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COMを読む(1 9 6 7 - 1 9 6 9) [c o m i c]



  • 「ハトよ天まで」は、昭和39年の秋から昨年一ぱいまで、サンケイ新聞に連載した長編まんがで、最近のぼくとしては、いちばん気に入った作品の1つです。ぼくは民話が大すきで、民話にひめられた庶民のバイタリティと土臭さに、たまらない郷愁をおぼえるのです。この物語もたおれてもたおれても立ちあがる農民たちの素朴なエネルギーを、ぼくのいなかを思い出しながら、かなり強く打ち出したつもりです。/ あいかわらず、ずいぶん大ぜいの主人公たちが出ますが、民話の精神にのっとって、1人も悪人はかかなかったつもりです。/ なかでもすきなキャラクターは、いなかインテリを自認するテングの黒主と、狂言回しの佐々木大二郎ですが、ことにラストでじつはこの作品が、純粋のSFだったというドンデン返しのために、大二郎には、ぼく自身の気持ちをこめて性格づけをしてあります。
    手塚 治虫 「ハトよ天まで」


  • 「名作劇場」は手塚治虫や石森章太郎の旧作を再録するシリーズで、『フィルムは生きている』(COM 67.3~4)や『はるかなる国から来た少女』(69.1~2)などを掲載して来た。『ハトよ天まで』(67.5~12 / 68.12~69.9)は新聞連載(1964~67)という制約されたスタイルのためか、マンガのコマ割り(絵とネーム)と絵物語(絵と文章)を併用する構成になっている。久呂岳の血の池の主アビルと黒姫山の黒主(天狗)は5千年もの間、お互いに争って来た。2人の諍いによって起こった大嵐で村は壊滅的な被害に遭う。隣町へ出稼ぎに行くために足手纏いとなる2人の赤子を捨てようとした又八を見咎めた妻おかめは幼子を抱いて家を出る。野犬に襲われるところを人買いのゴン六に助けられるが、おかめだけが攫われてしまう。女房を探しに行った又八は山津波で押し流されてみ動き出来なくなったオロチ(大蛇)を救う。大きな流木の上で眠っている2人の赤ん坊を発見したオロチは又八の妻の姿に変身して亭主の許へ戻る。彼女はアビルと黒主の勢力争いに巻き込まれて山を追われた竜が淵の立田姫だった。

    黒主のカミナリに打たれて又八は死んでしまうが、2人の双子兄弟、タカ丸とハト丸は立田姫の指南によって何百キロもある岩を持ち上げたり、リスやムササビのように木から木へ自由に飛び回れる能力を授かる。ある日、ハト丸は家の中にいる大蛇を目撃する。正体を知られた立田姫は大蛇となって空へ消える。アビルとの闘いに敗れた2人の意見の対立 ── 村に残って村人たちと共に戦うことにするハト丸と、都に出て武士となって腕を研く道を選ぶタカ丸。旅の途中、タカ丸は1人の浪人、佐々木大二郎(小次郎の末裔?)と出合う。崖崩れで行く手が塞がれた道。大勢の旅人の前で、タカ丸は大きな岩を次々と投げ飛ばして道を開く。タカ丸と大二郎は人を襲ったり畑を荒らすクマを退治して欲しいと、ある娘に頼まれて谷の村へ赴く。一軒屋に案内されて力量を試される2人。娘は怒海僧正によって支配された国に対してクーデターを起こそうと策略しているフクベ党のリーダー、子鹿だった。

