英語でうたうが、まったくの音(たとえば「ウー・ウー・ウー」を得意としている)を差しはさみもするこの三人の女性〔引用者註:LiLiPUT〕はおもに、きいきい、わあわあ、ぎゃあぎゃあという叫び声の連続と、なんとまあ執念深いのだと悟るまでは粗雑に思えるリズムとによって匿名性を得ている。そこには個性をさらけだす余地はなく、自分たちの存在を宣言したり、おもしろおかしく遊んだり、また、たまの内省的瞬間に、船乗りに声をかけられたり、ヒッチハイクをしているときに声をかけられるというのはどういうことかについていかにも人の気を引く話をしたりする女性の声があるだけだ。三人は人が自分たちのことをどう思おうと気にかけず、なんでもやってみようとする。〈スプリット〉はいらいらし、規則をどんどん破りながら運動場で乱戦している感じであり、「ホップスコッチ」(と言っているように思う)という叫び声と「ハロウ・キティ、ハロウ・キティ」(これはまちがいない)という叫び声とが交互に繰り返される*。
グリール・マーカス 「ダダとパンクとポスト・パンク II」
「女でいることは、女性的に感じると同時に女性的に表現することであり、さらに(少なくとも今のところは)女はこのようで "なければならない" とされてきたことに反対することでもある」と、アナ・ダ・シルヴァはラフ・トレードによるレインコーツの広報小冊子に記している。「この矛盾は私たちの生に混乱を引き起こしており、もし私たちがリアルでありたければ、私たちは私たちに押しつけられてきたことを無視せざるを得ず、私たちは新しいやりかたで私たちの生を作り出さねばならない。大切なのは試してみることと可能な限り避けること、常にあなたに押しつけられてきたゲームをプレイすることを」。こうしたプレッシャーを迂回するためにレインコーツが選んだやりかたは、普通さの提示だった。無頓着をスタイルに転換させたスリッツに対し、レインコーツのメンバーは、もしこの時代の全員男性バンドの中にいたら特に注意を惹かないであろう微妙に薄汚れた格好をしていた。しかしながらそれが女性から出てきたことで、革新的な身振りとしての意味合いを纏うことになったのだ。いわば魅惑(グラマー)とショウビジネスからの棄権宣言。
サイモン・レイノルズ 「メスゼティックス:ロンドン最前線」
◎ Return Of The Giant Slits(Real Gone 2017)The Slits1976年、英ロンドンで結成されたガールズ・ポスト・パンク・バンド、The Slitsの2ndアルバム(CBS 1981)。デビュー・アルバム
《Cut》(Island 1979)に引き続いて、全8曲中5曲をDennis Bovellがプロデュース。ジャケ違い再発盤(Blast First Petite 2007)はボーナス・トラック7曲を収録したCDを同梱した2枚組仕様だったが、最新リマスター盤にダブ・ヴァージョンなどは一切追加されていない。水増され、着膨れしていない代わりに、廉価で高音質‥‥《Cut》のデラックス・エディションのような高音圧(耳障り!)リマスターでなくて良かった。パンク、レゲエ〜ダブに、アフリカン・ビートを大胆に採り入れた自由奔放でエクスペリメンタルなサウンドは今日でも新鮮で刺戟的。2005年に再結成したThe Slitsは28年振りに3rdアルバム
《Trapped Animal》(Narnack 2009)をリリースするも、Ari Upは2010年10月20日に逝去した(享年48歳)。彼女の死をHPで最初に公表したのは義理の父親のJohn Lydon(PiL)だった。
◎ Playing With A Different Sex(Sanctuary 2015)Au Pairs1978年、英バーミンガムで結成されたポスト・パンク・バンド。Au Pairsは男女混成4人組(女2・男2)だが、クールなヴォーカルと切れ味鋭いファンキーなギター・サウンドから「女性版ギャング・オヴ・フォー」とも称される。挑発的なタイトルのデビュー・アルバム(Human 1981)は家庭内暴力・虐待を扱ったDavd Bowieのカヴァ〈Repetition〉、北アイルランドの刑務所に拘束された32人の女性への強姦と拷問を批難した〈Armagh〉、意味深なセックス描写に父兄が反発するのを恐れたBBCが放送禁止にした〈Come Again〉など、
「現代の性の政治学という決まり文句を侮蔑」する。最新リイシュー盤はボーナス・トラック6曲を追加収録した全16曲・59分。デジパック仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。1stと2ndアルバムに、ライヴや12"ヴァージョン、デモなど17曲を追加収録した編集盤
《Stepping Out Of Line The Anthology》(Castle 2006)もリリースされている。
◎ The Raincoats(We ThRee 2009)The Raincoats1977年、英ロンドンで結成されたガールズ・パンク・バンド、The Raincoatsのデビュー・アルバム(Rough Trade 1979)。90年代にはKurt Cobainの肝入りでメジャー・レーベル(Geffen)から再発されたこともあるが、30周年記念のリマスター・アルバムは彼女たちの自主レーベルからのリリースとなった。40年前のDIYロックがポスト・パンクに聴こえる不思議。The Kinksのカヴァ〈Lola〉を含むオリジナル・アルバム(全10曲)に、1stシングル〈Fairytale In The Supermarket〉を1曲目に追加。CDには映像特典として、約10分のライヴ(1979)やPV(1995)が収録されている。子供たちが和やかに合唱するカヴァ・イラストは谷内六郎ではなく、9歳の中国人少女が描いた絵だった。全11曲・34分。デジパック仕様、歌詞ブックレット(11頁)付き。The Raincoatsは1993年に再結成して、4thアルバム
《Looking In The Shadows》(Geffen 1996)をリリース。2016年には「ラフ・トレード40周年記念」のライヴで、Angel Olsenと共演した。
