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狼アリス [m u s i c]



  • 濃い縞模様の耳をもつこの襤褸を着た少女が、わたしたちと同じように話せたなら、自分を狼と呼んだであろうが、しかし彼女は話せない。もっとも寂しいから遠吠えはするのだが──でも、「遠吠え」 は適当な言葉ではない、彼女は子犬のような鳴声を出せるほど若く、その鳴声はぶくぶく泡立つ音のような、とても耳に快い、さながらフライパンいっぱいの脂身を火にかけるときの音のようなのだから。時には、少女を養い育ててくれた狼たちの鋭い耳は、途方もなく隔たったところにいても、彼女の鳴声をとらえることがある。そして遠くの松林や禿げ山の端っこから応えるのだ。彼らの多重音楽は夜空を十文字に横切っていく。彼女のに話しかけようとするがそれは不可能というもの。なぜなら、たとえその使い方を知っていてさえも、また、狼に授乳されたにもせよ、彼女自身狼ではないのだから、彼らの言語が理解出来ないのだから。
    アンジェラ・カーター 「狼アリス」


  • ◎ My Love Is Cool(RCA / Dirty Hit 2015)Wolf Alice
  • ウルフ・アリスは英ロンドン出身のインディ・ロック・バンド。2010年、Ellie Rowsell(ヴォーカル)とJoff Oddie(ギター)のアクースティック・デュオとして結成された。Rowsellの幼友達とOddieの友人が加入して4人編成になったが、2012年に2人が離脱して、代わりにTheo Ellis(ベース)とJoel Amey(ドラムス)が加わった。ドリーム ・ポップの〈Bros〉、シューゲイズっぽい〈Your Loves Whore〉、グランジ風の〈You're A Germ〉 、Joel Ameyが歌う〈Swallowtail〉など。エリー・ロウゼルのヴォーカル・スタイルは絶叫パンク直情型ではなく、か弱い少女の内省的な囁き系なので、激烈なビートやサウンドであっても夢見るような浮游感を醸し出す。3rdシングル〈Moaning Lisa Smile〉、ギター弾き語りデモのシークレット・トラック〈My Love Is Cool〉を含む全14曲・52分。見開き紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。ちなみにバンド名は英国作家アンジェラ・カ ーターの短篇 「狼アリス」(Wolf-Alice 1979)から採られている。

  • 最初の出血は彼女をまごつかせた。彼女にはそれが何を意味するのかわからなかったし、彼女がそもそも感じた初めての当て推量は、起こり得る原因に対して向けられたのだった。月光が台所のなかに明るく射し込んで来たとき、彼女は両腿のあいだから血がたらたら流れ落ちるのを感じて眼を覚ました。そして他の狼仲間たちと同様、たぶん彼女を好いているし、たぶん月に住んでいる一匹の狼が、眠っているあいだに彼女の性器を少々かじったに違いない、あまりにも優しすぎるものだから眼は覚めなかったが皮膚を傷つけるには十分なほど鋭い愛咬を次から次へと加えたのではないかというふうに、彼女には思えたのである。この推測の形状はぼやけていたけれども、しかしそこから、一種の奔放な推論が根づいたのであった。まるで空を飛ぶ鳥の足から一粒の種子が彼女の頭脳のなかに落とされたみたいに。
    アンジェラ・カーター 「狼アリス」


  • ◎ Vision Of A Life(Dirty Hit 2017)Wolf Alice
  • キティ・エンパイア(Kitty Empire)が 「狂ったインディ・ロックの魅惑的な変異種」(an engaging strain of off-kilter indie rock)と評したウルフ・アリスの2ndアルバム。《アルバムのアートワークは馬の頭蓋骨が載った演台の傍らで踊るフロック(白いドレス)の少女の写真です。彼女は実際にダンサーになったので「人生のヴィジョン」を実現した。写真の少女は私の叔母です。子供の頃の私は玩具で遊ばずに、頭の中で遊んで演じていたので、とても共感しました》とEllie Rowsellはインタヴューで語っているが、老伯爵の祖母の舞踏会衣装を身に纏って二本足で彷徨くアンジェラ・カーターの「狼アリス」を想わせなくもない。パンキッシュな〈Yuk Foo〉、シンセポップの〈Don't Delete The Kisses〉、シューゲイズの〈St. Purple & Green〉、アルペジオ・フォークの〈After The Zero Hour〉、3部構成のストーナー・ロック〈Visions Of A Life〉 ‥‥全12曲・47分。見開き紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。

  • 自分には出血のせいで生じたように思える新しい皮膚を調べながら何時間も過ごすこともあ った。柔らかい胸のふくらみを長い舌を使ってなめたり指爪で髪の毛を手入れすることもあ った。好奇心に駆られてふくらんだ胸を調べてみることもあった。その白いふくらみは、夜の森のなかをぶらついているときに、ときどき見かけた、天然の植物ではあるがぎょっとさせる幽霊のように見える、夜生えるホコリタケを彼女に思い起こさせた。それから、両腿のあいだに帯状髪飾りみたいに新たに毛がふさふさ生えているのを見つけて驚愕した。彼女はそれを鏡に映る自分の片割れに見せたが、片割れも自分にも生えていることを示して、彼女を安心させた。/ 呪われた公爵が墓地を徘徊している。彼は自分自身を人間以下であると同時に人間以上でもあると信じ込んでいるが、それはあたかもぞっとするような彼の異形の姿が恩寵のしるしでもあるかのようなのだ。彼は日中は眠っている。鏡は彼のベッドを忠実に映し出しているが、乱れたベッドカバーのなかにすっぽり埋もれている瘦せこけた姿を映し出すことはない。
    アンジェラ・カーター 「狼アリス」


