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マウマウ・ミュージック [m u s i c]



  • 1953年11月の始めに、私は3度夢をみた。夢の1つは以下のようなものだった。私は1953年12月8日に割礼を受ける。その夜、私はホームガードに捕らえられるが、脱走し、私の釈放を求めてやってきた男、女、子供たちが私の後に続く。綿日は羽が生えたかのように空中を飛び、われわれの闘いの崇高な歌を歌う。私は私の屋敷の木の下で休む。私が家のなかに入ってみると、そこには2人のイギリス兵がいた。彼らは既に私の妻と子供たちを残忍に殺害し、居間に座っている。私が1人を射殺すると、もう1人は銃を床に落として降伏した。村じゅうがたいへんな歓喜でわきかえった。私は人々に向かって演説しようとしたが、その前に目が覚めてしまった。なんと残念なことだ!
    デーダン・ケマージ 『マウマウ戦争の真実』


  • 1950年代初頭、ケニア国内で武装蜂起したKLFA(Kenya Land Freedom Army)の通称「Mau Mau」(英国植民者による誤った名称)を標榜するイタリアのバンドは、その名に反してアフロ〜ラテンに渡るグローバルな音楽を目指す。その逆説的なグループ名が彼らの立ち場を象徴する。もしMau Mauが「マウマウ団」と呼んで白人たちに怖れられた秘密結社(排他的民族主義者)だったならばイタリアの伝統音楽のみを厳格に演奏し続けなければならない。Mau Mauという名前にビビッて忌避しているワールド・ミュージック愛好家も少なくないかもしれないが、その内実は全く逆だったのだ。しかし、反語的な名称を付けること自体に、相反するアンビヴァレントな感情が胚芽している。異文化への恋慕や憧憬と、それに対する畏怖や反発‥‥伝統と異文化、自己と他者、既知と未知、内部と外部の間で2つに引き裂かれざるを得ない人間は、対象にベッタリ貼りつかず常に一定の距離を保って辛辣な批評性を生み出す。

    Mau Mauはブラジルの打楽器集団Timbaladaをパロディ化したような曲〈Adore〉で、その熱狂的なリズムの坩堝から、大衆を煽動(洗脳?)して金を巻き上げる(信者たちを極楽へ導く?)カリスマ的教祖が君臨する新興宗教の気狂いじみたトランス空間さえ幻視してしまう。ブラジルへのアンビヴァレントな感嬢を拮抗させることで、醜怪な未来像までも予見する(上九一色村の宗教施設に防弾マスクや防御盾で武装した機動隊が突入した日に「マウマウ恐るべし!」と思いましたね)。Mau Mauは逆説的な意味で、同時に相反する感情を内包している。彼らがマウマウ団と通底するのは「戦闘的ゲリラ」という一点において他にない。それは言うまでもなく、裁判所や地下鉄の車輌内で化学兵器のサリンを散布・発生させることでも、VXガスで「敵」を抹殺することでも、弁護士一家を拉致誘拐して皆殺しにすることでも、来たるべき人類終末の「ハルマゲドン」に備えることでもない。

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  • 当時のゲコヨ社会では、少女の割礼[クリトリス切除]が少年の割礼と同じく認められていた。しかし、この儀式は宣教師にとって呪うべき慣習だった。宣教師は、通常、割礼された少女を学校から追放した。この問題は、ゲコヨ人の分裂の原因になった。宣教師に与するものもいたが、大多数は独立教会もしくはカレンガ教会に移籍し、独立学校を創設する道を選んだ。この分裂は、両陣営間の対立抗争を生みだした。クリスチャンのゲコヨ人は、割礼した少女と付き合うことを子供たちに禁じた一方、クリトリス切除を必要だと思っている人は、割礼をしていない女性は不完全であり、まだ子供の段階にとどまっているとみなした。/ この抗争は、新しい宗教や宗派を生み出した。カレンガ教会もしくは独立教会は、祈りは、ケニア山の山頂に住むと信じられている神(ガイ)に対して捧げられるのだと主張した。「アーメン」のかわりに、彼らは「ザーイ ザーザイヤ ガイ ザーイ」("神に捧げる祈り")という言葉で祈祷を締めくくった。彼らは、子羊を生贄として捧げながら、モグモの聖木のもとで、ガイに祈ったのである。
    ワンボイ・ワイヤキ・オティエノ 『マウマウの娘』