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◎ Fanfare In The Garden(Kill Rock Stars 2003)Essential Logic1976年、X-ray Spexのサックス奏者として16歳でデビューしたLora Logicは脱退後、自分の名前を冠した5人組のバンドを率いて英パンク・シーンに返り咲いた。Loraのヴォーカルとサックスに、ギター、ベース、ドラムス、テナー・サックスという編成で、彼女以外のメンバーは全員男性だった。《Fanfare In The Garden》は唯一のアルバム
《Beat Rhythm News》(Rough Trade 1979)とシングル、Essential Logicの解散後にリリースした彼女のソロ・デビュー・アルバム
《Pedigree Charm》(1982)やRed Crayolaのメンバーとしてレコーディングした曲、未発表曲などを集成した編集盤。Essential LogicとLora Logicの20年間の足跡を包括するアンソロジー(1978-97)になっている。カヴァ・アートはKim Gordon(Sonic Youth)、ブックレット(16頁)の
「ライナー・ノーツ」は米音楽評論家のグリール・マーカス(Greil Marcus)が担当している。
英ロンドンの女子学生だったSusan WhitbyはLora Logicという「完璧な名前」によって、逆説的に真のパンクを体現した。「理屈じゃないんだ!」と絶叫しながら、その枠組みに自ら嵌まっていた偏狭なパンクをポスト・パンクへ脱構築したのだ。Essential Logicの1stシングル〈Aerosol Burns〉、アルバム・ヴァージョンの〈Wake Up〉、スローな3拍子から高速6拍子へギア・チェンジする〈Albert〉、インスト・レゲエの〈World Friction〉、リジー・ボーデンのフェミニズム映画(1983)の同名タイトル曲〈Born In Flames〉、彼女が4トラックで宅録した〈Essential Logic〉など‥‥全35曲・140分(2CD)というヴォリュームにも拘わらず、Pitchforkの寄稿者は〈Wake Up〉の「圧倒的なヴァージョン」を含むEP
《Wake Up》(Virgin 1979)の4曲が未収録なのは著作権で合意に至っていない可能性もあるけれど、Essential Logicの4曲とLora Logicの2曲が行方不明(MIA)なのは不可解だと苦言を呈している。2001年にEssential Logicは再結成された。
◎ LiLiPUT(Kill Rock Stars 2001)LiLiPUT1978年、スイス・チューリッヒで結成された女性4人組のKleenexは米キンバリー・クラーク社(Kimbery-Clark)から著作権盗用で訴えられたことで、バンド名の変更を余儀なくされた。1982年に英ラフ・トレードからLiLiPUT名義でデビュー・アルバムをリリースした。しかし、2ndアルバム
《Some Songs》(1983)を最後に呆気なく解散してしまう。10年後に地元のレーベルからKleenex / LiLiPUTの2枚のアルバムを含む全音源を網羅した回顧アルバムをリリースするも長らく廃盤になっていた。そして2001年、ライオット・ガルーの総本山と称すべき米インディ・レーベル(Kill Rock Stars)からリイシューされた。全46曲、139分(2CD)。グリール・マーカスが
「ライナー・ノーツ」を書き、Kim Gordonも一文を寄せている。アルバム・カヴァを描いたのはKlaudia Schiff(ベース)。彼女と共にバンドの屋台骨を支えたオリジナル・メンバーのMarlene Marder(ギター)は2016年5月15日に死去した(享年61歳)。
リード・シンガーが3回も交代し、ドラマーが抜けるなど、度々メンバーが入れ替わったものの、彼女たちのサウンドは最初から最後まで徹頭徹尾、ユニークで揺るがなかった。刑事ドラマの殺人犯が「貞子」みたいにTV画面から這い出てくる〈Krimi〉、アルプスの少女ハイジ(バービー人形)の首を斬り取る〈Hedi's Head〉、「ハラキリ、バウワウ‥‥ヘル・キャット、ヘルター・スケルター、ホップ・スコッチ」と連呼する〈Split〉、レイプ・アラートのホイッスル音がピーピー鳴る〈Hitch-Hike〉、可愛いネコちゃんのワルツ〈When The Cat's Away〉‥‥。ライヴ録音全24曲(1979年 ビエンヌ、1983年 チューリッヒ)とTV出演時やツアーの映像を纏めた2枚組(CD+DVD)
《Live Recordings, TV-Clips & Roadmovie》(2010)やアルバムを除くシングル(1978-82)全24曲を集めたアナログ2枚組の
《First Songs》(2016)もリリースされている。
*
* 実際の歌詞は「ホッチ・ポッチ、ハガー・マガー、バウ・ワウ、ハリ・カリ、ハザ、
ヒカップ、ハムドラム / ヘクサ・プード、ヘル・キャット、ヘルター・スケルター、
ホップ・スコッチ」(グリール・マーカス 「ダダとパンクとポスト・パンク II」)- 「Marlene Marder interview」には次のように記載されている‥‥「Hotch-potch, Hugger-mugger, Bow-wow, Hara-kiri, Hoo-poo, Huzza, Hicc-up, Hum-drum, Hexa-pod, Hell-cat, Helter-skelter, Hop-scotch」
- 「Real Life Rock」「Pitchfork」「ele-king」のレヴューなどを参照しました
- Au Pairsの2ndアルバム《Sense And Sensuality》(Kamera 1982)については〈クリアランスセール 2013〉を参照して下さい
