ネコ・ログ #34 [c a t a l o g]
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ビアトリクス・ポーター 「こねこのトムのおはなし」
♯298│フウ│ノラ猫 ── ベンチの上で懐手する
木製ベンチの上でリラックスするフウちゃん。両前肢をクルリと胸元に隠した「香箱座り」ほど可愛らしいネコの仕草はない。即座に次の行動に移れない魅惑のポーズは獲物を狙う臨戦態勢とは異なり、ネコを眺める人の気持ちまでも和ませる。地球上にネコ族が存在していて良かったと想わせる平和な一時である。ネコがベンチの上で寛いでいるのは公園に騒がしく走り回る子供たちが周囲に1人もいないから‥‥。スベリ台やジャングルジムで遊んでいた子供がネコの存在に気づいてベンチに駆け寄ると、ネコの安息は一瞬で破られてしまう。幸い今日は子供たちの姿はない。撮影者は気配を消してネコに近づき、柔らかい毛並みを優しく撫でる。耳先カットは避妊手術済の目印。夕暮れ時のフウちゃんは自転車に乗ったネコおじさんが運んで来る夜ゴハンを心待ちにしているのかもしれない。
♯299│ニル│飼い猫 ── 黒ネコにも金星!
実物は写真に写っているよりも大柄な黒ネコ。毛並みの色艶も良く、首輪をしているので一目見て飼い猫だと分かる。もし人間ならば相撲界に入って関取になっていたかもしれない。「金星」は相撲用語で平幕力士が横綱を倒すことをいう。英語で言えば「giant-killing」、大きな黒いネコは「big black cat」‥‥iPhone 5sのCMソングに採用された〈Gigantic〉はPixiesのカヴァだった。KIm Dealが「Gigantic, gigantic, gigantic / A big big love / Lovely legs they are / What a big black mess」と屈託なく歌う「デカくて黒い」下ネタ・ソング。アルバムをプロデュースしたSteve Albiniが「Big Black」というバンドを率いていたことを想うと、2度笑わずにはいられない(次に結成したバンド名は「Rapeman」だった)。言うまでもなく「gigantic」はジャイアント(giant)の形容詞。巨人軍の選手たちは自分たちの形容詞を正しく発音出来るのかしら?
♯300│ソン│飼い猫 ── 高貴な王子さま
高貴な王子さまを想わせるソン君‥‥もし若者ならば絶世の美男子だったかもしれない。ネコにしては面長の風貌は内田善美の作品に登場する美形キャラのような耽美的で妖しい雰囲気も湛えている。詩人ウィリアム・ブレイクは「夜の森で虎が燃えて輝いている」と詠ったが、街中のネコも煌めいている。動物は水鏡に映った自分自身に恋したナルキッソスみたいに自分の可愛さや美しさを自覚していないので、自意識過剰な美少女や美少年よりも純度が高い。高いところが大好きなネコは筋斗雲に乗って空を飛び回る孫悟空に因んでソンちゃんと名付けられた。やんちゃな「サル王子」よりも、囚われの姫君を救けに旅立つ青年騎士のイメージの方に近い。吸い込まれそうな瞳の中にネコ王子の冒険ファンタジーを夢見たりして‥‥。この地域には飼いネコやノラを含めて8匹のネコたちが棲息しているという。プチクロを除いて、他の7匹は全て雄ネコである。
♯301│カン│ノラ猫? ── 橋の上のネコ?
橋の欄干にも見えなくない緑色の柵をバックに寝そべっている八割れネコちゃん。このS神井川沿いの地域には8匹ものネコたちが暮らしていると、世話をしているネコおじさんが教えてくれた。通りがかりに見かけても1〜2匹‥‥そんなに多くのネコたちがいるとは思ってもいなかったので少し驚く。往来する人たちには気づかれないように用心深く民家の物陰や植え込みの中に隠れて、人間たちの行動を日々観察しているのに違いない。人がネコを見つける以上に、ネコは人を注意深く見張っているのだ。気が向くと時々は一目に付く場所に出没するけれど、人馴れしていないので近づくと一定の距離を保って後退りする。間合いを詰めようとして更に後を追うと、今度は踵を返して一目散に逃げて行く。他のネコたちも写真に撮れる日が来るだろうか。
♯302│ムンク│飼い猫 ── 間合いが近いにゃん
ミラーレス一眼の標準ズームで、ここまで寄れる。少しでも近づくと逃げ出してしまう用心深いネコはもちろん、逆にスリスリ擦り寄って来る人懐っこいネコも撮り難い。ムンクちゃんは気紛れネコ。近づくと思えば遠ざかり、躰を撫でようとするとニャーと鳴いて嫌がる。スレンダーな容姿で、始めて会った時はネコではない何か別のものの化身のように見えた。この世のものとは思えない謎めいた存在。音楽評論家のグリール・マーカスが「美は恐怖から抽出される」と書いたように、美しすぎても怖いのだ。古代エジプトでネコが神格されたのも頷ける。昔から「猫は魔物」と忌み嫌われて来たが、かつて月亭可朝は「女は魔ものやで〜」と歌った(今アップデートするならば「アイドルは生ものやで〜」となるかも?)。ネコや女性を虐待する男たちは「魔物」に祟られるとは夢にも思わないらしい。
♯303│キシ│ノラ猫 ── 柵の向こうの黒ネコちゃん
