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シミーにシビレて [m u s i c]



  • ミックはしばらくのあいだ、サッカーをおどしつけてやったことでいい気分だった。しかしそのあとすぐ、かわいそうなことをしたと気がとがめ、また彼を呼び戻しに行った。パーティを台なしにしたのは、大きな子たちなのだ。まったくどうしようもない悪童たちだ。それにあんな図々しさは見たこともない。お茶菓子をすっかり平らげ、せっかくのパーティを大混乱にしてしまった。彼らは玄関のドアをバタンバタンやって出入りし、大声でわめき、互いにぶつかり合っていた。ミックはピート・ウェルズのところへつめ寄った。彼がいちばんワルだったからだ。ピートはフットボール用のヘルメットをかぶり、だれ彼かまわずつっかかっていった。もうまちがいなく14歳になるはずなのだが、まだ7年級にとめおかれていた。さてそばまで行ってはみたものの、ピートは大きすぎ、とてもサッカーのようにゆさぶるわけにはゆかなかった。帰ってちょうだいと言うと、シミー踊りのように腰を揺すり、ミックにつっかかってくる真似をした。
    カーソン・マッカラーズ 『心は孤独な狩人』

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    悪ガキどもがメチャクチャにしてしまった初めてのプロムナード・パーティ。主催者の少女ミック・ケリー(12歳)がピート・ウェルズに向かって吐いた言葉と彼の挑発的な態度‥‥腰を揺するという描写だけからでは「シミー踊り」が一体どのような音楽に合わせて踊るダンスなのか判然としないけれど、少なくとも1930年代のアメリカ南部の貧しい工場町で開かれた学生パーティの余興でさえ踊るのは憚られるダンスだったのかもしれない。「シミー」(shimmy)とはジャズ音楽に合わせて、両肘を躰から離さず左右の肩を交互に前後に揺するダンスのこと(グラマーな女性が踊ると胸が揺れる?)。カーソン・マッカラーズ の処女長編『心は孤独な狩人』(1940)は聾唖者のシンガーが友人に対してホモセクシャル的だったり、「ニューヨーク・カフェ」の主人ビフ・ブラノンに多少ロリコンの性癖があったとしても、決して倒錯的で差別的な小説というわけではない。

    「シミー・ディスク閉鎖?」(1995)というニュースは晴天の霹靂だった。Bongwaterという男女デュオの片割れで、長年のパートナー(恋人)でもあったらしいAnn Magnusonとの間で起こった私的なトラブルが抜き差しならぬ「愛憎蟻地獄」に陥り、シミー・ディスク(Shimmy-Disc)を主宰する(Mark)Kramerは彼女側から450万ドルもの慰謝料を要求する訴訟を一方的に起こされてしまったのだ。それでなくても今までシミーからアルバムをリリースしたミュージシャンたちに「金に汚い」と批難されて来たレーベル・オーナーは、一挙に経営危機の事態に直面することになった。シミー・ディスクの閉鎖よりもBongwaterの致命的な亀裂の方が大きいなぁ‥‥と思って、英米音楽誌のゴシップ記事を拾い読みしていたら、興味深い裏事情が明るみに出て来た。Ann Magnusonの背後でゲフィン・レコード(売れないアルバムを創り続けたNeil Youngを訴え、Kurt Cobainを自殺に追いやった?)が暗躍しているらしいことに‥‥。

    Bongwaterのバック・カタログや名称(著作権)まで視野に入れた上で、Ann Magnusonの独立〜ソロ・デビューというゲフィン側のシナリオが、「愛憎劇」の泥沼から発生した有毒ガスのように臭って来る。「別れてくれと言うと、アンはシミー踊りのように腰を揺すり、クレイマーにつっかかって来る真似をした」のかどうかは定かでないけれど‥‥。来日したKramerは「愛人」とのトラブルに屈することなく、「Shimmy-100」以降もレーベル運営は続けると、快気炎を上げていたという。良くある男女のプライヴェートな恋愛の縺れが、メジャー・レコード(大企業)が弱小インディーズを潰しにかかるという米資本主義の弱肉強食世界へ変転するグロテスクな図式も見えて来る。大方の予想通り、Ann Magnusonのソロ・アルバム《The Luv Show》(Geffen 1995)がDon Flemingのプロデュースでゲフィンからリリースされたのは1995年11月のことだった。

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    《The Power Of Pussy》(Shimmy Disc Europe 1991)のカヴァ・デザインはオリジナルUS盤とは「Bongwater」のロゴなどが異なっている(ユーロ盤にタイトル名が記されていないのは、ヌード・イラスト女性の 「THE POWER OF PUSSY」 という人型文字に問題があったのか?)。Ann Magnuson扮するグラマラスなアマゾネスのカヴァがエロティックならば、「プッシー・パワー」 というアルバム・タイトルも強烈で、サイケデリックな表題曲でゲスト参加のFred Schneider(The B-52's)がAnn Magnusonとデュエットする。「猫ぢから」 を讃える歌じゃなかったの?‥‥パロディストとしてのKramerの真骨頂は単に「あの曲」に似ているとか、安直な「替え歌」などの低レヴェルではなく、2つの有名な曲を掛け合せて異種交配したようなメロディとサウンド(似ているけれど、やっぱり違う?)でリスナーたちを煙に巻くことにある。

