椎茸焦げ大事! [p a l i n d r o m e]
夢野 久作 「きのこ会議」
□ 飯豊まりえは素顔で「おかずはエリマヨ」と言い
今日の撮影が終わって帰宅した飯豊まりえさん。玄関のドアを開けると、上がり框の前でペルシャ猫のホワイティが待っていた。お行事良く両足を揃えて首を傾げる仕草が可愛い。純白の天使はペットショップではなく、保健所から譲り受けた保護ネコだった。ホワイティが足許に纏わりついて夕食を催促する。飼いネコ用の食器にキャットフード、ボウルに飲み水を入れる。お腹を減らしていたのか、一心不乱に食べ始めた。少し疲れていたので、先に入浴して化粧を落とす。湯船に浸かりながら、早朝から映画「トラさん」のロケで、自分も空腹だったことに初めて気づく。台所に立って夕食を作る。今晩の献立は海老をエリンギに見立てた中華料理の「エビマヨ」ならぬ「エリマヨ」‥‥エリンギを一口大に切って、塩と片栗粉をまぶしておく。フライパンにオリーヴオイルを引き、エリンギを炒める。少し冷めたらマヨネーズ、ケチャップ、砂糖を混ぜ合わせたソースを絡めて、胡椒を振り、小葱を添える。「今夜のおかずはエリマヨよ」と天国のホワイティに話しかけた。
□ 初キス待つ娘、ホコ天、凸凹躓き唾
車道は広く、歩道は狭い。横断歩道の信号待ちは長く、通行可能な時間は短い。青信号が点滅したら横断出来ないと警官に制止されたが、黄色から赤信号に変わったのに停止せずに猛スピードで走り去るクルマは一切咎められることはない。前方から近づいて来る歩きスマホの男や女を避け、突進して来る自転車を躱す。居眠り運転、飲酒運転、煽り運転‥‥交通事故は後を絶たず、暴走車によるテロも防げない。クルマ優先社会は一時の「歩行者天国(この名前は「交通地獄」の対義語として生まれたのだろう)で逆転する。クルマが1台たりとも侵入して来ない広い車道を大勢の歩行者が闊歩する。男女アベックが手を繋いで歩いている。娘は青年からのキスを待っていたのに、何時まで経ってもキスする気配も素振りも見せない。今日のデートも初キスはお預けなのかしら?‥‥物思いに耽っていた娘は中央分離帯の段差に躓き、バランスを失って青年に躰を預けた。2人の顔が接近遭遇する。娘は思わず固唾を呑み込んだ。
□ 観察ハロウィン、徘徊、範囲迂路、初参加
今年のハロウィンは仮装する人たちが例年よrも少ないような気がする。週末に冷たい雨が降り、ハロウィン当日も肌寒かったという悪天候も影響しているのかもしれないが、大量動員された警官隊の物々しい警備や厳しい交通規制に辟易して、渋谷駅周辺を忌避したのだろうか。大混雑しているハチ公前も派手にコスプレした若い男女よりも、カメラを構えて写真を撮ろうとしている地味な服装の男たちの方が多かった。ネコ耳カチューシャと付け鼻・ヒゲで妖怪「猫娘」に変身した少女もセンター街や道玄坂方面の混雑を避けて迂回し、公園通りを目差す。Xmasから年末にかけて、青いイルミネーションの樹々で幻想的にライトアップされる「青の洞窟」も今夜は仄暗く閑散としていた。今回ハロウィンに初参加したけれど、高揚するワクワク感は期待したほどではなかった。怖いゾンビ男や怪しい狼男が出現する前に早く家に帰らなくっちゃ‥‥と足早に原宿駅へ向かう猫娘だった。
□ 良きインフルエンザ、遺産得る雰囲気よ
この冬は悪性インフルエンザが大流行した。年末から新年にかけて日本各地で猛威を振るい、老人ホームや病院での集団感染や学級閉鎖した公立小中学校も少なくなかった。2月になってもインフルの発症者数は減少せず、早くも飛散し始めた花粉症ともWパンチに苦しむ患者も珍しくなかった。厚生労働省も免疫のない幼児や抵抗力の落ちている高齢者へ異例の注意喚起を促していた。大資産家の祖父もインフルから肺炎を併発して、容態が急変した。孫娘は世の中には「悪しきインフル」だけでなく「良きインフル」もあると、内心で身内の不幸を喜んでいた。早くに両親を亡くした孫娘は祖母に育てられ、祖父に可愛がられた。一人っ子で兄弟はいないし、血の繋がった親族も少なかった。祖母は2年前に他界していた。祖父の死後、自分に莫大な遺産が転がり込んでくることを信じて疑わない。不謹慎ながら、祖父の死と遺言状の公表を待ち侘びていた。
