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COMを読む(1 9 6 9 - 1 9 7 1) [c o m i c]



  • この連載を始めた頃、周囲の人から、「バンパイヤ」の二番煎じではないかという質問をうけました。“変身” テーマの1つかと思われたのです。狼男のような主人公を出すことが、この作品のリアリティをいちじるしく阻害して子供マンガにしてしまうのではないかと心配されました。そしてなるべく主人公を早くもとの顔に戻してほしいと編集部からも要望されました。しかし、テーマはもちろん、変身ではない、大河ものでは主人公が複数になることも多いので、1人くらい異様な人物がいてもよかろうと思って、最後までとうとうもとに戻しませんでした。もっとも戻せばブチこわしになったでしょう。〔‥‥〕なぜ日本国内だけを舞台にしないのか。その方がもっと面白くなるのにというご忠告をうけましたが、桐人が日本でガンジガラメになって、とたんにM大へ現れておしまいでは、あまりにあっけなく、現代の情報網、交通網の発達の味気なさを思い知らされました。
    手塚 治虫 「きりひと讃歌と私」


  • 『きりひと讃歌』(1970~71)は「火の鳥・復活編」と同時期に青年マンガ誌「ビッグコミック」に連載した後、「COMコミックス増刊」(上・下2巻)として1972年に単行本化された。小学館ではなく虫プロ商事から刊行された経緯は手塚治虫文庫全集『きりひと讃歌2』の解説に詳しいが、作者としては一刻も早く単行本化して世に問いたかったのだろう。『白い巨塔』との類似は兎も角、「変身」というテーマが「バンパイヤ」の二番煎じ、「犬男」になってしまう奇病が荒唐無稽‥‥という批判は当たらない。「劇画」に挑戦した作品だからといって、絵柄と同じようにキャラクターやストーリまでもがリアリスティックになるとは必ずしも限らない(デューク東郷だって非現実的なキャラではないか!)。主人公を国外へ行かせたのもリアリティ確保のためだったし、最後まで「犬男」のままだったのも逆に作品のリアリティを保証する。

    全身が犬のように「変身」してしまう奇病モンモウ病。M大医学部付属病院に勤務する小山内桐人(きりひと)は第一内科医長・竜ヶ浦教授の指示で、多数の患者が発生している徳島県犬神沢へ赴く。しかし、それは現地調査の名を借りた「生体実験」だった。モンモウ病を発症した桐人は奇病がウィルス性の伝染病ではなく、谷川の水に溶けた土中の成分によって発病することを突き留めるが、保健所へ報せに行く途中で妻たづを強姦魔に殺され、大富豪の万大人の手下によって台湾へ拉致されてしまう。台北の「阿呆宮」で毎日開かれている大宴会の見世物にされた桐人は「人間テンプラ」の女芸人・麗花と出会う。2人は過激派の爆弾テロの騒ぎに乗じて「阿呆宮」から脱走するのだが、麗花は異常性欲者だった。モンモウ病を発症して台北大学からM大医学部付属病院へ搬送された万大人。そして、日本医師会会長への野望に燃える竜ヶ浦教授も発病することになる。

    「きりひと讃歌」には4人の女性が登場する。小山内桐人の婚約者・吉永いずみ、犬神沢村の娘たづ、秘密クラブの芸人・麗花、モンモウ病患者の修道尼ヘレン・フリーズ。犬神沢村が差し出した生娘たづは桐人の妻となり、「犬男」になった後でも献身的に尽くし、麗花も自ら犠牲となって桐人を救おうとする。吉永いずみも運命に翻弄されながらも最後まで桐人への愛を貫き通す。情が深いというか、惚れた男には自らの生死さえ省みずに無償の愛を捧げる一途なところが彼女たちにはある(手塚治虫の女性観が色濃く反映されている?)。南ア連邦ヨハネスバーグで開催された国際伝染病学会に出席した同僚の占部医師は南ローデシアでモンモウ病を発症したブッシュメン族、修道院で発症したヘレン・フリーズと出逢う。占部青年は桐人の謎の失踪や竜ヶ浦教授の「モンモウ病ウィルス説」に疑問を抱きながら、ヘレン・フリーズと吉永いずみへの愛と贖罪の間で苦悶する。

