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スーパースターの悲劇 [m u s i c]



  • 『Goo』(DGC 1990)収録曲のひとつに「チュニック(ソング・フォー・カレン)」がある。カレン・カーペンターは私にとって昔から興味をそそられる存在だった。カーペンターズは見事に太陽の光を浴びたアメリカン・ドリーム、ビーチ・ボーイズみたいな心あたたまる家族のサクセス・ストーリー。そして、その表面下ではビーチ・ボーイズと同じ闇が渦巻いているのだった。どうみてもカレン・カーペンターは、偉大なプロデューサーだが専制的な支配者である兄のリチャードと、奇妙な関係を築いていた。カレンは自分の人生においてただひとつ自分の自由にできると感じた力を、自らの体に行使した。彼女は、多くの女性を苦しめているものを示す極端な例だ。すなわち、自分の体以外の物事に力がおよばないこと、したがって自分の体が権力の道具にされること ── 善人だろうが悪人だろうがみにくかろうが関係ない。
    キム・ゴードン 『GIRL IN A BAND』


  • ◎ If I Were A Carpenter(A&M 1994)Various Artists
  • Carpentersのトリビュート・アルバムには「もし私が大工さんだったら」という洒落たタイトルが付けられていた。それにも拘らず、RichardとKaren兄妹のデカ目イラスト・カヴァやインナー・スリーヴの笑顔が薄気味悪く感じられてしまうのは「カレンの死」が暗い影を落としているからかもしれない。Carpentersのヒット曲をカヴァした14組のバンドやSSWにも少なからず反映されている。Shonen Knifeの〈Top Of The World〉やThe Cranberriesの〈(They Long To Be) Close To You〉は元気で愉しげ、Sheryl Crowの〈Solitaire〉は物憂げで、Johnette Napolitano and Marc Morelandの〈Hurting Each Other〉はハードに決めている。Babes In Toylandの〈Calling Occupants Of Interplanetary Craft〉はメイン・ヴォーカル、ギターのKat Bjellandではなく、Lori Barbero(ドラムス)が歌う変化球。Crackerの〈Rainy Days And Mondays〉は呟くようなダウナー系。Matthew Sweetの〈Let Me Be The One〉は心優しい。

    Sonic Youthの〈Superstar〉はトリビュート盤の中の白眉である。暗鬱なトーン、お通夜のような陰々滅々たるThurston Mooreのヴォーカル、歪んだギターやシンセ、テープによるノイジーで不気味な効果音!‥‥今にもカレンの幽霊が出て来そうな気配に満ちている。Delaney And Bonnie(Leon Russell / Bonnie Bramlett 1969)のオリジナル曲はロック・ミュージシャン(ギタリスト)に恋するグルーピー娘の心情をストレートに吐露していたが、強権的な兄は歌詞の一部を変えて(「And I can hardly wait / To sleep with you again」→「And I can hardly wait / To be with you again」)、スーパースターに憧れる少女のロマンティックな夢物語に改変した。しかし、Sonic Youthは「スーパースター」になってしまったカレンの苦悩や絶望を代弁するかのような内省的な鎮魂歌としてカヴァしたのだ。兄のリチャードがSonic Youthのカヴァを心良く思わないのも当然だった。

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  • ◎ Goo(DGC 1990)Sonic Youth
  • 1990年、結成10周年を迎えたSonic Youthはメジャー・レーベルと契約を交わした。テレンス・マリック「地獄の逃避行」(Badlands 1973)の主演男女キットとホリーを元にしたレイモンド・ペティボン(Raymond Pettibon)のモノクロ・イラストはメジャーらしくないが、6つ折りのインナー・スリーヴは鮮烈な色彩に溢れている。オープニング曲の〈Dirty Boots〉に続いて演奏される〈Tunic〉はサブタイトルに「Song For Karen」と記されているように、拒食症で死去したKaren Carpenterのことを歌っている。トリビュート盤に収録された〈Superstar〉がThurston Mooreのヴォーカルだったのに対して、〈Tunic〉はKim Gordonのオリジナルである。リチャード(Richard)姓・名の男たちを次々と槍玉に挙げて葬り去るFree Kittenの〈Dick〉(1992)に中には写真家・映像作家のリチャード・カーン(Richard Kern)やパンク・ロッカーのリチャード・ヘル(Dick Hell)などと並んで、リチャード・カーペンター(Richard Carpenter)の名前も出て来るのだ。

