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P A L I N D R O M E〔2 0 0〕 [p a l i n d r o m e]



  • もう1つ言っておきたいのは、資本主義がこの多様性の幻想を振り撒いている ── ということに気をつけなければいけないということです。資本主義のプロパガンダは様々なマス・メディアを通して、自由の幻想を振り撒いています。これはドイツの言い方ですが ── 資本主義の側は、「我々の社会が多元的な価値をもった社会であることを喜んで強調している」と言うわけです。しかし、まさに先程の七色の虹をこの言い方が打ち砕いているわけです。資本主義の多元性から何が出て来るかといえば、現代社会は非常に複雑である。専門家(エキスパート)にまかせておいたほうが良いという結論です。それではその専門家達がスペシャリスト達が何をしたかといえば、現在の社会の状況をみればおわかりでしょう。貨幣によって作られている現在の社会で、我々はその貨幣を扱いかねて困っています。あるいは法律の様々な判決を読んでも我々にはちっとも解らない複雑な言葉がでてきます。
    ヨーゼフ・ボイス 「プレス・インタヴュー」


  • ▢ 路地、猫屋敷、空き車庫、根城
    都会で暮らすネコたちの棲処は、迷路のように入り組んだ路地や「猫屋敷」、露天駐車場など。路上に1匹だけ佇んでいるネコ、一般の民家で飼われている何匹ものネコたち‥‥「空き車庫」とはクルマが駐車していない空車庫のことで、屋根のない駐車場に屯しているネコも多い。それだけ都会には空地が少ないということの証しだろう。ネコにとって走行中のクルマほど危険な存在はない。ネコには理解不能の脅威(走る凶器)だが、停車しているクルマの下は逆に絶好の隠れ場所となる。危ないのは駐車しているクルマが動き出す時‥‥発車させる前にクルマの下にネコが潜んでいないかどうか、ドライヴァは確認を怠らないこと。「ネコ」の2文字が入る回文は常にネコ → コネという文字並びに悩まされる。そこで思案の揚げ句、「ニャンコ」とか「キャット」とかいう別の名称に変えてみるものの、なかなか上手く行かない。このネコ回文は良く出来ていると思います。

    ▢ 睫だけ‥‥髪の毛の見かけだけ妻
    ある日、夫が帰宅すると妻が別人28号にスリ変わっていたなぁんて、怖いですね。妻そっくりのニセ妻のイメージは、地球に侵入して来たインヴェーダや人間と入れ替わる『ボディ・スナッチャー』の植物系エイリアン、記憶を捏造された『ブレードランナー』のレプリカントやタルコフスキーの『惑星ソラリス』に登場する妻や恋人だったりする。「小悪魔デカ目メイク」のDVDを視ていたら気分が悪くなった。エビ天の衣みたいに睫を長く伸ばすマスカラは面白かったけれど、瞼の中に入れるインサイドライナーは気味悪い。もっとも、目の色もカラーコンタクトを入れて変え、髪の毛の色だってヘアダイして変えているかもしれないし、そもそも自毛とは限らない。今、目の前で嫣然と微笑んでいる妻は、本当の妻なのだろうか?‥‥それでなくても、恋人だった時の可愛くスレンダーな女性とは似ても似つかない変わり果てた姿に愕然とする。ツマ → マツは「妻が待つ」というように回文を作り易い。あなたを玄関で出迎えた女性は、今朝見送りに出て来た妻と同じ女ですか?

    ▢ 単4漏れ、チビ猫駄々捏ね「ピチ☆レモン」読んだ
    「ピチ☆レモン」(学習研究社)という少女ファッション誌があって良かったなぁ。この雑誌名が「プチ★レモン」だったら、ネコ回文は成立しなかった。ティーンズ・ファッション誌のモデルから女優や歌手としてデビューしたアイドルは少なくないけれど、榮倉奈々、北川景子、木村カエラ‥‥などの個性派を輩出した「Seventeen」(集英社)に少女マンガが載っていたことは余り知られていない。大島弓子の「バナナブレッドのプディング」(1977-78)は月刊セブンティーンの連載だったし、宮沢りえと高岡佐紀子(ST専属)の2人が表紙カヴァの週刊セブンティーン49号(1987 no.998)には、読み切り「ジミーとTWINS」(鏡あつこ)や連載「ドリームスタッフ」(やまき美子)など、5本の少女マンガが掲載されていた。80年代当時はファッション誌というよりも、少女向けのアイドル誌+少女マンガ誌という感じですね。「チビ猫」はアップルが新発表したAIBO風のネコ型ロボット(iCat)という設定です。

