ムンクの子供たち [a r t]
スー・プリドー 「神は死んだ、ベルリン」
「ムンク展」(東京都美術館 2018-19)に行って来た。国公立美術館は閉館時刻が早いので、夜間開館している金曜日に行くように心懸けているのだが、今回は諸般の事情で土曜日になってしまった。予め混雑することは覚悟していたものの、都美術館前に出現した地を這う大蛇みたいな長蛇の列に意気消沈‥‥何と「90分待ち」だった。行きがけに図書館から借りて来た『MUNCH』(誠文堂新光社 2018)を携行していたので、幸い時間を持て余すことはなかった。11年前の「ムンク展」(国立西洋美術館 2007-08)は省エネなのか作品保護のためなのか異常に寒かったのとは対照的に、人混みで埋め尽くされた展示室は人熱れで暖かい。入口は黒山の人集りだったので、順路(1~9)は無視せざるを得ない。比較的空いているコーナーを見つけて、ランダムに展示室を徘徊することにした。〈叫び〉や〈絶望〉の展示されているコーナーだけは規制ベルトが張られていて近寄れない。間近で鑑賞するには行列に並んで、立ち止まらずに歩き見なければならなかった。
「ムンクとは誰か」「家族──死と喪失」「夏の夜──孤独と憂鬱」「魂の叫び──不安と絶望」「接吻、吸血鬼、マドンナ」「男と女──愛、嫉妬、別れ」「肖像画」「躍動する風景」「画家の晩年」‥‥エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch 1863-1944)の作品101点を9つのテーマに分けて展示。「ムンクとは誰か」には自画像と共にコダック・カメラで自撮りしたセルフ・ポートレイト(自撮りの元祖?)も出品されている。病弱だった幼少期、母ラウラや姉ソフィエの病死(結核)、ベルリン芸術家協会の招きで開催された個展が1週間で打ち切られた「ムンク事件」、人妻ミリー・タウログや恋人トゥラ・ラーセンとの恋愛と別離、アルコール依存と神経症、複数の絵画を連作として展示することで鑑賞者に新たなイメージを喚起させる「生命のフリーズ」‥‥〈病める子〉〈メランコリー〉〈叫び〉〈赤い蔦〉〈マドンナ〉〈吸血鬼〉〈生命のダンス〉などの代表作は非レアリスムで表現主義的な色合いの濃い作風だが、ムンクの切実な実体験から生まれた「魂の叫び」である。
全裸のムンクの背後に広がる影が堕天使の黒い翼のように見える〈地獄の自画像〉。病床の姉ソフィエと俯く母ラウラをエッチングで描いた〈病める子〉。海辺で物思いに耽けって右手で頬杖する男の〈メランコリー〉。フィヨルド特有の丸い石の奥で下半身を水に浸かった〈夏の夜、人魚〉。赤いアメーバのような生物に覆われた背後の民家と手前の虚ろな表情の男を対比した〈赤い蔦〉。精子と胎児に囲まれたヌード女性のカラー・リトグラフ〈マドンナ〉。抱き合って男の首にキスする女がカミーラのように見える〈吸血鬼〉。女性に暗殺されたフランス革命の指導者を恋人トゥラ・ラーセンとの諍い(拳銃暴発事件)に重ね合わせた〈マラーの死〉。白衣、赤衣、黒衣の女性(人生の三段階)を多焦点で左から右へ配した〈生命のダンス〉。青と赤の帽子を被って、緑色のタイツを履いた〈青いエプロンを着けた二人の少女〉。針のない柱時計とベッドに挟まれて立つ最晩年の〈自画像、時計とベッドの間〉‥‥地下1階から2階まで、展示作品数は101点と少な目だったが、行列と混雑は途切れることなく、エレヴェータでエントランスに戻ると、開館時間は45分延長されていた。
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ステフン・クヴェーネラン 『MUNCH』
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- 11年前に開催された〈ムンク展〉(国立西洋美術館 2007-08)、ムンクの生涯、代表作品の詳細などは過去記事の〈ムンクの娘〉を参照して下さい^^;
- 『MUNCH』の訳者・枇谷玲子「祝MUNCH発売! 訳者より作品紹介」も参照してね
- スー・プリドーの『ムンク伝』(みすず書房 2007)は再録(一部改稿・加筆)です
