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つなぐ夏 [p a l i n d r o m e]



  • 「あんた見捨てて来たのか!」「どうにもならねえよ! 見たかあいつら。人を喰うんだぞ! 下松を捕まえるなり一斉に襲いかかったんだ! 俺まで喰われろってのか!」「ゾンビだ」あの姿を目撃している重元が呟いた。「実在したんだ。でもどうして」その時、名張とともに菅野が玄関から出てきた。手には一本の槍。おそらく二階のラウンジに展示されていたものだ。「どうしたっていうんです。不審者でも──」「来た!」ゾロゾロと下の広場へ侵入してきた集団に懐中電灯を向ける。その醜悪な姿を見て、名張の口から絹を裂くような悲鳴が上がった。明かりに照らし出されたソレらは人の形でありながら、体の至るところを喰いちぎられたため欠損しており、ボロ雑巾のような有様だ。全身を血に染めながら大口を開け、理性を失ったとしか思えない咆哮を上げ続ける化物。重元の言うとおり、映画やゲームで目にするゾンビそのものだった。
    今村 昌弘 『屍人荘の殺人』


  • □ 南へ瞬き「マハラジャ白浜」来た、浜辺美波
    映画「屍人荘の殺人」(2009)の撮影を終えた浜辺美波は久々の夏休暇を南紀で満喫していた。B級ホラーと本格ミステリを抱き合わせたような映画の撮影現場は凄まじかった。醜悪なゾンビたち、惨たらしい死体‥‥気味悪くて怖いどころが逆に笑ってしまうほどだった。「キャリー」のように全身血塗れになったわけではないけれど、躰に染み着いた血腥さは何度シャワーを浴びても消えないように思えた。その穢れを清めるためにも、心身をリフレッシュする時間が必要だったのだ。名前(本名)に由来するのか、美波は幼少時から海が大好きだった。海の見える家に住みたいと思っていた。寒々とした日本海しか見たことのなかった彼女にとって、暖かそうな太平洋沿岸は憧れの地だった。南紀白浜のホテル「マハラジャ白浜」に1週間宿泊することになった美波は南向きの窓から一望される風光明媚な景色に瞬きして目を瞠った。月末に開催される「白浜花火フェスティバル」も愉しみだ。

    □ 帰途「飛ぶ孔雀」葉書破棄?‥‥河馬悔しく不届き
    カバ君は怒り心頭に発していた。先日65歳の誕生日を迎えたのに、動物年金機構から「ねんきん定期便」が届いていない。12年前の「消えた年金」で動物たちの怒りを買った政府は「年金100年安心」などという偽りのスローガンを掲げて「不都合な真実」を覆い隠そうとした。年金制度が崩壊することは動物たちも薄々気づいているのに‥‥ところが今になって唐突に年金だけでは不足で、「老後に2000万円必要」と言い出したのだ。それどころか亜ゾウ金融大臣が自ら指示した金融審議会の報告書を受け取らないと拒否したことで火に油を注いだ。今日も郵便配達鳥の孔雀さんが航空郵便を届けに来たが、「ねんきん定期便」の葉書はなかった。僕の年金は一体いつから支給されるのか。本当に年金だけでは老後の生活が送れないのか?‥‥汗水垂らして40年間一生懸命に働いて来たのに、経済的にゆとりのあるバラ色の余生を思い描いていたのに、真っ暗な奈落の底に落とされた気分で憤懣遣る方ない。

    □ 溶き卵・葱・麦‥‥猫・マタギと
    クマ猟師のマタギは愛猫のタマと連れ立って狩りに出る。森に棲息する野生動物、ニホンカモシカやツキノワグマなどの気配を姿は見えなくても一早く察知して、近くに動物がいることをマタギに知らせるからだ。獲物に煩く吠えかかる狩猟犬よりも賢いマタギ猫の方が有能で役に立つ。ニホンカモシカは乱獲のために個体数が減って特別天然記念物(1955)に指定された。狩猟を禁じられたので、今は主にクマ猟を生業としている。マタギたちの使用する猟具も時代の変遷と共に熊槍から猟銃や高性能のライフル銃に代わり、集団ではなく単独での狩猟を可能にした。今日は数日間追い続けていたヒグマを仕留めた。夕食は鶏卵と葱のオムレツに麦飯、熊肉ステーキ、熊の手スープである。「熊の手」はプーさんのように蜂蜜を舐めているので特に美味しいと昔から言い伝えられている。ところがタマは熊肉が嫌いなのか、マタギのジビエ料理を一切食べようとしない。これが本当の「猫跨ぎ」であろうか。

