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空を駆けるショコラ [c a t 's c r a d l e]



  • ジェーンは大都会のわくわくするような匂いや騒音のことを覚えていました。「そうだ、大きな街でなら友だちをみつけることができるかもしれない」と彼女は考えました。/ 都会についたとき、ジェーンはものすごくおなかが減って、くたくたになっていました。暑い夏の夕方でした。たてものの屋根はどこまでもどこまでもはてしなくつづいているようです。彼女はその上を飛びながら、いったいどこにいけば食べものと水が手に入るのかしらと、首をひねりました。あるアパートの窓が大きく開いていました。まるで「さあ、中にお入り」と手まねきしているみたいに。「ここだわ!」とジェーンは思いました。そしてまっすぐ中に飛びこんでいきました。/ 部屋の中には人間がひとりでいました。アレキサンダーと同じように、背の低い、丸ぽちゃの男の人でした。最初その人は、わっとおどろきの声を上げました。ジェーンにとっては毎度のことです。それから男はジェーンをじっと見ました。つかまえようとしたりはしません。まるで魚みたいに目をまん丸にして、ただまじまじとみつめているだけです。
    アーシュラ・K・ル=グウィン 『空を駆けるジェーン』


  • 野球場やテニスコート、遊歩道やジョギング・コース、図書館などが広大な敷地内に併設されている中央公園に棲息しているノラ猫たち。ある日、公園内を散策しると可愛い子猫ちゃんが2匹いた。喜び勇んで近寄ってみて茫然自失!‥‥2匹とも片目を無惨に潰されていたのだ。最初は人為的な悪意ある悪戯〜小動物虐待かとも思ったが、訊いてみるとカラスに襲われたという。普通なら我が仔を守るべき母猫(育児放棄の今時のヤンママ?)に非難が集中していたけれど、考えてみれば母猫と産まれたばかりの仔猫たちを公園に捨て去った身勝手な元飼主こそ厳しく糾弾されるべきである。ネコvsカラスなら圧倒的にネコの方が強いと想うのは、あくまでも対成猫の場合。自分の子供たちさえ守れないダメ母猫は兎も角、せめて少しは成長した(我が身の危険を自力で回避出来る)子猫になってから捨てに来るくらいの分別が人間(飼主)の方にあったなら‥‥と悔やまれてなりません。この時は超ショックで、子猫たちの写真を撮るどころじゃなかったよ。

    捨てる人間があれば、拾う人間もいる。大型台風が来襲した際には公園の管理事務所に掛け合って(鍵を借りて)倉庫内に一時避難させたという逸話があるくらい大事に見守られている隻眼の子猫たちなのだ。後日、久しぶりに公園ヘ行くと、すっかり大きく成長した片目猫のモリちゃんがミャーミャー鳴きながら人懐っこく近寄って来た。もう1匹の姿が見えないなぁと訝しんでいたら、何と近所に住む女性に貰われて行って、飼い猫になったという。飼主の旦那さんの話では、森の石松みたいな片目猫なのに、「可愛い、可愛い」と妻に溺愛されているらしい。母猫を含めて3匹とも良く似た白と茶の2色ネコたち‥‥飼い猫の首輪に付いている名札には「石松」と書いてある。公園のノラ猫をジュウちゃん(柳生十兵衛)と呼ぶことにした。片山健のネコの絵本に倣って、「タンゲくん」でも良かったけれど。

    毎日朝夕2回、自転車に乗ってネコにゴハンを運んで来るN村さんは有名人。中央公園内の10数匹のネコたち(以前は30匹以上いたという)は、お互いに縄張りがあるらしく、3カ所ほどに分散して棲息していた。群れを作らない1匹猫もいるみたい。ここのネコたちは水を飲まずに牛乳(1リットル・パック)を飲む。ネコの飼育本には、仔猫時代はミルクでも成猫になったら水を与えるように(牛乳に含まれるラクトースを消化出来ないネコもいる)、特にドライフードの場合は水を飲ませないと尿道結石になり易い‥‥と書いてあるのだが。N村さんの他にも大量のエサを持ってくるバアさんとか、23年間も連れ添った飼い猫が忘れられずにゴハンを持って来るジイさんとか、食事に関しては恵まれていて、皆さん肥り気味なのだ。中には妊娠中の雌猫もいて、「もうすぐ出産するらしい、何匹産まれるのか、男親は誰なのか?」とか‥‥取り巻き仲間(ネコウォッチャー)の間で噂になっている。