    黒姫山の大テングの手下、お萩ギツネとボタ松ダヌキ。竜が淵の立田姫がハト丸に贈ったクシ(櫛の歯を折ると立田姫が現われる)。十郎潟の主の竜(怒海僧正は竜と猟師の娘の間に生まれた人間だった)。竜巻を起こす力を持つ「巻竜の玉」。フクベ党の覆面の浪人(元家老)。ホウライ島にあるという久呂岳のアビルを退治する唯一の武器「ツバメの子安貝」。羅城門の番人の鬼。ホウライ島の山犬を操る怪人・犬彦。絵師の菊麻呂の娘・月姫と、屏風に描いた絵から抜け出した星姫の姉妹。相手の心を読むことが出来る1つ目の怪物・山父。黒主が懸想する立田姫の代わりに呼び寄せてしまったスサリ姫(大蛇)。佐々木大二郎の人相書きを見せる金毛の法師たち。3つの願いを叶えてくれる「宝のひょうたん」。南の里のフグ代官。ハト丸が島送りにされた流刑地の首領カピ‥‥。タカ丸とハト丸の行く手に次々と現われる謎の人物や怪人や怪物たちと、立田姫の「クシ」や「ひょうたん」「ツバメの子安貝」など、魔力を持つ小道具が織り成す波瀾万丈の一大絵巻。

    『ハトよ天まで』はマンガと絵物語で構成された時代ものファンタジーとして読めるが、作者が「はじめに」でバラしているように、長い物語の最後にSF的なドンデン返しが仕掛けられていた。ハト丸もタカ丸も志半ばで死に、ヒナ丸(ハト丸と子鹿の子供)が遺志を継ぐ50年後、老いた子鹿(72歳)が営む茶屋に1人の武士が訪れる‥‥。「こんな時代のどこが良いというんだ?」というカピ隊長の問いかけにササキが答える ──《民話の世界をたずねたかったのです。われわれの時代はだれもかも金持ちで、科学は無限にすすんでいます。でも、夢がありません。おとぎ話も、むかし話も、だれも相手にしません。子どもですら、そうです。私は‥‥人間が貧しくとも、くるしくとも自然のなかで、けものたちや鬼や妖怪たちと話し合い、笑いあった民話の世界が、うらやましかったのです。それで、タイム・パトロールのとちゅうで‥‥この時代に脱走したんです。できればこの時代の人間として一生をおわりたかったのです》と。

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    『黄金のトランク』(68.5~10)は西日本新聞(1957)に連載されたSF長編絵物語で、「ハトよ天まで」と同じくマンガのコマ割りと地の文章で構成されている。ある霧の夜、地獄谷のホテルに宿泊した黒ずくめの男が一夜にして蒸発してしまう。室内に脱ぎ捨てられた衣服と黄金色に光るトランクを遺して‥‥。黄金のトランクの盗んだ2人組のホテル荒しは裏山の材木小屋で起こった火事で焼死する。消えてしまった謎の男の部屋に落ちていた名刺から鳳俊介(日本新聞者社会部の記者)ではないかと疑われるが、本人とは別人だった。不審に思った鳳俊介は弟の不二雄とガールフレンドの博子を伴って山火事が発生した現場へ行き、近くの氷の張った池の底から黄金のトランクを引き上げる。突然3人の前に現われた首と手首のない怪人!‥‥不二雄と博子の2人を尾けていた怪人がトランクを返して欲しいと訴える。帽子とマスクを脱いだ怪人の顔は不思議なことに、兄の俊介ソックリだった。小野寺生物研究所に侵入した強盗団がトランクを奪い、娘の博子を人質に取って逃走する。

    彫刻家の友人・楢山は鳳俊介のマスク(石膏像)を作ったことがあった。13年前に死んでいた小野寺博士の娘・博子。赤犬に変身して逃走した怪人ペレクを追って来た不二雄少年は崖の上の窪地に(地面にカムフラージして)隠れていた空飛ぶ円盤を発見する。黄金のトランク(カラップ)は気味の悪いナメクジみたいな不定型生物の「殻」のようなものだった。彫刻家の楢山は彼らの「骨組み」を作っていたのだ。ミイラのような布を全身に纏った宇宙人に捕まった不二雄だったが、分解される(殺される)寸前に兄に救われる。小野寺研究所に現われた楢山が13年前の秘密──死んだ娘の石膏像を作ったこと、その娘が動き出したこと──をネタに博士を強請る。夜明けに博子の部屋を訪れた不二雄の手には彼女と同じように指紋がなかった。真空金庫の中に保管されているトランクを手にした不二雄(に化けたペレク)は何トンもある金庫の蓋に押し潰される。しかし、怪人の姿は跡形もなく消えていた。

