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皆川薔薇館 [b o o k s]



  • 柘榴口のなかは湯気がもうもうとこもり、灯りもとどかないから、隣りの者の顔もろくにみえぬ。/「ぶっそうと知ってがてんの入込湯」/ 町人髷の声だ。/ せっかくの入れこみだが女客はひとりもいなかった。/「さっきの蜆を追い返すなんてな、あの旦那も不粋なことだ。/ その巡査の旦那が入ってきたので、町人髷はへらず口をたたくのをやめたが、矢田真楯は合点がいかず、/「あの母娘は、蜆売りだったのか。ぼくはどさ廻りの役者だと思ったんだが」/「いやだねえ」町人髷はふき出した。「まじめにいうんだからね、このひとア」 /「蜆がどうした」巡査が割って入る。/「いえね。赤貝が蜆をはさむ柘榴口」と、町人髷ははぐらかし、「書生さん、あんたまだ赤貝の味も知らないね」 /「海に遠い信州高遠の出身だ。しかし、上京してから、一度赤貝の鮨は食っている」/「どこまでわかって言っているのかね」町人髷が首をかしげ、巡査がようやく、高笑いした。/「うむ、赤貝はうまいぞ。ばか、公衆の面前で猥談はいかん、猥談は。しょっぴくぞ」
    皆川 博子 「死化粧」


  • ▢ 薔薇密室(講談社 2004)皆川 博子
  • 第一次大戦下のドイツ・ポーランド。瀕死の士官オーディンを抱いて馬に乗った脱走兵コンラートは「薔薇の僧院」に辿り着く。所有者ラウレンツ・ホフマン博士は薔薇と若者を接ぎ木して融合させる実験をしていた。1度目は失敗したが、肺結核の男娼ヨリンゲルは髑髏と薔薇の融合体として辛うじて生き長らえていた。士官を独占したいコンラートとホフマン博士はオーディンを「薔薇の若者」として甦生させる?‥‥。アルベルト(A)、ベルンハルト(B)、クリストフ(C)の3体から成るシャム双生児や唖少年たち 「美しい劣等体」、世話係のグラティア尼、庭師などが暮らし、「帝国のハイニ」(ヒムラー)が訪れる。1939年、第二次大戦が勃発し、ポーランド人少女ミルカ・コヴァリチクは古本屋で働くユーリクと知り合う。姉ルツィアはヨアヒム・エーデルスハイムSS少尉と付き合い、ドイツ人の撮影技師ナタニエル・ホフマンが家の2階に下宿する‥‥コンラート(私)、ヨリンゲル(俺)、ミルカ(わたし)‥‥目紛しく変わる一人称単数の語り手が物語る「薔薇密室」。ホフマン著『〈ヴィーナスの病〉の病原体とその治療薬に関する研究』を書いたのは一体誰なのか?

  • ▢ 花の旅 夜の旅(扶桑社 2001)皆川 博子
  • 売れない作家・鏡直弘(小生)は花と旅をテーマにした女性向けの隔月刊誌「ウィークエンド」の編集者・那智克人から「花の旅」の連載を依頼される。季節折々の花の名所とモデルのグラビア(4頁)に、花をモチーフにした短篇(平戸、網走、能登)を掲載するという企画だった。ところが能登への取材中にカメラマン・新藤圭太の妻・真弓(マネージャー)が海に墜ちて死亡し、鏡直弘も睡眠薬の過剰摂取で死んでしまう。4年前に新人賞を同時受賞した針ケ尾奈美子が皆川博子(鏡直弘のペンネーム!)の連載の4話以降(京都・北鎌倉・東京)を引き継ぐことになる。月刊誌 「デリカ」(千趣会 1978-79)に1年間連載された「花の旅 夜の旅」は作中短篇と「鏡直弘と針ケ尾奈美子のノート」を交互に挿み込んだ構成で、最後にフィクションとストーリ(現実)が融合するメタ・ミステリ。サイコ・ミステリ長編『聖女の島』(1988)と合本した「昭和ミステリ秘宝シリーズ」の1冊。初文庫化した際に『奪われた死の物語』(講談社 1986)に改題されたが、元のタイトルに戻された。