  • マウマウの戦いは当時の植民者(イギリス帝国主義)に対する激烈なまでの抵抗運動と挫折の歴史(1952-56)だったが、一体それが何だったのかは「終焉」から50年以上経った今でも仄暗いヴェールに包まれている。その一端には「ケマージ・ペーパーズ」と称するKLFAの最高指導者デーダン・ケマージ(Deedan Kimaathi)自身によって保存された貴重な資料がケニア政府と英国との密約のために、2013年までケニア植民地古文書館の中で眠らされている事情(非公開)もあるだろう。半世紀以上にも渡る長き期間、隠しておこうとするからには両国政府にとって大変都合の良くない事柄が記されているのでしょう。アフリカを植民地化したヨーロッパ人は黒人たちを奴隷として新大陸に送り込んだ。必ずしも外部から入って来る者たちだけが「侵略者」だとは限らない。彼らは人の良い旅行者の仮面を被って異国の地に降り立つだろう。生真面目な宣教師の貌を装うかもしれない。21世紀の地球は金融資本主義という「強欲」で歪に回転している。Mau Mauのソフィスケートされた音楽は国家間や民族間の対立や紛争を相対化しているように映る。

    Mau Mauはイタリア北西部のピエモンテ地方で結成された7人組(黒人1人を含む)のグループ。デビュー・アルバム《Sauta Rabel》(Vox Pop 1992)のインナー・スリーヴに映っている写真‥‥街頭でギターとアコーディオンを弾いている2人が中心メンバーのLuca MorinoとFabio Baroveroでしょう(このコンビで殆どの曲を共作している)。ダブ処理された音像が冷ややかなタイトル曲〈Sauta Rabel〉。浮游するアコーディオンの音色が美しい〈Paseo Colon〉。暗鬱なワルツ・ナンバーの〈Radio Canta Elena〉。ヴァイオリンとアコーディオンが優雅に宙を舞う〈Traversado〉、アナーキーなダブ空間にズブズブと溺れる〈Singh Sent Ani〉‥‥1991年にデビューした仏ファンク・ロック・バンドのF.F.F.に続く、期待の新人バンドMau Mau。Helno Noël Rota(Les Negresse Vertes)の遺志を継ぐのは君たちかもしれない。

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  • ガイトゥンベに着いた時、何が起こるのかほとんど知らされていなかった。まず、月経中かどうかを聞かれた。(当時、経血は穢れていて、不幸の原因になると思われていたから、月経中の女性は宣誓に参加する資格がなかった、ということをあとで知った。)わたしが「いいえ」と答えると、平手で強く打たれた。何のために打たれたのかは、わからなかった。それから、ブラジャーとしたばき以外の服を脱ぐように命令され、ほの暗い部屋に通された。その部屋には、何人かの人が雑然と座っていた。部屋の一方に、2本のサトウキビの先端を結わえて作られたアーチがあった。そのアーチは、人間が充分通れる高さだった。宣誓を受ける者は、そのアーチを歩いて7回くぐるよう指示された。それから、長い山羊皮で他の参加者と一緒にくくられた。その山羊皮は、「ロクァーロ」と呼ばれることをのちに知った。私たちは、一直線になって、再びアーチを7回くぐった。そのあと、ひとりの老人がひょうたんを持ってきて、血と土の混じった液体を一口ずつ飲むように命じた。わたしはもう少しで吐きそうになった。山羊の内臓のようなにおいがしたからである。

