デビュー、指で [p a l i n d r o m e]
満島 ひかり 「遅く起きた頭のがんがんする朝に」
□「白鬼」には満島ひかり、押しかけ菓子折り。黴増し積み場に荷下ろし
映画『白鬼』の主演に決まった満島ひかりは初の特撮時代劇に萌えていた。クランクインの前日、ロケ地の近くにある旅館に宿泊していた監督や撮影スタッフ、共演者たちの部屋に押しかけては大量の菓子折りを差し入れた。沖縄特産の名品だったが、天候にも恵まれず撮影は困難を窮めた。連日の強行日程で疲労困憊した一行には食後のデザートを嗜む余裕も余暇に寛ぐ時間もなく、食べ切れずに残った菓子の存在は誰にも忘れ去れられていた。雨模様で撮影が延期された日、宿舎の隅に積んであった箱の中の菓子の包みを何気なく開けてみた満島ひかりはギョッとして我が目を疑った。真っ白かった菓子が青白く変色しているではないか!‥‥青黴が菓子の表面を覆っていたのだ。その夜、満島ひかりはスタッフが寝泊まりしている各部屋に忍び込んで、黴まみれになってしまった菓子の箱を密かに回収した。深夜に彼女が菓子折りを生ゴミの集積場に投げ捨てたのは言うまでもない。
□ 筏、雷鳴り、波が高い
友人のM子は学生時代に地理の授業で使っていた白地図が怖かったと言うけれど、私は地図帳の方が恐ろしかった。青い海が水色から藍色にグラデーションしている部分‥‥日本海溝とかマリアナ海溝とか、見つめているだけでも数千メートルの深海に引き込まれそうになって気が遠くなった。今でも北極海や南半球の地図には根源的な恐怖を感じる。海難事故に遭い、救命ボートで漂流して無人島に漂着するという「青い珊瑚礁」みたいなシチュエーションも悪くないけれど、ヨットで単独世界一周なんていう冒険は御免被りたいわ。温暖な南太平洋は兎も角、喜望峰を夜中にヨットで通過することを想像するだけで体中から血の気が失せちゃう。お天気に恵まれて、川面の流れも緩やかな渓流の筏下りは愉しそう。でも、その先には必ず急流や高低差が数十メートルもある断崖の滝が待ち構えているのよね。穏やかな天候も俄かに暗雲が立ち籠めて、鉛色の空に稲妻が光らないとは限らないし。
□ ダメよ〜ダメダメ、金がめ、貯めた嫁だ!
毎年師走に発表される「新語・流行語大賞」には世間一般の意識と懸け離れたズレやギャップを感じていましたが、今年(2014)の大賞「ダメよ~ダメダメ」「集団的自衛権」には笑ってしまった。お笑いコンビ・日本エレキテル連合のギャグと平和憲法を骨抜きにし兼ねない閣議決定事項(候補語50語には「限定容認」「積極的平和主義」も入っていた)‥‥硬軟、軽重の取り合わせが絶妙だった。2つの流行語大賞の並びに政治的な意図が見え隠れするという的外れな批判には「集団的自衛権反対」「ダメよ~ダメダメ」ならば良かったのかと逆に問い返したい。「アベノミクス」に続いて2度目の「受賞者辞退」というのも大人げない。笑って受賞するような人間としてのブラック・ユーモアや度量の深さが全く感じられない。個人的には某環境相が発した「最後は金目でしょ!」もノミネートして欲しかった。こっそり金を貯めている嫁も「ダメよ~ダメダメ」でしょう。
□ 丸く逆立ち王、落ちた風車
肥満王テーホ・キンドは呼び名の通り体重100kgを超えるデブ王だった。本人も肥っていることを日々気に懸けていたし、王室専属の主治医からも減量した方が良いとアドヴァイスを受けていた。ある日、宮廷内に1人のインストラクターが招かれた。ユニークなダイエット法で国民に一大ブームを巻き起こしていた痩身男だった。サンパ・ヨチンサの提唱する「逆立ちダイエット法」は厳しい食事制限も激しい運動も一切必要なかった。ただ両手を床や地面に突いて逆立ちするだけで痩せられると評判になって、瞬く間に国内で大流行した。国王だけでなく国民たちも飽食三昧の食生活で肥満化していたのだ。サンパ・ヨチンサに教えを受けて、早速テーホ・キンドは中庭で逆立ちすることになったが、丸々と肥ってしたので屈強な2人の従者が2本の大根足を支えなければならなかった。肥満王の目に映ったのは天地が逆転した珍風景‥‥それは逆さまになって空に墜ちる赤い風車だった。