                        *

    S公園のネコたちは、ここのウラ番だった黒猫が隣接するK図書館の女性──T区立図書館の業務は2004年4月から民間業者に委託された──に貰われて行ってから散り散りバラバラ状態‥‥ネコたちにイタズラする不届きな子供たちも多くて、以前のように公園の石畳の真ん中で人目も憚らず優雅に寝転んでいるという幸福な光景は消え去ってしまった。人に馴れていたネコも用心深くなって、滅多に茂みから出て来ない。さらに美ネコの誉れ高い三毛猫──向かいの家の門柱の上で毎日エサを強請っていたミーナちゃんが失踪?‥‥もう3日も見かけないと、女主人は心配そうに話していた。その代わりにというか、暫く消息不明だった白猫が左耳にピアスをして戻って来たと言う。「耳のピアスは避妊手術済の印?‥‥T区の保健所か動物愛護ヴォランティア団体、あるいは民間の獣医が善意で行なっているのかもしれない、もしかしたらミーナも耳にピアスをして戻って来るのではないか」と淡い期待を述べますが、ことの真相は不明です。

    ミーナは人に馴れているネコなので、見知らぬ人でも両手で抱えて拉致〜誘拐することは決して難しくない。結果として用心深い(可愛げのない)ネコだけが生き残るという荒寥感漂う公園になってしまったが、それでも敷地内には10匹くらいの猫たちが棲息していて、食事係りの金髪オバさん(ニューハーフ?)が来て自転車のベルを鳴らすと、どこからともなくゾロゾロと出て来る。以前はベンチの上で微睡んでいたり、膝の上に乗って寛いだり、雨の日や台風の夜は図書館の軒先きや玄関内(開館時のみ)でチャッカリと雨風を凌いでいた白黒茶ブチの雄猫ハナも、2005年夏の衆院選挙(区立小学校が廃校になって、図書館の地下が投票所になった)後に行方不明になってしまった。元飼主の女性が引っ越して行った時に一緒に連れて行ったのではないかと館長が推測する。左耳にピアスを付けて戻って来た黒猫のピアは、ベンチに坐って膝の上で抱いていた女子高生に貰われて行ったと思いたい。ノラ猫の平均寿命は4〜5年(飼い猫は15〜18年)というから、結構厳しい世界ですね(やっぱり人間が一番悪い?)。

  • 猫に「タンゲくん」という名前を「おとうさん」が付けた理由は、ある一定の年齢以上の大人にとっては、すぐさま了解できることではあるのだが、片山健はそれを「わたし」や読者に説明しないし、『タンゲくん』の語り手である「わたし」も、もちろん丹下左膳という物語の主人公の名前や意味などではなく、見開きページごとに、いかにも猫らしいかっこうと仕草で描かれる「タンゲくん」そのものを、すっかり愛しているのだ。/「そとへいった  タンゲくんが いつもどこで なにをしているのか、わたしは」しらないし、タンゲくんは「そとで あってもしらんぷりしたり、かくれたり」してしまうので、もしかしたら、ほんとうは「しらないよその おんなのこ」に飼われているのかもしれないし、「どこかとおいやまのなかで、おくさんや こどもたちと くらしているのかな」とも考えてみるのだが、そうした「わたし」の想像は、2つの空想的な絵──「わたし」の本棚に並んでいる少女マンガのなかの一場面のようにロマンチックな女の子の部屋にいるタンゲくんと、李朝民画の虎図のような山野の風景のなかでトカゲを前肢で押さえ込んでいるタンゲくん──によってあらわれるだけで、タンゲくんの冒険物語として語られるわけではない。
    金井 美恵子 『ページをめくる指』