    ▢ 6回転恥じた。脚出せミニスカ、脱がずに見せ出し。あたしパンティが黒
    この回文は「なぞなぞ回文6」──回転恥じた△▢◇◯▽、◯◇▢△出しパンティか?──の拡大決定版である。なぞ回文は英徳学園女子バレーボール部に入った牧野つくし(井上真央)が試合で回転レシーブという設定だったが、拡大版では麻帆良(まほら)学園高等部の神楽坂明日菜(若月さら)が校舎の階段から転げ落ちて6回転。保健室で手当てされた時に黒パンティを履いていたので、恥ずかしくてミニスカートを脱げなかったというストーリになっている。しかし、おバカさんな下ネタ回文ですね。赤面の至りです(穴があったら入りたい?)。黒いパンティならば、白いルーズソックスや紺色のハイソックスではなく、黒ストッキングの方が相応しくないか?‥‥などと妄想が脹らんでしまいます。蛇足ながら、若い女性の間で流行っていた黒いニーソックスは膝が曲がっている日本人には全く似合わないし、踝までしかないカラー・レギンス(股引?)も全然セクシーじゃない。似合う似合わないを度外視して、猫も杓子も履いちゃうところが怖いなぁ。

    ▢ ループ、針の穴通すパス、大人あのリバプール!
    英プレミア・リーグのリヴァプールは今シーズン(2009-10)低迷している。このままの状態では欧州CL(Champions League)の来期出場枠の4位以内を維持出来るか微妙なところ。フェルナンド・トーレス、ジェラード、カイト‥‥という攻撃陣を擁しながらの不調は残念。先週のマンU戦もトーレスのヘディングで先制したものの、1ー2で逆転負け。ところで、このサッカー回文は発音に忠実な「リヴァプール」だと成立しない。地名や人名のカタカナ表記は難しいですね。民放のTVではフラム(Fulham)を「フルハム」と発音していたが、それならば何故ベッカム(Beckham)のことを「ベックハム」と呼ばないのだろうか。実はつい最近までオランダ代表のロッベン(Robben)のことを「ロッペン」だとばかり思っていたのだから、日本のスポーツ・メディアを嗤えない。これはTV実況中継の単なる聞き違い。「ハムストリング(hamstring)の怪我で欠場」という表現も素人には分かり難い。原語通りに発音すると日本語では言い難いという事情もあるけれど、W杯南アフリカ大会でブラジル代表のカカ(Kaka)のことを「カカア」と呼ぶことだけは止めて欲しい。

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  • また文化もごく少数の専門家だけが独占しています。そしてごく少数の専門家は戦争を計画し、様々な戦争を行ない、核武装を限界にまで押し進めています。ですから、この多元的なな社会というのは、実際には全く反対の有機的な社会に現在はなっているわけです。資本主義のこの多元的な幻想は打ち砕かなければいけません。すべての人間が資本主義の多元性であるということは、結局すべての人間がエゴイスティックな豚であるというだけのことである。みんな自分のためだけに生きて、自分も隣りの人も、多元的な単子(ポラリスティック・モナド)にすぎない、同じエゴイストである。それぞれが勝手に生きているというだけのことです。結局資本主義が、それぞれを別々の方向に、ばらばらにしているだけです。資本主義は一切のコミュニケーション、一切の真の議論(ディスクール)を生みださないように努力しているのです。
    ヨーゼフ・ボイス 「プレス・インタヴュー」