□ 虚しく泣く甥っ子、ネコ追憶、亡くし南無
吉本隆明が語っているように、家で可愛がっていた飼いネコの死は余り親しくない知人の死よりも悲しい。ハルノ宵子もネコ・エッセイの中で描いていたように、子供の頃はペットとして飼っているという意識なしに、どこの家にも普通に犬や猫がいた。愛玩動物として大事に飼われていたわけではないので、いつの間にかいなくなっても、病気や事故で死んだとしても飼主や家族が今日のような重篤なペット・ロスに陥ることは少なかった。食事や健康面での配慮にも欠けていたので、犬や猫の平均寿命も短かったはずである。甥っ子は幼い頃からネコと仲良く一緒に遊んでいただけに、大切なものを亡くした喪失感を想うと胸が痛む。しかし、彼にはネコと暮らした楽しい日々の記憶があるはずだ。スターリング・ノースがラスカルのことを、石井桃子がトムのことを生涯忘れなかったように、エリザベス・リードも甥の心の中で永遠に生き続けるのだ。
□ 鉄火巻き強請り、追っ手が近づく。幾つか地下鉄降りた、葱間買って
ブラジル人ミュージシャンのジョルジュは肉食系遠藤憲一みたいな風貌や音楽や反して和食が大好き。それも高級料亭の海鮮料理や天麩羅などではなく、今や一大ブームとなっている「B級グルメ」‥‥焼きそばや焼き鳥が大好物なのだ。それだけに初の日本公演は愉しみにしていた。リハーサルの合間にライヴ会場を抜け出したジョルジュは外国人観光客用のグルメ・マップを片手に都内を散策する。手始めに手軽に食べられる「巻もの」で有名な某寿司店へ直行。ところが念入りに変装していたのに店頭で目聡いファンに見つかってしまった。てっきりサインを強請られるのかと思っていたが拍子抜け。少女たちの目当ては1日限定50本の特製「鉄火巻き」だったのだから。地下鉄を乗り継ぎ、複雑怪奇な駅構内を駆け抜けて追っ手を巻く。ファンから逃れた車内で大好きな鉄火巻きを頬張り、地下鉄の某駅で下車する。駅前の老舗焼き鳥店で名物の「ネギマ」を買うために‥‥。
□ 世界ハヤブサ、杉降らし。ゴジラ吹き荒ぶヤバい旋風
東日本大震災で長い眠りから目醒めた海底のゴジラは太平洋岸沿いを南下した。怪獣の目的地は首都圏なのか?‥‥東京湾に出現したゴジラはスカイツリーを目指す。破壊した東京タワーに繭を作ったモスラや産卵したギャオスのように、巨大怪獣ゴジラも高層建築物に惹き寄せられるのだろうか。国会議事堂や西新宿の都庁は踏み潰しても構わないけれど、TVやFMに電波を送るスカイツリーの破壊だけは阻止しなければならない。しかし、陸空自衛隊もゴジラの前では小さな昆虫と化す。ゴジラがスカイツリーも目前まで逼った時、一羽の怪鳥が上空に現われた。世界最速のハヤブサが羽毛に付着した大量のスギ花粉を撒き散らすと、ゴジラは立ち止まって小刻みに震え出す。突然巻き起こった強風(神風?)に花粉が舞い、ゴジラの巨体を覆い隠す。ゴジラが咆哮して背びれが光る。遠くから眺めていた野次馬やTVやスマホで視ていた誰もが必殺技の放射熱線を予想して目を瞑ったが、次の瞬間ゴジラの口から出たのは大気と大地を揺るがす大きなクシャミだった。
□ 無意味口パク、疑惑涌くわ‥‥聴く8組忌む
87組が一堂に会した年末恒例の某歌謡祭で口パク疑惑が再燃した。歌番組での口パク禁止令を出した同局のプロデューサが異動したことで、口パク歌唱が復活したというのだ。大晦日の紅白歌合戦やライヴ・コンサートでさえ、アイドル歌手やグループの口パク・パフォーマンスが横行しているので今更驚かないが、一部のファンや芸能ライターの口パク擁護論には唖然とする。北京五輪開会式の少女や米大統領就任式(2期目)のビヨンセは口汚く非難したのに、ダンスと歌唱パフォーマンスを同時に行なうのは難しいなどと国内の歌手たちには妙に同情的なのだ。この容認論を敷衍すればブロードウェイ・ミュージカルも宝塚歌劇団も口パクで良いことになってしまう。バカ高いチケット代を払って観る外タレの日本公演が口パクだったとしても文句は言えない。口パク擁護論者は激しい振り付けで複雑な曲を歌って(ハモって!)いたピンクレディの存在を知らないのかしら?