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    「はるかなる国から来た少女」(69.1~2)は石森章太郎と赤塚不二夫が「いずみあすか」という共同名義のペンネームで少女クラブ増刊号(1958)に描いたSF短篇。1999年、火星探検ロケットがアメリカから飛び立つ。連絡を絶って消息不明になっていた火星ロケットが3年後、地球へ戻って来る。たった1人の隊員・朝風弘だけを乗せて!‥‥弘は妹のミーコと婚約者のすみれに不思議な体験を語る。地球から飛び立ってから1年余り、目指す火星を目の前にして流星群に巻き込まれたロケットが、ある惑星に不時着した。そこは3年後の地球だったという。浜辺で物思いに耽る弘の前に1人の少女が現われる。記憶を消された弘と口の聞けない少女の再会。ロケットが不時着した星の王女の末娘リミーは魔女との交換条件で、人間になる代わりに美しい声を失ってしまった‥‥と書けば分かるように、「はるかなる国から来た少女」は「人魚姫」を下敷きにした「科学時代のおとぎばなし」なのである。

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    「シャボン玉」(69.1~3)は矢代まさこ短篇シリーズ8作目。シャボンの入った壜とストローを盗んだ少女、吹いたシャボン玉の中に入って空中を浮游する少女が、同じように浮游するシャボン玉の中の少年と出会い、互いに手を握り合ったまま海の中に吸い込まれて行く夢‥‥6歳の時に見た夢が忘れられない島子は夢の中の少年に再び逢いたいと思っている。ある日、幼なじみの小金井あきから届いた手紙に、少年の頃に島子と同じ夢を見たという養護施設出身の青年のことが書かれていた。仕事を休んで帰郷した島子は小金井あきの兄の同僚だという内海タケシに会おうとするが、彼は前日に転職していた。ある夜、島子は貸本屋から借りて来た雑誌の中に懸賞小説の佳作第1席になった「シャボン玉」を発見する。三流誌小説春秋に掲載された内海タケシの小説。ファンレターを出したのに返事が来ないことに落胆した島子は、意を決して熊谷の晴山荘に住む作者を訪ねるが、陸橋の上で待ち合わせをしていた男女、内海と小金井を目撃する。

    慌てて踏み切りを横断しようとした島子はハイヒールの踵を線路の溝に引っかけてアキレス腱を切ってしまう。2人の恋愛関係と幼なじみの裏切りに落ち込む島子。仕事場の同僚・柳田から内海タケシの短篇集が一流出版社の明潮社から出たことを知らされた島子は花束を抱えて新進作家に逢いに行く。子供の時に見たシャボン玉の夢を語る島子。しかし、内海タケシは「シャボン玉の中の少年」ではなかった。内海タケシは告白する──《島子さん、今僕がこう言ったら君はどう答える? / 僕はシャボン玉の夢なんか見てやしないと // 今は実在していない‥‥と答えたら‥‥? / 彼は僕の友人でシャボン玉の夢に話も彼に聞いたことだとしたら‥‥? / 彼の名は圭といった‥‥と教えたら? / 僕が親しかった彼を思い出しながら、彼が言ってたようなことを小説に書いていたとしたら》。「夢の中の少年」は2年前の冬に過労から急性肺炎を起こして死んだ親友だったのだ。

