ネコ・ログ #44 [c a t a l o g]
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谷崎 潤一郎 「客ぎらひ」
#388│ソラン│飼い猫 ── 猫語で挨拶する
黒ネコのソランちゃんは猫語で呼ぶと挨拶しながら駆け寄って来る。最近その鳴き声が恨みがましいように感じられる。「どうして何日も来なかったの?」と咎めているように聴こえるからだ。ソランの暮らす界隈には週1回くらいは足を運ぶように心懸けているのだが、何度呼びかけても姿を現わさない日もある。ネコにとっては顔見知りの友人が毎日会いに来ないのが不満なのかもしれない。近隣に住む女性がソランは「ロシアンブルーの子なのよ」と新情報を教えてくれた。時々見かけるアク(片耳の折れた灰色ネコ)とは兄弟姉妹だったのかと腑に落ちる。体毛の生え変わりの時季なのか、顔だけが黒くて躰は茶色っぽく変色している。「少し痩せたんじゃないの?」と女性に訊ねると、回虫がいたので虫下しを飲んでいたと話す。岩合夫妻が飼っていた三毛ネコも回虫がいたので、カイ(海)ちゃんと命名したという裏エピソードを思い出した。
#389│サト│飼い猫 ── 悟りました
「拙僧が殺めたのだ」という科白には連続殺人鬼を特定する重要なヒントが凝縮されている(ミステリ小説としては異例の犯人ばらしです)。殺人犯は僧侶には間違いないのだが、その告白を聞いたのは盲目の按摩で、連続殺人事件の舞台となる箱根の怪しげな禅寺は坊主だらけなのだった。京極堂シリーズの『鉄鼠の檻』(講談社 1996)では悟りを開いた僧侶が呆気なく殺されちゃう(ネタバレにゃん?)。駐車場と民家の隙間で寛いでいた白ネコのサトちゃんは高名な僧侶のように解脱して「悟りました」という表情をしている。雌ネコなので坊主ではなく、連続TVドラマ「SPEC」(TBS 2010)に登場した超能力少女サトリに近いかもしれない。民家の中年男性は他のネコに虐められて怪我をしていた。食事の世話をしているけれど、家の中に入れていないと語る。駐車場だった空地は白っぽいフェンスで囲われて工事中になったせいか、白ネコの姿も見かけなくなってしまった。
#390│レオ│ノラ猫 ── オレはレオ
I袋駅前公園の水天宮に1匹のネコがいた。何年も前から足繁く訪れている「ネコ聖地」なのに、初めて見る新顔だった。外ネコの写真を長年撮っていて気づくのは、ネコたちのテリトリは一定の場所に留まらず、その時の勢力図(ネコ同士の力関係)や環境の変化によって次第に移り変わって行くということ。人間が新天地を目指して引っ越すように、ネコたちもより良い場所や環境を求めて棲家を変えるらしいのだ。レオくんも細長いウナギの寝床のような公園の他の場所から移動して来たのではないかと想われる。捨てネコにしては大きすぎると思うから。食事を運んで来るネコおじさんは前からいるネコだと言うけれど‥‥。レオくんはネコとしては面長な顔で、目の綺麗なアイドル系の男子タイプ。左右の目の色が少し異なっているような気もします(右目は緑っぽくて左目が黄色っぽい?)。
#391│ミス│飼い猫 ── 三毛猫転送装置?
