SSブログ

オレンジ党の冒険 [b o o k s]



天沢退二郎の〈3つの魔法〉シリーズは『光車よ、まわれ!』(筑摩書房 1973)に続く長編ファンタジー3部作である。第1部『オレンジ党と黒い釜』(1978)は鈴木ルミが引っ越し先の家へ行く電車の中から始まる。自分の名前(ルミ子さん)を呼ぶ女の人の声‥‥夢なのか幻覚なのか分からない。終点「ひわた」駅に着いたルミは駅前から「きわせ」行きのバスに乗って新しい家へ向かう。インスタントラーメン(ひっこしそば)の具にしようと庭の野草を採っていると、土の中に埋もれた白い大きな石が動いて暗い穴が開く。穴の中から、くぐもった声が聞こえて来た。再び石が動いて穴が塞がる。クラクションの音がして、三輪トラックに乗ったお父さんが到着する。引っ越した家は新居ではなかった。母親の死後に引き払った家を父親が買い戻したものだった。鈴木父娘は東京から郷里に戻って来たのだ。

始業式の日に転校先の六方小学校へ行った鈴木ルミは、担任の小津先生に引率されて6年1組の教室へ向かう。クラスメートの李エルザ、由木道也、竜竜三郎、名和ゆきえ、そして千早小学校の森コージの5人、オレンジ党の少年少女たちと出合う。翌日の日曜日、お父さんとピクニックに出掛けたルミは「名なしの森」で父親と逸れてしまう。不思議な歌声に誘われて「だんだら墓地」の迷路に入り込む。墓地の中心にある乳白色の墓石の上に黒いバケモノがいた──《まさしくその墓石の上に、黒いぐにゃっとしたものがのっていた。そしてそれが、うす目をあけてルミのほうを見ながら、にやっと笑った。それはいったい何者なのだろうか。さわれば手についてきそうな、黒いぬるぬるとしたもので全身をおおって、墓石の上にべったり横ずわりしている。/ 「へらへらァ」/ とそれがまた笑った。とてつもなく横にながいうすい唇がひらき、その中から赤黒い舌がチラとのぞいた》

オレンジ党のメンバーに救出された鈴木ルミは、とき老人から恐るべき真実を聞かされる。ルミと同じようにオレンジ党の少年少女たちにも母親がいない。「黒い釜作戦」。この世界には3種類の魔法が存在する。死の世界から来る水の中に住んでいる〈黒い魔法〉、イギリスの田舎辺りで土の中に住む良くも悪くもない〈古い魔法〉、生命の源を司る樹木に宿っている〈時の魔法〉。〈黒い魔法〉と〈時の魔法〉は敵対関係にあるが、その最後の戦いで〈黒い魔法〉の手先だった《グーン》を打ち倒し、〈古い魔法〉と協力して「黒いもの」を5つの《黒い釜》に封印して土の中に埋めたという。しかし、10年前から「黒いもの」が地上に暗躍するようになって来た。それには〈古い魔法〉が関わっているらしい。六方小から千早台小学校へ転勤した源先生が隠し持っている「黒い釜の地図」を見つけ出して、5つの釜を潰すのがオレンジ党の「黒い釜作戦」である。

敵か味方か怪しい新任の木村先生、地下道での冒険、草地を覆い尽くす不気味な黒いなめくじ、スティック(魔法の棒)を操る李エルザの〈時の魔法〉、源先生の手下の西崎ふさ枝と鳥羽ケイ子、あやかしの六角小屋、六方野原の狐火、山王牧場、黒コボシ、幽霊ブルドーザー、黒いカラス、ゴミ焼却場にある最後の《黒い釜》‥‥とき老人は自己増殖する《黒い釜》を自らの存在と引き換えに破壊する。休職した木村先生と入れ代わりに、行方不明だったルミの父、鈴木文彦先生が六方小学校へ赴任する(ルミの父親は掟を破って死んだ妻に逢いに死者の国へ行っていたらしい)。〈時の魔法〉と〈黒い魔法〉、勧善懲悪の善悪二元論は〈古い魔法〉によって解体されて無効化したのだろうか、ルミの父親の名前は確か太一郎ではなかったか?‥‥幾つかの謎は謎のまま、第2部へ引き継がれる。