    ゾリア人の地球侵略は武力ではなく、彼らの躰から滲み出て来る「金貨」(まるで奇術師のマジックのように無尽蔵に溢れ出て来る)をバラ撒くことで人類を金の亡者の貶めて、無血占領することだった。チョビ髭の悪党アレック・キブス、「黄金教」(黄金学会)の教祖・ご本尊さま、ならず者の大男・海猫、ダルマ船の章太‥‥個性的な悪役やワキ役が絡んでストーリは後半二転三転するけれど、博子がペルクから入手したテロストン──「金貨」を酸化して土くれに変え、「黄金」を生み出すゾリア人を溶かしてしまう劇薬を鶴巻博士の研究所で分析、大量生産して、空飛ぶ円盤が地中に隠れている墨念寺の上空から飛行機で霧状に散布することで、物語は大団円を迎える。しかし、噴霧されたテロストンを浴びた博子もペルクと一緒に章太の舟の中で溶けてしまう。小野寺博子の胸像を遺して‥‥。ヒロインやロボットが溶解して消えてしまうのは、手塚作品の「隠れテーマ」の1つではなかったか。

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    「おとうと」(69.9)は「昇平くんとさちこさん」シリーズの第1作目。「おねえさんの結婚」(71.9)が弟・昇平の視点で描かれていたのとは逆に、姉・さちこの視点で語られて行く。2つ違いの弟は、公園で女の子たちと一緒に縄跳びをして遊んでいる姉が、ずっとナワを持っていることに苛立って抗議したり、徹夜でクルマらしきガラクタを自作してしまったり、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』(「犯人は◯◯なんだぞ!」って、ネタバレじゃん)を読むように姉に勧めたり、宿題の感想文にフォークナーやドストエフスキーではなく、タデウシュ・ボロフスキーの本を選んだり‥‥。さちこさんが下宿して大学に通うために上京する日は、高校の山岳部に入った昇平が山へ行く日と同じだった。サコを見送ることなく、朝一番に旅立った昇平‥‥姉は車中で、切符の入った封筒の中に忍ばせてあった弟からの手紙を読む。

    昇平くんからの手紙 ──《姉へ、// 人生は「なぜ」という疑問詞の宝庫であり、生きるとは、行動と意識の渦中における数限りない覚醒の連続です。/ 我々は常に自らに問い、語りかけ、この奇跡のような「存在」の無数の燭台を、1つ1つ丹念に認識の灯火で飾っていくのです。/ それらは星のように輝くでしょう。// 生きよ、生きよ、生きて苦しめ!/ 幸福を祈ります。// 昇平、》。「このマンガのモデルは、高校時代の友人の姉弟で、「昇平」という名前だけは弟さんの実名です。この名前にはちょっと面白い謂われがあるので借用させてもらいました」 と、作者の樹村みのりはCOM9月号の「通信欄」で明かしている。この姉弟のシリーズには姉妹誌ファニーに掲載された 「ウルグアイからの手紙」(1973)という続編や 「昇平くんとさちこちゃんの夏休みの絵日記」(1972)という絵と文の小品もあります。

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    松本零士の「四次元世界シリーズ」は昆虫や飛行士を主人公にしたファンタジックなショート・ストーリ(12頁)。儚いウスバカゲロウの女性に恋した土ケラ(オケラ)の少年アムがアリジゴクの成虫が蜉蝣だと知ってしまう「幻想世界のアム」(69.3)。シューベルトの伝記映画『この曲の終わらざるごとく』のカットと広告社でイラスト描きのバイトする少年をオーヴァ・ラップさせた「未完成」(69.4)。マヤと戦争状態にある太陽系第4惑星の人類は勝敗のいかんに関わらず第5惑星の爆発によって滅亡する運命にあった。パイロットの男女、ゼスとレイの2人が人類の未来を託されて3惑星へ脱出する「第3生命帯」(69.5)。美しいフレア(ホタル)の絵を描くルウ(コオロギ)。「花の世界、昆虫都市」へ行くという夢を抱く少年のことをフレアが哀れに思ってモデル役をしていると知ったルウが失意の余り黒蟻の外虫部隊に入隊して行ってしまう「蛍の青い炎」(69.6)。

