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ジュリアとジュリアナ [m u s i c]



  • ジルベルトは、15歳の娘のすらりとした脚をまげて、ストゥールに腰を下ろした。タータンチェックのスカートから、畝筋のついた靴下が、膝の上のところまで露わになった。自分では思ってもいなかったけれど、膝小僧の丸みは完璧そのものだった。ぷよぷよしていない脹脛、盛り上がっている足の甲、こうした美点を眼にすると、アルヴァレス夫人は、孫娘がダンスを習っていなかったことを、つい悔んでしまうのだった。だが今は、そんなことに気を捉えてはいなかった。灰色がかった金髪の髪の束を丸め、薄い紙にしっかりと包み、熱した髪ごての半球に挟んでぎゅっと締めつける。夫人は忍耐強く、やっとジルベルトの肩まで届くか届かないかの、手入れの行き届いた、素晴しく豊かな髪を、しなやかな手で器用に、軽快で柔軟な、大きな巻き毛に纏め上げた。薄いカール・ペーパーの、仄かにヴァニラのような匂いが、熱せられたこての匂いが、少女を痺れたようにじっとさせていた。もちろん、ジルベルトは、どんなに抗っても無駄だということを知っていたのだ。今まで一度もと言っていいくらい、ジルベルトは、家風から逃れようとしたことはなかった。
    シドニー=ガブリエル・コレット 「ジジ」


  • ◎ Tragedy(Night School 2012)Julia Holter
  • ヴァイナルとデジタルのみのリリースだったデビュー・アルバム(Leaving 2011)が完全ヴァージョンで初CD化した。収録時間が10分ほど長くなり、表と裏カヴァを逆にした同内容のリイシュー盤(Domino 2013)も出ている(アナログ盤は2枚組)。古代ギリシャ悲劇詩人エウリピデスの「ヒッポリュトス」(Hippolytus)にインスパイアされたというアルバムはアンビエント、エレクトロニカ、ポスト・クラシカル、エクスペリメンタル、アヴァンポップなどが渾然一体となったサウンドとウィスパー・ヴォイスの対比が意表を衝く。汽笛のようなサクソフォンとオペラ調のヴォーカルが不吉に響く〈Introduction〉、ダーク・ゴシック風の〈Try To Make Yourself A Work Of Art〉、暗鬱なシンセ・ドローンが棚引く〈The Falling Age〉、ヴォコーダのコーラスがポップに弾ける〈Godess Eyes〉、教会音楽風の〈Interlude〉、ミュージック・コンクレート風の〈So Lillies〉‥‥イントロと間奏の2曲はアルバムに記載されていないが(前後の曲とシームレスに繋がっている)、デジタル版では独立した曲として扱われている。

  • ◎ Ekstasis(Rvng Intl. 2012)Julia Holter
  • Laurie Andersonの姪、それともJulianna Barwickの双子姉妹なのか?‥‥米ロサンゼルス出身のSSW、マルチ奏者の2ndアルバムは夢幻的なエレクトロニカでリスナーを魅惑する。可愛らしいヴォーカルとキーボードに、ヴィオラ、クラリネット、アルト・サックスなどが響く異世界へのトリップ。Julia Holterの神秘的なヴォイスは妖精の囀りにも、セレーンの誘惑にも聴こえる。カナダの詩人アン・カーソンのエッセイ集から採ったというアルバム・タイトルの〈Ekstasis〉はギリシャ語の「to be outside of oneself」という「ecstasy」本来の意味を思い出させもする。彼女の歌声に導かれたリスナーは幽体離脱して、鬱蒼とした森や深淵なる海の中を浮游するのだ。〈Goddess Eyes I〉でエウリピデスの『ヒッポリュトス』(Hippolytus)、〈Our Sorrows〉でヴァージニア・ウルフの『波』(The Waves 1931)、〈Moni Mon Amie〉でアメリカ詩人フランク・オハラの詩を引用するなど、インテリジェンス溢れるオーラを発散している。

  • ◎ Loud City Song(Domino 2013)Julia Holter
  • Julia Holterがベッドルームから抜け出して都会の雑踏へ歩み出た3rdアルバム。現代ではなく過去へタイムスリップ。彼女の幻視する時代はコレットの小説「ジジ」(Gigi 1944)やミュージカル映画『恋の手ほどき』(1958)に描かれた19世紀末パリのレストラン「マキシム」の情景(ゴシップ・イラスト週刊誌「ジル・ブラース」も登場する)だったり、ホーン(管楽器・警笛)に囲繞された閉所恐怖症的な世界だったり、木々と会話する「緑の荒野」だったりする。外界とのセンシティヴな交感は《Ekstasis》(2012)にも引用されたヴァージニア・ウルフ的である。 Barbara Lewisの〈Hello Stranger〉(1963)のカヴァを含む全9曲(〈Maxim's〉は2ヴァージョン収録)はCole Mardsen Greif(Ariel Pink)との共同プロデュース。Julia Holterのキーボードにベース、パーカッション、トロンボーン、サクソフォン、ヴァイオリン、チェロが鳴り響くサウンドはノスタルジックでファンタジック。彼女の高音ヴォイスも若返ったように聴こえる。