- ミリー・タウログ、ミリー・タウロヴ、ミリー・タウロウなど‥‥ムンク展、画集、伝記によって異なる日本語の人名表記(Milly Thaulow)は敢えて統一していません
munch's daughters / munch's sons / sknynx / 824
- アーティスト:エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)
- 会場:東京都美術館
- 会期:2018/10/27 - 2019/01/20
- メディア:絵画 / 版画 / 写真
- 展示構成:ムンクとは誰か / 家族──死と喪失 / 夏の夜──孤独と憂鬱 / 魂の叫び──不安と絶望 / 接吻、吸血鬼、マドンナ / 男と女──愛、嫉妬、別れ / 肖像画 / 躍動する風景 / 画家の晩年
- 著者:スー・プリドー(Sue Prideaux)/ 木下 哲夫(訳)
- 出版社:みすず書房
- 発売日:2007/08/10
- メディア:単行本
- 目次:ひっこみじあん / 永久に結ばれ / クリスティアニアで過ごした少年期 / 鮮血の幟 / 信仰心の喪失 /「ぼくは画家になろうと思う」/「ブラウンソースはもうたくさん」/ 計算ずくの誘惑 / 朝飯前にちょいと一杯 / 安直な芸術と魂の芸術 / 美徳はペテン / サン=クルー宣言 / 変わり者 / 神は死んだ、ベルリン / 死の表徴 / 魔法を使う刺客 / 生命のダンス / 死と乙女 / 銃撃 / 地獄の自画像 / 狂気の醜い相貌 / 太陽、太陽 / 魂の居場所 / ...
- 監修・執筆:後藤 文子
- 出版社:朝日新聞出版
- 発売日:2018/10/26
- メディア:単行本
- 目次:What’sムンク? / 西洋美術史の中のムンク ムンクが部屋に飾りにくい絵を描いた理由 / ムンクの生涯 / ターニングポイント 名画のストーリー (病める子 / 窓辺の接吻 / 叫び / 生命のダンス / 地獄の自画像)/ 北欧の中のノルウェー バイキングの血はどこへ? 冷めた国民性が、前衛画家ムンクを生んだ / ムンク30作品 誌上ギャラリー / ムンクのモダン・アイ / 生命論 生命とは何か? / ちょっと美術史 ムンクは、どこから来たのか / ...ムンクを巡る人々 19世紀の哲学者「ニーチェ」/ その時、日本は / ムンクへの旅
- 著者:ステフン・クヴェーネラン(Steffen Kverneland)/ 枇谷 玲子(訳)
- 出版社:誠文堂新光社
- 発売日:2018/08/06
- メディア:コミック
- 内容:世界的に有名な名画のひとつ『叫び』を描いたエドヴァルド・ムンクの伝記グラフィックノベル。ノルウェーで最も権威ある文学賞 "ブラーゲ賞" のノンフィクション作品賞受賞!! 常に向き合い続けた「生と死」、描くことへと突き動かした「狂気」共にその時代を生きた錚々たる芸術家たちの声が、天才画家「ムンク」をあぶりだしていく
- 著者:岡田 史子
- 出版社:NTT出版
- 発売日:1992/12/01
- メディア:単行本
- 目次:太陽と骸骨のような少年 / フライハイトと白い骨 / 夏 / ポーヴレト / 天国の花 / ガラス玉 / 赤と青 / サンルームのひるさがり / 春のふしぎ / いずみよいずみ / 胸をだき 首をかしげるヘルマプロディトス / ホリデイ / 赤い蔓草 PART1 / 赤い蔓草 PART2 / ワーレンカ / 夢の中の宮殿 /「岡田史子論」四方田犬彦 / 岡田史子・作品リスト
2019-02-01 00:08
コメント(2)
人気のある美術展はいつもすごく混雑しますね。^^;
ムンクは実物を初めてみた時、思っていたよりずっと繊細で驚きました。
実物は印刷とすごく違いますよね。
by ぶーけ (2019-02-04 14:19)
暗く沈んだイメージあったけれど、今展は意外とポップで明るい感じ。
〈叫び〉が100年後にポップ・アイコン(さけびクン)になってしまうとは、
ムンク本人も草葉の陰でビックリしているのではないかしら^^;
by sknys (2019-02-04 20:06)