  • ◎ Blue Weekend(Dirty Hit 2021)Wolf Alice
  • 3rdアルバムのタイトルは〈Blue Monday〉ならぬ 「憂鬱な週末」(Blue Weekend)。このコロナ禍では週明け週末に限らず、「毎日がブルー」 というメッセージが秘められているのだろうか。英サマセットの教会でデモ録音、ベルギーのスタジオでレコーディングされたアルバムはプロデュースしたMarkus Dravs(Arcade Fire、Bjork、Brian Eno、Florence + The Machine)の人脈なのか、Owen Pallett(弦楽アレンジ、ヴァイオリン、ヴィオラ) 、Michael Peter Olsen(チェロ)などがゲスト参加している。「マクベス」 の魔女の台詞を引用した〈The Beach〉、ドリーム・ポップの〈Lipstick On The Glass〉、カントリー・フォーク調の〈Safe From Heartbreak (If You Never Fall In Love) 〉、ガールズ・パンクの〈Play The Greatest Hits〉、カート・ヴォネガットのSF『猫のゆりかご』(Cat’s Cradle 1963)にインスパイアされたという〈The Last Man On Earth〉など、全11曲・40分。見開き紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。

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  • ■ 狼アリス(筑摩書房 1992)アンジェラ・カーター
  • 狼に育てられた少女アリスは養母が撃ち殺された傍らの巣穴の中で発見された。尼僧院の独房に隔離された後、身寄りのない公爵の城に預けられる。TVアニメ 「狼少年ケン」 から『かがみの孤城』の 「オオカミ少女」 まで、狼少年少女が登場する物語は少なくないけれど、アンジェラ・カーターの「狼アリス」は保護者となった老公爵が月夜に変身する狼男だったという設定になっている。狼から人間になる少女と人間から狼になる老人の対比。初潮に戸惑い、鏡に映し出される狼少女の分身に興味を抱くアリス。墓場を荒らして新婦の遺体を貪り食い、鏡に姿が映らない公爵。白光の夜、公爵の祖母の舞踏会衣装を身に纏ったアリスは2本足で彷徨する。死んだ花嫁の若き夫は銀色の銃弾一式と十ガロンの聖水を用意して復讐する。前脚を撃たれて負傷した狼男は城に逃げ帰って、養女アリスに看護される。明るい月の光が赤い壁に立てかけられた鏡を照らす。鏡が狼男ならぬ、公爵自身の顔を映し出す。「狼アリス」 は『鏡の国のアリス』のゴシック・ホラー・ヴァージョンなのかもしれない。

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    • レヴューしたアルバム(輸入CD 2015 - 2021)は全て自腹で購入しました^^;

    • 《My Love Is Cool》のUS盤は〈Moaning Lisa Smile〉を追加した全14曲を収録

    • 「When shall we three meet again / In thunder, lightning, or in rain?」 引用した歌詞は 「When will we three meet again / In thunder, lightning, or in rain?」

    • Ellie Rowsellの発言は 「NME」(2017・8・11)のインタヴュー記事から引用しました
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    My Love Is Cool

    My Love Is Cool

    • Artist: Wolf Alice
    • Label: RCA
    • Date: 2015/06/23
    • Media: Audio CD
    • Songs: Turn To Dust / Bros / Your Loves Whore / Moaning Lisa Smile / You're A Germ / Lisbon / Silk / Freazy / Giant Peach / Swallowtail / Soapy Water / Fluffy / The Wonderwhy / My Love Is Cool (Hidden Track)


    Visions Of A Life

    Visions Of A Life

    • Artist: Wolf Alice
    • Label: RCA
    • Date: 2017/09/29
    • Media: Audio CD
    • Songs: Heavenward / Yuk Foo / Beautifully Unconventional / Don't Delete The Kisses / Planet Hunter / Sky Musings / Formidable Cool / Space & Time / Sadboy / St. Purple & Green / After The Zero Hour / Visions Of A Life


    Blue Weekend

    Blue Weekend

    • Artist: Wolf Alice
    • Label: Dirty Hit
    • Date: 2021/06/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: The Beach / Delicious Things / Lipstick On The Glass / Smile / Safe From Heartbreak (if you never fall in love) / How Can I Make It OK? / Play the Greatest Hits / Feeling Myself / The Last Man On Earth / No Hard Feelings / The Beach II


    血染めの部屋 大人のための幻想童話

    血染めの部屋 大人のための幻想童話

    • 著者:アンジェラ・カーター(Angela Carter)/ 富士川 義之(訳)
    • 出版社:筑摩書房
    • 発売日: 1999/12/02
    • メディア:文庫(ちくま文庫)
    • 目次:血染めの部屋 / 野獣の求愛 / 虎の花嫁 / 長靴をはいた猫 / 妖精の王 / 雪の子 / 愛の館の貴婦人 / 狼人間 / 狼たちの仲間 / 狼アリス / 訳者あとがき / 解説「野獣の罪と美女の罰」小谷 真理


    猫のゆりかご

    猫のゆりかご

    • 著者:カート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut, Jr.)/ 伊藤 典夫(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:1979/07/01
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫 SF 353)
    • 目次:世界が終末をむかえた日 / ナイス、ナイス、ヴェリ・ナイス / 馬鹿 / 巻きひげのまどい気味の巻きつきあい / 医学部予科生からの手紙 / 闘虫 / 高名な一家 / ズィンカとの一件 / 火山担当副社長 / 間諜X9号 / 蛋白質 / エンド・オブ・ザ・ワールド・ディライト / 地の果てより発つ / 自動車にカットグラスの花瓶があったころ / メリー・クリスマス / ...

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