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ヘン顔の女たち [m u s i c]



  • ブランカはその夜まんじりともしなかった。明け方、影に包まれた広い部屋の中で目を覚ました。そのままじっと天井を見つめていたが、一番鶏の鳴き声が聞こえたのでベッドから起き上がり、カーテンを引いて、夜明けの柔らかな光と目覚めたばかりの外の世界の物音を部屋の中に入れた。洋服ダンスの鏡の前に行き、そこに映る自分の姿をじっと見つめた。下着を脱ぎすて、生まれて初めて自分の体をじっくり眺めたが、その時はじめて自分がすっかり変わってしまったので、彼が逃げ出したのだということが分かった。彼女は今まで見せたことがないような、意味ありげな、女らしい笑みを浮かべた。袖も通らないほど窮屈になっていたが、無理やり去年の夏に来ていた服を着ると、上からショールをかぶった。そして、家人を起こさないよう、そっと家を抜け出した。外の野原は、ようやく長い眠りから目覚めようとしていたし、夜明けの光がまるでサーベルで切るように山々の頂きを切り裂いていた。日差しを浴びてぬくもった大地からは、夜霧が白い水蒸気となって立ちのぼり、まわりの事物の輪郭をぼかしていたので、あたりの風景は夢に出て来る情景のように思われた。
    イサベル・アジェンデ 『精霊たちの家』


  • 倉多江美の自画像みたいにデフォルメしたイラスト・カヴァ‥‥Juana Molina《Rara》(MCA 1996)は「ヘン顔ジャケ」の傑作である。これが「アルゼンチン音響派の歌姫」のデビュー・アルバムだと、一体誰が想像するだろうか。ドラムスのビートが弾けるロック・ナンバーはハスキー声のSuzanne Vegaみたいだが、生ギター弾き語りの気怠いフォーク・ソングには「音響派」への萌芽も感じられる。特にヴォイス(多重唱)とギターだけのアルバム・タイトル曲〈Rara〉には妖しい気配が立ち籠めている。ロックとフォーク、静と動の狭間で揺れる複雑な心情を下手くそなキュビズム風の自画像が自嘲的に隠喩しているのかもしれない。このアルバムが彼女にとって不本意だったことは、2ndアルバムを聴けば頷ける。もっとも、洋楽ファンの多くは2nd → 1stという逆順で聴くことになるのだが。少女時代のプライヴェート写真などを鏤めたインナー・スリーヴも、決して素顔を晒さない「ヘン顔アルバム」をリリースしていることを考えれば貴重である。

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    マリリン・モンロー、マドンナ、ナブラチロワ、キム・ゴードン‥‥白人女性の中でも天然ブロンド・ヘアの人は案外少ないらしい。ヘアダイも何色か使って斑状に染めないと自然な「金髪」にならない。Juana Molinaさんの髪は天然パツキン風ですね。某ヴァージン・メガストアで、《Segundo》(Blabla 2000)に出逢った時の衝撃は今でも忘れられない。金髪に覆われた横顔に惹かれて、思わず「ジャケ買い」しちゃいました。アルバム・タイトルの「セグンド」とはスペイン語で「2nd」のこと。「アルゼンチン音響派の歌姫」というコピーは、このアルバムから生まれた。ギターやピアノ、パーカッション、シンンセ音に子供の声や犬の鳴き声、小鳥の囀りなどのサンプリング音、Juana Molinaの多重ヴォイスが午睡の夢のように気怠く、白昼夢のように儚い世界。少年少女時代の夢か現か境界線が曖昧な記憶を喚び醒ます。Alejandro FranovやFernando Kabusackiがキーボードやギターで参加。全15曲70分に渡るJuana Molinaの「夢の時間」を追体験出来ます。

