SSブログ

フレッシュ・ウィドウ [a r t]



「マルセル・デュシャン賞」は仏現代美術コレクター団体「ADIAF」(フランス現代美術国際化推進会)によって設立された名誉ある賞で、国籍を問わず最も革新的な在仏作家に与えられる。その10周年を記念して開催された「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」(六本木・森美術館)には同賞のグランプリ受賞作家10名と最終選考に残った候補者17名にマルセル・デュシャン本人を加えた28名による作品約120点が展示されている。3・11東日本大震災の余波で本展も延期(8日)と順延(3/26~8/28)を余儀なくされ、出品が見送られた作品もあったものの中止という最悪の事態が免れたことを喜びたい。「フレンチ・ウィンドウ」(フランス式窓)とはデュシャンの代表作の1つ〈フレッシュ・ウィドウ〉(なりたての未亡人)に由来するネーミングで、英語圏の鑑賞者の多くはコバルト色に塗られた木枠にガラスが嵌った黒皮張りのミニチュア「窓」の台座の左に記されている「FRESH WIDOW」を、作品の形状からの先入観で「FRENCH WINDOW」と誤読してしまう。

「COPYRIGHT」の右にある「ROSE SELAVY」という作者名はデュシャンの変名(女性人格)で、彼女は黒い喪服を纏った寡婦のイメージに包まれている(マン・レイの撮った女装ポートレイトも薄倖な婦人を想わせる)。誤読を誘う駄洒落と怪しげな未亡人(女装コスプレ)で鑑賞者を火葬場の煙に巻く人を食ったブラック・ユーモアは一種の「トロンプ・ルイユ」と言うべきだろうか。デュシャンだけに留まらず、27名の作家たちの作品にも〈奇想の王国・だまし絵展〉(2009)や〈トランスフォーメーション〉(2010)などに通底する悪趣味で悪戯っぽい遊び感覚が窺われる。「フレンチ・ウィンドウ」にちなみ、本展は5つの「窓」で構成される。1. デュシャンの窓、2. 窓からの眺め:パリの空気、都市の日常、3. 時空の窓:過去・未来の旅、新たなるランドスケープ、世界観、4. 精神の窓:消えゆく生、変容、存在と不在、オブセッション、愛‥‥、5. 窓の内側:パリのコレクターのアパルトマン。 「窓」から覗き見た作品‥‥室内に展示された絵画、彫刻、写真、ヴィデオ、インスタレーションだけでなく、「窓」の外にある現実世界をも意識させる風通しの良さ。黒い喪服に身を包んだ未亡人もフランス窓の中から外の景色を眺めているはずである。

                    *

「デュシャンの窓」には〈フレッシュ・ウィドウ〉(1920)を含めて12点の作品が展示されている。ワインの〈瓶乾燥機〉(1914)、男子用小便器を90度傾けた〈泉〉(1917)、雪掻きシャベルを立て掛けた〈折れた腕の前に〉(1915)、黒地に「Underwood」と金文字で記されたタイプライターのカヴァ〈旅行者用折りたたみ品〉、年月と日時が刻まれた犬用の〈櫛〉(1916)、コート掛けを90度倒した〈罠〉(1917)、真鍮板の間に巻き糸が挟まれている〈秘めた音で〉(1916)、直方体の鳥籠の中に木の棒や角砂糖状の大理石、体温計、烏賊の甲を閉じ込めた〈ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない〉(1921)、細長い木箱の中にガラス板や定規のような薄板が入っている〈3つの停止原器〉(1913)、「モナリザ」の複製画に口髭と顎髭を悪戯描きした〈L.H.O.O.Q.〉(1919)。レディメイド作品はオリジナルではなく、1964年に再制作されたシュヴァルツ版。〈ヴァリーズ〉(1955-68)は〈階段を降りる裸体〉〈大ガラス〉など、デュシャンの作品をミニチュア化して旅行鞄の中に入れて持ち運べるようにしたモバイル・アート。

