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ロベールは今夜 [m u s i c]



  • そのときである、ドアが音もなく開き、巨大な男が姿をあらわした。ヴィクトールだった。琺瑯質の歯と白眼が赤銅色の顔の中で、頂飾りのついた兜よりもきらびらかな光を放っていた。彼は灰色のゆったりとしたマントを肩章のところに無造作に羽織り、一方の手に白手袋をつけ、鞭をにぎりしめていた。もう一方の手を腰にあて、ずいぶん前からそんな身がまえをしていたかのように見えた。タイツズボンから巨大な一物があらわれ、なめらかな、はりつめた筒先は、ロベルトに狙いを定めていた。この勝ち誇った傲然たる態度に、すっかり気圧されたロベルトは、オクターヴの作品の断片を手からすべり落してしまった──つい3時間前のその手はしなやかな指の先に権威をもって青鉛筆をにぎり、オクターヴの作品の削除すべきページを、部下に指示していたのに──。いままたロベルトは、あのときのような権威ある態度をとろうとし、手のひらをこのやりきれない幻にむけて軽くあげた。しかし頭に血がのぼって、ためらいがちなその手の人差指を、命令するように差向けるのがやっとだった。
    ピエール・クロソウスキー 「ロベルトは今夜」


  • ◎ Sine(Sony 1993)
  • 右手を右耳に当てて小首を傾げるロング・ヘア(お姫様カット?)の女性‥‥RoBERT(ロベール)こと、Myriam Rouletの「アルバム・カヴァ」には清楚な美女だけではない驚きが隠されていた。インナー・スリーヴ(歌詞カード)のセンター・フォールドで乳房を露出させていたのだから。その挑発的とも思える姿勢は、長編PVの〈Libertine〉(1986)でオール・ヌード姿を披露したMylene Farmerに通じるところがある。美形、耽美、ウィスパー・ヴォイス、エレクトロ・ポップなど、2人には共通点が少なくない。Myleneの妹的な存在と看做して良いかもしれない。姉のMyleneがLaurent Boutonnatとのコンビで共作しているのと同じように、妹のRoBERTもリセのクラスメートだったというMathieu Saldinと作詞・作曲している。フレンチ・ウィスパー義姉妹の相違点は姉がクラブ〜ダンス寄りで、妹がテクノ〜エレクトロニカ系というところだろうか‥‥今は亡きWAVEでRoBERTのデビュー・アルバムを購入してから、20年近くの年月が経ってしまったとは!

    ディズニーランドのアトラクション・テーマソング〈It's A Small World〉の短いイントロから始まる〈Jeannette〉、独語でカヴァしたKraftwerkの〈Das Modell〉、デビュー・シングルの〈Elle Se Promene〉(1990)、男たちの視線を意識した〈Les Jupes〉、上半身ヌード写真に呼応するかのような〈Je Me Suis Devetue〉‥‥清純な少女と小悪魔が入り混じったようなウィスパー・ヴォイスに魅了される。ジャケ違いの第2版(DEA 2001)から彼女のヌードが除かれてしまったのは残念だが、Bjorkのシングル〈Isobel〉(1995)のカヴァに良く似ている耽美的な双子姉妹も悪くない。オリジナル盤の16曲に2曲追加して、3曲のPVを収録している。〈Elle Se Promene〉(1991)と〈Les Cliches De L'Ennui〉(1993)の2曲はパントマイム風のポーズをしながら歩くRoBERTを撮っただけのPVだが、白いタイル張りの「覗き部屋」にようなところに閉じ込められた彼女がエロティックな表情や肢体で挑発するMichel Gondryの〈Les Jupes〉(1992)は一見の価値がある。