  •                     *

    4月のある午後、パソコンに向かっていると台所の方で「ギャーギャー」という大きな鳴き声がする。野鳥でも迷い込んだのかと思って見に行くと、換気扇の横の出窓に1匹の黒猫が挟まって暴れていた。V字形に開いた窓の隙間にジャンプしたのは良いけれど、見事に胴体がハマってしまって身動きが取れない。必死にもがき苦しんでいる黒猫を抱き上げて室内に降ろしてやると、一目散に自室のベッドの下へ走り込む。せっかく救けてあげたのに昂奮しているのか警戒心が強いのか、ベッドの奥から出てくる気配が一向にない。無理強いするのも可哀相なので、小皿にミルクを注いでベッドの下に置いておく。そのまま自室の扉を閉めた状態で外出してしまったが、その夜帰宅すると、出掛ける時と同じ体勢でベッドの奥に隠れていた。でもミルク皿が空になっている。お腹が空いているのかもしれないと思って、冷蔵庫の中にあったサケ缶を与えるとガツガツと食べ始め、ペロッと食べ終わった後も相変わらず出て来ようとしない。

    次の日、ゴハンやボールで手懐けて、味方であることをネコに分からせて、やっとの想いでベッドの下から出すことに成功した。人見知りするけれど1度気を許すと、近寄って来てスリスリしたり、甘え声でゴロゴロ鳴いてみたり、クルッと腹這いになって戯れたり‥‥すっかり仲良しになってしまった。しかし幸福な時間は長く続かない。ネコ嫌いの家族にバレて半強制的に外へ追い出されてしまう。屋内で飼ってやるんだったと後悔しつつ、翌日の深夜TVを視ていると、外で子供の泣き声のような大きな声が聴こえて来た。もしやと思ってドアを開けてみるけれど誰もいない。一回りして戻ってみるとベッドの下で1昨日の時と同じように黒猫ちゃんが物欲しげに鳴いているではないか!‥‥実は昼間出掛けている間に大騒動──「黒猫捕物帳?」があったらしい。しかし、日頃運動不足の主婦たちがドタバタと追い回したくらいで簡単に捕まるようなネコちゃんではない。

    明日、中央公園へ放しに行くことにして、その夜は黒猫と一緒に過ごすことにした。甘やかされて贅沢に育てられた室内猫らしく、最初に食べたサケ缶には見向きもしない。チトラを飼っている女性が、食が細いけれどハムだけは大好物、包丁で切っている音を聴きつけては一目散に跳んで来ると言っていたのを思い出して、高級ロースハムと水を与える。てっきり黒猫かと思っていたけれど、間近で良く観察するとコゲ茶、それもブラック・チョコレートに近い色合いなので、ショコラと名付けた。天鵞絨(繻子)のような柔らかな肌触りと光沢の短毛種、目の色はグリーン、細長いシッポを垂直に立てて歩く。一緒に風呂に入り、TVを視て、眠る‥‥。お気に入りのクッションの上で丸くなって寝ていたショコラが、いつの間にかニャーニャー鳴きながらベッドの上に跳び乗って来る。仕方がないので、ショコラを抱いて一緒に眠った。きっと前の飼主とは毎晩、添い寝していたんでしょうね。

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    早朝から何度もショコラに鳴かれて、やっと起床。ロースハムや「特選鮭ほぐし」(これは完食しました。人食用なので塩気が強かったかもしれない)を与え、記念に室内で写真を撮る。屋内で大事に飼われていたネコらしく、決して自分から進んで外ヘ出ようとしないので、一応プラスチック製のカゴも用意したが、結局中央公園までの道を抱っこして連れて行く。途中で何度か暴れて必死の抵抗を試みるも(手や腕を本気で引っ掻かれました)、何とか無事に公園に着き、片目猫のジュウちゃんのいるところヘショコラを放してやる。高い柵に囲まれた中庭の茂みに逃げ込んだまま暫く出て来ない。ジュウちゃんを含めて3匹のネコたちが遠巻きに「新入り猫」を見守る。そこで2時間くらい、図書館から借りて来た本を読んだりして時間を潰し、漸く茂みから出て来たショコラを写真に撮ったりして遊んだ。午後4時過ぎ、ゴハンを運んで来たN村さんにネコ騒動の顛末を話し、世話をお願いして帰宅した。今想えば、この帰り際の別れがショコラとの「永遠の別れ」になってしまったのだ。

