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変容する身体 [a r t]



映像作品は鑑賞者の時間を拘束する。絵画や彫刻などは見る側の自由意志に委ねられているので、1分でも1時間でも恣意的に見ていられる。しかし、フィルムやヴィデオ・アートは上映時間に縛られる。もちろん中座することも可能だが、映画や小説を最後まで観たり読んだりしていないのと同じく、「作品」を鑑賞したとは言えない。「東京アートミーティング トランスフォーメーション(Tokyo Art Meeting Transformation)」(東京都現代美術館)でも会場入口の女性係員に、映像作品の中には上映時間が長いものもあるので、時間配分に留意して下さいというようなことを言われた。長丁場になるのは予め分かっていたので、夜間開館している金曜日(都内の美術館では恒例化している)に行くことに決めていたが、当日開館時間を確認して焦ってしまった。東京都現代美術館(MOT)は開館時間の延長を実施していなかったのだ。毎週金曜日も通常の開館時間(10:00~18:00)なのである。

館内の映像作品を上映しているブースは薄暗くて、タイトルや時間を表記してある白くて小さなパネルが見難い。これから見る作品の上映時間が10分なのか1時間なのかという情報を前もって知っているか知らないかでは心理的に大きな違いがある。ちなみに時間が表示されている映像作品は17本で、その合計時間は5時間半以上に及ぶ。つまり最短でも正午すぎに入場しないと、すべての映像作品は見られない。「Transformation」には映像だけではなく絵画や写真、彫刻、インスタレーションなどの作品も展示されているのだ。開館時間からループ上映されているマシュー・バーニーの〈クレマスター3〉(2002)は3時間を越える超大作。天井中央から吊された背中合わせの2台の液晶モニタ、その下に透明ケースに入ったオブジェ、周囲の壁にスティール写真パネル‥‥というインスタレーションがマシュー・バーニー本人の意向によるのだとしたら、椅子のない空間で3時間も天井を見上げているのは苦行に近い。殆ど見るなと言っているのに等しいような気もする。床に寝そべってリラックスした態勢の男性は最後まで鑑賞していたんでしょうね。

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パトリシア・ピッチニーニ(Patricia Piccinini)〈サンドマン〉(2002)は海で溺れている女性を海上と海中から撮った映像作品(4分)。海上と海中のカットを何度か繰り返した後、いつの間にか白い着衣姿で泳ぐ少女(エロティックに見えなくもない)の首筋にクルマの排気孔のような亀裂が生じる。変身ではなく変容、ホラーではなくSF‥‥楳図かずおのグロテスクで怖しい『半魚人』ではなく、安部公房の『第四間氷期』のイメージに近い。このまま地球の温暖化が進んで、北極の氷山が解けて海抜が上がり、陸地の大部分が海中に水没した未来の人類はエラ呼吸する水棲人に「進化」するのかもしれない。ゾウのように鼻の長い金髪の赤ちゃん〈新生児〉(2010)は人間と卵胎生のカモノハシのハイブリッド(突然変異体)だというシリコン製のオブジェ。若い女性たちからは「可愛い!」という声も聞こえて来る。

電子音楽を3次元空間に立体的に再生している及川潤耶の〈Transformation〉(2010)。スピーカー類が設置されている真っ暗な部屋を抜けると、細長い通路の突き当たりでリオ・デ・ジャネイロ在住のブラジル人、トゥンガ(Tunga)の〈キメラ〉(2004)が上映されている。襟巻きのようにネコを首に巻いた男がクリームを塗って髭を剃る。自分の髭だけでなく、躰の一部と化したネコの毛(ネコの髭を剃るわけではない)も剃ってしまうという奇妙なパフォーマンスに、生き生きとしたネコたちの映像がカット・バックされて行く(15分32秒)。新手のネコ虐待なのかと危惧したけれど、羊の毛刈りのように丸裸にするわけではなかった。何故か首に巻かれたネコちゃんは大人しくしている。余程人馴れしているのか、それとも麻酔薬で眠らされているのか?‥‥理髪店での髭剃りのように、毛剃りがネコにとって気持ち良いとは思えないけれど。