    Kim GordonはCarpentersの兄Richardには批判的で、妹のKarenには同情的である。一切の食事を拒否して痩せ細って行くKarenの姿に無言の抵抗の意志を読み取る。彼女の「死」は多くの女性たちを苦しめているものからの解放だったと看做す。〈Tunic〉という奇妙なタイトルは痩せ細った骨に引っかかっている衣服が「聖書の登場人物のローブのように棚引いていた」というイメージから採られている。トニー・アウスラー(Tony Oursler)の撮った〈Tunic〉のPVにはThurston Mooreが入手したCarpentersの映像の断片が挿入されていたが、メジャーからのリリースだったので肖像権に配慮してボカシを入れざるを得なかったという。痩せ細った体の隠喩である「Sicon」(小枝)は「Sonic」 のアナグラム。Karenの魂(エクトプラズム?)を呑み込んだKim Gordonが彼女の半生を追体験する。抑制された歌唱、ぎこちない演技のキム姐さんは怒りに燃えている?‥‥彼女は「親愛なるカレンへ」という公開書簡を、ある雑誌に寄稿していた。

  • 親愛なるカレンへ
    テレビでカーペンターズの特別番組が放映されていた年月、私はあなたがオレオ・クッキー・アンド・ミルク色の瞳をした、隣の家に住んでいそうな無垢な女の子から、やせ細ってうつろな目をしたキャンディ・カラーのセットの中のさまよい人に変わっていくのを見ていました。あなたとリチャードは、最後のほうには朦朧としているようでした ── すごく弱った状態で。ことばはあなたの口から出てくるけれど、あなたの目は他のことを言っています。「助けて、おねがい。わたしはわたしのひかえめな反抗の中で迷子になって、なにかがおかしくなっている。わたしは彼らにコントロールされてるわたしを消し去りたい。わたしの両親、リチャード、わたしに『お尻が大きいデブ』と言った記者たち。わたしは、ほとんどの女の子がそうであるように、礼儀正しく優しい人になるよう育てられたから、なにかがおかしいなんて誰も気づきはしないでしょう ── 表面上、わたしが自分に期待されていることをやり続けている限りは。

    彼らはわたしの人生の外側にまつわるすべての要素をコントロールできるかもしれないけれど、わたしの体はわたしがコントロールできる。わたしは自分自身を小さくできる。わたしは消えることができる。わたしは自分を死ぬまで飢えさせることができ、彼らはそれに気づかない。わたしの声は決してわたしを差し出しはしない。あれはわたしのことばじゃない。誰もわたしの痛みを見抜きはしない。でもわたしはことばをわたし自身のものにする、わたしはなんとか自分自身を伝えなければならないから。痛みは完璧なものではないから、リチャードの人生にその場所はない。わたしも完璧にならなけれないけない。わたしは痩せていなければならない。そうすればわたしは完璧。わたしはかつてティーンエイジャーだったっけ? もう忘れてしまった。いまやわたしは中年のよう、変なパーマとカントリー・ウエスタンの服で」

    私はあなたに聞きたいのです。カレン、あなたのロールモデルは誰でしたか? あなたのお母さん? どんな本を読むのが好きでしたか? 誰かに「音楽業界の女性でいるのはどんな感じですか?」と聞かれたことはありますか? あなたの夢は? 女友達はいますか、それともあなたとリチャードとママとパパ、あとA&Mだけですか? 砂の上を駆け回って、足のあいだにせりあがってくる波を感じたことがありますか? カレン・カーペンターはいったい何者なのですか? とてつもなく美しくソウルフルな声をした悲しい女の子だという以外に、本当は。
    あなたのファン ── 愛を込めて、キム

