空中ブランコ乗りのレイ [b o o k s]
別役 実 『淋しいおさかな』
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汽車ではなく「電車」なのに暖房用ストーブの煙突が生えている「煙突のある電車」。3人の乗組員、運転手と車掌とストーヴ係りの悩みは運行から3ヵ月経っても1人の乗客も乗って来ないこと。しかも最初の乗客は「お客さま」ではなく無賃乗車の就職希望者だった。彼は「犬追い係り」となる。その後も 「煙突掃除係り」 「運転手助手」‥‥という具合に乗務員だけが増え続け、2ヵ月足らずの間に56人にもなってしまう。乗務員で満員の電車は本当の「お客さま」を乗せることが出来ないのだった。表題作は夢の中に現われる「淋しいおさかな」に女の子が逢いに行くお話。何日も歩き続けて遠いところにある海へ辿り着いた時には「おさかな」は他のところへ行ってしまった後だった。「ねえ、何故かしら、お空があんなに青いのに、海がこんなに広いのに、太陽があんなに光って、そして暖かいのに、私、涙がこぼれるわ」‥‥「淋しい」という気持ちが分からなかった少女は、「おさかな」 に逢えなかったことで「淋しい」ということを理解する。
匿名性の童話の中にあって例外的に固有名詞で呼ばれる登場キャラが何人かいる。コウモリ傘の修繕屋をしている鈴木一郎さんが「はいけい、あなたはスパイです」という手紙を受け取って右往左往する「みんなスパイ」。「653人のお友だち」 の少女、「遠い北の涯にある小さな街」 の病院に入院(7階の12号室)しているナナは宛名のない白い封筒を見知らぬ街に送る。「はいけい。私はとても苦しんでおります。すぐ来て下さい。ナナ」‥‥手紙を読んだ街の市会議員と郵便局長が少女のいる街へ行く。13日間歩き続けてボロボロの姿になった2人が街に着くと、病院の周りに乞食のような身なりの人々が集まっていた。虐待している亀や馬を客に買い取らせることで「親切」を売っている「親切屋甚兵衛さん」。でも年を取ってから逆に親切を買おうとすると悉く断られてしまう‥‥《人は、人に親切にしてやるのは好きなのですが、人に親切にしてもらうのは嫌いなのです》。ところが、「おはなしこんにちは」 でレイ子お姉さんが目に涙を浮かべて朗読した「空中ブランコのりのキキ」は『淋しいおさかな』に収録されていない。
別役 実 「空中ブランコのりのキキ」
著者の「あとがき」によると、『淋しいおさかな』と同時に出版されることになった絵本『空中ブランコのりのキキ』(NHK出版 1973)に配慮して、単行本から「キキ」を外したという。60年代のビートルズのように、先行リリースされたシングル盤の曲(A・B面)はアルバムに収録しないという慣習がレコード業界にあったけれど、出版界では珍しいケースかもしれない。絵本をシングル盤という見立てたわけではないでしょうが。処女童話の 「街と飛行船」(1968)は同名戯曲の元になった作品(別役実が作詞した〈街と飛行船〉という六文銭の歌もある)で、孤立した街の上空に突然現われた薄桃色の飛行船が悲劇的な結末を準備する。「夕日を見るX氏」 は秘密探偵X氏として幾つかの戯曲に登場していた別役実の《永遠のポワロ》で、後に『探偵物語』(大和書房 1977)という「反・探偵小説」で主役を張ることになります。
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別役 実 「黒い郵便船」
運河沿いにある「うらまち」へ入る道を探していたロロは、運河の突き当りで斜めに切ってある急な石の階段を発見する。階段を降りて水際に舫ってある一艘の小舟に乗って「うらまち」へ行く。「髪の毛のない白い顔の女の人」 セセ、目立て屋のノノ爺さん、《金星くらぶ》のママたちがロロに語った話‥‥大きな図書館にある何万冊もの蔵書と同じくらいのことを覚えている「言葉の倉庫」の12人の博士。街で死んだ人の死体を「にらいかない」の島へ運ぶ黒い郵便船。「にらいかない」 にも「言葉の倉庫」があって、60人の読み手が手紙を読むように死体を読んで覚えるという。《金星くらぶ》のママの息子ムムに見送られて家に帰ったロロは約1ヵ月の間、熱を出して寝込んでしまう。その間に黒い郵便船の船長に会いに行ったという日記を書いた翌日、「立入禁止」 という看板が立った埠頭ビルディングの屋上から青い木馬の首を抱えたまま、手摺を越えて海の方へ飛ぶ。泥舟を器用に操って沼地の水脈を渡り歩くヒクは一艘の泥舟の気配を感じる。