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  • ◎ Sanguine(Florid 2012)Julianna Barwick
  • Juana MolnaやNatalia Lafourcadeのようにループ・ペダルを操って自分のヴォイスや演奏したサウンドをリアルタイムでサンプリングするライヴ・パフォーマンスは珍しくないが、Julianna Barwickはヴォーカルやコーラスを幾重にも重ねることでミルクレープのように甘くて蕩けるサウンドを創り出す(レコーディングに何年も費やして音を何百回も重ねるEnyaよりも風通しが良い)。森の精霊や妖精たちの囀りにも似た祝祭的な多幸感や薄気味悪さはアニコレやPanda Bearを想わせなくもない。2006年にセルフ・リリースされたデビュー・アルバムは入手困難だったらしい。本リイシュー盤(2012)は13曲中、1〜9曲目までノン・タイトル(Unt.1~9)で1〜2分の小曲が続く。10曲目以降のアルバム・タイトル曲〈Sanguine〉を含めた4曲を加えても24分半というEP並みの短さ。ネコの鳴き声(?)をサンプリング〜ループ化した〈Scary Cat〉にも心和むにゃん。

  • ◎ The Magic Place(Asthmatic Kitty 2011)Julianna Barwick
  • 米ルイジアナ州生まれで、NYブルックリンを拠点に活動する女性SSWの2ndアルバム。ネット上では「不気味なエンヤ」とか呟かれているけれど、幾重にも重ねられたアカペラ多重唱がEnyaのように厚ぼったくないのは、ループ・ペダルを使ったライヴ・パフォーマンスの即興性によるものだろう。一体何を歌っているのか、そもそも歌詞があるのかどうかも判然としないが、森の精霊や妖精たちの囀りのように響く(木霊でしょうか?)。鬱蒼とした緑の木立に流れる神秘的な歌声にピアノ、ベース、ギター、ドラムスがミニマルな彩りを添える。森の樹々を写したカヴァ・アートから音楽が聴こえて来る。Sufjan Stevensの主宰するレーベル(Asthmatic Kitty)からのリリースだったことも注目された。東日本大震災前に発表されたが、3・11の前後で全く印象が異なってしまった。森の精霊の囀りが津波に攫われた死者たちへの「鎮魂歌」のように感じられるからだ。リスナーを「不思議な場所」へ誘うアルバムである。

  • ◎ Nepenthe(Dead Oceans 2013)Julianna Barwick
  • Julianna Barwickもブルックリンからアイスランドへと旅立った。レイキャヴィクで録音された3rdアルバムはAlex Somers(Jonsi & Alex)のプロデュース。彼女のアカペラ多重唱にAmiinaの弦楽四重奏、Robert Sturla Reynisson(Mum)のギター、十代の少女聖歌隊(The Teen Girl Choir)のコーラスなどが参加している。アルバム・タイトルの「ネペンテス」は「悲嘆や苦痛を忘れさせる薬」という意味だが(ホメーロスの『オデュッセイア』やポーの『大鴉』からの引用?)、家族の死も反映されているらしい。天上世界で流れているようなアンジェリック・ヴォイス。Sigur Rosを想わせる壮麗さや尊厳さ、冷たく澄んだ空気感もある。アルバム・カヴァは彼女がレイキャヴィクで撮ったという満月(supermoon)を赤地にレイアウト。ブックレット(12頁)にはアイスランドの美しい自然写真に曲名が添えられているだけで、今回も歌詞は記載されていない。Julianna Barwickの歌声は月まで届くかしら。

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    《この「ジジ」はフランスの舞台で大好評を得て、英語劇をやることになった。しかし、主役の役者が見つからなかった(もちろん主役を選ぶのは著者)。そんなある日、コレット女史は映画の撮影場面を見物中に叫んだ。「ああ、あれが私のジジよ」 それは、まだ無名時代のオードリー・ヘプバーンだったのだ。彼女の主演の『ジジ』は8カ月のロングランを記録し、彼女はウィリアム・ワイラーに見出され、『ローマの休日』を撮ることになった。『ジジ』はその後、アメリカで映画化されて、アカデミー賞を奪い取った。日本での題名は『恋の手ほどき』。最近では、加藤和彦の『ベル・エキセントリック』というアルバムに1曲ジジを唄ったものがある》‥‥図書館から貸出した「コレット著作集 11」(二見書房 1975)に上記の書き込みがあった。補足すると、コレット女史が見た撮影中の映画は『モンテカルロへ行こう』(1951)、『恋の手ほどき』に主演した女優はレスリー・キャロン。『ベル・エキセントリック』(1981)に収録されている曲は〈浮気なGigi〉。30年以上前の書き込み(鉛筆書きなので薄く褪せている)ということになります。