  • ▢ 壁・旅芝居殺人事件(双葉社 1998)皆川 博子
  • 15年前、芝居小屋「桔梗座」で公演した旅芝居一座の千秋楽、特別狂言葛葉子別れの四綱渡りで、吹き火を失敗した市川蘭之助が「から井戸」に墜ちた。絹梯子に縋って井戸に滑り降りた蘭之助は無事だったが、奈落で座員・浅尾花六の絞殺体とセイさん(幕引き・雑用)の縊死体が発見され、奈落で待機していた嵐菊次も失踪していた。事件はセイさんが花六を殺して自殺したことで一件落着した。15年後、廃館となる桔梗座の最後の「泣き興行」に特別参加したフリー役者の立花知弘が四綱渡りで墜落死して、奈落から大月城吉の死体が発見される。15年前の事件を記憶する当時9歳だった小屋主の娘・三藤秋子(わたし)の1人称視点による巧妙な叙述トリックが仕掛けられている。2つ事件の真相を解き明かす秋子の謎解き部分が言葉足らずなのは枚数制限があったからなのか。長篇ミステリにしては短い(160頁)のは澁澤龍彦『城』、中井英夫『墓地』など紀行文中心の叢書「日本風景論」の1巻『壁』(白水社 1984)として刊行されたからだという。第38回日本推理作家協会賞授賞。

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  • ▢ ジャムの真昼(集英社 2000)皆川 博子
  • ヘルムート・ニュートン、ロベール・ドアノー、ジェラール・ディマシオ、野波浩、ラルフ・ギブソン、ウジェーヌ・アッジェ、ヤン・ソーデック‥‥1葉の写真、1枚の絵画から7つの物語を紡ぐ短篇集。海外ツアー旅行に参加した精神科医(私)が函の中で仰向けになって潜望鏡から森の木立の庭で戯れる少女を覗き見ながら死んで行く「森の娘」。ホテルの一室に住む老女(子役芸人として活躍した双子ちゃんの片割れ)と幼馴染みだった従業員(私)が子供時代に撮られた写真展の絵葉書に出遭う「夜のポーター」。敗戦後、本国に帰るフォルクス・ドイチェの母兄妹に置き去りにされたマチュー(ぼく)が20年後に家族と一緒に暮らすようになる「ジャムの真昼」。曾祖父の部屋で古い血痕に塗れた書物(分厚い手書き詩集)を発見した「ぼく」が隻腕の父と同じ運命を辿る「おまえの部屋」。古い修道院に移り住んだ一家で起きた事件を少年の視点で描写する「水の女」。姉夫婦の暮らす農家を妹(わたし)が訪れる一人称叙述トリックの「光る輪 」。ミュージカルの台本を書く仕事を依頼された作家(私)がNYオフオフ・ブロードウェイの舞台を観劇する「少女戴冠」。

  • ▢ 絵|小|説(集英社 2006)皆川 博子
  • 木水彌三郎、多田智満子、ジャン・コクトオ、吉岡実、イヴ・ボンヌフォア、アンリ・ミシ ョー‥‥「詩歌の一節を私が選び、宇野亞喜良さんがそれを発想のもとにした絵を描いてくださり、詩と絵をもとに私が短篇を書くという試み」。「絵小説」 という表題だが、「詩と絵と小説」 の三位一体である。山下迪夫(彼)が彫刻家の叔父・義明と蠟燭屋の聾唖少女・冬を回想する「赤い蠟燭と‥‥」。15歳で死んで海に還り、輪廻転生する軽業一座の少女(わたし)が剣闘士一座の彼と出会う「美しき五月に」。夫の郷里の漁村に転地養生した喘息持ちの娘(小3)と妻(わたし)が日本海の浜辺で異国を幻視する「沼」。母が病死して父の家に引き取られた学齢前の弟(彼)が12歳年の離れた異母姉に翻弄される「塔」。母の再婚先から亡父の実家に預けられた少女(わたし)が、移り住んで来た叔父や叔母の蔵書『閉された庭』『隊商』や児童図書館の本『マテオ・ファルコネ』を読み漁る「キャラバン・サライ」。祖母に連れられて行った温泉で、見知らぬ若い女の人が左腕の肘関節を外して黒い湯を湛えた浴船に浮かべ、魂が泳ぎ出すと幼い女の子(わたし)に教える「あれ」。