ムムと灰色犬のフフは《星の家》と呼ばれる小さな祠へ通じる水路を探していた。自力で《星の家》に辿り着いたムムたちは先回りして待っていたヒクと出会う。埠頭ビルディングの屋上から身を投げて死んだロロは黒い郵便船のことを調べていたとムムが言うと、ヒクは祠の裏手にある倉庫(舟蔵)の南京錠を開けて黒い漆塗りの大きな舟を見せる。何故ロロは死んだのか、その理由を知りたいと問うムムに、ヒクは《占星術師キノの伝説について》語り出す。言葉を知らない忍野村の人々の許にキノが現われて言葉を教えた。それ以来、村人は「聞こえない声」で話すことが出来なくなってしまう。6人の読み手も死人を読むことが出来なくなり、死人が出ると黒い船に乗せて川向こうの越野村に送って読んでもらうようになった。畑の凶作を予言した占星術師に激怒した村人たちがキノを焼き殺して小さな祠に祭り、地図の中にキノの悪霊を閉じ込めた。しかし、同時に忍野村の人々も地図の中に閉じ込められる。ロロは「言葉の牢屋」から抜け出すために屋上から飛んだのではないか。村祭りの夜、戻って来た黒い郵便船に乗り込んだヒクとムムはセム爺さんと共に海の暗い闇の中へ出航する。
測量技師のジジが調査のために街を訪れる。街は20年前に建てられた病院が各地から病人を集めて「病院の街」と呼ばれるようになっていた。ロロが遺した日記を解読しようとしているテテとネネとツツの3人は、彼の死ぬまでの行動を仔細に調べることで、日記に書かれた内容を逆に想像出来ると考える。黒い郵便船を見た日が「古本屋のお婆さんのお葬式の前の日」だったことをキキから聞き出す。ホテル《金星くらぶ》に宿泊しているジジと協力して4人は黒い郵便船とロロの死の謎を解明する。ジジが調べている新しい寸法と文字。ツツお婆さんがロロに遺した三角定規と古い地図。ツツは図書館の自室で街の年代記を作成する。1. 洞窟の時代、2. 貝塚の時代、3. 忍野村・越野村時代、4. うらまちの時代、5. おもてまちの時代、6. 病院の時代‥‥街の歴史は重層的に重なり合っている。キキが「言葉のない世界」へ落ちて(深い眠りに沈み込んで)行く時の恐怖をネネに語る。死んだ《金星くらぶ》のママはキノの一族だった。研究所から送ってもらった学術調査団の記録。鉱山の水質調査。呪われた人間の死体を島に送っていた黒い郵便船‥‥。
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- 文庫版『淋しいおさかな』(PHP研究所 2006)も「空中ブランコのりのキキ」は未収録ですが、著者の前書き「はじめに」が付いています
- 『黒い郵便船』『星の街のものがたり』の画像はデジカメで撮ってリサイズしました
- 「黒い郵便船」(1975)は 「空中ブランコのりのキキ」(2014)として復刊しました
- 「おはなしこんにちは」 と 「おはなしのお姉さん」 のリンクを修正(2022・6・27)
- 番組名・書名を見出しにして、記事・引用文をプチ修整しました(2024・10・14)
trapeze rider rei / sknynx / 197
- 出演:吉行 和子 / 神保 共子 / 田島 令子
- 放送局:NHK教育
- 放映期間:1967/04~1976/03(「おかあさんといっしょ」 毎週金曜日)
- メディア:TV
- 内容:こぶとりじいさんのお話、かぐやひめのお話など、わが国にはむかしから語り伝えられてきた面白い話がたくさんあります。おかあさんがたはこうしたむかし話を、おばあさんやおかあさんからきいた昔のことをきっと思い出されることでしょう。この番組は、こうしてむかしから語り伝えられたおもしろいお話を一つ一つ紹介していきます
- 著者:別役 実 / 朝野 みどり(絵)
- 出版社:復刊ドットコム
- 発売日:2014/04/19
- メディア:単行本(ソフトカヴァ)
- 目次:街と飛行船 / 空中ブランコのりのキキ / 夕日を見るX氏 / 黒い郵便船(盲の馬 / 星の家 / 遠い街)/ 旧版あとがき
- 著者:別役 実
- 出版社:三一書房
- 発売日:1973/08/31
- メディア:単行本(PHP文庫版の画像リンクです)
- 収録作品:煙突のある電車 / 象の居るアパート / 機械のある街 / 魔法使いの居る街 / 猫貸し屋 / 迷子のサーカス / みんなスパイ / 淋しいおさかな / 馬と乞食 / 工場のある街 / 653人のお友だち / 歩哨の居る街 / お星さまの街 / 穴のある街 / ふな屋 / 泥棒の居る街 / 見られる街 / 可哀そうな市長さん / 2人の紳士 / 親切屋甚兵衛 / 白いロケットがおりた街 / ...