  • ◎ Princess De Rien(Karina Square 1997)
  • 顔に青いアイ・メイクを施した2ndアルバムの印象はデビュー作とは大きく異なる。軽やかなエレクトロ・ポップ色は後退し、鬱蒼とした森の中のような仄暗さに覆われる。ハープシコード(clavecin)やヴィオラ(viole de gambe)、バロック・フルートなど古い楽器を使うことで、生み出された暗鬱と倦怠感。〈Le Model〉や〈Tout Ce Qu'on Dit De Toi〉など、Mylene Farmerの世界へ一歩近づいたと言えるかもしれない。現代の少女がゴスロリ風の衣裳を纏って異世界の王女に成り変わるファンタジーみたいに‥‥。オリジナル盤(全12曲)以外に2種類のエディションがリリースされていて、曲数、曲目、曲順などが異なっている。第2版(DEA 2000)は新曲3曲を加えた全14曲(第1版の〈Triste Et Sale〉は未収録)。第3版(2007)は更にリミックス2曲を追加した全16曲で、インスト・ヴァージョン13曲(MP3)もCDに入っている。圧縮ファイルのカラオケを収録する理由は分からないが、3rdや4thアルバムの第2版でも同じフォーマットを踏襲している。

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  • ◎ Celle Qui Tue(Trema 2002)
  • 純白のウェディング・ドレス(?)を身に纏ったRoBERTが森の中で猟銃を構えているアルバム・スリーヴは危険すぎる。クロード・ヴェルランド(Claude Verlinde)の幻想絵画から抜け出て来たような3rdアルバムは耽美的な色彩に「殺意」という原色(恐怖とサスペンス)が加わった。この物語性はRoBERTとMathieu Saldinの作詞・作曲コンビとコラボしたベルギーの人気女性作家アメリー・ノートン(Amelie Nothomb)が寄与したものなのだろう。RoBERTのファンだったという彼女は14曲中6曲を作詞しただけでなく、『固有名詞ロベール』(Robert Des Noms Propres 2002)というRoBERTをモデルにした小説まで書いているのだ。(ちなみにアメリー・ノートンはベルギー駐日大使の娘として日本・神戸に生まれている)。「殺すもの」という物騒なアルバム・タイトルや猟銃の存在は恐らく「小説」と密接な関連があるのかもしれない。

    第2版(DEA 2007)はオリジナル・アルバムの14曲(14曲目はシークレット・トラック)に4曲をプラスした全18曲で、ヴェネズエラ生まれのハーフ女優マハンドラ・デルフィーノ(Majandra Delfino)とデュエットしたシングル盤〈Le Prince Bleu〉の2ヴァージョンとリミックス2曲が追加収録されている。TVドラマ「ロズウェル・星の恋人たち」(Roswell 1999-2002)のマリア・デ・ルカ役でブレイクしたマハンドラ・デルフィーノもアメリー・ノートンと同じく、RoBERTの大ファンだったというのだから面白い。期せずして2人の女性ファンが参加したアルバムになったわけだ。〈A La Guerre Comme A La Guerre〉のリミックス・ヴァージョン〈Hiroko〉では日本のアニメをサンプリング(日本語)するなど、最後まで驚きに満ちている。《Princess De Rien》の第3版と同様にインスト・ヴァージョン11曲(MP3)もCD-ROMとして収録されている。

  • ◎ Six Pieds Sous Terre(DEA 2005)
  • RoBERTの生首が浮游してるような気味悪いイラスト・カヴァは妖精というよりも、妖怪や幽霊を想わせる。テクノ・ポップ色を払拭したバロック風‥‥ヴァイオリン、チェロ、ハープ、オーボエ、ファゴット(basson)、クラリネット、フルート、ピアノ、ハープシコードが奏でるクラシカルなサウンドとウィスパー・ヴォイスの融合は彼女の新境地でしょう。リミックス曲の〈Rien〉や〈Chuchoter〉の方がデビュー時のRoBERTに近いという逆転現象も生じている。「地下6フィート」というアルバム・タイトルや「誰もいない」「声もしない」という曲タイトルは人類が滅亡して廃墟と化した未来の地球を暗示する。ラスト・ソングはKlaus Nomiの〈The Cold Song〉を改作した〈Cold Earth〉である。第2版(DEA 2007)はオリジナル14曲にリミックス2曲を加えた全16曲。映画監督ガブリエル・アギヨン(Gabriel Aghion)が撮った〈Personne〉と俳優サッシャ・ブルド(Sacha Bourdo)とデュエットした〈Histoire De Loup〉のPV2曲、インスト・ヴァージョン14曲(MP3)も収録されている。