  • ▢ 夜のアポロン(早川書房 2019)皆川 博子
  • 『夜のリフレーン』(KADOKAWA 2018)と対を成す単行本未収録短篇集。「リフレーン」 は幻想系の短篇24篇、「アポロン」はミステリ系の中短篇16篇を収録している。収録数が少ないのに、本書の方が100ページ以上も多い作品集(416頁)となった。サーカス団の曲乗りライダーの青年・徹(おれ)が愛人・由梨の殺害、少女・マユミ(あたし)が徹との心中を同時に企てる表題作 「夜のアポロン」(1976)。疎開先で知り合った三上裕子と羽鳥志麻子の2人が「息子」を殺そうとする 「冬虫夏草」(1979)。スナックの店主(私)が雪まつりの雪上カーニヴァル中に起こった2つの事件(嬰児絞殺と女性の焼死)を回想する 「雪の下の殺意」(1981)。旅芸人一座の少女殺しを書生の矢田真楯と人情本作家の筒井筒助と四等巡査の星野藤六が解決する明治人情譚 「死化粧」(1981)。非行少女たちがハルメンの笛の音に誘われて、更生施設『鳩の家』から脱走・心中する 「魔笛」(1983)。

    女子キリスト教団体(JCC)の主催する**湖畔の夏合宿で、美少女・粟津久子が堕胎する 「サマー・キャンプ」(1983)。ミステリ作家(わたし)が和泉式部の和歌に秘められた暗号を解読する 「ほたる式部秘抄」(1987)。父の三十三回忌に集まった長兄・次兄・姉夫婦と子供たちとの会話から、末妹(桂子)が少女時代を回想する 「閉ざされた庭」(1989)。作者本人と思われる「私」が書評家Kの密室溺死事件の謎を解く掌編 「塩の娘」(1996)‥‥「単行本にならないのは、作品が拙劣で、刊行する価値がないからだ」と思っていた著者は手書き原稿を紙屑として処分し、雑誌の掲載ページを切り取って保存することも考えつかなかったという。《 「大人の小説」 をおぼつかなく書き始めたころ、単行本の担当編集者に、自分の中を掘り下げろ、と言われました。掘り下げたら、ろくなものはでてこなかったな》と述懐している。初出誌(テクスト)が見つからず掲載を諦めていた「死化粧」、編者(日下三蔵)も作品の存在を把握していなかった「魔笛」など、幻の傑作も含まれている。

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  • ▢ 彗星図書館(講談社 2019)皆川 博子
  • 『辺境図書館』(講談社 2017)の続編。「広く知られた作には敢えて触れず、素晴らしいけれど忘れられがちな古い作、あるいはおびただしい出版物の中に埋もれがちな作を選ぶのをコンセプトにして」いるので、書架には見知らぬ作家たちの作品(28人・31点)が並ぶ。レメディオス・バロ、ジョルジュ・ペレック、モーリス・メーテルリンク、矢川澄子など以外の作家と作品は未知・未読なのに、司書のプラヴェートや自作に纏わるエピソードや繰り言が愉しくて面白く読める。末尾に収録されているデビュー前の自伝的小説「新宿薔薇戦争」も興味深い。「皆川図書館」は2館で閉鎖されてしまうのかと危惧していたが、『辺境図書館』は 「001『夜のみだらな鳥』とホセ・ドノソ」 〜「025『郡虎彦全集』と郡虎彦‥‥」と短篇「000 水族図書館」。『彗星図書館』は「026『夢魔のレシピ 眠れぬ夜のための断片集』とレメディオス・バロ」〜「050『文豪の怪談ジュニア・セレクション』と東雅夫」と「111 新宿薔薇戦争」‥‥不思議なことに「051」から「110」までが欠番なのだ。

