機に直面する。Sonic Youthも浮気を赦さない妻(Kim Gordon)が夫(Thurston Moore)に三下り半を突きつけて離婚、バンドも解散を余儀なくされた。キム姐さんの初ソロ・アルバムはアヴァンポップ系(Yves Tumor、Angel Olsen)のプロデューサ、ジャスティン・ライセン(Justin Raisen)とのコラボ。Arto Lindsayみたいなノイズ・ギターが炸裂する〈Air BnB〉、クリックトラックとマリンバを組み合わせたトラップ(Trap)〈Paprika Pony〉、Sonic Youthの〈Razor Blade〉を凶暴化させたような〈Murdered Out〉、狂乱騒音パンクの〈Hungry Baby〉、「私の乳首は震えて、密かに勃起している‥‥」と囁く〈Get Yr Life Back〉など、全9曲・39分。紙ジャケ仕様、4つ折りポスター・カード入り。アルバム・カヴァにはターナー賞(2016)の候補者になったことのある英アーティスト、ジョセフィン・プライド(Josephine Pryde)の写真が使われている。

  • ◎ Je Suis Africain(Naive 2019)Rachid Taha
  • 2018年9月12日に急逝したラシッド・タハ(Rachid Taha)のラスト・アルバム。死因は心臓発作だったが、1987年に「アーノルド・キアリ病」を発症していたという。La Caravane Passeのアルバム《Canis Carmina》(Szenario Arts 2016)にゲスト参加したことで意気投合したトマ・フェテルマン(Toma Feterman)のプロデュース。スリップケース入りの三面デジパック仕様で、見開きに描かれたラシッドを囲む偉人・著名人30数名のモノクロ・イラスト‥‥マイルス・デイヴィス、エルヴィス・プレスリー、ウム・クルスーム、マルレーネ・ディートリヒ、ボ・ディドリー、ピカソ、ボブ・マーリー、アンディ・ウォーホル、ジミヘン、ファリド・エル・アトラッシュ、ルー・リード、マルコムXなどの名前はタイトル曲〈Je Suis Africain〉だけでなく、フレッシュ・ロヴ (Fleche Love)とデュエットした〈Wahdi〉、アラブ・ロックの〈Andy Waloo〉、英語混じりで歌う〈Like A Dervish〉〈Happy End〉にも登場する。全10曲・37分。歌詞ブックレット(16頁)付き。合掌。

  • ◎ All Mirrors(Jagjaguwar 2019)Angel Olsen
  • 米ミズーリ・セントルイス生まれの女性SSWエンジェル・オルセン(Angel Olsen)の4thアルバムは2nd《Burn Your Fire For No Witness》(2014)と同じJohn Congletonのプロデュースだが、彼女の音楽は大きく変化した。高く盛った彼女のビーハイブ・ヘアのように、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなどのストリングスが盛り上げるドラマティックなサウンドに変貌している。着飾ったオペラの衣裳を脱ぎ捨ててグラマラスな肢体を露わにしたデモ・ヴァージョン・アルバムが今後リリースされるのかどうかは兎も角、NMEやPitchforkなどの軒並み高評価レヴューに抗って、キティ・エンパイアは「ストリング・セクションは多くの場合、インディ・ロックの悪漢が薄っぺらな歌に重厚さを得ようとする最後の避難所になっている」と皮肉っぽく書き、「奇妙なことに、オルセンの声はミックスで少し失われて、彼女を取り囲むオペラに立ち向かうには余りにも弱々しい感じです」(The Observer)と評している。全11曲・48分。三面紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。

  • ◎ The Practice Of Love(Sacred Bones 2019)Jenny Hval
  • ジェニー・ヴァル(Jenny Hval)はノルウェー・トベーデストラン生まれのSSW。90年代の孤独なティーンエイジャー少女を主人公にした小説『Girls Against God』(2020)を脱稿した後にアルバムを制作したという。オーストリアの女性美術作家ヴァリー・エクスポート(Valie Export)の同名ドラマ(The Practice Of Love1985)から採った7thアルバムは実験的なアートポップから、トランス・ミュージックのダンスフロアへ一歩踏み出す。シンガポールのVivian Wang(The Observatory)、オーストラリアのLaura Jean Englert、フランスのFelicia Atkinsonがゲスト・ヴォーカル参加。兎の穴に落ちた少女アリスを描いた〈High Alice〉、Jenny HvalのテクストをVivian Wangが朗読する〈The Practice Of Love〉、「アメリア・イアハートの曲を書いたジョニ・ミッチェルのように、ジョージア・オキーフの曲を書きたい」と歌い出す〈Six Red Cannas〉‥‥全8曲・34分。ジェルケース仕様。歌詞ブックレット(24頁)付き。

  • ◎ Energetic Mind(Small Pond 2019)Bonniesongs
  • ボニーソングスは豪シドニーを拠点に活動するBonnie Stewart(アイルランド生まれ)のソロ・プロジェクト。デビュー・アルバムはBjorkやJulianna Barwickなどを想わせる多重録音ヴォーカル、ループ(ペダル)、ポリリズムが織りなす浮游感のあるファンタジー世界へリスナーを誘う。Grouperのようなアンビエントに、後半パーカッシヴなドラムが闖入する〈123 Reprise〉、フランケンシュタイン(モンスター)になってしまった〈Frank〉、サビで7拍子になる〈Ice Cream〉‥‥彼女のヴァーカル、ギター、マンドリン、ドラムス、パーカッションに、チェロやヌードル・ギター(Guitar Noodles?)を交えた音楽は「夢のような実験的インディ・フォーク」(dreamy experimental indie folk)と称される。ボニーソングスという芸名は女版ベニー・シングス(Benny Sings)を意識しているのかもしれない。デジパック仕様、全10曲・41分。

