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美恵子コレクション 1 [b o o k s]



  • 猫に話しかけずにエサをやって、どうする!! ニャア、ニャア、と鳴きながら足もとに身体をこすりつけて甘えている猫に、黙々と猫カンを開け、お皿に移し、ポンと床にエサの皿を置いてやる、などということは、人間として、まず出来ないことで、ニャア、ニャアとか、凄く空腹な時にはもっと切迫して、かつ、命令的な口調で、ニャーオン、ニャーオン、と高音の尻上がりの調子でエサを要求する、表現力の豊かな猫という動物に対して、中学生のお嬢よ、いくら、中途半端な年齢で、経験上知っているけど、女子も男子も人生の中で見た目の上でも一番みっともなくなる変身途上の時期にいるとはいえ、ブスッと黙ったまま、猫にエサをやるなんてことは、おかあさんにも、おばさんにも出来ませんよ、ハイハイ、ハイ、ちょっと待って、そんなにうるさく鳴くと、わざと遅くしちゃうよ、とか、いい子いい子、すぐだよ、とか、ヨシヨシ、そんなにお腹すいたの? とか、話しかけなくては、かえって「変」なんですよ、と言いたいのである。
    金井 美恵子 「猫に話しかけないでください」


  • ◇ 添寝の悪夢 午睡の夢(中央公論社 1976)金井 美恵子
  • 「添寝の悪夢」という表題に魅了される第2エッセイ集。「あとがき」によると、最初のタイトルは「昼寝の悪夢・午睡の夢」だった(編集者が目次の案を作った時に書き間違えた)という。月並みな「昼寝」からは「添寝」というエロティックな妄想は浮かばない。もちろん、その相手は恋人や猫ではなく、本や絵画や映画なのだが‥‥。「夢・鏡・時」「少年」「少女」と題する短い前書きに呼応するように「夢の領土」「少女の領土」「少年の領土」「時の領土」「鏡の領土」という5つの章で構成されている。デ・キリコ、ルネ・マグリット、ソンネンシュターン、レオノール・フィニ、ルイス・ブニュエル、マレーネ・ディートリッヒ、別役実、唐十郎、土方巽、西江雅之、カフカ、ジョイス・マンスール、アンデルセン、ルイス・キャロル、マンディアルグ、ル・クレジオ、レヴィ=ストロース、アーサー・ランサム、森茉莉、夢野久作、野坂昭如、吉田健一、田村隆一、河野多恵子、石川淳、天沢退二郎、吉岡実、倉橋由美子‥‥。気怠い午後の睡りの中で見る儚い夢はキリコやバルテュスの絵のような白昼夢だろうか。

  • ◇ 書くことのはじまりにむかって(中央公論社 1978)金井 美恵子
  • 第3エッセイ集はタイトルが示しているように「過渡期的な性格を持っているが」、「この本のみが過渡期的なわけではなく、わたしの書いたすべての本(あるいは書かれるはずのすべての本)に、『書くことのはじまりにむかって』という題名をつけたとしても、わたしとしては奇異な感じはしないし、それほど突飛なことにも思えない」と、著者は「あとがき」に書いている。そのせいなのか「1 書くことのはじまりにむかって」の2篇、カフカと深沢七郎について書いた「絢爛の椅子」「深沢七郎へ向かって一歩全身二歩後退 」など比較的長い評論が収録されている。「2 未誕の言葉」には天沢退二郎、岩成達也、岡本かの子、宮沢賢治。「3 目の散歩 日々の生活」は武田泰淳や吉田健一の死、ヒチコックや市川崑、トリュフォー監督の映画、エルヴィス・プレスリー、ジャンヌ・ダルク、日夏耿之介。「4 読むこと 終わりなきたのしみ」は大学で行なった講演記録やアンデルセン、アーサー・ランサム、メアリー・ノートン、野坂昭如、国枝史郎、藤枝静男、島尾敏雄、吉田健一。書くことの苦痛と読むことの快楽が混じり合った奥深いエッセイ集である。