                    *

第2部『魔の沼』(1982)では鈴木ルミの見た悪夢が現実化する。六方神社の西、キワタ窪地に突然現われた「黒い沼」。そこから逃げ帰る時に一瞬目の隅に入った、お地蔵さまの赤い涎かけ。2度目の夢は沼に浮かんだボートの中にルミがいて、中学生らしき少年がボートを漕いで霧の中から現われる。3度目は四角い窓枠の向こう側にいる李エルザと源先生が意味の分からない言葉で何か喋っていた。ルミは李エルザと一緒に「夢の場所」を訪れる。授業参観の後に開かれたPTA学級で問題になった六方小学校の廃校〜統合の動き。オレンジ党のメンバーは夏休みの期間中、沼が出現する場所の畔をキャンプ地に定めて異変が起こらないかどうか見張ることにする。中学生・田久保京志の案内で、キワタ窪地一帯の地主でもある土神じいさん(田中弥太郎)の小屋へ許可をもらいに行く。

源先生が李エルザと由木道也の2人を「物言う泉」に呼び出して、お互いに手を結んで《黒い魔法》に対抗しようと提案する。そのためには泉の「水鏡」を甦らせる必要があると言う。「黒い沼」の出現!‥‥ルミは父親(の友人)に黒い水の水質検査を頼む。沼に飛来した5羽のブラックスワン(黒ハクチョウ)、3年前に失踪した田久保京志の妹チサ、消えた土神じいさん、謎の白衣の男。沼の中心から大きな栗のイガのような物体が出現して、真っ2つに縦に割れた中から「沼の王」が現われる。ギャンプ地に名和ゆきえ(春の事件後に転校した)が訪れて、京志の妹が同じ学園にいると話す。鈴木先生と京志はチサの声が聞こえた井戸の底へ降りる。土神じいさんのワナ?‥‥少女の声はカセットレコーダに録音されたものだった。京志を救った白衣の老人は鈴木先生が水質検査を依頼した医師だった。誘拐されたルミに「沼の王」の娘が煎じ薬(解毒剤)の処方箋を渡す。ススキ武者と黒トカゲの戦い。黒いカエルの大群、「沼の王」との対決‥‥。

                    *

第3部『オレンジ党、海へ』(1983)は〈3つの魔法〉シリーズの完結編である。試験中に教室の窓から見えた少年の姿、校門の外の畑の中に立った鳥居に人影が1つ、白いシャツに鮮やかな赤い色が付いている。そして「物言う泉」の青い水面に映っていた鳥の影。運動会の玉入れ競技中、1羽のカモメがカラスに追いかけられて「赤と白の噴水」の中へ飛び込んで来た。李エルザが赤い玉を投げてカラスを一蹴する。竜竜三郎のカケスが鳴いて負傷した少年のところへ道案内する。夢の中のことだから心配するに及ばないと言う少年が《鳥の王》からの手紙を差し出す。オレンジ党に救いを求める手紙だった。もう1通の「鳥博士」宛ての手紙は源先生に取られたらしい。由木道也の家の郵便受けに入っていたカモメからの手紙には《鳥の王に捕まった。ころされる。/ 助けてくれ》という文面だった。相反する2通の手紙。一体どちらが本当なのか?‥‥吉田四郎がルミの家に届けた《鳥の王》からの第2の手紙には、謁見への要請と波毛丘陵(八ツ岡)の地図の切り抜きが貼り付けてあった。

オレンジ党は《鳥の王》の要請に応じて「丘」へ向かう。別れ道で赤い矢印の標識が故意に動かされた可能性を疑った一行は、その場にルミを残して二手に別れる。李エルザと由木道也の前に現われたカラス使いの源三が《鳥の王》の手紙を確認し、捕らえていたカモメ(少年)に命じてルミの様子を見に行かす。一方、竜竜三郎と森コージは大鳥居の境内で野球をやっていた「愛鳥クラブ」の子供たち(土毛小学校)と一触即発の険悪なムードになるが、吉田少年に仲裁される。黒いウェット・スーツの女に拉致されたルミをカモメ少年とエルザが魔法で救う。《鳥の王》との会見は中止された。『オレンジ党と黒い沼』の原稿を推敲・校正している鈴木太一郎。隣の部屋で寝ているルミの許へ吉田四郎が訪ねて来る。《鳥の王》が《渡り》の出る前に早急に会って、預かってもらいたいものがあるという。吉田少年が庭の白い大きな石を引き起こして、ルミと一緒に地下道を行く。