                    *

フィリップ・コニュ(Philippe Cognee 1957-)は写真やヴィデオをカンヴァスに転写し、蝋画法で塗った後にプラスチック・フィルムで包み、アイロンで熱するという手法を採る。〈NYTP〉(2010)はパリ・NY・東京の航空写真が溶けた蝋によって青と白の抽象画に変容してしまう。中国生まれのワン・ドゥ(Wang Du 1956-)は2次元のマスメディアを3次元へ巨大立体化させる。皺くちゃに丸めた新聞紙をブロンズ像化した〈中国日報──都会派男性のプロフィール、トップ10〉(2007)、中国の街の写真だけを載せた電話帳30冊(30 × 1000頁)をスティールケースに収納した〈ワン・ドゥ イエローページ〉(2009)。ヴァレリ・ジューヴ(Valelie Jouve 1964-)は剥がれかけた壁と女性のポートレイトを組み合わせたコラージュ〈コンポジション No.1〉〈コンポジション No.2〉(2007/09)を展示。ブルュノ・ペナド(Bruno Peinado 1970-)のオブジェはポップでカラフル‥‥色見本のように並ぶ縦長アルミ板の凹みが自動車の交通事故を想わせる〈無題、カリフォルニアのシステムゲームオーバー〉(2007)やアフロヘアーのチョコレート色した巨大なミシュランマンがオリンピックの表彰台で拳を突き上げた黒人選手のように右手を挙げている〈無題、大きな1つの世界〉(2000)はポップ・アートの中に「死」や「怒り」が内在する。

リシャール・フォーゲ(Richard Fauguet 1963-)のオブジェは一見可愛らしい。夥しいキー・チェインで覆われた子供用自転車(2001)やパイレックスで作ったキモ可愛い透明人形(2001)。デュシャン、ドガ、ピカソなど美術史上の傑作を家庭用粘着壁紙で刳り貫いた(壁に映った影絵のような)無題作品(1996-2004)が美術館の壁を飾る。マチュー・メルシェ(Mathieu Mercier 1970-)のインスタレーションはデュシャンのレディメイドのように一般的な家庭用品や工業素材を自由に使う。組み立て式(DIY)の黒い棚の上に赤いトレイ、青いロープ、黄色い水準器を載せたモンドリアンの抽象画を想わせる〈ドラム&ベース「スタンレー」〉(2003/10)。ツルピカに磨き上げて球面鏡に仕立てた〈ヘルメット〉(1998)、壁から無造作に突き出たカラフルな〈電気コード〉(1995/2011)。デュシャンの〈フレッシュ・ウィドウ〉を透明なプレキシグラスで再現したオマージュ作品〈無題〉(2007)、53階にあるマグリット的な「窓」から眺める東京の夜景は綺麗だった。

ディディエ・マルセル(Didier Marcel 1961-)の作る建築模型は広告のディスプレイ風に金属製の脚付き回転台の上に展示される。灰色の建物〈無題(メゾン・ルージュ〉(2004)や緑色のマットの上に置かれたディジョンの大学裏の広告板だという〈無題(キャンパス〉(2007)のように。グザヴィエ・ヴェイヤン(Xavier Veilhan 1963-)の3Dスキャナーでスライス状に切られた青い人物像〈ブラインド・スカルプチャー(ルノー)〉(2006)。カミーユ・アンロ(Camille Henrot 1978-)のカイロで拾ったスーパーのビニール袋を象った〈高浮き彫り〉(2009)や消防用の黄色いホースを2つ「無限大」(∞)のように繋げた〈テヴォー〉(2010)。会場を出たところに設置された「MAM SCREEN」ではカミーユのショート・フィルム〈セザリアの物語〉(2001)が上映されていた。家の中で寝てばかりいる同居人に代わって野菜を売って働く女性がダメ男に愛想を尽かし、野外のトランポリンで飛び跳ねて遊ぶ白黒アニメ(6分)である。