ネコは紙袋や靴箱の中に入りたがる習性がある。狭い空間の中に入ると安心して落ち着くのは分からなくもないけれど(天井が低くて狭いところが大好きだと独白する夫の「TVCM」もあった)、テープやロープなどで囲った小スペースに入ってしまうネコの心境は測り兼ねる。人は自ら進んで四角や円などの図形が描かれた中に入ろうとは思わない。白線を跨いでコートやピッチに入るアスリートやロープを潜ってリングに上がる格闘家は兎も角として。ファーラー夫妻の飼い猫スージーはサバトの儀式に出席したがって、魔法円の描かれた部屋の中に入ろうとしたというのだから、ネコには使い魔としての資質が予め備わっているのかもしれない。彼女の目当てが儀式後の宴会で振舞われる干し葡萄入りのパンやドライフルーツの入ったケーキだったとしても。スコティッシュ・フォールドのミスちゃんも白い円(マンホール)の中で寝そべっていた。ネット上では「猫転送装置」と呼ばれているけれど、スター・トレックの転送装置(Transporter)ようにネコが瞬間移動するわけではない。
#392│ハンナ│ノラ猫 ── 上目遣いにゃん
I袋水天宮の物陰に隠れていた1匹のネコちゃん。階段の上に立って見降ろすとネコと目が合った。殆どのネコたちはカメラのレンズを向けると無視するように視線を逸らす。左右に首を振って真正面を見てくれない。正面を見据えるのを辛抱強く待ってシャッターを押すのだが、その瞬間を感じ取っているかのように目線を外す。カメラの液晶モニタにはブレた画像しか映っていない。ネコを撮ったことのある人ならば誰でも一度や二度は経験したはず。ところがマサちゃんは対象を興味深そうに見つめて、全く動じる気配がない。カメラではなく人(撮影者)を見ているのかもしれない。ネコとしては白いマズル部分の幅が広くて、左右の目がロンパリ風に離れている。そのためか淡い緑色の綺麗な目が愛らしく映る。上目遣いのネコの目は並々ならぬ好奇心で溢れているけれど、ネコ目線(ローアングル)で撮れば愛嬌のある写真になったでしょう。
#393│ゼン│飼い猫 ── 居酒屋のネコです
S鴨駅前交番の近くで、女性が黒白ネコの頭を撫でていた。飼いネコと散歩しているのかと一瞬思ったけれど、女性は何の未練もなく立ち去ってしまう。後に残されたネコは交番の裏手にあるミニ芝生の上で毛繕いを始めた。ここで何枚か写真を撮った。このネコには見憶えがある。何度か撮るチャンスを逸していたネコなので嬉しい。パトロールを終えたネコは通い慣れたコースなのか、商店街の方へ躊躇なく車道を横切って行く。居酒屋「S成本店」のネコだった。S鴨のネコ歩き‥‥とげぬき地蔵通りを気分良く歩いていると、スキンヘッドの男性に呼び止められた。地蔵通りの人たちに街角インタヴューしているという。特に断る理由もないので応じることにした。カメラマンと女性アシスタント。インタヴュアーは一見怪しげな風貌の男だったが、よく見ると小峠(バイきんぐ)さんだった。
#394│アン│ノラ猫 ── はにかみ三毛にゃん
I袋駅前公園の植え込みに三毛ネコがいた。1年前に生まれたというけれど、まだ子猫の面影が残っている。初対面なのに人懐っこくて、柔らかい毛並み撫でても嫌がらないし、石垣の縁に座っていると膝の上に乗ったりもする。昨年11月に撮った写真を見ていて、左耳に小さなV字の切れ込みがあることに気づいた。いつ耳先カットしたのか?‥‥そう言えば思い当たる節がある。何度呼びかけても姿を現わさない日があったのだ。最初の写真を撮ってから少なくとも2週間内に処置(避妊手術)されたことになる。〈赤い馴鹿〉にアップしたアンの写真は耳先カット前の貴重な1枚となった。「岩合光昭の世界ネコ歩き」(西武池袋本店 2016)に行くと「自慢のネコちゃん写真大募集!」に応募したアンの写真が会場に展示されていた。他所の飼いネコを無断で貼り出すのは憚れるので、地元のノラちゃんにしたのだ。飼主たちが撮ったと思しき「自慢のネコちゃん写真」(L判・118枚)も「世界のネコ」に負けず劣らず可愛い。
#395│ラク│ノラ猫 ── 木漏れ日のやすらぎ
ネコおじさんが「デカい顔だなぁ」と苦笑する。岩合光昭さん好みの大きな顔にタヌキみたいな太い尻尾。他所から中央図書館裏へ移動して来たという新顔のラクちゃんは先住ネコのテリトリを脅かす存在である。人と仲睦まじく交歓していることが気に入らないのか(嫉妬している?)、長毛種のロンちゃんを追い払って排除しようとする。自分は用心深くて人に懐かないのに‥‥。ロンが緊張して一点を見つめていると、その先の繁みにラクが隠れていたりする。大きな顔をしているのに、警戒心だけはネコ一倍強いのだ。夕暮れ時に植え込みの奥で身を潜めているラクを撮った。夕陽を浴びた枝や葉が前ボケになって、木漏れ日がネコの顔を照らす。ラク元来の容姿や性格とは掛け離れた幻想的な雰囲気を醸し出すネコ写真になった。〈シューゲイザーの猫〉で紹介したネコード《狂気のやすらぎ》(4AD 1990)に似ているかもしれない。