「物言う泉」が塩水に変化した。塩水に変わったのは泉の水鏡が海を映しているからだという。朝になっても深い眠りから目覚めないルミ、彼女は夢の中で《鳥の王》と会っていた。大きな白い幕に映し出された樹海に逼る黒い影。突然空に稲妻が走ってスクリーンが引き裂かれる。裂け目から西崎ふさ枝の巨大な顔が覗く。鳥羽ケイ子の巨大な両手が現われて《鳥の王》を捕らえようとする。逃げる時にルミは《生命の木》(丸太橋)から奈落に落ちてしまう。オレンジ党がルミの救出に向かう。霊柩車を運転している妹サチを自転車で追った京志はトラックに跳ねられて幽体離脱する。《炭袋》の中に落ちたルミを京志に救出させるために、吉田四郎と姉が仕掛けた策略だった。同時に《鳥の王》がルミに渡すはずだった《鳥の書》/《鳥の王の宝石》も回収する。失踪した「鳥博士」を捜しに森の中のプレハブ小屋(仕事部屋)へ行った娘の石橋みどりは、博士を捜索している緑衣隊、そして博士を保護していると言う源先生に出遭う。博士は《鳥の書》を解読出来る唯一の人物である。博士に化けていた錬金術師(白衣の老人?)と源先生の騙し合い。

石橋幸太郎博士を救出したカモメとエルザたちは大鳥ヶ原、鳥博士、ルミの家、大鳥神社の4つのポイントが対角線のXで交わる地点、「四又」交差点の雑貨屋で《鳥の書》を読み解く。《鳥の書》/《鳥の王の宝石》はエルザの祖父母、アリシアと李春吉(イチユンギル)の結婚のしるしである魔法の宝石だった。それを盗み取った吉田四郎の祖父が大鳥神社の御神体に奉った後、サギ山のボスだった大サギの手に渡った。《鳥の書》は10年振りに孫娘エルザの手に戻ったのだ。日蝕のコロナような光の輪が輝く《黒い太陽》を発見したオレンジ党の背後に《鳥の王》が現われて本性を表わす。「サギ山の主に身をやつし、大鳥神社の宮司をおどしたりたぶらかしたりして、わしはその玉を手に入れた。ところがどっこい、それだけではまだだめだった。《鳥の書》によって《黒い太陽》を手に入れるには、この石のまことの持ち主の血すじの者、つまり李エルザという女の子を犠牲に捧げなければならぬ。しかもこの、李エルザ、これがまた《時の魔法》の強力な使い手で、かんたんには手が出せぬと知れた。ここまでさそいこむには、ふっふっふ、まったく苦労したわい、ふっふ」

                    *

『闇の中のオレンジ』(1976)は〈オレンジ党〉シリーズの発端となった表題作や登場人物が活躍する番外編など12篇を収録した短篇集。田久保京志(キヨーシ)と2人の妹チサ&カスミが登場する連作短篇‥‥ナメクジナマズに襲われた兄妹(京志&カスミ)を「正義の味方。アカヤッコ」が救う「赤い凧」、林と沼に挟まれた花坂公園の奥の幼稚園で田久保チサが妹カスミを魔物から守る「ちいさな魔女」、行方不明の姉妹(チサ&カスミ)を同級生の篠田アキラと捜すうちに芝居小屋の中に入り込む「秋祭り 」。竜(竜三郎?)少年が通行止めになっている通学路(白山小路)を迂回する「まわりみち」。兄さんの迎えで早退した尾形宏が青電車に乗って見知らぬ土地へ行く「みかんの王子」。開業前の「源氏湯」の浴室にいた魔物に襲われる種夫とゲンジ(俊幸)を石橋みどりが救出する「燃える石 」。母を亡くした種夫がクラスメートの2人(飯野トリ子&高宮次郎)と一緒に田久保姉妹を助けに行く「眠り姫」。郵便受けに届けられた「指定乗車券」で汽車に乗った竜が龍子に遭う「海辺で会った少女」。夜中に目覚めたサヨコが雪の降る見知らぬ街を彷徨う「3人のお母さん」。