    たとえば〈Kisses Sweeter Than Wine〉は1950年代に活躍した米フォーク・グループ、The Weaversのカヴァ曲だが、軽やかなバンジョーの音色に心が浮き立って、まるで〈ワシントン広場の夜はふけて〉(Washington Square)と〈サマー・ワイン〉のパロディ・ソングのように聴こえる。この曲を聴いた後で、Nancy Sinatra & Lee Hazelwoodのデュエット曲〈Summer Wine〉のメロディを気分良く口ずさんでいると、いつの間にか〈夢は夜ひらく〉に豹変して、夜のネコのように目が丸くなる。この暗い日本の「演歌」はカヴァ曲だったのか!‥‥この種のソックリ曲、一卵性ソングは色々あって、FEN放送時代に女性DJが深夜に素知らぬ顔(ラジオだから顔は見えない!)で、〈ロンドンの狼男〉と〈Sweet Home Alabama〉の2曲を続けてオンエアした時はベッドから転げ落ちそうになりましたね。Kramerは〈圭子の夢は夜ひらく〉を知っているのでしょうか。

    有名曲の一部分を剽窃〜コラージュして全く「別もの」を創ってしまうKramerの特異な作曲法は今日のヒップホップの方法に似ていなくもない。ヒット曲のバックトラックをサンプリング&ループ化して別の曲に仕立ててしまうヒップホップの手法は、アナログとデジタル、模倣とサンプリングの違いはあるものの、Kramerのパロディ・ソングと余り変わらない。それなのに音痴の素人にも簡単に出来そうなヒップホップはカッコ良くて、職人芸のKramerが変態オタク呼ばわりされるのは、彼の風貌や風評が芳しくないことを差し引いても不公平じゃないかと思う。既成曲の一部をリサイクルする「省エネ音楽」が地球環境に優しいのかどうかは兎も角、ヒップホップもパロディも一種の毒薬や気味悪さを内に秘めていることは言っておくべきだろう。《The Power Of Pussy》のラストを飾る〈Folk Song〉は某プログレ・グループの代表曲の有名なギター・イントロ〜〈風に吹かれて〉のメロディから始まるのだから。

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    鬱蒼と繁った森をバックに芝生の上で1人座禅を組む男。Kramerのソロ・アルバム《The Guilt Trip》(Shimmy 1993)のカヴァ・アートは、《All Things Must Pass》(Apple 1970)の完全なパロディである。オリジナル・カヴァは帽子を被ったGeorge Harrisonが椅子に坐り、その周囲に4体の人形(白雪姫に登場する小人たちを想わせる)が横たわっている。森と芝生を背景にした全体の構図、2人の指の組み方、写真の色合い(モノクロとセピア・カラー)、アーティスト / タイトルのフォント(字体)とデザイン‥‥など、類似点が少なくない。KramerはLennon & McCartneyやGeorge Harrisonの曲をカヴァしたことがあるし、《The Guilt Trip》のアナログ盤は3枚組(CDは2枚組)でリリースされたという符牒からも、用意周到に仕掛けられたパロディと考えて間違いないでしょう(ちなみに《The Secret of Comedy》(1994)のアルバム・カヴァは《Elton John》なのだ)。

    《The Guilt Trip》はインスト・ナンバーの〈Overtune〉で始まり〈Coda〉で終わる全36曲、2時間を超える超大作(128分)。Kramerの2人の友人、David Licht(ドラム)とRandolph A. Hudson III(ギター)のサポートで、1年余りの期間(1991/8-92/10)に渡って、彼のスタジオ「Noise New Jersey」で録音された(インナーに「with a lot of help from two friends.」とあるのは〈With A LIttle Help ...〉のモジリ)。女性の喘ぎ声と工事現場のドリル音や破壊音の落差が意表を衝く〈Stupid Summer〉。Pink Floydのパロディみたいに聴こえる美しいバラード〈Welcome Home〉。Brian Ferryがヘッピリ腰で歌っているような〈You Don't Know〉。Weenの速回し高音ヴォイス・ヘヴィメタの〈Wait For The Hate〉。5拍子のハード・ロック〈Big Of You〉‥‥など、CD#1の後半はロック色が濃い。