    「影を落とした‥‥」(69.4)は萩尾望都や花郁悠紀子が描きそうな異色SFメルヘン。ある日、影を拾った少女ナナは落とし主を探し出して届けようとする。しかし、悪魔に魂を売った天才ヴァイオリニストのピエールに自分の影の受け取りを拒否される。飛び降り自殺した男の影が少女のバスケット(ピエールの影の入っている)の中に入り込む。悪友のジルが自分の影とバスケットの中の影を繋げて、ピアノ・レッスンの代役に仕立てようと企てる。持ち主のない影に人間の影を繋げ合わせると、溶け合って1つの影になってしまうという。影を失ったジルとバスケットを持ったナナは父親が発明した「影の分析機」の中に入って影を分離しようとするが、夥しい数の影に分裂してしまう。行く場所を失った影たちを受け入れるナナ‥‥「娼婦ナナの追憶はここで途切れます」というラスト・カットのナレーションが物語に奥行きを与えている。

    「セント・レニの街」(69.5)は少女が人形と一緒に空想の街へ行くことを夢見る岡田史子風の不条理劇。石田けい子は成長して思春期を過ぎ、結婚してからもセント・レニの街へ行く夢を見続ける。「熱・すすき・白い闇」(69.6)は熱に魘された病床の少女ちえが見る夢と現実が混淆したキツネ(少女)のイメージ‥‥《小さい頃に私は自分が何かケモノの化身(?)で、いつかそのケモノが私をもとの世界へ連れ戻すべくむかえにくるにちがいないと理由もなく信じ込み、こわくて仕方ない時期がありました》と、作者は末尾に記している。「まり子の涙」(69.7)はペット(カナリア、セント・バーナード、シャムネコ)、家具(ベッド、ソファ、テーブル)、絵画(水浴のディアナ)、バースデーケーキ、花束、カツラ、衣裳、マスク(顔)、家(少女趣味B型)、ハート、恋人など‥‥すべてが借り物の世界に暮らす娘まり子が、自分の涙だけは借り物じゃないと気づくメルヘンチックな物語。

    「ノアをさがして」(69.11)‥‥子供のための聖書の話「ノアの方舟」を読んだ弟ひとしはクズ屋のおっちゃんをノアだと思い込む。意気投合した2入は野原で想像上の方舟を造る遊びに興じる。不審に思った近所の主婦たちが警察に電話してパトカーを呼ぶ。警官が職務尋問する前に「ノア」は自ら犯した罪を告白する。23年前に漁師のじいさんを殺してしまったことを‥‥。日本中を逃げ回り、人殺しの重圧に耐え切れなくなって自首した時には既に時効が成立していた。ウソつきや悪者はノアの方舟に乗れず、洪水に流されてしまう。ネコを虐めていた兄たかしを批難する弟ひとし。兄は「ただの遊びやないか」と反論する。ある日、兄の目の前で弟がクルマに轢かれる。弟の可愛がっていた飼い犬を相手に方舟を造り続ける「ノア」を見つめる兄‥‥『にいちゃん、にいちゃん』『あのおっちゃんがノアみたいにみえるのンか‥‥にいちゃん』『おっちゃんが、ほかのだれよりもゆるされるひとにみえるのンか? にいちゃん』。

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    あすなひろしの「スウと、いう名の童話」(70.11)は大胆なコマ割りと華麗な見開きカットで読者を魅了する。伝説の花、奇蹟の花。オレンジ色のつゆくさを探して森を駆けた記憶‥‥つゆくさの茎を手に握り、笑って死んで行ったスウ。スウは死んだジョーに似ているケイに恋をする。両親を相次いで亡くしたケイは友人マイケルとマリーの棲むマンションに同居することになる。ある日、ベッドで眠っている裸のケイとスウを発見したマリーはケイに出て行って、と泣きながら叫ぶ。スウに手切れ金を渡したり、拳銃で脅してケイと別れさせようと画策するマリー。彼女もケイを愛していたのだ。ケイとスウとマリーの三角関係。ケイに召集令状が来る。奇蹟を起こすというオレンジ色のつゆくさを探そうとするスウ。鹿の群れに踏み躙られて死んだマリー‥‥何度も挿入される2人の兵士の会話から、ケイ・ウイルソンがジェイムズ・バーンに話している「物語」だということが分かる。ジェイムズはケイの「おとぎ話」を全く信用しようとしない。戦場でオレンジ色のつゆくさを発見した2人を爆撃機が襲う。