  • ◇ 遊興一匹 迷い猫あずかってます(新潮社 1993)金井 美恵子
  • PR誌「波」に1年間連載されていた「遊興一匹」を中心に編んだ「純文学的ネコバカエッセイ」(荒川千尋)。1989年、金井姉妹の住んでいるマンションに1匹の仔猫が迷い込んで来た。「迷い猫あずかってます。クロトラ、オス、生後6ヵ月くらい、トイレの躾も出来てお行儀良し、12月18日の昼ごろから、この近辺で迷子になって泣いていました。連絡先 金井美恵子」という文面に猫のイラストを添えたポスターを近隣に張り出したものの、何の音沙汰もない‥‥。金井家で飼うことになったキジ柄の雄猫は、『プー横町にたった家』(岩波書店 2000)に登場するタビー柄の仔猫「トラー」から採られた。去勢、「モンプチ」(グルメな猫缶)、猫砂(猫用トイレ)、猫貯金、巣穴、迷子、散歩、狩り(青大将!)、テリトリー防衛、掃除機、大好物のエビ、昼寝、ピクニック、爪研ぎ、カーテン‥‥といったネコ・キーワードを鏤めながら、愛猫トラーについて熱く語る。同文庫(1996)は新たに6篇を加えた増補決定版になっている。金井美恵子エッセイ・コレクション2『猫、そのほかの動物』(平凡社 2013)にも丸ごと収録されています。

  • ◇ ページをめくる指(河出書房新社 2000)金井 美恵子
  • 「母の友」(福音館書店)に連載された絵本についてのエッセイ24篇を纏めたもの。「幼児を持つ母親を読者対象にした雑誌」というだけあって、単行本も大型(菊判)で文字も大きく、表紙カヴァやイラストなどのモノクロ・カラー図版も豊富。レイアウトも凝りまくっている。「ピーター・ラビットの絵本」やモーリス・センダック、マーガレット・W・ブラウンだけでなく、バルテュス少年が描いた言葉のない絵本『ミツ』(河出書房新社 2011)も紹介されている。冒頭の『タンゲくん』(福音館書店 1992)に眉を顰める教育ママには不向きかもしれませんが‥‥。ライブラリー版(平凡社 2012)は親本に比べるとサイズも小さく、本文にレイアウトされていたイラストや図版なども省かれているが、カラー口絵8頁を付け、「記憶と言葉──児童文学覚え書」(7篇)と「石井桃子インタヴュー」(1994)を加えた増補版。「ちりあくたの輝く「本の小部屋」から」の中で本書を「名作絵本と呼ばれるものについての最良の批評の1つだと、書き手の私は自負しています」と書いている。

  • ◇ 猫の一年(文芸春秋 2011)金井 美恵子
  • 隔月小説誌「別册文藝春秋」に4年間連載されたネコとフットボールに関するエッセイ集。「猫の一年」というタイトルは4年に1度開催される「W杯の1年」、欧州3大リーグ(プレミア、リーガ・エスパニョーラ、セリエA)に所属する強豪クラブの選手たちの過密スケジュールと「猫の1年」(ネコの加齢は人間の3〜4年に相当する)が似ていることから採られたという。Al Stewartのヒット曲〈Year Of The Cat〉(1976)を思い出す「ねこみみ」読者もいるかもしれない。2度のW杯(2006年ドイツ大会と2010年南アフリカ大会)の報道や愛猫トラーの秘密だけではなく、飛行機嫌いで有名なデニス・ベルカンプの引退記念試合、網膜剥離による右眼の手術と喫煙(禁煙)、ヒデさん(中田英寿)の引退、イモ・ジュリー(沢田研二)の還暦、マイケル・ジャクソンの死、買物袋(レジ袋・エコバッグ)など多岐に渡る。齋藤孝、村上龍、モギケン(茂木健一郎)、高橋源一郎、香山リカ、宮崎駿、萩本欽一、田村正和、矢沢永吉、郷ひろみ、岡田監督、後藤明生、武田百合子、山田風太郎、大岡昇平、深沢七郎‥‥。「目白雑録シリーズ」との違いは姉・久美子さんが描いた猫や兎や栗鼠をモチーフにしたカラー装画(24葉)の可愛らしさでしょうか。