    □ つながる春来る遙か夏
    「門松は冥土の旅の一里塚」という一休さんの狂歌を「サザエさん」で知ったという人も少なくないのではないか。下の句は「めでたくもありめでたくもなし」と続く。一生を冥途への旅に見立てた歌で、毎年正月を迎えるごとに死へ近づいて行くので余り嬉しくない。春の桜、夏の打ち上げ花火、秋の紅葉狩り、冬の雪見‥‥春夏秋冬、四季の繋がりで1年は移ろう。極寒の冬は暖かな春を心待ちにして、酷暑の夏は涼しい秋風を待ち焦がれる。「人は夏の盛りに秋の樹木を感得する」のだ。「人生100年」などと軽々しく口にするけれど、100年後の世界は今後寿命が飛躍的に延びない限り、今産まれた嬰児を含めて世界中の人間は殆ど地球上から消え去っている。人類数十億人が丸ごと入れ替わってしまうのだ。季節が移り変わるように人も遷ろい行く。繋がって継承されるのは記憶だろうか、記録だろうか、それとも遺伝子情報だろうか。一瞬たりとも立ち止まらない「時間」は残酷である。4コマ漫画のオチはカツオが「冥途」を「メイド」と勘違いして、戦後の作だねと波平に言い放つ。

    □ 血溜まり躍る、斬る通り魔たち
    「彼は小躍りしながら海を渡って来た」‥‥〈Cortez The Killer〉の冒頭の一節である。大地に染み込んだ血潮を購うような情念の籠った粘着質のギター・ソロ、ライヴ・ヴァージョンの後半はレゲエになって、アステカ帝国を征服した「殺人者コルテス」の狂気を際立たせる。川崎市・N戸駅近くの歩道でスクールバスを待っていた私立小学校の生徒たちを柳刃包丁で刺殺した通り魔は無言だった。バスの運転手から叱責されて我に返ったのか、その直後に自剄したという。両親の離婚後に幼くして伯父夫婦の家に預けられたという加害者が長らく「引きこもり」だったことから短絡的に犯行と関係づけられ、「死ぬなら1人で死ね」という心ない暴言もメディアで飛び交った。防犯(監視)カメラは犯人逮捕の有力な手懸かりになっても犯罪は未然に防げない。小学生の集団登下校や園児の散歩なども犯罪や事故に巻き込まれた時に大きな惨事となる。「1人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄になる」という箴言もある。「引きこもり」や「通り魔」の生まれない社会を模索するべきである。

    □「屍人荘」の女子不憫。ゾロゾロ、ゾンビ腐女子、農村、死屍
    神紅大学映画研究部の夏合宿に参加した学生10名とOB3名は前代未聞の怪事件に遭遇した。「サベアロックフェス」で起きたバイオ・テロで集団感染した観客たちがゾンビ化して、短篇映画の撮影を兼ねた肝試しをしていた学生たちを襲う。S県娑可安湖のペンション「紫湛荘」へ逃げ帰った学生たち7人と管理人に待ち受けていたのは奇怪な連続殺人事件だった。「バイオハザード」みたいな極限状況下で起こった二重の密室殺人。殺人犯は人間なのか、それとも屍人(ゾンビ)なのか?‥‥1階の窓ガラスを割り、非常階段のバリケートを破ってゾンビたちが侵入し、学生たちは2階から3階へ追いやられる。B級ホラー映画に精通する男子学生は兎も角、気弱な女子学生は不憫である。醜くゾンビ化した腐女子も見るに堪えない。探偵役の明智恭介は早々とゾンビの餌食になってしまい、ワトソン役の葉村譲(俺)と超巻き込まれ体質の少女探偵・剣崎比留子が連続殺人事件の真相を暴く。屋上に逃れた学生たちは救助ヘリに無事救出される。上空から見降ろすと、農村地帯は死屍累々だった。

    □ 速し右走、某母子は死亡、暴走車は?
    東京・H池袋4丁目の暴走車事故には背筋が凍りついた。青信号の横断歩道に時速100kmでクルマが突っ込んで来たら、100mを10秒で走るアスリートだって避けられないだろう。自転車に乗っていた母子は即死だったと思われる。一瞬の出来事で、自分の身に何が起こったのかも知覚出来なかっただろう。最愛の妻と娘を失った夫の心情を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。プリウスを運転していた高齢男性は「ブレーキペダルを踏んだ。アクセルペダルが戻らなかった」と警察の事情聴取に説明しているそうだが、事故車に何も異常がなければ、このところ多発している高齢者の運転ミス「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」可能性もある。人なのか車なのか、事故原因を究明して欲しい。60年代の交通戦争時代から「車は走る凶器」と怖れられて来たが、半世紀後の令和元年になっても変わる気配がない。「エコカー」という名称は偽善的で、クルマに乗らない、クルマを運転しないのが真のエコロジーである。「車優先社会」を考え直す時に来ていると思う。

    □ 逆走・子虎と高速・山羊
    熊本地震(2016)が発生した直後に「動物園からライオンが逃げた」というデマをツイート(車道を歩くライオンの写真つき)〜拡散して逮捕された輩がいたけれど、車道をトラが逆走しているというドラレコ映像が動画投稿サイトにアップされるや否や瞬く間に人口に膾炙した。幸い自動車事故には至らなかったが、逃走したトラは行方知れず。どこへ姿を消したのか未だに分かっていない。「子虎」ではなく「大山猫」の見間違えではないかと指摘する動物学者もいた。もし野性の大山猫ならば絶滅危惧種なので、それはそれで貴重なニュースとなる。「逆走する子虎」の翌週には首都高を歩く山羊の姿が目撃された。一体どこから高速道路に入り込んだのか、それとも走行中のトラック運搬車から逃げ出したのか?‥‥さまざまな憶測がネット上で飛び交っている。「車道を逆走する子虎」や「高速道路に迷い込んだ山羊」は天変地異の前兆ではないかと警鐘を鳴らす地震学者もいる。