    CD#2はインスト曲が3曲続く。〈The Maximus Poems〉と〈The Seven Seizures〉はサイケデリックなインスト。〈Thank You Music〉や〈The Bosom Friend〉など、カリブやアフリカ風の似非ワールド・ミュージックもある。6拍子のハード・ロックからバラードへ変転する〈Kathleen, I'm Sorry〉。3拍子のカントリー〈I'm Your Fan〉はWeen兄弟のアルバムに入っていても見分けが着かないかも。ブルーズ調の〈Charlotte's Brain〉はスライド・ギターが効果的。ジミヘンのカラオケみたいな〈Mudd Hutt Four〉。プログレ色が濃厚な〈She Won't Let Go〉や〈I've Seen The End〉‥‥と、最後まで弛緩することなく高密度ハイテンションで、リスナーの耳を捉えて離さない。Bongwaterに較べるとマジメ過ぎるくらい、音楽に対する敬愛の情が溢れている。このアルバムは今は亡き六本木WAVEで購入した。今、リアルタイムで聴いている人が世界に何人いるでしょうか。

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    Hugh Hopper & Kramerの《A Remark Hugh Made》(Shimmy 1994)は、変拍リズムの嵐だったDeavid Allenとのコラボ・アルバム《Who's Afraid》(1993)よりもポップで瑞々しい生気に溢れている。ゲスト参加のRobert Wyattが切なく歌う冒頭の〈Free Will & Testamennt〉、5拍子のインスト・ナンバー〈A Streetcar Named Desire〉(欲望という名の電車)、Lennon & McCartneyのカヴァ曲〈We Can Work It Out〉と続く。カンタベリー系の浮游感とHugh Hopperの弾くベースが心地良い。Gary Windoの切れ味鋭いテナー・サックスが炸裂する〈John Milton Is Dead〉は鬼気逼るものがある。歌ものとインストのバランスも、ラスト2曲へ続くアルバム構成も絶妙。アルバム・タイトルの中の「R-e-m-a-r-k」という単語が「K-r-a-m-e-r」の逆さ綴りになっているところも心憎い。アルバムの中に女性ヴォイス(会話)を挿入するのはKramerの嗜好なのだろうか。その声の主がAnn Magnusonなのかと想像すると、憂鬱な気分になってしまうのだが。

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    • 『心は孤独な狩人』(新潮文庫)が絶版状態とは‥‥

    • Shimmy Disc(1987-1999)は7年後にSecond Shimmyとして再出発しました

    • リマスター盤《The Guilt Trip》のKramerは手の指を組んでいない!

    • 「shimmy」と〈Kisses Sweeter Than Wine〉の記述はWikipedia (en) を参照しました。日本版にも「シミー」という項目があります
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    The Power Of Pussy

    The Power Of Pussy

    • Artist: Bongwater
    • Label: Shimmy Disc / Instinct
    • Date: 2004/09/07
    • Media: Audio CD
    • Songs: Power Of Pussy / Great Radio / What If? / Kisses Sweeter Than Wine / Chicken Pussy / White Rental Car Blues / Nick Cave Dolls / Bedazzled / Obscene And Pornographic Art / Connie / What Kind Of Man Reads Playboy? / I Need A New Tape / Woman Tied Up In Knots /


    The Guilt Trip

    The Guilt Trip

    • Artist: Kramer
    • Label: Shimmy Disc
    • Date: 1993/12/08
    • Media: Audio CD(2CD)
    • Songs: Overture / Stupid Summer / Got What I Deserved / Wish I Were In Heaven / Not Guilty / Wisdom Sits / Stubb's Hallucination / Drowning Heart / Welcome Home / Swallow Up Jonah / Hello Music / The Murder Of God / You Don't Know / The Wall Of Sleep / The Guilt ...


    A Remark Hugh Made

    A Remark Hugh Made

    • Artist: Hugh Hopper & Kramer
    • Label: Shimmy Disc
    • Date: 1994/03/21
    • Media: Audio CD
    • Songs: Free Will & Testament / Streetcar Named Desire / We Can Work It Out / Twelve Chairs / This Island Earth / Superthunderstingercar / John Milton Is Dead / All In My Head / Sliding Dogs / His Wife For A Hat / Lenny Bruce Sings / His Hat For A Wife / Our Final Remark


    Who's Afraid?

    Who's Afraid?

    • Artist: Daevid Allen & Kramer
    • Label: Shimmy Disc
    • Date: 2002/01/15
    • Media: Audio CD
    • Songs: Thinking Thoughts / Love / Who's Afraid? / Shadow / Bopera III / Pretty Teacher / Call It Accident / Song For Robert / C'est La Maison / More & More / Quit Yr Billshit


    Secret Of Comedy

    Secret Of Comedy

    • Artist: Kramer
    • Label: Shimmy Disc
    • Date: 1994/10/18
    • Media: Audio CD
    • Songs: Nine Minus Seven Is Two / Secret Of Suicide / Midnight / Strings / Secret Of Philosophy / I Can Watch / Who Are You Today? / My Rock 'n Roll / Secret of the Band / Sounds Like? / Wishing Well / Second Coda

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