魔女たちの饗宴 [m u s i c]
アルフレッド・ベスター 「ゴーレム100」
◎ The Magic Place(Asthmatic Kitty 2011)Julianna Barwick
米ルイジアナ州生まれで、NYブルックリンを拠点に活動する女性SSWの2ndアルバム。ネット上では「不気味なエンヤ」とか呟かれているけれど、幾重にも重ねられたアカペラ多重唱がEnyaのように厚ぼったくないのは、ループ・ペダルを使ったライヴ・パフォーマンスの即興性によるものだろう。一体何を歌っているのか、そもそも歌詞があるのかどうかも判然としないが、森の精霊や妖精たちの囀りのように響く(木霊でしょうか?)。鬱蒼とした緑の木立に流れる神秘的な歌声にピアノ、ベース、ギター、ドラムスがミニマルな彩りを添える。森の樹々を写したカヴァ・アートから音楽が聴こえて来る。Sufjan Stevensの主宰するレーベル(Asthmatic Kitty)からのリリースだったことも注目される。東日本大震災前に発表されたが、3・11の前後で全く印象が異なってしまった。森の精霊の囀りが「鎮魂歌」のように感じられる。音楽は不思議。
◎ Snowglobe(Last Laugh 2011)Jesca Hoop
米ノーザン・カリフォルニア生まれのSSW、Jesca Hoop嬢の6曲入りミニ・アルバム。カリフォルニアからマンチェスターへ活動の拠点を移したためか、2ndアルバム《Hunting My Dress》(2009)と同じく、英インディ・レーベルからのリリースとなった。可愛い小悪魔ヴォイスと生ギターを生かしたアクースティック・サウンドに魅了される。3拍子の〈City Bird〉、6拍子の〈While You Were Away〉、サビ(コーラス)で5拍子になるタイトル曲の〈Snowglobe〉‥‥シンプルなサウンドとリズム変化の組み合わせが斬新で瑞々しい。デビュー・アルバム《Kismet》(Red Ink 2007)に収録されていた〈Silverscreen〉のアクースティック・ヴァージョンや〈Dreams In The Hollow〉の仏語版(Reves Dans Le Creux)まで入っている。2ndアルバムと同じような黒地カヴァのアートワーク(ダブル・ベッドの白いシーツの上で彼女が微睡んでいる)。3rdアルバムの《The House That Jack Built》(Bella Union 2012)は「魔女たちの饗宴」に間に合わなかった。
◎ Past Life Martyred Saints(Souterrain Transmissions 2011)EMA
ドローン・フォーク・バンド(Gowns)に在籍していたというErika M. Andersonのソロ・アルバム。「EMA」の頭文字を象ったネックレスを首から下げ、右指をピストルの形にして目を瞑った金髪女性がキム姐さん(Kim Gordon)を想わせるように、インディ・ロック、グランジ、シューゲイザー風のノイズ・ギターが鳴り響く。オープニングの7分にも及ぶ長尺曲〈Grey Ship〉が彼女のダークでノイジーな音像空間を表徴している。〈Milkman〉の歌詞の中に「I'm gaspin」という一節があるように、エリカさまのヴォーカル・スタイルは「喘ぐ」という言葉が相応しい。近寄り難いけれど、一度嵌ると抜け出せない「砂の女」のような妖しい魔力を秘めている。アルバムの真ん中にアカペラ曲〈Coda〉を挟む構成も効果的で、ラストのバラード〈Red Star〉まで飽きることがない。米サウス・ダコタ出身なのに英インディーズからのリリースというのも興味深い。
◎ Conatus(Sacred Bones 2011)Zola Jesus
米アリゾナ州フェニックス生まれのZola JesusはNika Roza Danilovaのオルター・エゴである。黒い塗料を頭から被って顔を隠したアルバム・カヴァが強烈だったEP《Stridulum》(Sacred Bones 2010)のUK盤《Stridulum II》(Souterrain Transmissions 2010)がNMEの年間ベスト・アルバム第7位に選出されるなど、彼女の音楽は早くから英米で注目されていた。2ndアルバムは黒いEPとは対照的に半透明の白いヴェールが横顔を覆う。黒魔女から白魔女への変身?‥‥ゴスとかダークとかいうイメージが濃いけれど、チェロやダブル・ベース(コントラバス)、ヴァイオリン、ヴィオラを配したエレクトロ・サウンドから立ち現われるZolaさまのヴォイスは神々しく力強い。黒い魔女ではなく、暗雲が垂れ籠める下界に舞い降りた白い天使なのかもしれない。思わず平伏してしまいそうなカリスマ性に幻惑される。彼女は一体どこへ連れて行ってくれるのだろうか。理想郷か、それとも暗黒世界か?‥‥日本のオタクたちが萌えそうな〈Hikikomori〉という曲もあります。