                    *

ドミニク・ゴンザレス=フェルステル(Dominique Gonzalez-Foerster 1965-)のヴィデオ・プロジェクション〈エグゾトゥーリスム〉(2002)はエグゾチズムとツーリズム(観光旅行)の造語。ローラン・グラッソ(Laurent Grasso 1972-)はSF的な超常現象を出現させる。マグリット風の白い雲が中世の街中に侵入してくる油彩画〈過去の探究〉、バチカン上空を飛び回る鳥の大群が磁場に引き寄せられる素粒子のように蠢くヴィデオ〈鳥たち〉(2008)、森の中の移動風景とコウモリの群れを合成した〈ホーンの視覚〉(2009)。タチアナ・トゥルヴェ(Tatiana Trouve 1968-)の紙に鉛筆などで描いた黒っぽい部屋〈無題、シリーズ《残留磁気》より〉(2008)、フォンテーンブローの大きな石にブロンズ製の錠前をつけた〈岩〉(2007)。ニコラ・ムーラン(Nicolas Moulin 1970-)は異星のモニュメントのような建造物が地上に現われた〈ブランクルーデルミルク01〉(2009)、平壌の摩天楼「柳京ホテル」が古代のピラミッドのように砂漠に屹立する〈アスキアタワー〉(2006)など、廃墟と化したSF的なイメージを合成写真によって視覚化する。

白い大きな丸テーブルの上に散らばっている夥しいA4サイズの用紙、地球の反対側にある2地点の航空写真を表裏にプリントしたモノクロ写真を鑑賞者たちが自由に手に取って見比べることが出来るクロード・クロスキー(Claude Closky 1963-)の〈フラット・ワールド〉(2009)。具象画の上を無数の鳥のように見えなくもない白い絵の具で覆い隠した〈(失)楽園〉、3面液晶パネルにループ画像を流した映像版の〈マナ〉(2009)、トレーシングペーパーに描かれた横長のインク・鉛筆画の裏側にあるライトボックスから光を当てて透過させた〈伝道者の書7章24節〉(2009)‥‥キャロル・ベンザケン(Carole Benzaken 1964-)の絵画や画像は重層的な幻想味を帯びている。シプリアン・ガイヤール(Cyprien Gaillard 1980-)の「未来の考古学」とでもいうべきエッチング・シリーズ〈不信の時代の信仰〉(2005)。クロード・レヴェック(Claude Laveque 1953-)の2重の回転木馬〈ダブル・マネージ〉(2002-11)。セレステ・ブルシエ=ムージュ(Celeste Boursier-Mougenot)のインスタレーション‥‥テントの中の小鳥たちが吊るされた無数のハンガーに止まって餌を啄み音を鳴らす〈フロム・ヒヤー・トゥ・イヤー〉の記録映像(2002)。

                    *

屋上の壁に両脚を置いたまま仰向けの状態で空中に浮く〈非合理的熟考〉(2003)、芝生に置かれた箱から垂直に伸びたロープに掴まって空中浮游する〈合理的浮上〉(2002)、滝のある小川を背景にして岩肌に坐り、引き出し付きの木箱を頭から被った〈孤独の箱(使用中)〉(1989ー2004)、ボートらしき影が見える海底で両手を頭の後で組んで睡る〈海底の合理的探検(昼寝)〉(2006)、海上を歩いて埠頭に辿り着こうとしている〈海底の合理的探検(到着)〉(2006)‥‥フィリップ・ラメット(Philippe Ramette 1961-)の不合理な実験は安易な合成写真でないところが面白い。ヘリウム気球やアクリル製の足場などは見えないように処理してあるが、人も金も時間も労力もかかったパフォーマンス(少なくとも写真を撮るカメラマンがいないと成立しない)はクリストのプロジェクトのように、その過程をも含めたアートなのだろう。歪曲した像を映す〈ゆがんだ鏡〉やクロムメッキしたブロンズ製の〈反射する脳〉(2002)。トーマス・ヒルシュホーン(Thomas Hirschhorn)の〈スピノザ・カー〉(2009)は自動車に段ボール、粘着テープ、本、グラス、紙‥‥など雑多なものを張りつけて悪趣味なくらいにデコレートしている。

