コンフェデ杯の夜(2 0 0 5) [s o c c e r]
金井 美恵子 『目白雑録 2』
世界6大陸の王者やW杯の優勝国など全8ヵ国が出場するコンフェデレーションズ・カップ(FIFA Confederations Cup 2005)‥‥前フランス大会(2003)は当初から指摘されていた5日で3試合という「強行日程」が祟ってか、試合中にカメルーンのFW選手が突然倒れるという不幸なアクシデント(心臓麻痺で死亡)に見舞われてしまった。この「悲劇」を教訓として試合日程も7日で3試合に緩和され、今ドイツ大会からW杯の前年に開かれる「プレ大会」の色彩が鮮明になった。欧州では各国内リーグ戦やCLが終了した後のオフ期に入り、代表選手たちも疲れが溜っていて出場辞退者続出、その意味づけも曖昧なまま軽んじられて来た大会だったが、「プレW杯」ともなれば無碍に無視するわけにもいかないだろう。とは言えジダンやネドヴェドなど、W杯に繋がる名誉ある「代表の座」さえ辞退する選手が少なくない昨今(W杯よりCLの方が優先なの?)、「離婚の痛手を癒したい」ブラジル代表のロナウドや両サイドバックのカフーとロベルト・カルロスは免除、アルゼンチン代表のクレスポやアジャラも休養のため招集されなかった。
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ポプラの白い綿毛が飛び交う幻想的なスタジアムで、A組ドイツ──オーストラリアの開幕戦(2005/6/15 ケルン)が始まった。試合開始早々から点の取り合いになり、土壇場の後半43分にFWポドルスキーのゴールでドイツが乱戦を制した(4ー3)。B組メキシコ──日本戦(16日ハノーヴァ)は前半12分にFW柳沢敦の右脚で先制したものの、39分MFジーニャに同点弾を浴び、後半19分FWフォンセカに決勝点を奪われて逆転負けを喫した(2ー1)。日本のスピードを封じた老獪なパス回し!‥‥長身のフォンセカに空中戦で競り負けた失点を、DF中澤佑二の不在を理由に嘆いてみても始まらない。思え返せばコンフェデ杯ドイツ大会は日本に限らず対メキシコ戦が「鬼門」だった。
日本はメキシコ戦を勝ちとは言わないまでも引き分けてさえおけば、後々の試合運びも楽になったのに‥‥と今さらながらに惜しまれる(サッカーは何が起こるか分からない)。ブラジル──ギリシャ戦(ライプチヒ)はFWアドリアーノの度肝を抜くミラクル・シュート‥‥前半41分右寄りの位置からゴール右隅に約20mの高速ビームを左脚で突き刺す!‥‥などでブラジルが大勝した(3ー0)。たった1人で点を奪ってしまうアドリアーノの「超個人技」はセリエAの試合で何度も目の当たりにして来たけれど、あんな場所からあんな弾道のシュートをあんなコースに決められたら、ディフェンダもゴール・キーパーも「事故」だと思って諦めるしかない。
開催国ドイツとアルゼンチンが連勝(勝点6)して早々と準決勝進出を決めたA組とは対照的にB組は波乱含みの展開だった。日本──ギリシャ戦(19日フランクフルト)は後半31分、10分前に交代で入ったFW大黒将志が股抜きシュートを決めて快勝(1ー0)。2004年欧州チャンピオンのギリシャは主力選手を怪我や所属クラブの残留試合で欠き、W杯ドイツ大会の予選でも苦戦中、ブラジル戦のショックも手伝ってか著しく生彩を欠いていた(戦意喪失?)。戦術やシステム云々よりも1対1で負けないことが大切と言う、W杯最終予選のイラン戦(アウェー)やキリン・カップ2連敗直後のMF中田英寿の発言通り、3・6・1でも、4・4・2でも有機的に機能した。
ところが続くメキシコ──ブラジル戦(ハノーヴァ)で、ブラジルが敗れてしまう番狂わせが起こったのだ(1ー0)。それは勝点6でメキシコが4強進出を決めた瞬間でもあった(「メキシコの罠にハマってしまった」と冷静に自己分析するMFカカの試合後のコメントが象徴的である)。そして同時に日本、ブラジルのどちらか一方がグループ・リーグから敗退することを意味する。ブラジルが順当に2連勝で4強進出、神様ジーコさまの威光で主力メンバーを温存してくれれば日本にも勝ち目があるのではないか‥‥という甘い思惑は脆くも瓦解した。しかも得失点差で、ブラジルには引き分けでも準決勝進出というアドヴァンテージがあったのだ。