#396│ナル│ノラ猫? ── 駐輪場のネコです
居酒屋「S成本店」の周辺には黒ネコや三毛など数匹のネコたちが生活している。ナルちゃんは白黒ネコ。居酒屋の向かいに建つ雑居ビルの駐輪場の自転車の陰に身を潜めていた。駅前は人通りも多くて、飲食店や商店などが建ち並ぶ狭くて複雑に入組んだ地域。どのようにネコたちは暮らしているのだろうか?‥‥昼間に立ち寄ってもネコの姿を見かけることは殆どない。駅前のネコは一体どこに隠れているのかしら。日中は眠っていて、夕方になってから行動を起こすのか。朝昼晩の三度の食事は誰から貰っているのか。都会で暮らすネコたちの生態はミステリアスである。居酒屋の主人と話した際に、ゼンちゃん以外のネコたちの暮らしぶりについても詳しく訊いておくべきだった。ナルちゃんも夜はゼンと同じく、居酒屋で提供されるゴハンを食べているとしても‥‥。
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各記事のトップを飾ってくれたネコちゃん(9匹)のプロフィールを紹介する「ネコ・カタログ」の第44集です。サムネイルをクリックすると掲載したネコ写真に、右下のナンバー表の数字をクリックすると該当紹介文にジャンプ、ネコ・タイトルをクリックするとトップに戻ります。ノラ猫や地域猫、飼い猫を差別しない方針で、これまでに延べ390匹以上のネコちゃんを紹介して来ましたが、こんなにも多くのネコたちが棲息していることに驚かされます。第44集の常連ネコはソランとミスちゃん。三毛のアンちゃんは耳先カットされる前の貴重な1枚です。『猫なんて!』(キノブックス 2016)は萩原朔太郎から町田康まで、詩人、作家、フランス文学者、マンガ家、美術家、歌人、エッセイスト、批評家、物理学者・随筆家・俳人、英・米文学者、翻訳家、写真家、心理学者、イラストレーター、精神科医、舞踏家、映画監督など47人の猫エッセイを収録したニャンソロジー。日本を代表する作家やマンガ家(エッセイではなく猫マンガを掲載!)が分け隔てなく並んでいる。「客ぎらひ」の小説家と同じく、ネコの尻尾が欲しいにゃん。
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- 著者:角田 光代 / 片岡 義男 / 村上 春樹 / 堀江 敏幸 / 吉本 ばなな / 丸谷 才一 / 鹿島 茂
- 出版社:キノブックス
- 発売日:2016/11/29
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:我が家に猫がやってくる / 庭にあらわれた猫 / 猫に名前をつけるのは / 猫のいる風景 / 夜中の猫 / 猫だつて夢を見る / 背中の黒猫 / マイケルの1日 / 猫は絶対妥協しない / 仔猫と自転車 / 小説家がペットと暮らす理由 / 小猫 / 犬が育てた猫 / どうぶつ記 / 漱石夫人と猫 / ねこの話 / 客ぎらひ 抄 / 猫六題 /『私家版猫事猫信ことわざ小辞典』/ 猫には七軒...
- アーティスト:ペイル・セインツ(Pale Saints)
- レーベル:日本コロムビア
- 発売日:1990/04/21
- メディア:CD
- 曲目:世界のはじまるとき / ユー・ティア・ザ・ワールド・イン・トゥー / シー・オブ・サウンド / 夢分析 / 小さな金槌 / 超現実 / スティーヴンの深い眠り / 花言葉 / イカロスのなげき / サイト・オブ・ユー / 時間泥棒
2017-01-21 00:05
コメント(2)
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家の近くには猫がいません。
本物の猫を最後にみたのはいったいいつのことだったか。。
いろんな猫さんにあえるsknysさんがうらやましいです。
by ぶーけ (2017-01-24 13:53)
空前のネコ・ブームで、ペット数でもワンちゃんに迫る勢いとか。
ぶーけさんの近所にネコが1匹もいないはずはないのですが^^;
室内で飼われていて、飼主が外に出さないのかもしれません。
by sknys (2017-01-24 21:55)