美男美女のポートレイトをマネキン人形のように撮ったヴァレリー・ベラン(Valerie Belin 1964-)の〈無題、シリーズ《モデル II》より〉(2006)。アルバニア生まれのアンリ・サラ(Anri Sala 1974-)の2面プロジェクションに映し出されたシンバルの映像と監視カメラが捉えたヴィデオ画像との差異を点滅するストロボライトが際立たせる〈3分後には〉(2007)、壁に映った窓の映像が錯視を誘う〈ウィンドウ・ドローイング〉(2006)。モナコ生まれのミシェル・ブラジー(Michel Blazy 1966-)は消失してしまう生の素材を制作に用いる。約20kgもあるマーブル模様の巨大キャンディ〈柔らかい石〉(2011)。チョコレート、バニラクリーム、卵、ミルクパウダーなどを塗った木製パネルをネズミに齧らせた〈引っかき傷のついた風景〉(2008)、ロールハッシャ・テストみたいな〈蝶──蜘蛛〉(2009)。サーダン・アフィフ(Saadane Afif 1970-)のインスタレーション〈どくろ〉(2008)は天井に設置した市松模様のパネルが床に転がっているステンレス鋼球の球面に不気味な髑髏の画像を映し出すという現代版「トロンプ・ルイユ」(メメント・モリ)。保安機動隊の警棒を素材に使ったカデル・アッティア(Kader Attia 1970-)の〈アラベスク〉(2006)は2005年にパリ郊外で起こった暴動事件をモチーフにしている。

                    *

「窓の内側」ではパリのコレクターのアパルトマンを再現した部屋に作家たちの作品が飾られている。グザヴィエ・ヴェイヤンのオブジェ〈サイ〉(2001)、マチュー・メルシエのインスタレーション〈ABC 123〉(2002)と〈マスク〉(2003)、〈ヘルメットの彫刻〉(2007)。フィリップ・マヨー(Philippe Mayaux)の絵画〈モチーフに対する結合(ネズミ)〉(2005)と〈大きすぎる〉(2007)、ローラン・グラッソの〈テスラ・アンテナ〉と〈レトロプロジェクション〉(2009)。フィルップ・コニュの蝋画〈スーパーマーケット〉(2001)、キャロル・ベンザケンのアクリル画〈ブレアの夜〉(2002)。ピエール・アルドゥヴァン(Pierre Ardouvin 1965-)の〈エレファントマン〉(2008)は暖炉(模造の電気ヒーター)の上の花瓶(セラミック壷)に胸像(プラスティシーン粘土製)が生けられている。室内に入れないので、一部の作品を間近で鑑賞出来ないのは残念だった。「覗き部屋」はないのかしら?

                    *
                    *




フレンチ・ウィンドウ展

フレンチ・ウィンドウ展

  • 出品作家:マルセル・デュシャン / サーダン・アフィフ / ピエール・アルドゥヴァン / カデル・アッティア / ヴァレリー・ベラン / キャロル・ベンザケン / ミシェル・ブラジー / セレステ・ブルシエ=ムージュノ / クロード・クロスキー / フィリップ・コニェ / リシャール・フォーゲ / シプリアン・ガイヤール / ドミニク・ゴンザレス=フェルステル / ローラン・グラッソ / カミーユ・アンロ / トーマス・ヒルシュホーン / ...
  • 会場:森美術館(MAM)
  • 会期:2011/03/26 - 08/28
  • メディア:絵画・写真・オブジェ・ヴィデオ・インスタレーション


フレンチ・ウィンドウ

フレンチ・ウィンドウ デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線

  • 編集:森美術館
  • 出版社:平凡社
  • 発売日:2011/03/24
  • メディア:単行本
  • 目次:ごあいさつ(南條 史生 / ジル・フックス / アルフレッド・パクマン)/ 論考(フレンチ・ウィンドウ:マルセル・デュシャン賞にみるフランス現代美術シーン 三木 あき子 / ジャン=マルク・プレヴォー 与えられたとせよ)/ 図版(マルセル・デュシャン / サーダン・アフィフ / ピエール・アルドゥヴァン / カデル・アッティア / ヴァレリ...)

タグ:art Duchamp french
コメント(0)  トラックバック(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0