    ピンク色の光に照らされて鼻高女のシルエットらしき横顔が影絵のように浮かび上がる。デジパック仕様のジャケットを開くと、右にピンク色のCD、左に同色の4枚(14頁)の歌詞カードが中折り状に綴じ、貼り付けてある。その洒脱なカヴァ・アートは「ヘン顔女」のデビュー・アルバムから一貫して、Alejandro Rosのデザインによるもの(彼の公式サイトで《Rara》のオリジナル・パッケージを見ることが出来る)。Juana Molinaの3rdアルバム《Tres Cosas》(2002)には《Segundo》よりも深く内省化した心象風景、深閑とした森の中の湖の上を浮游するような、あるいは静謐とした夜明けの霧の中を彷徨うような、いわゆるフォーキー〜エレクトロニカ系の感触がある。このアルバムのプロモーションを兼ねて初来日した時に、某タワレコでインストア・ライヴが行なわれた。Juana Molinaのヴォイスとギター、Fernando Kabusackiのシンセ・ギターだけで異次元の「音響空間」を創り出してしまうとは!‥‥間近で観た彼女の印象は「鼻高ピノキオ女」ではなく、小柄で気さくな女性という感じでした。

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    仔馬に乗った少年少女と前景の女性‥‥メルヘンチックな紙ジャケ、エンボス加工されたデジパック仕様、銀色のドットがアーティストとタイトル名を刻む。Juana Molina本人と想われる女性の顔はダリ風に暈されて半匿名化している。倉多江美の自画像みたいにデフォルメされたギャク顔のデビュー・アルバム、金髪が横顔を覆っているミステリアスな2nd、鼻高天狗(高慢ちき)女のシルエット‥‥と、なかなか素顔を露出しない恥ずかしがり屋さんですね。Juanaの叔母が縫ったというタペストリーや衣裳、刺繍などをあしらった歌詞カードも洒落ている。4作目の《Son》(Domino 2006)にして初のセルフ・プロデュース。Alejandro Franovのプログラミングや打楽器(ドラム・キックやゴング)を除いて、殆どの楽器を彼女1人で演奏している。変則リズム、変幻自在のヴォイス・パフォーマンス、鳥の鳴き声や子供の声のサンプリング、インストルメンタルの音響、白昼夢のような儚さと陽炎のような揺らぎ、生ギターの優しい調べ‥‥シュルレアリスティックな絵画や絵本を読み解く愉しさに満ちている。

    5thアルバム《Un Dia》(Domino 2008)のアルバム・カヴァも相変わらずの「ヘン顔の女シリーズ」だった。左右対象の鏡像となったJuana Molinaは、「鏡の国」に迷い込んだ音響派のアリスみたいだ(アニメやファンタジーに登場する超能力少女のような妖気が漲っている)。彼女の肖像だけではなく、曲目やクレジットも鏡文字になっている。《Son》に続いて、英Dominoからのワールド・ワイドなリリース。全8曲と少なめながら、7分台の長尺曲が3曲もあって、深遠で幽微な不思議の世界に惹き込まれる。アルバム・タイトル曲の〈Un Dia〉は南米民族音楽風の土俗性とエレクトロニカの混淆が妖しいオーラを放つ。7拍子の〈Vive Solo〉、6拍子の〈Lo Dejamos〉、ポリリズムの〈No Llama〉など‥‥リズム面での実験色も濃い。自分のヴォイスやギター・フレーズをリアルタイムでサンプリング〜ループ化して重ねて行くループ・ペダルの手法も、彼女の自家薬籠中のものになっている。強化されたビートと意味不明の言葉(歌詞カードは付いていない)が呪術的な陶酔感を高める。Bjorkを超えた?‥‥と、洋楽ロックのリスナーに吹聴してみたくもなる、2008年度屈指のアルバムですね。