バールティ・ケール(Bharti Kher)はニューデリー在住のインド系英国人。フルフェイスのヘルメットを被った男が子供を抱き、その傍らにサル顔の少年がいる〈ファミリー・ポートレイト〉、ヘルメット男の抱く子供の背中にコウモリの翼が生え、足許の電気掃除機の吸い込み口がイヌの頭になっている〈天使〉、黒いノースリーヴ、青いミニスカート、赤いブーツ姿のチンパンジー顔の女の前に動物の生肉がフックで吊されている〈羽ぼうき〉、赤い羽箒を手にしたトラ顔の女がブーツで動物の生肉を踏みつける〈狩人と予言者〉、ピンク色のパンケーキ2個を載せたトレイを持ったサル顔女の左足が馬の脚になっている〈チョコレート・マフィン〉などの写真作品〈ハイブリッド・シリーズ〉(2004)は半人半獣の女たちが肉食獣としての人間の攻撃性を逆照射する。黒、ピンク、黄、赤、グレー、水色のオタマジャクシ(精子)が蝟集&拡散する2点組ドローイング〈スピット・アンド・スワロー〉(1998)、同じく夥しい黒い矢印(→)を描いた〈テレイン〉(2006)も並ぶ。

ジャガンナート・パンダ(Jagannath Panda)の絵画はシュルレアリスティックなアクリル画に布が張り付けられている。キューブ状の物体(高層ビル?)や鳥の羽根、ヒンドゥー教の神らしき人物が描かれた〈叙事詩 III〉(2010)、赤いスポーツ・カーがクラッシュしている〈失われた場所〉(2009)、本のページを開いたような輪郭の中にトラや黒&黄色の縞模様のシャベルカー、ヒンドゥー教の神などが点在する〈叙事詩〉(2006)。黒と茶色の植物模様の布が貼られた動物オブジェ(山羊?)の右後脚に同じ柄のジャケット(上着)が巻かれている〈第2の皮膚〉(2005)。絵画やドローイング作品が展示されている壁面を見上げると、無数の長い牙が生えたトドのようにも、不気味なオウムのようにも、巨大化した不吉な蝉のようにも見えなくない異形なオブジェ(宮崎駿のアニメに出て来そうなグロテスクな生物)‥‥小谷元彦の《僕がお医者さんに行くとき》(1994)が張り着いている。

ナポリ生まれのイタリア人、フランチェスコ・クレメンテ(Francesco Clemente)は〈蛇としての自画像〉(2005)、〈両性具有の自画像〉、〈野うさぎとしての自画像〉〈彼女への転換〉〈蠅としての自画像〉‥‥というように、動物や昆虫と合体〜融合した自画像を淡い色合いの水彩やパステルで描く。パキスタン生まれのシャジア・シカンダー(Shahzia Sikander)の作品はアニメーション、絵画、ドローイング、インスタレーション‥‥と多岐に渡る。チューバ、手榴弾、髑髏、円錐形のラッパなどのイメージをデカルコマニー風に重ねた20点組のドローイング〈やむことのない煽動〉(2009)。半透明の短冊や巻物状の紙(赤、白、黒の水玉や人型模様が描かれている)がカーテンのように天井から吊り下げられた巨大なインスタレーション〈エコー〉(2010)。2つの門柱の間で黒い人型たちが左回転する〈SpiNN〉(2003)、虎、兎、牛、豹などの動物が合体した象が翼の生えた悪魔の鉄槌で瓦解〜消滅する〈ネメシス〉(2003)、最後にナポレオンのような人物が落下する〈ラスト・ポスト〉(2010)‥‥アニメーション作品は備え付けのヘッドフォンで視聴可能。

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「R.L.A.T.=変容人類学研究室」による「アーカイヴ」という小部屋が2階の吹抜け部分にあった。ジャミラ、寝子、シャーマン、狼男、鉄男、妖怪人間ベム、機関車トーマス、水(アルチンボルドのトロンプ・ルイユ)、ASIMO、クレクレタコラ、ピーター・ラビット、人造人間キカイダー、ヤング・フランケンシュタイン、ゾンビ、仮面ライダー、ウルトラマン、半魚人、人魚、象(ムガル派細密画)、地獄の王子(ボッシュ)、ヴァンパイア、ダフト・パンク、レジデンツ、目玉おやじ、魔人ドラキュラ、マシュマロ・マン、AIBO、天使、蠅男など‥‥古今東西の絵画、小説、絵本、音楽、映画、コミックなどに登場する異形の者たちを「怪物」(Transcending Nature)、「超人」(Transcending Human)、「他なるもの」(Becoming Others)、「ヒトのかたちへ」(Becoming Human)という4つのカテゴリーに分類したカードが周囲の壁に架かっている。鑑賞者は表に名称と図版、裏に解説文を記したカードを自由に手に取って見ることが出来る。