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金井美恵子は旧来のサッカー・ファンとは別に「日本代表ファン」という特殊なサポータたちが存在することを指摘して、彼らはブラジル代表や南米選手が活躍する欧州リーグの試合を見たことがないのだろうと推測する。ドメスティックに内向きで大本営発表的な国内のメディア、ブラジル戦での日本のゴール・シーンを何度も繰り返して流すTVのスポーツ番組や冷静さを欠いた新聞のサッカー記事に呆れる。「日本代表チームのあの嫌な色調のブルーのユニフォームに付いている鳥のように見えるマーク」、神武天皇東征の時に道案内をしたという八咫(やた)ガラスのエンブレムを胸に飾るセンスに「ヨタ言ってんじゃねえよ」と怒り、「足が3本あったらなあ、という願望なのかと納得」し‥‥「足が3本あったら、つまずいて転んでしまいそうなバタバタした走りをピッチで見せるのだが」と日本代表のプレーを揶揄する。ちなみに中田英寿が本当に引退するのは「引退した牧羊犬」という比喩が書かれてから1年後のことである。
日本──ブラジル戦(22日ケルン)は久々に見応えがあった。流れるような華麗な攻撃でブラジルが前半10分にFWロビーニョ、同32分にMFロナウジーニョがゴールを決めれば、日本も前半27分にMF中村俊輔の25mミドル・シュート、そしてブラジルの勝利が濃厚となった後半43分、またしても交代出場のFW大黒サマが起死回生の同点ゴール!──右ゴールポストを直撃した中村のFKの跳ね返りに素速く反応した──を決めて辛くもドロー(2ー2)。ブラジルは引き分けでもグループ・リーグ突破という優位な立場にあったとはいえ、ロスタイムの大黒のヘディング・シュートには流石のセレソンたちも肝を冷やしたことでしょう(24日、ブラジル中部のベロオリゾンテ市をクルマで移動中のロベルト・カルロスが強盗に襲われたけれど、ちょうどラジオの生番組にケータイで出演中だったので「実況中継」したというニュースは、ちょっとお間抜けでしたね)。
試合終了後のインタヴューで、ジーコ監督は試合開始直後のDF加地亮の「幻のゴール」(微妙なオフサイド判定だった!)に激怒し、「3対2で日本が勝っていた」と息巻いていたが、ブラジルに勝つよりもメキシコと引き分ける方が未だしも、その可能性は高かった。ブラジルだって先制されれば黙ってはいないし、そうなれば全く違う試合展開になっていただろう。前フランス大会に続いて日本は惜しくも3試合で帰国したけれど、世界に通用する日本独自の戦術も少しは見えて来た。ダイレクト・パスとノートラップ・シュート‥‥1タッチの速いパス回しと流れに乗った素速いシュート。身長や体格、ボール・コントロール(トラップやフェイント)のテクニックで劣っていても、南米や欧州の強豪列国と互角に闘える攻撃スタイルがあるはずだ。
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閑話休題。英プレミア・リーグのアーセナルにベルカンプ(Dennis Bergkamp)というMFがいた。彼の飛行機嫌いは有名で、フライトを要する遠征には同行しない。国内リーグ戦は兎も角、CLなど相手国で行なうアウェー戦には当然の如く随行しない。そんなバカな!‥‥いくら本人の強い意向だとしても、こんな「身勝手」が許されるのかと思うかもしれない。これがJリーグや日本代表選手だったらサポータや三流マスコミからブーイングやバッシングの大合唱、場合によっては「非国民」呼ばわりされ兼ねない。恐らく、入団時の契約条項に「飛行機に乗って行く遠征には参加しない」という一文が入っているのだろう。逆に言えば、こんな理不尽な条件を呑んでまでもアーセナルには不可欠な選手なのだ。柔らかいボールタッチ、卓越したパスセンスが光るデニス・ベルカンプ。飛行機嫌いの理由(身内の不幸、精神的トラウマ?)は敢えて問わないし、ゴシップや中傷記事も関係ない。日本では「自己チュー」や単なる我が儘としか想えない子供じみた犯罪事件が日夜発生しているけれど、これが成熟したヨーロッパ社会の「個人主義」なのだ。