  • ▢ 意地悪、歌が好き。炭入り髪光るカヒミ・カリィ、水着姿麗しい
    備長炭や竹炭には強力な脱臭作用があるという。カルキ臭い水道水を濾過したり、炊飯器の中に入れて御飯を炊いたり‥‥炭入り石鹸やシャンプー、リンスなども躰や髪に効果がありそうですね。炭入りシャンプーで洗った黒髪が美しく光る。水に濡れた髪が麗しく輝くカヒミ・カリィの水着姿が見たいなぁ‥‥と思っていたら、いきなりの「妊婦ヌード」(CREA 2010年1月号)ですか。これ見よがしに女性が変形した裸体を誇示する「妊婦ヌード」が美しいとも神々しいとも思わない。むしろ、ウィアードでグロテスクではないかしら。「妊婦ヌード」という理解不能のブームに困惑してしまう。妊娠したから仕方なく入籍したという「出来ちゃった婚」のマイナス・イメージをヌードになることで霧散霧消させたいのだろうか。分娩室に乗り込んで妻の出産シーンをヴィデオに撮る夫にも通じる不可解さである。写真やヴィデオに撮って、一体誰に見せるつもりなのか?‥‥どちらも勘弁して欲しい。

    ▢ 葛饅蒸かす、グズグズ花粉マスク
    土筆の成分に花粉症を抑える効果があるという某大学の研究結果は本当らしいが、土筆を食べたり「つくし飴」を舐めたことがないので真偽のほどは分からない。もちろん、葛が花粉症に効くというのは真っ赤なウソです。今年は例年に比べて花粉の飛ぶ量が多いとか少ないとかいう花粉予報や今日の花粉注意報を気象庁は発表しているけれど、それには一切関係なく、毎年酷くなる一方の花粉症に悩まされている。晴、曇、雨‥‥などの天気予報とは異なり、空中を飛ぶ花粉は肉眼で視認出来ない。ただ目と鼻の粘膜で感じるだけである。たとえば、裏山や近所の公園内にスギの樹が植えてあるとか、気温や風、天候だけではなく、その地域によって大きな差があるのではないか。花粉症を軽減する研究や処方箋だけではなく、スギの樹の総数を少なくするとか、花粉の飛ぶ総量を減らす具体的な方策を考えるべきではないだろうか。

    ▢ 素手、手づかみ、箸なしは身勝手です
    『箸とフォークの歴史』──人類は一体いつから箸やフォークを使い始めたのか?‥‥という新書判がありそうですね。仕出し弁当や外食で使用する割り箸が貴重な森林資源を脅かしているという主張によって、使い捨ての割り箸を使わないことが地球環境に優しい省エネ〜エコロジカルであるという風潮が広がった。熱帯雨林の森林伐採と割り箸の消費量に因果関係はないという反論もあった。そこで流行ったのが自分専用の箸を持ち歩く「マイ箸」ブーム。カラフルな箸にオシャレな箸箱‥‥いかにも女子供たちの喜びそうな流行ですね。デパ地下やスーパーで弁当などを買った時に、「割り箸をお付けしますか?」と訊かれることもあるけれど、いつも断ることにしている。そうでなくても食器棚に溜った未使用の割り箸の束で引き出しが閉まらない。なぜ割り箸が嫌いかというと、省エネでもエコでもなく、上手く半分に割れないので気分(縁起)が悪いから‥‥。

    ▢ 手ブラ脱るフリしおらしく目くじら。お尻振る虎斑で
    「手ブラ」とは両手に何も持っていないハンド・フリーの状態ではなく、上半身裸の女性が両手で左右の胸をブラジャーのように隠すこと。女性アイドルや女優のセミ・ヌード写真集の定番ポーズで、見えそうで見えないところがエロティックでコケティッシュ。「手ブラ・ヌード」ともいう。しかし、この回文の肝は上半身ではなく下半身、胸ではなく尻、「手ブラ」ではなく「虎斑」(トラフ)なのだ。「虎縞」ではなく、「虎斑」のパンティというところが苦心の作になっている。「虎縞」(トラジマ)では回文にならない。アニマル柄のパンティを履く女性のイメージはラムちゃんやアマゾネスでしょうか。もし、彼女の履いているパンティが純白ではなく「虎斑」だったら、今どきの草食系男子は萎えちゃうかもしれませんね‥‥フ・フ・フ。