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    Tragedy

    Tragedy

    • Artist: Julia Holter
    • Label: Night School
    • Date: 2012/04/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: Try To Make Yourself A Work Of Art / The Falling Age / Goddess Eyes / Celebration / So Lillies / Finale


    Ekstasis

    Ekstasis

    • Artist: Julia Holter
    • Label: Rvng
    • Date: 2012/03/06
    • Media: Audio CD
    • Songs: Marienbad / Our Sorrows / In The Same Room / Boy In The Moon / Fur Felix / Goddess Eyes II / Monie Mon Amie / Four Gardens / Goddess Eyes I / This Is Ekstasis


    Loud City Song

    Loud City Song

    • Artist: Julia Holter
    • Label: Hostess Entertainment
    • Date: 2013/08/20
    • Media: Audio CD
    • Songs: World / Maxim's I / Horns Surrounding Me / In The Green Wild / Hello Stranger / Maxim's II / He's RunningThrough My Eyes / This Is A True Heart / City Appearing


    Sanguine

    Sanguine

    • Artist: Julianna Barwick
    • Label: M'LADY'S
    • Date: 2012/01/30
    • Media: Audio CD
    • Songs: Unt.1 / Unt.2 / Unt.3 / Unt.4 / Unt.5 / Unt.6 / Unt.7 / Unt.8 / Unt.9 / Scary Cat / Dancing With Friends / Sanguine / Red Tit Warbler


    The Magic Place

    The Magic Place

    • Artist: Julianna Barwick
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Label: 2011/02/21
    • Media: Audio CD
    • Songs: Envelop / Keep Up The Good Work / The Magic Place / Cloak / White Flag / Vow / Bob In Your Gait / Prizewinning / Flown


    Nepenthe

    Nepenthe

    • Artist: Julianna Barwick
    • Label: Dead Oceans
    • Date: 2013/08/20
    • Media: Audio CD
    • Songs: Offing / The Harbinger / One Half / Look Into Your Own Mind / Pyrrhic / Labyrinthine / Forever / Adventurer Of The Family / Crystal Lake / Waving To You

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    コメント 2

    mana☆

    スニーズさん、またまたご無沙汰になってしまいました(^^;)
    お久しぶりのコメントです(笑)

    オードリーをキャスティングされたジジの著者の方は凄いですね。
    著者の方にとってもオードリーにとってもプラスの結果になりましたし!
    やっぱり人生はいろんな奇跡と偶然が重なっているんだなぁとしみじみと思いました(笑)
    日頃から「出会い」を大切にしたくなるお話です。
    今まさに私はその「出会い」の恐ろしさを体験している最中でもあるんですが(笑)
    人生って何が起こるか分かりませんね(´-`)

    日常生活では大学受験に追われて大変ですが(附属高なので試験が11月頭なんです。泣)、まったり書き続けているブログが息抜きとなって良い感じです(*^O^*)・・・・多分!(笑)

    高校に入学してからあっという間でした。
    修学旅行で昨年カナダに行ったのがもう一年前の話!!!びっくり!!
    過去のブログを読み返すと自分の成長を実感します。
    ただ、未だに宮部みゆきのブレイブストーリーが読めませんが(笑)


    それではまたコメントさせて頂きますね(*^O^*)
    舞台観劇が好きなのでジジが上演されるときは是非観に行きたいです♪
    失礼しました。

    by mana☆ (2013-09-22 20:33) 

    sknys

    mana☆さん、コメントありがとう。
    映画『恋の手ほどき』の主演を断ったオードリーは
    『ローマの休日』でブレイク!
    彼女の大成功の陰に「ジジ」が隠れちゃった?
    オードリー人気の高い日本では特に‥‥。

    ブログを始めて7年になりますが、余り変わり映えしないなぁ。
    もう少し格調高い記事を書きたいと思っているのですが、難しい。
    「成長」よりも「老化」しないように気をつけなくっちゃ^^;

    従姪(従妹の子)がアイドル・ユニットのメンバーとして
    デビューしたのには驚いた。
    親族からアイドルが出るなんて‥‥本当に何が起こるか分かりませんね。

    高校の修学旅行がカナダって、凄くない?。
    『ブレイブストーリー』は愉しく読めますよ。
    『英雄の書』はダーク・ファンタジーで読むのが辛いけれど。
    「ジジ」は短篇なので、受験勉強の息抜きにでも読んでみてね^^
    by sknys (2013-09-23 13:58) 

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