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僕の血みどろヴァレンタイン [m u s i c]



  • 耳がある程度機能するのに数秒かかった。最初、何も聞こえなかった。彼らがかがみこむように楽器を抱え、猛烈に音を発していることだけはかろうじてわかった。限界を超えた負荷がぼくの耳にかかり、認識できなかったに違いない。/ まるで "真空状態" 。夏に暗いカフェの中で何時間もすごしたあと、日がさんさんと照りつける大通りに出てきたときのようだ。車や、人々や、犬のフンが落ちている歩道といったさまざまな新しい情報を脳が認識できなくて、2、3秒の間、軽い立ちくらみで目を細めたり、しょぼつかせたり。そんな状態に近かった。/ モニター・スピーカーさえ聴衆に向けられていた。演奏が進行するにつれ、ヴォリュームが徐々に大きくなっていく。もはや耐えられないような衝撃。ジェット・エンジンの中に頭をつっこんだら、多分こんな感じだろうな、とぼんやり思った。とにかく驚いた。すごい。耐えられない。
    マイク・マクゴニガル 「ユー・メイド・ミー・アナライズ」


  • 1990年代初頭に出現したシューゲイザーは都市の暗渠や地下水脈の中を深く潜行して、ゼロ年代に「ネオ・シューゲイザー」や「ニューゲイザー」という新名称と共に復活を果たす。「シューゲイザー / シューゲイジング」(shoegazer / shoegazing)とは文字通り「靴を見つめる人」という意味で、ステージ上の演奏者が直立不動で俯いて演奏するスタイルから由来する。その特徴は終始鳴り続けるノイズ・ギターの豪雨やエフェクターの濃霧の彼方から囁くような弱々しい男女ヴォイスが聴こえて来るという内省的なサウンドで、歌詞も殆ど聴き取れない。My Bloody Valentine(MBV)はシューゲイザーの代表格。その妥協を赦さない真摯な実験精神は金銭も時間も費やした2年間の長いレコーディングによって、所属レコード会社(Creation Records)の経営状態を危うくさせたという逸話も残っているほどである。渋谷の某輸入CDショップで、一早く入荷したUS盤《Loveless》(Sire 1991)が瞬く間に完売したこともあった。

    MBVは1983年にアイルランド・ダブリンで結成された。「My Bloody Valentine」という風変わりなバンド名は初期のシンガーだったデイヴ・ステルフォックス(Dave Conway)がカナダのB級ホラー映画から借用したという。NYクイーンズの生まれのケヴィン・シールズ(Kevin Shields)は1973年、両親と一緒にアイルランドへ戻る。ダブリンでコルム・オコサーク(Colm Ó Cíosóig)と意気投合した2人はコンプレックス(The Complex)というパンク・バンドに参加した後、デイヴと共にMBVを結成。オランダやベルリンでのライヴ活動、3枚のEP発表、2度のメンバー・チェンジ‥‥デイヴのGFだったティナの離脱とデビー・グッキ(Debbie Googe)の参加、デイヴの脱退とベリンダ・ブッチャー(Bilinda Butcher)の加入を経て、1987年から現在に至る男女ツイン・ヴォーカルの4人組(男2、女2)というMBVが誕生した。そして1988年1月、英ケントでのギグを見たアラン・マッギー(Alan McGee)に「イギリスのハスカー・デュ(Hüsker Dü)を発見したぞ」と言わしめて、クリエーション・レコードと契約することになる。

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  • ◎ Isn't Anything(Creation 1988)
  • Kevin Shieldsの「意識の別の領域へと到達する方法」はドラッグの服用というよりも慢性的な睡眠不足によるものだった。当時睡眠障害に悩まされていたKevinは期せずして「催眠状態」に陥ることさえあったという。半醒半睡状態中に現われる幻覚症状。デビュー・アルバムにはパンクやグランジ風の激走するロックも収録されている。トレモロ・アームを使ったベンディング奏法が時空を歪ませる〈Soft As Snow (But Warm Inside) 〉、Bilinda Butcherの儚いヴォイスが白昼夢のような世界へ誘う〈Lose My Breath〉、夢の中で浮游するようなアンビエント風の〈All I Need〉、ノイズ・ギターが爆走する〈Feed Me With Your Kiss〉‥‥。フィードバック・ノイズ、オープン・チューニング、トレモロ・アーム、リヴァース・リヴァーブなどを駆使したサウンドには古い衣裳を脱ぎ捨てて異世界へ旅立とうとする強い意志が感じられる。どこか懐かしくて、それでいて誰も見たことのない世界へのトリップはシュルレアリスムの試みと通底するところもある。