    ▢「水墨画を描くボイス」
    1984年5月29日午後2時40分、成田に到着したヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys 1921-1986)は6月5日に日本を発つまでの8日間に文字や図表やイラストなどを描いた。「ヨーゼフ・ボイス展」開催記念講演会(レクチュア)の終わりに、黒板に単純な直線と曲線を引く。朝日ホールの階段の敷石に赤いフェルトペンでサインとトレードマークの帽子を描く。太陽、譜面台、西武、バツ印、矢印‥‥東京芸術大学の学生との対話集会で黒板に図表を書く。ナム・ジュン・パイクとの「2台のピアノによるパフォーマンス」のリハーサルで、ボイスは紙に文字を書いたり、黒板にモールス信号のようなものを書き込む。コヨーテ・パフォーマンスで黒板にドイツ語の「Ö」を2つと「Coyote」という文字を書く。帰国する日に小石川植物園を3時間かけて散策したヨーゼフ・ボイスが滞在中に水墨画を描いていたとしても不思議じゃない。ボイスの来日から四半世紀も経っちゃったんですね。

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    祝200回文記念。100回文の中からベスト10を自選・自作解説する〈PALINDROME 100〉の第2弾です。「PALINDROME #101〜200」の5つ星(★★★★★)の中から10篇を厳選。ネコ、セレブ(フルネーム)、サッカー、アートなど‥‥個人的な嗜好と読者へのサーヴィス(?)を考慮して選びました。「どうして、あの回文が選ばれなかったのよ」という不平不満の声もあるでしょう。読者が選ぶ回文ベスト10という趣向も面白いかもしれません。5つ星を付けてないので今回のベスト10には入っていませんが、今一番気に入っているのは「綾取猫人と黒猫コロネの事件簿」()。迷宮探偵とネコちゃんが勝手に行動してくれるので、一体どのようなストーリ展開になるのか作者にも全く分からない、書いていて愉しいシリーズです。綾取猫人と黒猫コロネの今後の活躍に期待しましょう。

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    Natalia Lafourcadeのインストア・ライヴに行って来ました。渋谷駅に着いた時、4時を回っていたので焦ったけれど、何とかオープニングに間に合った。エレキ・ギター1本の弾き語りパフォーマンスだったが、自分のヴォイス(コーラス)やギター・フレーズをリアルタイムでサンプリング〜ループ化して重ねて行くループ・ペダルを使っている。エレクトロニカしているところも含めて、同じスペイン語圏のJuana Molinaからの影響大でしょう。歌っていないのにコーラスが流れたり、ギターが伴奏したりするので、ループ・ペダルを知らない人はビックリしたんじゃないかな。最新アルバム《Hu Hu Hu》(Sony 2009)から5曲を披露。1曲終わる度にマイクから離れてペコリとお辞儀するところが可愛らしい。ナタリアちゃんの写真を撮ったので、ブログ・トップにアップしました。ちなみに「回文100回記念」の写真はPato Fuのインストア・ライヴでしたね。

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    • 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい

    • 回文をクリックするとオリジナル・ストーリが読めます^^
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    CREA(クレア)2010年 1月号

    CREA(クレア)2010年 1月号

    • 特集:300人が語る 母になる!
    • インタヴュー:カヒミ・カリィさんのHot Mamライフ
    • 出版社:文藝春秋
    • 発売日:2009/12/07
    • メディア: 雑誌




    HU HU HU

    HU HU HU

    • Artist: Natalia Lafourcade
    • Label: CHIDO PROJECT
    • Date: 2010/02/03
    • Media: Audio CD
    • Songs: Cursis Melodias / No Viniste / Siempre Prisa / Tiempo al Viento / Let's Get Out / Hu Hu Hu / Ella Es Bonita / Nino Hojas / Running Too Fast / Azul / Hora de Compartir / Lugar Para Renacer / Look Outside / Hu Hu Hu (Version Demo) / Tiempo Al Viento (Version Demo)

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