- Ana da Silva(The Raincoats)はPhewとコラボ・アルバム《Island》(Shouting Out Loud! 2018)をリリースした
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post punk girls / bikini kill / ari up rip / free kitten / sknynx / 804
Return Of The Giant Slits
- Artist: The Slits
- Label: Real Gone Music
- Date: 2017/08/11
- Media: Audio CD
- Songs: Earthbeat / Or What It Is? / Face Place / Walk About / Difficult Fun / Animal Space/Spacier / Improperly Dressed / Life On Earth
Playing With A Different Sex
- Artist: Au Pairs
- Label: Sanctuary
- Date: 2015/12/18
- Media: Audio CD
- Songs: We're So Cool / Love Song / Set Up / Repetition / Headache (For Michelle) / Come Again / Armagh / Unfinished Business / Dear John / It's Obvious / You / Domestic Departure / Kerb Crawler / Diet / Inconvenience / Pretty Boys
The Raincoats
- Artist: The Raincoats
- Label: We Three
- Date: 2011/03/11
- Media: Audio CD
- Songs: Fairytale In The Supermarket / No Side To Fall In / Adventures Close To Home / Off Duty Trip / Black And White / Lola / Void / Life On The Line / You’re A Million / In Love / No Looking
The Story So Far
- Artist: Mo-Dettes
- Label: Cherry Red
- Date: 2018/10/05
- Media: Audio CD
- Songs: Fandango / Satisfy / Dark Park Creeping / The Kray Twins / Paint It Black / White Mouse Disco / Bedtime Stories / Masochistic Opposite / Foolish Girl / Norman (He's No Rebel) / Sparrow / Mi'Lord/ Bitta Truth / Two Can Play/ Tonight/ Waltz In Blue Minor/ White Mice
Fanfare In The Garden
- Artist: Essential Logic
- Label: Kill Rock Stars
- Date: 2003/06/03
- Media: Audio CD(2CD)
- Songs: Aerosol Burns / Quality Crayon Wax O.K. / The Order Form / Shabby Abbott / Wake Up / Albert / World Friction / Collecting Dust / Popcorn Boy / Music Is A better Noise / Tame The Neighbors / Moontown / Fanfare In The Garden / Brute Fury / Rat Alley / Martian ...
LiLiPUT
- Artist: LiLiPUT
- Label: Kill Rock Stars
- Date: 2001/02/20
- Media: Audio CD(2CD)
- Songs: Nighttoad / Madness / Krimi / 1978 / Beri-Beri / Ain't You / Hedi's Head / Nice / You / U / Split / Die Matrosen / Hitch-hike / DC-10 / Thumblerdoll / Igel / Turk / Tisko / Wig-Wam / Eisiger Wind / When The Cat's Away / I Had A Dream / Turn The Table / Dolly Dollar / ...
ロックの「新しい波」 パンクからネオ・ダダまで
- 著者:グリール・マーカス(Greil Marcus)/ 三井 徹(訳)
- 出版社:晶文社
- 発売日:1984/11/20
- メディア:単行本
- 目次:まえがき / クラッシュの戦い / 1978年トップ10 / いまのロックの状況からすると、トニオ・Kは目のさめる思いがする / 現実の醜悪を呑みこんだスプリングスティーンの音楽 / ロウチズ / ディランの『スロウ・トレイン』には、自分自身の罪の意識も謙虚さもない / ギャング・オヴ・フォー / エセンシャル・ロジック / 1979年トップ10 / クラッシュの『ロンドン・コーリング』/ アメリカ音楽の可能性と限界 / リナド・ス...キナド / ジャマイカ黒人作家の小説『ザ・ハーダー・ゼ・カム』/ チャンドラーのロス・アンジェルスを思わせるXの鋭敏な意識
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