  • ◎ Loveless(Creation 1991)
  • ピンク色に染まって滲み暈けたフェンダー・ジャズマスターのアルバム・カヴァは色褪せることなく鮮やかな光を放つ。インナー・スリーヴにはメンバー4人‥‥Kevin Shields(ギター、ヴォーカル、サンプラー)、Colm Ó Cíosóig(ドラムス・サンプラー)、Bilinda Butcher(ヴォーカル、ギター)、Debbie Googe(ベース)と、KevinとColmの2人を含む18名のエンジニア&アシスタントの名前が載っているが、Colmは体調を崩してドラムを叩けない状態だったし、Bilindaもギターは弾いていない。エンジニアたちもアラン・モウルダー(Alan Moulder)以外はレコーディングに関与していないという。攻撃的なノイズ・ギターとBilinda Butcherのウィスパー・ヴォスが交互に立ち現われる〈Only Shallow〉、クジラの鳴き声にも似たColmの短いインスト曲〈Touched〉、メロディアスでキャッチーな〈When You Sleep〉、Kevinの内省的な〈Sometimes〉、弛緩したテープのような変調サウンドが気味悪い〈Blown A Wish〉‥‥。ドラム・プログラミングによってダンス音楽と融合した〈Soon〉はBrian Enoに「ポップの新しいスタンダード」と称えられた。

    《Loveless》はオリジナル盤のリリースから20年後にKevin Shieldsによってリマスターされた。デビュー・アルバム《Isn't Anything》と共にMBVのファンならば誰もが長い間待ち望んでいた念願のリイシューだったが、それは同内容のアルバム2枚組という意表を衝くものだった。1枚目(CD1)がオリジナル・テープからのリマスター、2枚目(CD2)がオリジナル・1/2アナログ・テープからのリマスター‥‥耳が悪いのか2枚のサウンドの違いは良く分からないけれど、前者が通常のデジタル・リマスター(DAT)で、後者がアナログ・テープにまで遡ってのリマスター(EQなどを弄っている?)ということらしい。ところが更に悩ましいことに、ネット上ではCD1とCD2の内容・表示が逆ではないかという疑問が提示されているのだ。ヘッドフォンで何度か試聴した感じでは、その指摘の通りCD2の方が旧クリエーション盤に近いような気がする。もっともCD盤面には「CD1 / CD2」という表記しかないので、単なるスリーヴ上の誤植ということに留まるのだが、何とも解せないなぁ。

  • ◎ Ep's 1988-1991(Sony Music 2012)
  • クリエーション時代にリリースした4枚のEP(13曲)にレア・トラック4曲、未発表3曲を加えた2枚組のコンピレーション・アルバム。オリジナルEP盤のカヴァにはエロティックな表情を浮かべた女性の写真が使われていた(見開き4面ジャケの内側やインナー・スリーヴに再現されている)ことからも分かるように、アルバムとは一線を劃すEPシリーズだった。CD1に《You Made Me Realise》《Feed Me With Your Kiss》(1988)、《Glider》(1990)の3枚。CD2に《Tremolo》(1991)とレア&未発表曲を収録。4枚のオリジナルEPは入手困難だったが、《Glider》以降のEPやレア音源に惹かれる。〈Instrumental No.1 & No.2〉の2曲は《Isn't Anything》の初回プレス5000枚限定で封入されていた7インチ盤、〈Glider〉は12インチ盤〈Soon〉のB面に収録されていた10分以上の完全版、〈Sugar〉はフランス限定のプロモ盤《Only Shallow》に入っていたというレア曲。未発表の3曲も含めて、MBVのファンにはリスナーの耳を混乱させる《Loveless》のリマスター盤よりも嬉しい待望のリイシューではないかしら。

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  • ◎ MBV(Mbv 2013)
  • 2013年2月の来日公演では聴衆に耳栓が配られたという元祖シューゲイザーによる22年振りの3rdアルバム。2012年5月にリイシューされたリマスター盤3種(1st、2nd、Ep's)が露払いになったのか、満を持しての新作である。デビューから四半世紀以上を経て古色蒼然どころか、「シューゲイザー」という1ジャンルを確立してしまったMBVのニュー・アルバムは良くも悪くも変わっていない。自主レーベルからのリリース、「YouTube公式チャンネル」で全曲試聴可という変化はあるけれど‥‥。当初は「オフィシャル・サイト」のみの限定販売(LP+CD+DLの3種)だったが、Aamazonなどのネット通販や輸入CDショップ(リアル店舗)にも流通するようになった。見開きカード・スリーヴ(紙ジャケ仕様)、8頁ブックレット付きだが、相変わらず歌詞は記載されていない。アナログ盤には同内容のCDが封入されている(2013年4月現在、国内盤発売の予定はない)。