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  • ◎ Princess Of Nowhere(DEA 2006)
  • RoBERTが英語でセルフ・カヴァしたコンピレーション盤。全16曲の内訳は‥‥1stアルバム《Sine》から3曲、2nd《Princess De Rien》から2曲、3rd《Celle Qui Tue》から3曲、4th《Six Pieds Sous Terre》から6曲、ベスト・アルバム《Unutma》(2004)から2曲。この選曲からも4thアルバムが彼女にとってもエポック・メイキングだったことが窺われる。アルバム・タイトルは2ndの英訳、猟銃を携えたカヴァは3rdからの流用で、英語歌詞のヴォーカル以外はオリジナル仏語ヴァージョンと同じだが(〈Mike〉と〈Fatal〉の2曲はリミックスされている)、歌詞言語が変わるだけで曲の印象は異なって聴こえる。Danny Elfmanの〈Sally's Song〉(『The Nightmare Before Christmas』の挿入歌)はKate Bushっぽい。CD-ROMとして収録されている「Biography」とPVも〈Nickel〉以外の4曲は〈The Skirts〉〈The Cliches Of Fury〉〈No One〉〈A Wolf Story〉という風に英語ヴァージョンになっている。仏語圏だけでなく英語圏の人たちにも広く聴いて欲しいという企画盤なのでしょう。

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    Sine

    Sine

    • Artist: Robert
    • Label: MP Media
    • Date: 2007/02/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: It's Small World / Jeannette / Les Cliches De L'Ennui / Das Modell / Goutte De Pluie / He Toi / La Chanson Des Vieux Amants / Elle Se Promene / Sans Domicile Fixe / Simon's Song / Je Me Suis Devetue / Le Chien Maule / Aime-Moi / A Children's Tale / Les jupes / Intrus


    Princess De Rien

    Princess De Rien

    • Artist: Robert
    • Label: MP Media
    • Date: 2007/02/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: L'Apped De La Succube / Mon Amour (Colchique) / Princess De Rien / Louis / Le Model / Tout Ce Qu'on Dit De Toi / Question De Philosopie / Nature Morte / Qui S'Aura L'Aimer / Les Couleure / Dans La Cité Nouvelle / L'écharpe / Psaume / Nickel


    Celle Qui Tue

    Celle Qui Tue

    • Artist: Robert
    • Label: MP Media
    • Date: 2007/02/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: Acide A Faire / A La Guerre Comme A La Guerre / L'Eau Et Le Ciel / Le Chant Des Sirènes / La Malchanceuse / Nitroglycérine / Le Prince Bleu / Sorcière / Pour Moi / Rendez-Moi Les Oiseaux / Maman / Celle Qui Tue / Requiem Pour Une Soeur Perdue


    Six Pieds Sous Terre

    Six Pieds Sous Terre

    • Artist: Robert
    • Label: MP Media
    • Date: 2007/01/15
    • Media: Audio CD
    • Songs: Personne / Aphone / Hija De Puta / Prière Pour Aller Au Paradis / Histoire De Loup / Dégage / Le Chant De La Lorelei / Ta Femme Ton Drapeau / Ta Trainée / Six Pieds Sous Terre / Partir Au Bord Des Larmes / L'hymne A La Mort / Eleonore / Cold Earth


    Princess Of Nowhere

    Princess Of Nowhere

    • Artist: Robert
    • Label: Rue Stendhal
    • Date: 2007/02/13
    • Media: Audio CD
    • Songs: If You Loathe Me / Voiceless / A Children's Tale / The Blue Prince / Six Feet Under / The Skirts / The Foam Of Heaven / Sally's Song / Mike / No One / The Cliches Of Fury / For Me / Give Me Back The Birds / A Wolf Story / Fatal / Cold Earth


    ロベルトは今夜

    ロベルトは今夜

    • 著者:ピエール・クロソウスキー(Pierre Klossowski)/ 若林 真(訳)
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2006/05/03
    • メディア:文庫
    • 目次:ナントの勅令破棄 / ロベルトは今夜 / クロソウスキー氏会見記(遠藤 周作)/ 解説(若林 真)/ 虚構にけりをつけるために ── 解説にかえて(鈴木創士)

    タグ:french robert Music
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