黒ネコを3倍ズームで撮ってみた。被写体との間には無骨な障害物がある。黒い鉄柵が邪魔して、ネコとの距離を縮められなかったから‥‥。野坂昭如の歌のように人とネコとの間にも「深くて暗い川がある」のだった。〈黒の舟唄〉の「俺」は深くて暗い川を渡るために船を毎夜漕ぎ出す。泥舟で溺れ流されたり、彼岸で女が待っているとは限らない。2人の意志の疎通は兎も角、カメラならば遠方の対象を手軽にクローズアップ出来る。至近距離でネコを撮る時は基本通りピントを目に合わせてボケず、手ブレしないように気をつけているのだが、安直なズーム撮影も意外と悪くなかった。もちろんネコに気づかれないように遠くから盗撮するのは趣味ではないので、重くて長い望遠レンズを使う気にはなれないけれど。写真のキシちゃんも撮影者(カメラ)の視線に気づいて、真正面からレンズを見据えている。
♯304│ロン│ノラ猫 ── 暗くなるまで待って
陽が落ちて暗くなると、ネコの瞳は丸く大きくなる。昼間は眠たげなネコの目も爛々と光り輝いて、夜行性小動物の本領を発揮する。長毛種のロンちゃんは猫語で呼べば擦り寄って来て挨拶するけれど、お互いにスキンシップを深めると勝手に走り去ってしまう。鉄柵に隔てられた敷地の向こう側やマンションの中庭へ姿を消してしまうが、暫くすると思い出したように帰って来る。もしかしたら、一緒に遊ぼうよと誘っているのかもしれないと最近になって気づいた。自分が通り抜けられる柵の隙間や乗り越えられる塀の上を人間も尾いて来れると思っているのではないか、ところが後を追って来ないので不思議に感じて戻って来るのではないかと。興が乗って来たのか頼みもしないのに木の上に登ったり、繁みの中に隠れて周囲の様子を窺うパフォーマンス(隠れんぼ?)もネコにとっては遊んでいるつもりなのかもしれない。夜のネコの行動は先が読めないなぁ。
♯305│パル│飼い猫 ── 日溜まりのネコ
うららかな春の日、暖かい陽が射す午後。日溜まりでパルが寝転がっている。気持ち好さそうな至福の一時、誰しもが心和む風景‥‥。ところが、ジメジメした梅雨の季節や蒸し暑い真夏になると辺りの景色は一変する。遊歩道の植え込みに大量発生する薮蚊は通行人だけでなく、ネコたちにとっても大敵である。長い毛並みで守られているロンちゃんは平気らしいけれど、パルの夏は悲惨である。毛の生えていない耳や鼻を薮蚊に狙われる。刺されると痒いらしく、その部分を爪でバリバリと引っ掻いてしまうので赤剥けになってしまうのだ。それも通りがかったオバさんが皮膚病ではないかと心配するほど酷い状態になる。ネコおじさんに軟膏を塗ってもらっているが、薬の効果は余り期待出来そうもない。散歩中の人も立ち止まると即座に血に飢えた薮蚊たちの餌食になる。ノースリーヴやミニスカ、短パンなど、肌を露出した若い女性を虎視眈々と尾け狙っているのは痴漢やストーカーだけではない。夏のネコ撮りは老若男女を問わず、長袖衣服の着用が必須である。
♯306│エミ│ノラ猫 ── 木漏れ日のネコ
民家の玄関脇の「隠れ家」に身を潜めているエミちゃん。周辺の青空駐車場にネコの姿がない時は諦めずに鉢植えや室外機などで目隠しされている「隠れ家」を覗いてみると、ネコと目が合ったりする。ネコは見つかって少し驚いているけれど、「隠れ家」から逃げ出したりはしないので、遠慮気兼ねなく写真を撮れる。真正面から興味深そうに見つめて微動だにしない。兄弟姉妹だろうか、良く似た容姿の2匹のネコが仲良く蹲っていたり、微睡んでいたりすることも少なくない。草木がレンズの視界を遮ることもあるが、晴れた日には逆に木漏れ日のような光の効果を生む。「木漏れ日のネコ」や「日溜まりのネコ」に魅了される。でも調子に乗って余り近づきすぎると、危険を感じたエミちゃんは身を翻して一目散に車道を挟んだ駐車場のクルマの下に逃げ込んでしまうけれど。
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各記事のトップを飾ってくれたネコちゃん(9匹)のプロフィールを紹介する「ネコ・カタログ」の第34集です。サムネイルをクリックすると掲載したネコ写真に、右下のナンバー表の数字をクリックすると該当紹介文にジャンプ、ネコ・タイトルをクリックするとトップに戻ります。ノラ猫や地域猫、飼い猫を差別しない方針で、これまでに延べ300匹以上のネコちゃんを紹介して来ましたが、こんなにも多くのネコたちが棲息していることに驚かされます。第34集の常連ネコはロンとパルちゃん。他のネコたちも顔馴染みです。母猫のタビタ・トウィチットは友達をお茶会を呼ぶので、子供たちに綺麗な服を着せます。ところが外に出された3匹の子猫たちの服は汚れて脱げてしまう。ビアトリクス・ポーター の『こねこのトムのおはなし』(福音館書店 2002)からは、ネコに服を着せるのは愚の骨頂という作者の声が聞こえてきそう。なぜならば子猫のミトン、トム、モペットは生まれながらにして、それぞれ違った可愛い毛皮を着ているのだから。
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- 著者:ビアトリクス・ポター(Beatrix Potter)/ いしいももこ(訳)
- 出版社:福音館書店
- 発売日: 2002/10/01
- メディア:単行本
- 内容紹介:あるところに3びきの子猫がいました。名前をミトンに、トムに、モペットといいました。いい服を着て外に出された3匹は、服にしみをつけたり、ボタンを落としてしまったり‥‥。1971年初版の新装版
2014-07-01 00:33
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