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  • ◇ 夜になっても遊びつづけろ(平凡社 2013)金井 美恵子
  • 「金井美恵子エッセイ・コレクション[1964 - 2013]」(全4巻)は幻の投稿から今日まで半世紀に渡るエッセイを4つのテーマ(批評・猫・作家・映画)で自選したもの。コレクションというよりもセレクション、音楽の「ベスト・アルバム」に近い。無地にモノクロ・イラストの外装は控え目だが、著作の表紙カヴァが100冊並んだ「見返し4頁」はシックな衣服に隠された派手な裏地みたいだ。「夜になっても遊びつづけろ」という表題はエッセイ「若者たちは無言のノンを言う」(1967)のエピグラフに使われた堀川正美の詩から採られている。「1967-1973」 は18篇、第1エッセイ集『夜になっても遊びつづけろ』(講談社 1974)には67篇のエッセイが収録されていたから原本の3割弱。今までに上梓したエッセイ集は25冊だから、1巻が2冊分に相当すると計算しても全体の3割強である。篠山紀信が撮ったポートレイト「当時23歳の著者」は必見。巻末インタヴューの 「50年前から、書きたい時は、今もやっぱり「投稿」です。」 というタイトルを裏付けるように特別掲載された付録‥‥「美術手帖」の斎木ひみ子(高校生・16歳)という変名の投稿、「季刊リュミエール」 の泉光という匿名コラムの縮小コピー(9頁)も抱腹絶倒なのだ。

  • ◇ 猫、そのほかの動物(平凡社 2013)金井 美恵子
  • 猫、兎、虎、犬、雀、栗鼠など、動物エッセイを集めた「コレクション 2」には『遊興一匹 迷い猫あずかってます』の増補決定版(新潮文庫 1996)が丸ごと収録されている。さらにエッセイ・コレクションのはずなのに、「タマや」(1986)、「永遠の恋人」(1971)、「兎」(1972)の小説3篇を挿入。巻末書き下ろしエッセイ「夢と夢の中の動物たち、ペットたち、そして、書かれた動物と夢」の中で、《彼女の姪の娘、グロリア・スワンソンが、19世紀末から20世紀初頭のかぎられた一時期、大伯母の撮影した大量の写真を発見し、ボストンのフィロメラ・プレスから『アマンダ・アンダーソン・写真と生涯』として出版して初めて知られるようになった特異な写真家》と『タマや』(講談社 1987)で紹介されているアマンダ・アンダーソンが架空の人物だったこと、「私が夢の中で見た写真集のフォトグラファ ー」 であることを明かしている。著者が猫(トラー)について考えると思い出すというグレ ース・ケリーの「無償の愛」や東海林さだおの「ただ、可愛い、というだけで愛されて二千年」という言葉もペットへの限りない愛で溢れている。

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    添寝の悪夢 午睡の夢

    添寝の悪夢 午睡の夢

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:中央公論社
    • 発売日:1976/08/01
    • メディア:単行本
    • 目次:夢の領土 広場のみえる窓 / 夢の風景 / 月への信仰 / 1枚の絵と運動 / 山羊と断食芸人 / 静かな夢 / 空白を埋める作業 / アンデルセンの歯痛 / 夢から海へ / 兎の夢 // 少女の領土 アリスの絵本 / 無垢の勝利 / レオノール・フィニによせて / 変身潭あるいは夢の生きもの / 耳と葡萄 / モノローグの世界 / 海の彼方へ / ありきたりの体験 / 子供の読書 / ...