    □ 令和元年、ジジイ意地悪。麗しい医師、新年革入れ
    2019年5月1日、元号が平成31年から令和元年に切り替わった。新元号「令和」は『万葉集』の「梅花の歌三十二首の序文」から採られたという。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」‥‥「令」は令しい、「和」は和らぐという意味で使われている。4月1日に新元号を発表したS官房長官はネット上で「令和おじさん」と呼ばれているが、考案者とされる日本文学者(万葉集研究の第一人者)のN西進氏は「令和じいさん」と称するべきだろうか(実は予備校生時代に先生の授業を受けていたことがある。「古文」ではなく「現代文」だったが、高校の授業よりも何十倍も面白かった。受験のための技術的なノウハウも然ることながら、まさに「行間を読む」という真摯で奥深い読書行為は目からウロコだった)。家族からは「意地悪じいさん」と呼ばれているが、娘さんには慕われている。令和元年の記念に、牛革入れ(財布)を父にプレゼントしたという。

    □ 焚きやすいアロマの後、今夜ニャンコとアノマロ、アイス屋来た
    ニャンコは7歳の男の子に大事にされているネコの縫いぐるみである。本物のネコになりたくて、魔力のあるヒゲを集める旅に出た。途中で相棒のアノマロ(アノマロカリス)と逸れてしまい、旅のネコたちと一緒にアノマロを探すことになる。ある日、ニャンコは捨てられていた子ネコを拾う。仲間の協力を得て愛情深く育てていたのに、少年の母親に見つかって、どこかへ連れて行かれてしまう。喪失の悲しみと再会の喜びで、ニャンコの感情は激しく揺れ動く。度重なる傷心やストレスで胸が張り裂けそうになったこともあった‥‥。ある夜、ニャンコとアノマロは精油(エッセンシャルオイル)の香りに包まれて久しぶりに心身共にリラックス&リフレッシュした。お風呂から出た人が銭湯で冷たい牛乳を飲むように、アロマテラピー後の2人の愉しみは、お気に入りのアイスクリーム店で大好きな「抹茶アイス」を食べることである。

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    • 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい

    • 浜辺美波は映画「屍人荘の殺人」(2019)に出演(剣崎比留子役)しています^^

     スニンクスなぞなぞ回文 #55

     岡上淑子△◇◎☆◎◇△こ詩と絵、鵜の顔

     回文作成:sknys

     ヒント:フォト・コラージュとは?


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    飛ぶ孔雀

    飛ぶ孔雀

    • 著者:山尾 悠子
    • 出版社:文藝春秋
    • 発売日:2018/05/10
    • メディア:単行本
    • 目次:飛ぶ孔雀(柳小橋界隈 / だいふく寺、桜、千手かんのん / ひがし山 / 三角点 / 火種屋 / 岩牡蠣、低温調理 / 飛ぶ孔雀、火を運ぶ女 I / 飛ぶ孔雀、火を運ぶ女 II)/ 不燃性について(移行 / 眠り / 受難 / 喫煙者たち / 頭骨ラボ / 井戸 / 窃盗 / 富籤 / 修練ホテル / 階段 /(偽)燈火 / 雲海 / 復路 I / 復路 II / 復路 III / 燈火)

    屍人荘の殺人

    屍人荘の殺人

    • 著者:今村 昌弘
    • 出版社:東京創元社
    • 発売日:2017/10/12
    • メディア:単行本
    • 目次:受賞の言葉 / 奇妙な取引 / 紫湛荘 / 記載なきイベント / 渦中の犠牲者 / 侵攻 / 冷たい槍 / エピローグ / 第二十七回鮎川哲也賞選考経過 / 選評 加納朋子・北村薫・辻真先

    Zuma

    Zuma

    • Artist: Neil Young / Crazy Horse
    • Label: Reprise
    • Date: 2004/06/01
    • Media: Audio CD
    • Songs: Don't Cry No Tears / Danger Bird / Pardon My Heart / Lookin' For A Love / Barstool Blues / Stupid Girl / Drive Back / Cortez The Killer / Through My Sails


    総特集 ヒグチユウコ ―指先から広がる魔法―

    総特集 ヒグチユウコ ―指先から広がる魔法―

    • 著者:ヒグチユウコ
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2019/07/30
    • メディア:ムック(文藝別冊)
    • 内容紹介:緻密で繊細な世界観を描く唯一無二の画家・ヒグチユウコ、初の総特集。描き下ろしカラー作品、2万字ロングインタビュー、最新カラー作品ギャラリー、石田ゆり子 / 伊藤潤二 / 吉田戦車との豪華3大対談ほか、大充実の永久保存版

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