    上村一夫の「初恋漬」(71.7)は昭和25年の夏、二百十日の物語。ジープに乗った米兵からガムや花火を貰おうとして駆け出す少年たち。漬けもの工場の倉庫に1年以上住み着いている家族の娘は朝から晩まで父親に虐待されて生傷が絶えない。食いものを持って来なかった日は体中が痣だらけになるという。野外で線香花火をしている少年ヒロシを少女が倉庫へ誘う(風が強くてマッチの火が着かないのだ)。2人は倉庫の中で花火をしたり、ガムをクチャクチャ噛んで、プアっと脹らませて割ったり‥‥「殺しちゃえよ」「いいのよ、もう心配しなくても‥‥」。少女の父親は大きな漬けもの樽の間で酔い潰れている。その夜、台風一過で漬けもの工場の倉庫が全壊する。建物の下敷きになって死亡した父親と行方不明の少女‥‥ヒロシの妹が「あの娘が殺したんだ」と呟く。上村一夫の描く女たちは年齢に関係なく、色っぽくて艶かしいなぁ。今読み返してもゾクゾク、ドキドキします。

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    COM(こむ)1971年7月号

    COM(こむ)1971年 7月号

    • 著者:手塚 治虫 / 上村 一夫 / 永井 豪 / 永島 慎二 / 藤子 不二雄 / 正岡 としや
    • 出版社:虫プロ商事
    • 発行日:1971/07/01
    • メディア:雑誌(註:表紙は「COMとガロから」のリンク画像です)
    • 掲載作品:火の鳥 / 初恋漬 / やっこらショ / 漫画博物誌 / 禁じられた遊び / どゥリイむ / ハトよ天まで


    きりひと讃歌(上)

    きりひと讃歌(上)── COMコミックス増刊

    • 著者:手塚 治虫
    • 出版社:虫プロ商事
    • 発売日:1972/03/10
    • メディア:単行本(手塚治虫文庫全集にリンクしています)
    • 目次:66号室 / 袋小路 / 前駆症状 / 陥没 / ゴルゴダの丘 / 阿呆宮 / 暗溝 / 溶解 / 狂ったメス / 栄光へのアプローチ


    赤い火と黒かみ ── 石ノ森章太郎萬画大全集(8-36)

    赤い火と黒かみ ── 石ノ森章太郎萬画大全集(8-36)

    • 著者:石森 章太郎(U.マイア / いずみ あすか)
    • 出版社:角川書店
    • 発売日:2007/11/30
    • メディア:コミック
    • 収録作品:赤い火と黒かみ(U.マイア)/ 星はかなしく(U.マイア)/ きえていく星(いずみ あすか)/ はるかなる国から来た少女(いずみ あすか)// U.マイアの頃


    ノアとシャボン玉

    ノアとシャボン玉 ── 矢代まさこ名作シリーズ 1

    • 著者:矢代 まさこ
    • 出版社:朝日ソノラマ
    • 発売日: 1978/03/25
    • メディア:コミック(まんだらけのリンク画像です)
    • 収録作品:ノアをさがして / クモの糸 / セント・レニの街 / わが名はボケ猫 / まりこの涙 / 風のある絵 / シャボン玉


    林檎も匂わない

    林檎も匂わない

    • 著者:あすな ひろし
    • 出版社:エンターブレイン
    • 発売日:2008/03/22
    • メディア:文庫
    • 収録作品:プラスチック昆虫記 / 300,000km./sec. / スウと、いう名の童話 / ジョージ・ワシントンを射った男 / 93時間 / さいごの一葉 / 妻の肖像 / 山ゆかば / 歌を消す者 / 林檎...

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