    書くことのはじまりにむかって

    書くことのはじまりにむかって

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:中央公論社
    • 発売日:1981/07/10
    • メディア:文庫
    • 目次:書くことのはじまりにむかって 絢爛の椅子 / 深沢七郎へ向かって一歩全身二歩後退 / 未誕の言葉 序奏・天沢退二郎あるいは汁への導入部の手前で / 垂直と燃焼のコンプレックス / 不可能の光景 / 岡本かの子覚書 / 言葉と《文体》/ 歌っているのは誰か / 目の散歩 日日の生活 作家の死 / いたましいグラス / 目の散歩 / プリンス・オブ・プリンシィズ / 悪...


    迷い猫あずかってます

    遊興一匹 迷い猫あずかってます

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:1996/09/02
    • メディア:文庫
    • 目次:トラ! トラ! トラ!/ 銀座の猫、家の猫 / 小さな虎さん / 猫を飼う / 遊興一匹 /「トラー」とはどんな動物か / 猫を去勢すること / 散歩も出来ない / 猫の戦略 / 猫には7軒の家がある / 猫のおかあさん / 猫と暮す──蛇騒動と侵入者 / エビに猫舌無し / ウサちゃん / 日だまりでの昼寝 / ピクニックに行こうと思う / 増殖する物体としての本 / 猫の爪...研ぎ /「猫」散見 / 反復不可能 / カーテンを替えようと、いよいよ決めるまで / 書かなかったこと


    ページをめくる指 ── 絵本の世界の魅力

    ページをめくる指 ── 絵本の世界の魅力

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:平凡社
    • 発売日:2012/04/12
    • メディア:単行本
    • 目次:タンゲくんが いるだけで うれしいです / 2匹のうさぎと夜 / 家から遠く離れて / ジェニーの肖像 / 悪夢のなかで / センダックの変貌 / 昔話は本当に面白いか / 記憶のひずみ /「くまさん」のくらしぶり / ひそやかな幼年の世界 / じっとしていない小犬 / 失われたおひなさま / 猫とねずみたちの住む家 / ねずみの描いた絵本 / しっぽのおはなし / 食べ...


    猫の一年

    猫の一年

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:文藝春秋
    • 発売日:2011/01/14
    • メディア:単行本
    • 目次:「ことサッカーに関して、男は正直であらねばならない」 ? / 「ことサッカーに関して、男は正直であらねばならない」 ? 2 / 「引退」と 「ロマンティシズム」 / ドッグイヤー、あるいは、/ 眠っている猫をおこす / 再び、の前に / 最後の1年、最初の1年 / 今日も元気だ。(?) タバコがうまい / 眼先のこと ふたたび、タバコ / トラーの秘密 / トラーの...


    夜になっても遊びつづけろ (金井美恵子エッセイ・コレクション 1

    夜になっても遊びつづけろ(金井美恵子エッセイ・コレクション 1)

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:平凡社
    • 発売日:2013/08/22
    • メディア:単行本
    • 目次:1967-1973 処女作の頃 / 若者たちは無言のノンを言う / 描くことの始まりに向かって / 8月の光は幻の‥‥ / 政治の季節のなかの青春 / 風化の季節 / そよ風にのって、風に吹かれて / われらが恨みの赤い花一輪を植えよ / 浪曲子守唄 / 私の処女作 / 書いていない時の作家 / ささやかな幸福 / みどり色の馬車 / ネクロフィールの世界──井上洋介画集 / ...


    猫、そのほかの動物(金井美恵子エッセイ・コレクション 2)

    猫、そのほかの動物(金井美恵子エッセイ・コレクション 2)

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:平凡社
    • 発売日:2013/08/22
    • メディア:単行本
    • 目次:遊興一匹 迷い猫あずかってます トラ! トラ! トラ!/ 銀座の猫、家の猫 / 小さな虎さん / 猫を飼う / 遊興一匹 /「トラー」とはどんな動物か / 猫を去勢すること / 散歩も出来ない / 猫の戦略 / 猫には7軒の家がある / 猫のおかあさん / 猫と暮す──蛇騒動と侵入者 / エビに猫舌無し / ウサちゃん / 日だまりでの昼寝 / ピクニックに行こうと思う / 増殖...

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