□「きのこ会議」‥‥大きい鹿子の木
ある夜、松茸、椎茸、舞茸、木耳、シメジ、エリンギ‥‥など森のキノコたちが大きな鹿子の木の下に集まって「きのこ会議」を開きました。最初に発言したのは椎茸です。「農家の人が木を腐らせて、私たちのために畑を作ってくれるのは嬉しいけれど、 山の奥深くまで入り込んで、人知れず生えている野性のキノコを大量に穫って行く密猟者が近年増えているのは由々しき事態です。家族で食べるだけならば未だしも、そのキノコを密売して金儲けしている不届きな輩も多いと聞きます」 「そうだ、そうだ。まだ傘も開いていない私たちを根刮ぎ盗って行く人間たちの強欲さには呆れるばかりか、恐怖さえ感じます」 と松茸も同意します。背後で聞いていた笑茸がケラケラと嗤いながら「お前たちは毒がないから、人間どもに食べられてしまうのだ。俺たちのような毒キノコになれば、誰にも穫られなくなるのだ」と言いました。善良なキノコたちは誰も笑茸の主張に反論出来ません。夜が明けて、キノコ狩りの男たちが大きな木の許にやって来ました。「これが目印の鹿子の木か。見ろ、これが幻覚作用のあるマジック・マッシュルームだ」 と喜んで、毒キノコを全部穫って行きました。
□ 猪ラガー、唐獅子の威
今年(2019)は亥年。12年振りにオレの時代が巡って来たと鼻息も荒いイノシシ君。猪突猛進のスピードと破壊力を買われて、入学早々アニマル学園のラグビー部に勧誘された。顔は強面で躰はマッチョ‥‥周囲からは怖がられているけれど、実はノミの心臓を持つ小心者だった。獰猛なイノシシなのに臆病者呼ばわりされ、婦女子に嗤われるのは我慢ならない。飼い馴らされたブタ野郎に舐められてたまるか!‥‥と一大決心したイノシシ君。気弱な自分に気合を入れて、強心臓の亥男に生まれ変わるために「唐獅子牡丹」の刺青を背中に彫ったのだ。「もうオレさまは臆病なイノシシなんかじゃない。百獣の王なのだ。ライオン・キングなのだ。レッド・ドラゴンなのだ」意気揚々と入部したのは良いけれど、1つだけ困ったことがあった。ユニフォームに着替えたり、シャワーを浴びる際に裸になれない。もし入れ墨していることがバレたら、ラグビー部を即刻クビになってしまうから。
□ 苛立つタラバ蟹、五月蝿い猿、海胆が腹立つ盥
「犬猿の仲」と噂されるように、世の中には仲の悪い人たちが少なくない。性格が合わないとか、考え方が真逆とか‥‥日本昔話「さるかに合戦」を挙げるまでもなく、キィーキィーと五月蝿い猿は蟹にも悪さをしていた。一見騙されやすい善人に見える蟹にも大嫌いな海の生物がいた。体中に針状の棘を生やした真っ黒い海胆を見ると、先端恐怖症のタラバ蟹は気分が悪くなる。ハリネズミのような鋭い針で過剰防衛している異様な姿は遠目からでも気色悪く、広い海の中で暮らしていても一歩も近づきたくない。その嫌悪する海胆が隣の金盥の中にいるのだ。一方、海胆くんもタラバ蟹のこと毛嫌いしていた。その超キモい蟹が隣の盥の中で、異様に長い手足をモゾモゾと(アンガールズ田中のように)不気味に動かしているではないか。「この最悪な状況から一刻も早く抜け出したい!」‥‥皮肉にも2匹の思いは一致していた。人間に捕獲されて、食べられてしまう運命だとは露知らずに。
□ タブー?‥‥恵方巻き廃棄、大きい破棄、舞うホエー豚
節分の日は「鬼は外、福は内」と大声で囃し立てながら豆撒きするのが日本古来の風習だったのに、いつの間にか廃れてしまった。秋田県男鹿のナマハゲが敬遠されるようになったのと時を同じくして、鬼たちの出番も少なくなってしまった。大豆ではなく殻付きの落花生を撒くのは未だしも、家族全員が同じ方向を向いて黙ったまま太巻きを頬張る光景は他人事ながら異様である。節分の鬼は憂慮する。それも食べやすい細巻きではなく、口裂け女になりそうな極太巻き‥‥こんなに大きな海苔巻きは家庭では簡単に作れないから、寿司屋やデパ地下、スーパー、コンビニなどで購入することになる。2月3日の夜、近所のスーパーへ行くと、「半額シール」の貼ってある恵方巻きが山のように売れ残っていた。多くの具が海鮮生ものなので日持ちしない。閉店後に大量廃棄されることは目に見えている。突然降って撒いた豪華なご馳走に嬉しい悲鳴を上げて舞い上がるのはホエー豚くらいのものではないか。