  • 2ndアルバム《Bass Paradis》(1994)のアルバム・カヴァに描かれている地に墜ちた夥しいレモンと不安げに見つめる「旅人」たちのシルエットは3曲目の〈An Viagi〉をイメージ化したものの他ならない。天変地異?‥‥異常気象、原発事故、核戦争なのか、いずれにしても、荒廃した地球上の果てしない旅は続く。ピエモンテ / フレンスの野菜料理を意味するらしい子守唄〈Ratatoj〉のアレンジの秀逸さ‥‥間奏の甘美な睡りを妨げるノイズ・ギターとエンディングのマーチの闖入、歌そのものを相対化するLuca Morinoの笑い声。辛辣な歌詞が目頭を熱くさせずにおかない〈La Via Salta〉。一転して〈Razza Predona〉では酷薄な色調を帯びる。8月にケニアへ行った時の悲惨な現状がアイロニカルに描写された後で、メンバーのTate Nsongan(カメルーン人)と現地人との対話が語られる。彼は自己紹介するのだが、相手に追い払われてしまう。イタリアとケニアから疎外される無国籍漂泊者(地に墜ちたレモンの果実と旅人たち)‥‥これが、Mau Mauの真の姿でしょう。

    悪趣味のレトリックは〈Adore〉で最高潮の極みに達する。カリスマ的なスーパー・スターか、新興宗教の教祖か?‥‥いずれにしても信用出来ないアジテータがダンスフロアの奴隷と化した大衆を煽動〜洗脳する、オレさまのことを崇拝しろ、金(ゴールド)を貢げ、踊れ!‥‥という、ミもフタもない歌だったのだ。しかも驚くべきことに、そのサウンド / リズムがTimbalada化しているではないか。このまま狂乱ビートに身を任せて踊っていて良いのだろうかという疑念が一瞬脳裡を掠めるが、それも霧散化する。なにしろ教祖さまは特上のドラッグもくれるしシリコン製の奇蹟も起こす、下々の者を至福のパラダイスに導いてくれる「愛の伝道師」だったのですから。〈Mauloop〉はタイトル通りタマ(tama)の3連ループによるダブで、イコライザ加工されたヴォイスと中近東風のアコーディオンとヴァイオリンが妖しく浮游する。〈Carlevera〉〈Sambera〉というラスト2曲も打ち込みリズムにLuca Morinoのヴォイス(2連目はNsonganがカメルーンのBassa語で歌う)で始まり、「A Samba Rhythma」という掛け声と共に、今まで無機的に響いていたリズムが新たなグルーヴを生む。

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  • レイプされた後、わたしはボートに連れ戻された。めまいがし、頭が混乱していたが、どこに連れて行かれるかを聞き出そうとした。「ラム島へボートを漕いできた少年は、同じシュングワヤという名前のモーターボートでわたしをシュラに運んだ少年と同じだけど、彼はアフリカ人の雰囲気を持っていた。あるいは、何度かラム島とシュラの間の往来に使われたことがある少年かもしれない」とわたしは言った。官憲は、なぜそのように思うのかと尋ねた。わたしは、私たちがシェラに着き ── おそらくわたしの身体を捨てるために使用すると思われた ── 袋と石とロープをモーターボートから取り出した時、少年が大きく深呼吸したからだと答えた。私たちが船着場に戻り、兵士がボートに乗るように命令し、上官がわたしをモーターボートに乗せようとしているのを見て、少年は口笛を吹き、歌をうたいはじめた。わたしは、わたしを殺すように命じられた兵士とのこの船旅を、彼が心配していたのだということがわかった。わたしが生きていたので、彼はほっとしたのだ。少年はわたしに「フヤンボ」と声をかけた。わたしは、彼が「ジャンボ」(元気?)と言おうとしているのがわかった。