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生物学者ファーブルの曾孫だというヤン・ファーブル(Jan Fabre)はドローイング、彫刻、映像など多彩な顔を持つ。BIC社製のボールペンで描いた12点組のドローイング〈歴史の傷(BicアートのIlad〉(1980)。作者自らがモデルとなり、鹿やユニコーンの角、兎の耳などが頭部から生えた18体の胸像をブロンズと金色のワックス(18×2)で表現した〈第1〜18章〉(2010)。1980年にアムステルダム(De Appel)で撮影したパフォーマンス映像(30分46秒)ではヤン・ファーブル自身の全裸姿も見られる。ロンドン生まれの英国人マーカス・コーツ(Marcus Coates)は風変わりな映像作品を出品している。インタヴューされる男女が鳥の鳴き声で応答する〈ローカル・バード〉(2001)、動物の剥製を身に纏ってシャーマンに仮装したマーカス・コーツが日本の村人たちの前で精霊と対話する〈峠村の新嘗祭〉(2006)。

AES+Fはモスクワ出身のアーティスト4人の頭文字から採ったユニット名。3面横長画面のHDヴィデオ作品〈最後の暴動〉(2007)は短篇映画としても面白い。CGアニメとポートレイト写真をモーフィング加工した映像、トラックや列車が走る山の見晴し台で人種の異なる少年少女たちが剣や金属バット、ゴルフ・クラブなどで殺し合う‥‥子供たちの争いを描く一方で、列車は脱線して鉄橋から転落し、旅客機も墜落して核ミサイルが空を飛び交う。プラモデルを組み立てたような作りものの世界は血腥くないし、現実感に乏しい。日本の城や富士山らしき背景が描かれているところにも親近感が湧く。ガブリエラ・フリドリクスドッティ(Gabriela Fridriksdottir)の〈ヴァーセイションズ4部作〉(2005)は「東・西・南・北」を副題とした映像作品。旦那のマシュー・バーニーの影響なのか、同郷(レイキャヴィク生まれ)の好なのか、〈北〉にはビョーク(Bjork)が出演している。草に覆われたグリーンマンが叢に中に戻る(逆回転再生)と、サボテンのような肉厚の房に身を包んだ母親(Bjork)がネバネバした体液に塗れた不気味なモンスターを産み落とす。ヘッドフォンから聴こえるモンスターの咆哮には凄まじいものがあります。

プラハ生まれ、モントリオール在住のヤナ・スターバック(Jana Sterbak)〈高潮を待ちながら〉(2005)は犬の背中に3台の小型カメラを乗せてヴェネツィアの街中を犬の視点で撮ったヴィデオ作品(5分28秒)。バンコク生まれのアピチャッポン・ウィーラセタクン(Apichatpong Weerasethakul)はカンヌ映画祭(2010)でパルムドールを受賞したことでも知られる映画監督で、本展にはタイのジャングルで撮影した〈木を丸ごと飲み込んだ男〉(2010)を出品している。1階の吹抜け通路に沿った細長く狭いスペースにサラ・ジー(Sarah Sze)のインスタレーション〈Those That Are Tame〉(2010)が展示されている。発砲スチロール、ペットボトル、ロープ、スポンジ、ボタン、洗濯バサミなど‥‥大量生産〜消費される日用品で構成されたミニチュア世界は細やかで慎ましく、見逃しそうになるけれど、道端で咲く花々のように美しい。