    Kevin Shieldsがノイズの彼方から甘く囁く〈She Found Now〉、間奏で変拍子が一瞬入る〈Only Tomorrow〉、ビートレスの気怠い空間に揺蕩う〈Is This And Yes〉、ドリーミィなBilinda Butcherのヴォイスに魅了される〈If I Am〉、グラウンドビート風に揺れ動く〈New You〉、ドラムンベース風の〈In Another Way〉、ドカドカ喧しい6拍子のインスト曲〈Nothing Is〉‥‥一聴した時は平板で籠ったノイジーなサウンドにしか聴こえないけれど(マスタリングされていない?)、何回か繰り返し聴いていると次第に魅惑的なメロディが際立って来る。鬱蒼とした森の中で耳を澄ますと聞こえて来る野鳥の囀りや小動物たちの鳴き声のように。暴風雨の中から微かに聴こえる少女の歌声のように。森の中の精霊たちの囁き、海の中のセイレーンの誘惑‥‥それは夢の中の幻聴のように妖しく、甘美で麗しく、謎めいた予言や秘密のメッセージのようにも想える。

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    • 愛用のヘッドフォンが断線しちゃったので、「着脱式ケーブル型」に買い替えました

    • リマスター盤《Loveless》の表示エラー疑惑は「Pitchfork」でも指摘されています

    • 『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン Loveless』(2009)の巻末に収録されていたインタヴュー(Kevin Shields)の最新版が「Cookie Scene」で読めるにゃん^^;
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    Isn't Anything: Remastered

    Isn't Anything: Remastered

    • Artist: My Bloody Valentine
    • Label Sony UK
    • Date: 2012/05/07
    • Media: Audio CD
    • Songs: Soft As Snow (But Warm Inside) / Lose My Breath / Cupid Come / (When You Wake) You're Still In A Dream / No More Sorry / All I Need / Feed Me With Your Kiss / Sueisfine / Several Girls Galore / You Never Should / Nothing Much To Lose / I Can See It (But I Can't Feel...It)


    Loveless: Expanded Remastered Edition

    Loveless: Expanded Remastered Edition

    • Artist: My Bloody Valentine
    • Label: Sony UK
    • Date: 2012/05/07
    • Media: Audio CD(2CD)
    • Songs: Only Shallow / Loomer / Touched / To Here Knows When / When You Sleep / I Only Said / Come In Alone / Sometimes / Blown A Wish / What You Want / Soon


    Ep's 1988-1991

    Ep's 1988-1991

    • Artist: My Bloody Valentine
    • Label: Sony UK
    • Date: 2012/05/07
    • Media: Audio CD(2CD)
    • Songs: You Made Me Realise / Slow / Thorn / Cigarette In Your Bed / Drive It All Over Me / Feed Me With Your Kiss / I Believe / Emptiness Inside / I Need No Trust / Soon / Glider / Don't Ask Why / Off Your Face / To Here Knows When / Swallow / Honey Power / Moon Song / ...Instrumental no. 2 / Instrumental no.1 / Glider (full length version) / Sugar / Angel / Good For You / How Do You Do It


    MBV

    MBV

    • Artist: My Bloody Valentine
    • Label: MBV
    • Date: 2013/03/04
    • Media: Audio CD
    • Songs: She Found Now / Only Tomorrow / Who Sees You / Is This And Yes / If I Am / New You / In Another Way / Nothing Is / Wonder 2


    マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン Loveless

    マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン Loveless

    • 著者:マイク・マクゴニガル(Mike McGonigal)/ 伊藤 英嗣 / 佐藤 一道(訳)
    • 出版社:ブルース・インターアクションズ
    • 発売日:2009/03/20
    • メディア:単行本(ソフトカバー)
    • 目次:Slow / You Made Me Realise / Loveless / Paint a Rainbow / We're So Beautiful / Glider / Only Shallow / Come in Alone / Swallow / To Here Knows When / Forever and Again / I Only Said / When You Wake You're Still in a DreamHoney Power / No More Sorry / Blown a Wish / We Have All the Time ...


    MUSIC MAGAZINE (ミュージックマガジン) 2012年 6月号

    MUSIC MAGAZINE 2012年 6月号

    • 特集:マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとシューゲイザー / 進化する南米音楽
    • 出版社:ミュージックマガジン
    • 発売日:2012/05/19
    • メディア:雑誌
    • 目次:リスナーの頭の中で膨らんでいった、幻想の集合体 / マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン歩み / アルバム・ガイド /『ラヴレス』後のおもなケヴィン。シールズ・ワークス / クリエイション・レコードを描いた映画『アップサイド・ダウン』/ 広がり続けるシューゲイザー / シューゲイザー・ディスク・ガイド / 南米各地から聞こえてくるプログレッシヴな...

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