    第9次対進化人大戦中、戦闘機667を操縦するミスタームラはナガサキ上空でタイムスリップしてゼロ戦(古代戦闘機)に攻撃される。体当たりされる直前に危うく脱出したものの、裏切り者のムラ(祖先?)と間違われて、邪馬台国を治めるヒミコの放った矢で命を落とす「ヒミコの矢」(69.7)。映画を撮ることを夢見ているジガバチのラムとミツバチのマーヤの2人は恋人同士だったが、ミツバチとスズメバチの戦いでマーヤが死んでしまう「みどりの国のマーヤ」(69.8)。マンガ家志望のクモの子リフと仲良くなった美しい蝶のクレアが自分たちの短命の儚さを知る「さらば生命の時」(69.9)。戦闘中に被弾したフォッケ・ウルフのパイロットが薄れゆく意識の中で恋人との生活を回想し、セミの鳴き声を聴く「成層圏に鳴くセミ」(69.10)。失意のモクが夜光の森に棲むサレルヤから永遠に繰り返す生命の輪廻を知らされる「サレルヤの森」(69.12)。オケラ、コオロギ、ジガバチ、クモ、セミの幼虫など、昆虫として描かれる少年たちはイラストレータ、画家、映画監督、マンガ家などを夢見る芸術家の卵。パイロットたちも自ら進んで戦闘機に乗っているわけではない。

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    COM(こむ)1969年 9月号

    COM(こむ)1969年 9月号

    • 著者:手塚 治虫 / 宮谷 一彦 / 松本 零士 / あすなひろし / 樹村 みのり
    • 出版社:虫プロ商事
    • 発行日:1969/09/01
    • メディア:雑誌(註:表紙は「COMとガロから」のリンク画像です)
    • 掲載作品:火の鳥 / ライク ア ローリング ストーン / さらば生命の時 / 西部の唄 / おとうと / ハトよ天まで


    ハトよ天まで 1 ── 手塚治虫漫画全集 47

    ハトよ天まで 1 ── 手塚治虫漫画全集 47

    • 著者;手塚 治虫
    • 出版社:講談社
    • 発売日:1977/09/20
    • メディア:コミック
    • 目次:むかしむかし / おかしな武芸者 / お萩とボタ松 / たたかいの日日 / 十郎潟の滝


    黄金のトランク ── 手塚治虫漫画全集 58

    黄金のトランク ── 手塚治虫漫画全集 58

    • 著者:手塚 治虫
    • 出版社:講談社
    • 発売日:1979/02/24
    • メディア:コミック


    菜の花畑のむこうとこちら

    菜の花畑のむこうとこちら

    • 著者:樹村 みのり
    • 出版社:朝日ソノラマ
    • 発売日:2006/04/30
    • メディア:文庫
    • 収録作品:菜の花 / 菜の花畑のこちら側 / 菜の花畑のむこうとこちら / 菜の花畑は夜もすがら / 菜の花畑は満員御礼 / おとうと / わたしの宇宙人 / 結婚したい女 / ふたりが出会えば


    四次元世界

    四次元世界

    • 著者:松本 零士
    • 出版社:小学館
    • 発売日:1995/10/10
    • メディア:文庫
    • 収録作品:ヤンの生きた世界 / 未完成 / 第3生命帯 / 新世界はむらさきの空 / ヒミコの矢 / 電話 / 幽霊世界 / わが愛の幻影 / 無限世界のヤン / みどりの国のマーヤ / さらば生命の時

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