◎ Visions(4AD 2012)Grimes
Grimesはカナダ・ヴァンクーヴァ生まれのClaire Boucherによるソロ・プロジェクト(ステージ・ネーム)。「grime」の複数形になっているが、バンドやユニット名ではない。恐らく英ロンドンから派生したグライム・サウンドを標榜しているのだろう。薄気味悪い髑髏の周りに英語(GRIMES)やロシア語、怪しげな日本語などを配した白黒イラストが人目を惹くけれど、その音楽との落差が甚だしい。彼女自身が描いたというグロキモいアルバム・カヴァに反して、可愛いヴォーカルのエレクトロ・ポップだから。踏み絵、羊頭狗肉、猛犬注意、奇面人を驚かす?‥‥看板に偽りありの「不当表示品」。不気味なイラストに拒否反応を示した人は聴かなくていいよ、というメッセージを発しているようにも思える。Claire嬢のヴォイスはコケティッシュでチャーミング。魔女ではなく、小悪魔(ゴスロリ?)と呼ぶべきかもしれない。それだけに彼女の写真をコラージュ・再構成してしまった「国内盤」のアルバム・カヴァは牙を抜かれたゾンビやドラキュラみたいでインパクトに欠ける。恐怖が美女を際立たせるホラー映画のように、グロテスクな怪物が美少女を引き立てるのだ。
◎ Featherbrain(Propeller 2012)Hanne Hukkelberg
Hanne Hukkelbergはノルウェー・コングスベルグ生まれの女性SSW。両目を切り抜いた顔写真をコラージュしたアルバム・カヴァは新たな魔女の誕生を想わせなくもない。Bjork似のヴォーカルやコーラスだけでなく、ギター、カリンバ、クラヴィネット、ハープシコード、グロッケンシュピール、ピアノ、シンセなども弾くマルチ楽器奏者。口笛やハンド・クラップス、ヴァイオリンの弓でギターを擦ったり、ワイングラスや沸騰する薬缶の音など台所にある家庭用品を効果音として使う。擦弦音や打楽音の聴こえる音楽。しかし、北欧の日常生活も平穏無事ではない。Ivan Grydelandのギター・ノイズやノイズ・ビートが暴力的に介入する。まるで「私の悪魔たち」が出現したみたいに。インダストリアル・ノイズやハンマー・ビートのような異化作用によって日常という家の壁に亀裂が生じ、裂け目から気味悪い暗黒世界が流出するのだ。88歳の祖父(?)と母国語でデュエットしたという曲もラストに収録されている。
◎ Ekstasis(Rvng Intl. 2012)Julia Holter
Laurie Andersonの姪、それともJulianna Barwickの双子姉妹なのか?‥‥米ロサンゼルス出身のSSW、マルチ奏者の2ndアルバムは夢幻的なエレクトロニカでリスナーを魅惑する。可愛らしいヴォーカルとキーボードに、ヴィオラ、クラリネット、アルト・サックスなどが響く異世界へのトリップ。Julia Holterの神秘的なヴォイスは妖精の囀りにも、セレーンの誘惑にも聴こえる。カナダの詩人アン・カーソンのエッセイ集から採ったというアルバム・タイトルの〈Ekstasis〉はギリシャ語の「to be outside of oneself」という「ecstasy」本来の意味を思い出させもする。彼女の歌声に導かれたリスナーは幽体離脱して、鬱蒼とした森や深淵なる海の中を浮游するのだ。〈Goddess Eyes I〉でエウリピデスの『ヒッポリュトス』(Hippolytus)、〈Our Sorrows〉でヴァージニア・ウルフの『波』(The Waves 1931)、〈Moni Mon Amie〉でアメリカ詩人フランク・オハラの詩を引用するなど、ただ者ではないオーラを発散している。2012年上半期ベスト・アルバムの有力候補ではないかしら(「Pitchfork Best New Albums」を参照しました)。
◎ Quarantine(Hyperdub 2012)Laurel Halo
米ミシガン州アナーバー出身のLaurel Haloはデトロイトやタイに移り住み、フリー・ジャズやテクノ・ミュージック、フォーク・ソングの洗礼を受けたという。その後、NYブルックリンに活動の拠点を移し、King Felix名義のEPなどで注目された彼女がダブステップを牽引する英Hyperdubからデビュー・アルバムをリリースした。「検疫・隔離」(Quarantine)というアルバム・タイトルが示唆しているように、ダーク・ポップ。シンセ・ドローンの幾重にも折り重なったサウンドや寸断されたビートから立ち現われるヴォイスはオーロラのように神秘的で眩暈を催させる。「飛行機酔い」(Airsick)の酩酊感、「私の死骸」(Carcass)の恐怖、「光と空間」(Light + Space)の美‥‥決して目醒めない悪夢の中に幽閉されたような感覚に囚われる。日本のリスナーにとって一番ショックなのはカヴァ・アートに「切腹女子高生」(Harakiri School Girls 2002)が使われていることかもしれない。それも奇を衒ったわけではなく、レコーディング中に会田誠の絵にインスパイアされたLaurel Haloの意向だというのだから再度驚く。