□ 私、本気出し、先右差した。金星だわ
平成からの度重なる不祥事、八百長、暴行事件などで、大相撲の人気は急激に凋落して行った。外国人力士は増加しているのにも拘わらず、旧態依然とした封建的な体制が続き、抜本的な改革は全く成されなかった。前近代的な「女人禁制の土俵」も存続している。若い大相撲ファンは次第に離れ、観客席にも空席が目立つようになった。大相撲の衰退と入れ替わるように擡頭して来たのが「女相撲」だった。日本古来の武道‥‥柔道や空手や剣道などは男女別制なのに、なぜ相撲だけは男性しか認められないのだろうか。大相撲を見物・観戦するだけでは飽き足らない闘う女性たちが潜在的に増えていたのだ。2021年に数人の有志が旗揚げした「女相撲」は瞬く間に人口に膾炙し、大人気の「国技」となった。春場所千秋楽の結びは横綱との大一番だった。平幕ながら14勝全勝の飛鳥(私)は全力で突進した。横綱よりも先に右上手を差す。「黄金の右」が横綱に土を着ける。
□「着替えてて、フェルネーコ、伏せよ」ジョセフ・コーネル絵筆で描き
ツァラトゥストラ (猫♂)のように時空を自在に駆けるネコとなったフェルネーコちゃん。有名画家のモデルやネコ画集の解説などで大活躍している。今日は米画家ジョセフ・コーネルのモデルになった時のエピソードを紹介するわよ。ジョセフ・コーネルはアッセンブラージュの先駆者として知られているの。美しい蝶や甲虫などを昆虫標本にするように、奇妙なオブジェを箱の中に蒐集するアートは二次元の絵画を額装したタブローの立体版。シュルレアリスムのコラージュを3D化したような感じ。箱庭作りに取り憑かれた彼がモデルを絵に描くのは珍しいこと。私の絵を描いたのは容貌や肢体の美しさに惹かれたからでしょうか。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を想わせる衣裳から現代的な少女ファッションに着替えて、魅惑的な伏せのポーズを取らされちゃった。私をカンヴァスに描きながら、画家が訊きました。「フェルメールは本当にカメラ・オブスキュラを使って絵を描いたのかね?」
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- 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい
- 「飯豊まりえ TALK」(Mac Fan March 2019)、「リュウジの爆速レシピ」 を参照
- キノコ回文は「きのこ会議」(夢野久作)の拙いパロディです‥‥ご笑味下さい^^;
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- 編者:飯沢 耕太郎
- 出版社:港の人
- 発売日:2010/11/27
- メディア: 単行本(ソフトカヴァ)
- 目次:孤独を懐しむ人 / きのこ会議 / くさびら譚 / 尼ども山に入り、茸を食ひて舞ひし語『今昔物語集』より / 茸類 / あめの日 / 茸の舞姫 / 茸 / あるふぁべてぃ / 蕈狩 / 茸 / くさびら『狂言集』より / 朝に就ての童話的構図 / 神かくし / キノコのアイディア / しょうろ豚のルル / 菌糸の森の奥へ・飯沢 耕太郎
- 著者:シュー・ヤマモト
- 出版社:講談社
- 発売日:2015/12/18
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:ごあいさつ / フェルネーコ作品集 /「真珠のイヤリングをした少女」を描いたのはフェルメールだけではなかった! / 使った? 使わない? カメラ・オブスキューラの話 / 参照画作品リスト / フェルネーコの作品を所蔵する世界の主な美術館 / おわりに
2019-03-21 00:23
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