  •                     *

  • ▢ グリーン・フーズ(Asuka 1987)山岸 凉子
  • 金髪碧眼のトビー・ウィルソンは名子役だった。6歳の時に出演したミュージカル映画が大ヒット。当時の大スターと次々に共演したことで全米の人気者となった。エンジェル・フェイスとボーイ・ソプラノのトビーとは対照的な容姿の妹マーシャは兄の活躍を陰から見守るしかなかった。しかし人気絶頂のトビーにも翳りが出始める。変声期を向かえて悪声の持ち主である父親と同じ声になり、骨太の少年に成長して童顔と不釣り合いになってしまった。長男の変貌を憂慮した母親はピアノを習得させ、ゴースト・ライターを付けてSSWとしてデビューさせるが成功せず、「トビー・ウィルソン神話」が残っている地方都市を巡業〜ドサ回りする日々。ステージ・ママの死去を契機にロスへ出た家族の許へ、兄のゴースト・ライターだったチャック・アレンがカムバックの話を持って来る。トビーの歌唱レッスンの様子を袖から見ていたマーシャは思わず声を出して歌ってしまう。妹のマーシャに歌の才能を見出したチャックは歌手としてデビューさせようとするが、トビーは兄妹デュオとしての再デビューを主張して譲らない。

    5分間のTV出演‥‥マーシャはリハーサルなしのぶっつけ本番に緊張して実力を発揮出来なかった。ところが東洋で開催されたオリンピック衛星中継の遅延の場繋ぎとして流れたマーシャの歌(観光地風景映像のBGM)への問い合わせがラジオ局に殺到し、スタジオで「レインボー」を歌うことになる。大手レコード会社からデビューしたトビー&マーシャ。新曲の「ハープ・ムーン」は全米で空前の大ヒットを記録する。次々とヒットを飛ばしてスーパースターとなった兄妹。5年後、トビーが連れて来た美人女優の卵に嫉妬して傷つくマーシャ。彼女はスタッフのジョージ・ワトスンと交際するが、トビーの奸計によって破局させられてしまう。食欲が無くなって次第に痩せ細って行くマーシャ。兄とセクシー女優の結婚。新婚旅行のためにデビュー以来初めての長期休暇を取ったトビー&マーシャ。別荘へ1人で引きこもったマーシャは食事を摂らずに衰弱し、休暇明けの日に救急車で病院へ搬送される。病室で思いもかけない話をするトビーを目の前にベッドで横たわるマーシャは遠のいて行く意識の中でパーティで出会った、幼い兄妹の運命を予言した黒服の女の言葉を再び聞く。

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    NYのスティーヴン・レヴェンクロンの診療所を訪れたカレン・カーペンターはダルコラックス(下剤)を毎晩大量に服用していた。彼女が不自然に汗ばんでいたのは薬瓶に貼るラベルのタイプミスで、甲状腺治療薬を処方箋の10倍も摂取していたからだった。代謝率が増加することで、心臓に負担が生じていた。拒食症者の体重は35kgしかなかった。1982年4月、治療中の中休みということで、カリフォルニアの実家へ2週間だけ帰郷した。心理療法士によってカレンの体重は41kgまでに回復していたが、この期間の下剤の使用によって再び減少してしまったという。カリフォルニア滞在中に彼女はレコーディングしている。治療期限の6カ月が過ぎ、9月になって体調が危機的状態であることに気づいたカレンは自らレヴェンクロンに電話して、マンハッタンのレノックス・ヒル病院に緊急入院することになる。点滴で体重が増加し、快方に向かったカレンは11月8日に退院する。NYからダウニーに帰った彼女は旺盛な活力で気丈に振る舞うが、1983年2月4日、心不全で死去。享年32歳だった。

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    • 構想6年?‥‥タイトルは決まっていたのに、記事になるまでが長かったにゃぁ^^;

    • 「スイマセン。またもちょっぴり「カーペンターズ」兄妹をモデルにしました」凉子

    • 『カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語』(福武書店 1995)を参照しました
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    If I Were A Carpenter

    If I Were A Carpenter

    • Artist: Various Artists
    • Label: A&M
    • Date: 1994/09/13
    • Media: Audio CD
    • Songs: Goodbye To Love / Top Of The World / Superstar / (They Long To Be) Close To You / For All We Know / It's Going To Take Some Time / Solitaire / Hurting Each Other / Yesterday Once More / Callin Occupants Of Interplanetary Craft / Rainy Days And Monday / Let M...