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    令和元年秋の日本は颱風による暴風や豪雨による河川の氾濫や土砂崩れなどで甚大な被害を蒙った。東京も秋晴れには程遠い秋雨や暗く垂れ籠めた曇り空の肌寒い日々が続いている。颱風15号の強風による家屋倒壊と大停電、19号の大雨による堤防決壊と浸水‥‥ 死者数84人・行方不明9人(2019・10・23現在)となっている。人的被害だけでなく、農作物などのへの悪影響も懸念される。この重苦しくも鬱陶しい気分を晴らすためにも音楽を聴くことが多くなるのだが、洋楽に限っては異常気象とは対照的に実り多い収穫の秋を迎えている。Nick Cave & The Bad Seeds、Kim Gordon、Big Thief、Angel Olsen、Rachid Taha、Chromatics、FKA twigs、Swans、Neil Young And Crazy Horse‥‥ その中でもキム姐さんとアラブ・ロック野郎の最初と最後のアルバムは感慨深い。ノイズ・ロックを愛して止まないキム・ゴードン、鼓動が止まるまで駆け抜けたラシッド・タハ(セルピコというか、時効管理課に帰って来た霧山修一朗を想わせるアルバム・カヴァですが)。この2枚を4つ星レヴュー(★★★★☆)しているのがニャンコ帝国(Kitty Empire)というのも嬉しい。

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    • 《No Home Record》はThe Observer(Kitty Empire)のレヴューを参照しました

    • 《Je Suis Africain》はカストール爺の生活と意見「Happy End」を参照しました

    • 〈Six Red Cannas〉の中で言及されているJoni Mitchellの曲は〈Amelia〉です^^

    • 「私はあなたのママじゃない!」 と言い放って、某脚本家と離婚した女優がいましたね

    • キティ・エンパイア(Kitty Empire)は英国紙 「The Observer」(「The Guardian」 日曜版)にアルバムやライヴ評を書いている女性ライター。ペンネームはBig Blackの〈Kitty Empire〉から採ったのかな?‥‥アルビニ(Steve Albini)もネコ好きです
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    No Home Record

    No Home Record

    • Artist: Kim Gordon
    • Label: Matador
    • Date: 2019/10/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: Sketch Artist / Air BnB / Paprika Pony / Murdered Out / Don't Play It / Cookie Butter / Hungry Baby / Earthquake / Get Yr Life Back

    Two Hands

    Two Hands

    • Artist: Big Thief
    • Label: 4AD
    • Date: 2019/10/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: Rock And Sing / Forgotten Eyes / The Toy / Two Hands / Those Girls / Shoulders / Not / Wolf / Replaced / Cut My Hair

    Je Suis Africain

    Je Suis Africain

    • Artist: Rachid Taha
    • Label: Believe
    • Date: 2019/09/20
    • Media: Audio CD
    • Songs: Ansit / Aïta / Minouche / Je Suis Africain / Wahdi / Insomia / Andy Waloo / Striptease / Like A Dervish / Happy End


    All Mirrors

    All Mirrors

    • Artist: Angel Olsen
    • Label: Jagjaguwar
    • Date: 2019/10/04
    • Media: Audio CD
    • Songs: Lark / All Mirrors / Too Easy / New Love Cassette / Spring / What It Is / Impasse / Tonight / Summer / Endgame / Chance


    Practice Of Love

    Practice Of Love

    • Artist: Jenny Hval
    • Label: Sacred Bones
    • Date: 2019/09/13
    • Media: Audio CD
    • Songs: Lions / High Alice / Accident / The Practice Of Love / Ashes To Ashes / Thumbsucker / Six Red Cannas / Ordinary


    Energetic Mind

    Energetic Mind

    • Artist: Bonniesongs
    • Label: Small Pond
    • Date: 2019/09/13
    • Media: Audio CD
    • Songs: 123 / 123 Reprise / Dreamy Dreams / Coo Coo / Barbara / Home / Frank/ Ice Cream / Cat & Mouse / Energetic Mind


    GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝

    GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝

    • 著者:キム・ゴードン(KIm Gordon)/ 野中 モモ(訳)
    • 出版社:DU BOOKS
    • 発売日:2015/07/03
    • メディア:単行本(横書き)
    • 目次:ソニック・ユース、ラストステージ / NYロチェスターからカリフォルニアへ / 父と母とその仲間、夏の想い出 / 1960年代のロサンゼルス~ヒップスター、ビートニク / アカデミックな家族 / 兄・ケラーの心の病 / ハワイ、そして香港で育ったローティーン時代 / ゆっくりと壊れていくケラー / 高校時代、仲良くした男の子たち /「アーティストになりたい」/ アートカレッジへ / NYダウンタウンのアート・音楽シーン~シンディ・シャーマン...

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