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    Natalia Lafourcadeの《Hu Hu Hu》(Sony Music 2009)にも音響派〜エレクトロニカの趣きがある。もしかして、同じスペイン語圏のJuana Molinaの影響があるのかもしれないと思って、NataliaちゃんのYouTubeチャンネル(NataliaLaFourcade's Channel)を覗いてみると、「影響を受けた人たち」(Influences)というリストがあった ──《Bjork, Billy Holiday, Ella Fitzgerald, Moreno Veloso, The Beatles, Regina Spektor, Amy Winehouse, Architecture In Helsinki, Bat For Lashes, Bell Orchestre, Camille, Devendra Banhart, Eagles Of Death Metal, Emiliana Torrini, Feist, Fink, Herbert, Hot Chip, Jamie Lidell, Jens Lekman, Jose Gonzalez, Juana Molina, Justice, Lali Puna, Latin Playboys, Lily Allen, Lou Reed, etc.》。BjorkやJuana Molinaだけでなく、ブラジルのMoreno Veloso、フランスのCamille、アイスランドのEmiliana Torrini、ロシアのRegina Spektor、カナダのFeist、Bat For Lashes、Devendra Banhart、それにHerbert(Matthew Herbert)まで聴いているんですね。メキシコの早耳優ちゃん?

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    • 〔favorites〕〔rewind〕に書いたJuana Molinaのアルバム・レヴューを纏めました。各記事を加筆・改稿。《Rara》と《Tres Cosas》は書き下ろしです

    • 某タワレコのクリアランス・セールに《Rara》(¥200)がありましたね^^;

    • 記事タイトルを〈変顔の女たち〉から〈ヘン顔の女たち〉に変更しました(2010. 02. 14)
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    Rara

    Rara

    • Artist: Juana Molina
    • Label : MCA
    • Date: 2005/04/05
    • Media: Audio CD
    • Songs: Ella en su cuaderno / En los días de humedad / Vergüenza es robar y que lo vean / Se hacen amigos / Hoy supe / Rara / Sólo en sueños / Pintaba / Buscá bien y no molestes / Antes


    Segundo

    Segundo

    • Artist: Juana Molina
    • Label: Domino
    • Date: 2003/07/01
    • Media: Audio CD
    • Songs: Martín Fierro / ¿Quién? / Perro / ¡Que Llueva! / Visita / Quiero / Mantra del Bicho Feo / Desconfiado / Zorzal / Pastor Mentiroso / Misterio Uruguayo / Vaca Que Cambia de Querencia / Medlong / Sonamos / The Wrong Song


    Tres Cosas

    Tres Cosas

    • Artist: Juana Molina
    • Label: Tock
    • Date: 2004/05/04
    • Media: Audio CD
    • Songs: No es tan cierto / El cristal / Salvese Quien Pueda / Uh! / Tres Cosas / Yo se que / Isabel / Zamba Corta / Solo su voz / Curame / Filter taps / El progreso / Insensible


    Son

    Son

    • Artist: Juana Molina
    • Label: Domino
    • Date: 2006/06/06
    • Media: Audio CD
    • Songs: Río Seco / Yo No / Verdad / Beso Llega / No Seas Antipatica / Micael / Son / Culpas / Malherido / Desordenado / Elena / Hay Que Ver Si Voy


    Un Dia

    Un Dia

    • Artist: Juana Molina
    • Label: Domino
    • Date: 2008/10/07
    • Media: Audio CD
    • Songs: Un Dia / Vive Solo / Lo Dejamos / Los Hongos De Marosa / ?Quien? (Suite) / El Vestido / No Llama / Dar (Que Dificil)


    精霊たちの家

    精霊たちの家

    • 著者:イサベル・アジェンデ(Isabel Allende)/ 木村 榮一(訳)
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2009/03/30
    • メディア:単行本
    • 目次:美女ローサ / ラス・トレス・マリアース / 透視者クラーラ / 精霊たちの時代 / 恋人 / 復讐 / 兄弟 / 伯爵 / 少女アルバ / 凋落期 / 目覚め / 陰謀 / 恐怖 / 真実の時 / エピローグ

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