アトリウム(B2)の一劃ではサイモン・バーチ(Simon Birch)の〈ソゴモン・テフリリアン〉(2008)が上映されていた。周囲の壁が4面スクリーンとなって、徘徊するベンガル虎を勇姿を映し出す。鑑賞者たちは野生のトラに囲繞されて、逆に見られる存在になる。広々とした吹抜け空間には立体オブジェが配置されている。バールティ・ケールの電気掃除機の吸い込み口が犬頭と化した〈飢えた犬は汚れた餌に甘んじる〉(2004)やピンク色のカップケーキを載せたトレイを持つ〈アリオン〉、ショッピングバックの束を抱えた〈アリオンの妹〉、長い角の生えた女が大きな葉を盾にした〈マントと盾を持つ戦士〉。AES+FのCG世界を立体化した〈最後の暴動2〉(2007)。躰の各部位が欠損して人体には見えない〈サイボーグW8〉(2004)や植物や昆虫、甲殻類らしきものが合体〜奇形化した〈セイレーン〉(2000)、白い亡霊のような女体が空中に浮游する〈クラッシュ〉‥‥韓国生まれのイ・ブル(Lee Bul)による吹抜けに吊された白いファイバ状の立体像はSF的なイメージに満ち溢れている。

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「Transformation」の順路はエスカレータで3Fへ昇り、2F〜1Fと降りて来て1度会場外へ出てから下りエスカレータでB2へ向かう。閉館5分前に再入場したのは、マシュー・バーニー(Matthew Barney)の〈クレマスター3〉を視るためだった。溺れる少女、髭を剃る男など‥‥誰1人いない映像だけが流れる空間を通り抜けて辿り着くと、十数人の鑑賞者たちが天井から吊り下げられたモニタを眺めている。「MOT STAFF ブログ」では閉館時刻と同時に上映も途中で打ち切られるということだったが、余りにも非情な処置に抗議や苦情が殺到したのか、30分近く延長して上映された(それでも尻切れトンボなのか?)。いかにも仕方なく見せてやっているというような態度に、公立美術館の不遜さが垣間見える。3回目を最後まで上映するには開館時間を約1時間延長すれば良いだけの話である。金曜日の夜間開館を実施しないのであれば、それくらいの配慮があって然るべきではないか。そういう柔軟性に欠ける杓子定規な運営方針だから、巨額な赤字が嵩むのではないだろうか。

〈クレマスター3〉は面白かった。泡風呂のビキニ姿の美女たち、脚線美をアピールする美脚バニーガール、パンク・バンドの演奏と興奮する観客たち、時限爆弾なのか化学兵器なのか怪しげな装置を仕掛る男‥‥口に血の滲んだハンカチを銜えたマシュー・バーニーと透明義足の美女エイミー・マランス(Aimee Mullins)が抱擁する。女が男の肩に噛みついた瞬間、彼女は「豹娘」に変身する!‥‥会場入口で手渡されるパンフレットには、《医学用語「クレマスター」は、睾丸につながる腱を包み込む筋肉で、男女の性別を決定する役割を持つ。〔‥‥〕バーニー演じるフリーメイソンへの入門者がさまざまな試練と身体の変容をへて、1人前の職人になる過程をテーマとしている》と解説している。壁に架かっていた写真にあるように、主人公が2つの貞操帯のようなものを両頬に装着しているのは「口」が女性器のメタファになっているからだろう。そう考えれば口から出血して血の滲んだハンカチを銜えている意味も分かって来る。機会があれば全編を通して最後まで鑑賞したいと思う。

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  • 日本人作家(石川直樹 / 及川潤耶 / スプツニ子! / 高木正彦)は割愛しました
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Tokyo Art Meeting Transformation

Tokyo Art Meeting Transformation

  • 出品作家:AES+F / マシュー・バーニー / サイモン・バーチ / フランチェスコ・クレメンテ / マーカス・コーツ / ヤン・ファーブル / ガブリエラ・フリドリクスドッティ / 石川直樹 / バールティ・ケール / イ・ブル / 小谷元彦 / 及川潤耶 / ジャガンナート・パンダ / パトリシア・ピッチニーニ / シャジア・シカンダー / スプツニ子! / ヤナ・スターバック / サラ・ジー / 高木正彦 / トゥンガ / アピチャッポン・ウィーラセタクン
  • 会場:東京都現代美術館(MOT)
  • 会期:2010/10/29 - 2011/01/30
  • メディア:絵画・写真・オブジェ・ヴィデオ・インスタレーション

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