    Goo(Deluxe Edition)

    Goo(Deluxe Edition)

    • Artist: Sonic Youth
    • Label: Geffen
    • Date: 2005/09/13
    • Media: Audio CD(2CD)
    • Songs: Dirty Boots / Tunic (Song For Karen) / Mary-Christ / Kool Thing / Mote / My Friend Goo / Disappearer / Mildred Pierce / Cinderella's Big Score / Scooter + Jinx / Titanium Expose // Lee #2 / That's All I Know (Right Now) / The Bedroom / Dr. Benway's House / Tuff Boyz // ...


    GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝

    GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝

    • 著者:キム・ゴードン(KIm Gordon)/ 野中 モモ(訳)
    • 出版社:DU BOOKS
    • 発売日:2015/07/03
    • メディア:単行本(横書き)
    • 目次:ソニック・ユース、ラストステージ / NYロチェスターからカリフォルニアへ / 父と母とその仲間、夏の想い出 / 1960年代のロサンゼルス~ヒップスター、ビートニク / アカデミックな家族 / 兄・ケラーの心の病 / ハワイ、そして香港で育ったローティーン時代 / ゆっくりと壊れていくケラー / 高校時代、仲良くした男の子たち /「アーティストになり...


    鬼子母神(山岸凉子スペシャルセレクション IX)

    鬼子母神(山岸凉子スペシャルセレクション IX)

    • 著者:山岸 凉子
    • 出版社:潮出版社
    • 発売日: 2010/12/20
    • メディア:コミック
    • 収録作品:鬼子母神 / グリーン・フーズ / かぼちゃの馬車 / 緘黙の底 / 副馬 / 死者の家 / ひいなの埋葬


    カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語

    カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語

    • 著者:レイ・コールマン(Ray Coleman)/ 安藤 由紀子・小林 理子(訳)
    • 出版社:福武書店
    • 発売日:1995/02/15
    • メディア:単行本
    • 目次:ニューヨーク・シティ、1982年 / カリフォルニア州ダウニー、1983年 / 天才少年とおてんば少女 /「わたしは将来‥‥」/ 西海岸がほほえむとき / ヒット・メーカー誕生 / 悲劇の予兆 / 相いつぐヒットの陰で / ショービズ界の恋 / 自立 / リチャードの失速 / なぜ食べないの? / ソロ活動の試み / 結婚 / 拒食症との闘い / 謎につつまれた悲劇 / 壊れた夢...

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    コメント 2

    miyuco

    sknysさん、こんばんは。
    Sonic Youth『Tunic (Song for Karen)』
    sknysさんに教えていただいたこの曲
    怒りがダイレクトに伝わってきて驚きました。

    TBありがとうございました。
    (自分の記事のコメント欄を閉じていたのを忘れてました。
    熱狂的なファンの声にちょっと疲れてたのですが元に戻しました。
    コメントいただいた方に失礼してしまいました。
    sknysさんにもごめんなさい)
    by miyuco (2015-11-28 22:09) 

    sknys

    miyucoさん、コメントありがとう。
    カレン・カーペンターの伝記を読むのが億劫で、
    なかなか記事にならなかったけれど、
    キム・ゴードンの自伝を読んで、彼女の視点から書いてみました。
    キム姐さんは女性がロック・バンドのメンバーであることに
    自覚的なアーティスト。
    真面目な性格で、夫の浮気も赦しません。
    コートニー・ラヴ(Courtney Love)やラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)のことは嫌っている。

    カーペンターズの「熱狂的なファン」は読みに来ないでしょう^^;
    by sknys (2015-11-29 01:26) 

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