- 著者:別役 実
- 出版社:三一書房
- 発売日:1977/07/31
- メディア:単行本
- 収録作品:星見やぐらの立つ街 / ひとさらいのはなし / 流れる街 / 小さなもうひとつの場所 / 地図の街の花嫁 // なにもないねこ / ものいえるぞう / ひとをたべるねずみ / かんがるうのかわめくり / かなしいらいおん / はにかむらいおん // ハルメンの笛吹き / 眠り姫 / ブレーメンの音楽隊 / ヘンゼルとグレーテル / 幸福な王子 / 遠くにいるアリス // ふしあわ...
2009-03-21 00:52
コメント(4)
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はじめまして。蛇尾です。
ハリス・アレクシーウで検索していたら、このブログに出会いました。
ボクも猫が大好きです。6匹飼っています。
そして、別役実の童話集の紹介。うれしくなりました。
なんといっても、田島 令子さんが出てきたのにはビックリです。大好きな女優さんですから。
これからも、楽しく拝見したいです。
by 蛇尾 (2009-03-27 18:15)
蛇尾さん、はじめまして。コメントありがとう。
「ハリス・アレクシーウ」で、回文が出来るとは思いませんでした^^
ペットを飼えない住宅環境なので、
近所の飼い猫やノラ猫たちをデジカメで撮っています。
絵本『空中ブランコのりのキキ』も買ったはずですが、行方不明
‥‥文庫版『淋しいおさかな』(2006)には追加収録して欲しかった。
「おはなしこんにちは」のレイ子お姉さんは可愛かったなぁ。
〈田島令子、婿入れました〉という回文も作っちゃった^^;
読み応えのある愉しいブログを目指しています。
弱小ブログですが、これからもよろしくね^^
by sknys (2009-03-28 01:43)
はじめまして
「37歳で医者になったボク」を見ていたら、患者である竜雷太の妻役で田島令子さんが出ていました。
いろいろ探していたところこのHPにつきました。
私も小学校の頃(!)見た「おはなしこんにちは」はとても印象に残っています。
本に目を落とし、ゆっくりと読み、本の中の人間に語りかけるように台詞を言う、読み終わった後、ふーっと息をついて何か思いきるように立ち上がって歩いて行く、そんなシーンが今でも思い出されます。
ちょっと陰があってミステリアスな田島さんがはまった訳だったように思います。
大学に入ってから別役実の童話を買いました。
再びそのときの気持ちがよみがえってきました。
でも、小学生にはあのシュールな童話は難解ですね。
久々に懐かしい思いをさせていただきました。
ありがとうございました。
by しんちゃ (2012-07-10 08:47)
しんちゃさん、コメントありがとう。
「清純派」だった田島令子さんも年を重ねるにつれて、
インテリ悪女や気丈な母親役を演じる女優になりましたね。
怖〜〜い魔女になってしまったような気もしますが、
別役実の不条理童話を「おなはしおばさん」として再朗読するのも
面白いかもしれません。
「別役実童話集」は学生時代に買いました。
絵本「空中ブランコのりのキキ」を甥っ子にプレゼントしちゃったのが
今となっては悔やまれる^^;
子供だけでなく、大人が読んでもシュールで難解な童話だと思います。
NHKの幼児〜子供番組には今でも実験的でシュールなところがある。
「きょーこ先生の空想保健室」(2011)も超不条理だった^^
by sknys (2012-07-11 00:26)