庭に咲く桜の木とこぶしの木の位置が逆になっている異変に気づいた横田キクエと一級下の五郎、木霊、草の精たちが《グーン》の魔物が残した《黒いもの》の蠢きから逃れてアマナの谷へ集まる「《グーン》の黒い釜」。放課後、家に寄るように言われた恭一は石橋みどりの家で置き手紙を受け取る。荒らされた父の小屋で待つ、みどりと再会してグーンの手先に攫われた弟たかしを救いに「どかん谷」へ行く「グーンの黒い森」。お母さんから買い物を頼まれた李エルザは大きなワシのマークの入った紙幣2枚をスカートのポケットに差し込んで千草台のマーケットへ出掛けるが、途中で豪雨に見舞われて全身ズブ濡れになる。2枚の紙幣は水に溶けて、ワシのマークだけが硬い金属の串かアクセサリーのようなものに変化してエルザの手から跳び出す。当てもなく斜面の小道や田んぼの畦道を彷徨う彼女は田川の岸に停まっている大きな帆を張った船を発見する。小川を流れるオレンジや大きな葉っぱの上に乗っている小さなフクロウを目撃した由木道也も雨に降られてエルザの許へ辿り着く。そして、金龍丸のキム船長(金龍元)と共に「物言う泉」を目差す「闇の中のオレンジ」。

                    *

〈3つの魔法〉シリーズの読後感が「スカッと爽快!」と言えないのは勧善懲悪の二元論から逸脱しているからだろう。善と悪、光と闇の輪郭が曖昧になって溶解する世界。〈オレンジ党〉シリーズの第1部が発表された30年前は、21世紀の今日よりも「暗闇」が多かったはず。夜間に無灯火の自転車が平気で走っている都会は深夜営業店の照明や街灯で明るすぎるのかもしれない。その背後で比喩的な「暗闇」が増殖しているのだが。郊外の民家と分嬢住宅、自然と人工物、森林とコンクリート、土着と開発が共存していた時代。黒いなめくじ、黒い沼、黒い鳥‥‥高温多湿でベタベタ、ベトベト躰に纏わり着く日本の気候の不快感が、気持ち悪い無気味な黒いものに形象される。鈴木ルミの父親の名前(文彦 / 太一郎)や失踪した田久保京志の妹チサとカスミ、転校してしまった名和ゆきえ‥‥など解明されない謎も少なくない。〈3つの魔法〉シリーズは和製長編ファンタジーの金字塔(オレンジ塔?)ではないでしょか。

                   *
                   *




オレンジ党と黒い釜

オレンジ党と黒い釜

  • 著者:天沢 退二郎
  • 出版社:ブッキング
  • 発売日:2004/11/10
  • メディア:単行本
  • 目次:ルミ / オレンジ党 / 黒い釜 / 終章 / あとがき


魔の沼

魔の沼

  • 著者:天沢 退二郎
  • 出版社:ブッキング
  • 発売日:2004/12/10
  • メディア:単行本
  • 目次:魔の沼 / 沼の夢 / 沼の王 / 沼の戦い / 終章 / あとがき / 復刊にあたって


オレンジ党、海へ

オレンジ党、海へ

  • 著者:天沢 退二郎
  • 出版社:ブッキング
  • 発売日:2005/01/11
  • メディア:単行本
  • 目次:鳥の王からの手紙 / 八ツ岡 / 大鳥ケ原 / 終章 / あとがき


闇の中のオレンジ

闇の中のオレンジ

  • 著者:天沢 退二郎
  • 出版社:ブッキング
  • 発売日:2005/02/10
  • 収録作品:赤い凧 / ちいさな魔女 / 秋祭り / まわりみち / みかんの王子 / 燃える石 // 眠り姫 / 海辺で会った少女 / 3人のお母さん //《グーン》の黒い釜 / グーンの黒い森 / 闇の中のオレンジ

コメント(0)  トラックバック(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0