  • Mau Mauの3rdアルバム《Viva Mamanera》(1996)は米移民検査局があった〈Ellis Island〉で幕が開く。《Bass Paradis》の中で、アフリカからの移民であるメンバーの1人がケニアに行った時、現地人に追い払われてしまう顛末をアイロニカルに語った彼らが「移民の国」に辿り着くのは当然の帰結かもしれない。1曲目が「移民の歌」ならば、その次は鉛の飛行船ネタというわけなのか、続く〈Zeppelindia〉(Zeppelin+Indiaの造語)ではインド〜中近東かぶれのLed Zeppelinを皮肉っている(「Killing Jorocco」とかいう曲名でなくて良かったね)。Luca Morinoが鳳啓助化しちゃう〈La Ola〉。Soul II Soulを超ヘヴィにして「人力ジャングル」を加えた〈Soli Noi / Tropical Jungle〉。ハチロク・ポリリズムの〈Mezzaluna〉‥‥ルンバやマンボなどラテン系の軽快な曲も少なくないけれど、ボトムの強化やノイズ・ギターの跳梁もあって意外とロックっぽく聴こえる。

    3rdアルバムにして初めてマウマウ団員(「Mau Mau」にはケニア国内で武装蜂起したゲリラ組織という名称に加えて、伊ピエモンテ地方の方言で「遠くから来る人々」という意味もあるらしい)の顔写真をインナー・スリーヴで確認出来た。1996年当時のMau Mauはカメルーン人のTate Nsonganを含む6人組で、その中心メンバーはヴォイス&ギターのLuca Morino(蝋人形みたいで気色悪い!)と、アコーディオン&キーボードのFabio Baroveroの2人である。パンキッシュな毒を撒き散らす巻き舌ヴォイスのLuca Morinoはワールド・ミュージック界に転生したJoe Strummer(この時点では存命していましたが)みたいだ。アルバム・カヴァには骸骨や緑のトカゲ、甲虫、サッカー・ボール、極彩色の花々などが描かれている。全16曲(+シークレット・トラック1曲)、58分の傑作アルバム。ラテンの血が騒ぐなぁ。

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    • ゲコヨ(キクユ)語の日本語表記は『マウマウの娘』(未來社 2007)に統一しました

    • 《Viva Mamanera》(Vox Pop 1996)は〈乳出しモンチ〉からの再録(改稿・加筆)です^^
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    Sauta Rabel

    Sauta Rabel

    • Artist: Mau Mau
    • Label: Vox Pop
    • Date: 2000/10/31
    • Media: Audio CD
    • Songs: Sauta Rabel / Paseo Colon / Radio Canta Elena / Traversado / Zardo / Mostafaj / Singt Sent Ani / Soma Nen Cambia / Neir / El Matt / Tera Del 2000


    Bass Paradis

    Bass Paradis

    • Artist: Mau Mau
    • Label: Vox Pop
    • Date: 2000/1/24
    • Media: Audio CD
    • Songs: Mauloop / Bass Paradis / An Viagi / Balon Combo / Ratatoj / Make Mana / La Via Salata / Razza Predona / La Mia Furia / Adore / Mauloop / Carlevera / Sambera


    Viva Mamanera

    Viva Mamanera

    • Artist: Mau Mau
    • Label: Vox Pop
    • Media: Audio CD
    • Date: 2000/10/31
    • Songs: Ellis Island / Zeppelindia / Fiore / Ola, La / Corto Maltese / Soli Noi/Tropical Jungle / Campeador De Vigna / Union Pacific / Laserta / Come / Doramantrica / Mambo Del Mamba, Il / Dammi Un Bacio / Mezzaluna / Venite / Mamanera


    マウマウ戦争の真実 ── 埋れたケニア独立前史

    マウマウ戦争の真実 ── 埋れたケニア独立前史

    • 著者:マイナ・ワ・キニャティ(Maina wa Kinyatti)/ 宮本正興(監訳)/ 楠瀬 佳子 / 砂野 幸稔 / 峯 陽一(訳)
    • 出版社:第三書館
    • 発売日:1992/07/15
    • メディア:単行本


    マウマウの娘 ── あるケニア人女性の回想

    マウマウの娘 ── あるケニア人女性の回想

    • 著者:ワンボイ・ワイヤキ・オティエノ(Wambui Waiyaki Otieno)/ 富永 智津子(訳)
    • 出版社:未來社
    • 発売日:2007/05/15
    • メディア:単行本

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