□ 自撮りの写真、連写し、糊綴じ
「自撮り」の発祥は90年代後半に一世風靡した「プリクラ」だろうか。少女たちが自分撮りした写真に文字や背景を入れてシールにして友達と交換し合ったり、プリ帳に貼って愉しんでいた。スマホの表裏に2つのカメラが付き、デジカメのモニタ画面が180°チルトことからも自撮りブームの加熱ぶりが良く分かる。先端にスマホを装着して撮る「自撮り棒」なる珍商品も現われた。お気に入りの写真(シール)をプリ帳に貼っていたプリクラ少女とは異なり、今日の女性はブログやSNSに載せるために自撮りする。「自撮り」とは写真を撮るのが好きなのではなく、「写真を撮る自分が大好きな」カメラ女子のためのネット用語である。セルフ・ポートレイトを撮る写真家は「プリクラ」「自撮り」以前にも存在した。コスプレ変装・仮装した自分自身を撮り続けているシンディ・シャーマンはネット上に氾濫する自撮り写真に一体どんな思いを抱いて見ているだろうか。
□ 影丸、旅人、罠。秘技「火縄飛び」火だるま怪我
伊賀の影丸は徳川幕府の公儀隠密である。服部半蔵の命を承けて極秘に任務を遂行する。少年忍者の影丸は旅人や商人、時には町娘に変装して密偵する。山田風太郎の「忍法帖シリーズ」からエロティックな性愛や淫蕩、残虐で変態的な殺し合いという「R指定」を抜き去った健全な少年マンガである(少女時代に『伊賀の影丸』を愛読していた萩尾望都は竹鞭で打たれたり、逆さ吊りにされて水責めされる影丸の拷問シーンがエロかったと発言しているけれど)。「忍法帖シリーズ」と同じように忍者たちは固有の必殺忍法を持っている。影丸には風上から木の葉を撒いて敵から姿を隠したり、相手を麻痺させたりする忍法「木の葉がくれ」や舞い散る木の葉の火炎に包まれる「木の葉火輪」という秘術もある。旅人に化けた忍者に奇襲された影丸危うし!‥‥敵の罠に嵌まってしまい、絶体絶命の窮地に追い込まれた影丸は起死回生の新たな秘技「火縄飛び」(どんな忍法なのかしら?)を放って辛くも勝利したのだった。
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- 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい
- プリクラ誕生 シールがつなぐ 「カワイイ」(朝日新聞 2014・12・6)を参照しました
- 満島ひかりさんは『スミスの本棚』(日経BP社 2013)の中で『絵本ジョン・レノンセンス』(筑摩書房 2011)を推薦しています
- 影丸回文は「スニンクスなぞなぞ回文 #38」の解答です^^
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- 編者:スタジオジブリ・文春文庫
- 出版社:文藝春秋
- 発売日:2013/04/10
- メディア:文庫
- 目次:ナビゲーター・立花 隆 前人未踏の巨大世界、ナウシカ / 映画『風の谷のナウシカ』誕生 / 内田 樹 2つの『ナウシカ』──物語に選ばれた人 /『風の谷のナウシカ』の制作現場 / 作品の背景を読み解く
- 編著者:テレビ東京報道局
- 出版社:日経BP社
- 発売日:2013/03/14
- メディア:単行本
- 目次:はじめに(森本智子)/ 池上彰『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』/ 遠藤保仁『グアルディオラのサッカー哲学』/ 小林武史『日本の文脈』/ ジェームス三木『病気の日本近代史 幕末から平成まで』/ 佐々木則夫『人生生涯小僧のこころ』/ 山田五郎『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』/ みうらじゅん『現代語 地獄めぐり』/ 山口隆 ...
2014-12-11 00:39
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