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    • 「薔薇密室」 と 「花の旅 夜の旅」 は再録(一部加筆・改稿)です^^;

    • 皆川博子さんの 「夜のアポロン」 インタヴューが「好書好日」に掲載されました

    • 超絶メタ・ミステリ 「花の旅 夜の旅」 と驚愕サイコ・ミステリ 「聖女の島」 を合本した『皆川博子長篇推理コレクション4』(柏書房 2020)が7月に刊行されました
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    薔薇密室

    薔薇密室

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2012/04/05
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫 JA)
    • 目次:小序 / I / II / III / IV / V / VI / 解説・千街 昌之

    壁・旅芝居殺人事件(日本推理作家協会賞受賞作全集 46)

    壁・旅芝居殺人事件(日本推理作家協会賞受賞作全集 46)

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:双葉社
    • 発売日:1998/11/01
    • メディア:文庫(双葉文庫)
    • 目次:流花之章 / 闘花之章 / 幻花之章 / 弄花之章 / 燎花之章 / 解説・新保 博久 / 授賞リスト「日本推理作家協会賞」

    花の旅 夜の旅 / 聖女の島 皆川博子長篇推理コレクション4

    花の旅 夜の旅 / 聖女の島 皆川博子長篇推理コレクション4

    • 著者:皆川 博子 / 日下 三蔵(編)
    • 出版社:柏書房
    • 発売日:2020/07/22
    • メディア:単行本
    • 目次:花の旅 夜の旅 / 聖女の島 / 文庫・ノベルス版解説『聖女の島』綾辻 行人 /『聖女の島』恩田 陸 / インタビュー集 華麗で懐かしい怪異 / 皆川 博子インタビュー / ロング・インタビュー / ぶつかりインタビュー 定綱が訊く /『夜のアポロン』インタビュー / あとがき / 編者解説 日下 三蔵


    ジャムの真昼

    ジャムの真昼

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:集英社
    • 発売日:2000/10/26
    • メディア:単行本
    • 目次:森の娘 / 夜のポーター / ジャムの真昼 / おまえの部屋 / 水の女 / 光る輪 / 少女戴冠


    絵|小|説

    絵|小|説

    • 著者:皆川 博子 / 宇野 亞喜良(画)
    • 出版社:集英社
    • 発売日:2006/07/26
    • メディア:単行本
    • 目次:赤い蠟燭と‥‥ / 美しき五月に / 沼 / 塔 / キャラバン・サライ / あれ / 引用文献 / 初出誌 「小説すばる」


    夜のアポロン

    夜のアポロン

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2019/03/20
    • メディア:単行本
    • 目次:夜のアポロン / 兎狩り / 冬虫夏草 / 沼 / 致死量の夢 / 雪の下の殺意 / 死化粧 / ガラス玉遊戯 / 魔笛 / サマー・キャンプ / アニマル・パーティ / CFの女/はっぴい・えんど / ほたる式部秘抄 / 閉ざされた庭 / 塩の娘 / あとがき・皆川博子 / 編者解説・日下三蔵


    彗星図書館

    彗星図書館

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:講談社
    • 発売日: 2019/08/07
    • メディア:単行本
    • 目次:『夢魔のレシピ 眠れぬ夜のための断片集』とレメディオス・バロ /『深い穴に落ちてしまった』とイバラ・レピラ /『黄色い雨』とフリオ・リャマサーレス /『短篇集 死神とのインタヴュー』とハンス・エーリヒ・ノサック /『もうひとつの街』とミハル・アイヴァス /『約束』とイジー・クラトフヴィル 「マテオ・ファルコーネ」とプロスペル・メリメ / ...

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