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BjorkやKate Bushなどの大魔女は別格としても、最近ゴスロリ風というか、ウィッチ・ハウスというか、いわゆる魔女系のアーティスト(女性SSW)たちが目立って来た。9・11以降のエレクトロニカやシカゴ〜アルゼンチン音響派、ネオ・シューゲイザー、ポスト・ロック‥‥などと称される音楽には内省的で薄気味悪いところもあったが、同時にカテゴライス可能な匿名性を秘めていた。得体の知れない恐怖に脅え、漠然とした不安に苛まれたゼロ年代の人々の心情を映し出す歪んだ鏡のように。2010年代に入って現われた魔女たちにはキャラ立ちした強烈な個性が際立つ。たとえば、Zola JesusやGrimesのように本名とは異なる名前で活動しているところにも、彼女たちのペルソナやコスプレという仮装や変身願望が見て取れる。魔女たちに惹かれるのは魔法にかけられたわけではない。この先に一体何があるのか、どこに連れて行ってくれるのか、どのような光景を見せてくれるのかという期待と好奇心(怖いもの見たさ?)からである。
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- EMAさまの記事は〈バイオフィリア(2 0 1 1)〉からの再録(一部改稿)です^^;
- 「ele-king presents 浮女子キャンペーン」と被ってしまったような‥‥?
witches' banquet / sknynx / 393
- Artist: EMA
- Label: Souterrain Transmissions
- Date: 2011/05/10
- Media: Audio CD
- Songs: The Grey Ship / California / Anteroom / Milkman / Coda / Marked / Breakfast / Butterfly Knife / Red Star
- Artist: Zola Jesus
- Label: Sacred Bones
- Date: 2011/10/04
- Media: Audio CD
- Songs: Swords / Avalanche / Vessel / Hikikomori / Ixode / Seekir / In Your Nature / Lick The Palm Of The Burning Handshake / Shivers / Skin / Collapse
- Artist: Grimes
- Label: 4AD
- Date: 2012/02/21
- Media: Audio CD
- Songs: Infinite Love Without Fulfilment / Genesis / Oblivion / Eight / Circumambient / Vowels = Space And Time / Visiting Statue / Be A Body (侘寂) / Colour Of Moonlight (Antiochus) / Symphonia IX (My Wait Is U) / Nightmusic / Skin / Know The Way (Outro)
- Artist: Hanne Hukkelberg
- Label: Propeller Recordings
- Date: 2012/02/27
- Media: Audio CD
- Songs: Featherbrain / Noah / I Sing You / The Bigger Me / My Devils / Too Good To Be Good / SMS / The Time and I and What We Make / You Gonna / Erik
- Artist: Laurel Halo
- Label: Hyperdub
- Date: 2012/05/26
- Media: Audio CD
- Songs: Airsick / Years / Thaw / Joy / MK Ultra / Wow / Carcass / Holoday / Tumor / Morcom / Nerve / Light + Space
2012-06-21 00:12
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