    日曜日、心配になって公園へ行ってみたものの、もうショコラの姿はなかった。なぜショコラを放置したまま帰って来てしまったのだろうか?‥‥それから1週間、公園内や、その周辺、近隣の団地‥‥などを捜してみたけれど見つからない。N村さんに後日訊いてみると、その日は他の猫たちと仲良くエサを食べていたが、翌朝にはもう姿がなかったと言う。それ以来、室内ばかりではなく躰の中にポッカリと空洞が空いたような喪失感を抱えたまま空虚な日々を送っている。どうして部屋で飼ってやれなかったのか?‥‥そりゃ、10万もする羽毛ブトンにオシッコしちゃったのは決して褒められた行為ではないけれど(飼主の部屋では我慢していたのか?)‥‥長い間室内で飼われていたネコにとって、慣れない屋外での野良生活は無理だったのだろうか。今は公園近くの民家や団地や高層マンションの一室で幸せに飼われていることを願うばかりです。あんなに馴れていたのに裏切って公園に捨ててしまってゴメンね、ショコラ!‥‥。あの日、窓から跳び込んで来たショコラが「空飛び猫」の黒雌猫ジェーンの化身に想えてならない。もう2度と再び、空を駆けるネコが窓から飛び込んで来るようなことはないでしょう。

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    • ショコラが窓から飛び込んで来なかったら、ブログを始めていなかったかも‥‥
                        *




    s k n y s - c a t s

    s k n y s - c a t s

    • Name: Chocola
    • Type: Flyng Cat
    • Date: 2005/04/16
    • Media: Photo


    空を駆けるジェーン

    空を駆けるジェーン ── 空飛び猫物語

    • 著者:アーシュラ・K・ル=グウィン(Ursula K. Le Guin)/ 村上 春樹(訳)
    • 挿画:S・D・シンドラー(S. D. Schindler)
    • 出版社:講談社
    • 発売日: 2001/09/20
    • メディア:単行本


    タンゲくん

    タンゲくん

    • 著者:片山 健
    • 出版社:福音館書店
    • 発売日:1992/10/20
    • メディア:大型本


    ページをめくる指

    ページをめくる指

    • 著者:金井 美恵子
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2000/09/25
    • メディア:単行本
    • 目次:タンゲくんが いるだけで うれしいです / 2匹のうさぎと夜 / 家から遠く離れて / ジェニーの肖像 / 悪夢のなかで / センダックの変貌 / 昔話は本当に面白いか / 記憶のひずみ /「くまさん」のくらしぶり / ひそやかな幼年の世界 / じっとしていない小犬 / 失われたおひなさま / 猫とねずみたちの住む家 / ねずみの描いた絵本 / しっぽのおはなし / 食べ...

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    コメント 2

    こにゃ

    こんばんは^^

    プロフィールの猫ちゃんのお話でしたか。
    何だか切ないです。
    春の桜の花びらが風に乗って留まり、去っていったような。

    元の飼い主が探していて、見つけ出し
    きっと幸せに暮らしているのでは?

    美人猫ちゃん、沢山可愛いお仔育てて元気にやっているかも^^

    by こにゃ (2010-02-21 23:13) 

    sknys

    こにゃさん、コメントありがとう。
    この話を記事にするために、ブログを始めたような気がします。
    今でもショコラのことを想うと胸が痛くなる。

    きっとショコラは元飼い主のところへ戻ったか、
    あるいは同じように、他の家の窓から飛び込んで(ベッドの下に潜り込み)、
    そこで幸せに飼われていると思いたい。

    でも、一体どうして、スニーズ家の窓に飛び込んだのかな?
    「空飛び猫のジェーン」と殆ど同じシチュエーションでしたが、
    彼女を抱き上げたのは「背の低い、丸ぽちゃの男の人」ではありません^^
    by sknys (2010-02-22 02:10) 

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