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準決勝ブラジル──ドイツ戦(25日ニュルンベルグ)は奇しくも2002年日韓W杯決勝戦の再現となった。試合はFWアドリアーノとポドルスキーの得点、喧嘩両成敗的なMFロナウジーニョとバラックの相次ぐPKで前半を折り返し、後半31分アドリアーノの決勝ゴール(2点目)でブラジルが勝ち抜けた(3ー2)。ギリシャ戦に続くアドリアーノの大爆発──日本戦はジーコに遠慮して寝ていたのか(借りて来た猫みたいに?)と想わせるほどの大活躍だった。もう1試合の準決アルゼンチン──メキシコ戦(26日ハノーヴァ)は延長〜PK戦に縺れる大混戦。両者無得点のまま後半終了間際に相互制裁的レッドカードで1人ずつ退場者を出し延長戦に突入‥‥その前・後半にメキシコとアルゼンチンが仲良く1点ずつを取り合い、PK戦も規定の5人が危なげなく決めてサドン・デスの地へと辿り着く、双方とも一歩も譲らないシビれる展開。結局6人目のDFオソリオがGKルクスに止められてメキシコが惜敗し、長い長い120分の死闘に終止符を打った。
ドイツ──メキシコ戦(29日ライプチヒ)の3位決定戦は、とかく選手もサポータもモチヴェーションが上がり難いもの。しかし地元ドイツには開催国としてのプライドがあるだろうし、メキシコにも延長〜PK戦負けの後遺症はなかった。もしかして今大会のベスト・マッチと思えるほど高テンションで白熱した好試合だった。始まりこそ硬直状態だったが、前半37分FWポドルスキーのゴールが決まると40分FWフォンセカ、41分シュヴァインシュ(じれっ)タイガーと立て続けに交互に点を取り合う展開。後半に入っても34分DFフート、13分と40分にFWボルゲッティのヘディング2発が炸裂して3対3の同点に‥‥。試合を決めたのは後半退場者を出して1人少ないドイツの大黒柱バラックの技ありFK(延長前半7分)だった。3位になって辛うじてホスト国の面目を保ったドイツ。それにしても大会前のドーピング検査で陽性反応が出た2人を1次リーグ最終戦を前に本国に送還したにも拘らず奮闘し続けたメキシコの「ネバリ脚」には驚かされましたね。
3位決定戦の直後に行なわれたコンフェデ杯決勝戦アルゼンチン──ブラジル(フランクフルト)は大方の予想を裏切る大差の試合となった。折しもキックオフと同時に降り出した豪雨とカミナリの轟音。屋根つきドームなのに幌状の天井の一部が裂けて、雨水が滝となって右コーナ付近に流れ落ちる音、轟く雷鳴、その度にどよめく観客‥‥という一種異様な雰囲気の中、ブラジルのゴール・ショーと化した。前半11分FWアドリアーノ、16分MFカカの絵に描いたような美しいシュート、後半2分MFロナウジーニョのダイレクトボレー、18分またしてもアドリアーノのヘディング(2点目)と終始ブラジルが圧倒。アルゼンチンは途中出場のMFアイマールが後半20分に捨て身のダイビングヘッドで一矢報いるのが精一杯だった。計5得点で単独得点王と最優秀選手に輝いたアドリアーノ、恐るべし!‥‥かくして試合途中、何人もの「珍入者」に試合中断を余儀なくされ、警備の甘さが指摘された今ドイツ大会は、飛び交うポプラの白い綿毛に始まり、降り注ぐ雨水と轟く雷鳴で終わった。
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- コンフェデ杯(2005)のジーコ・ジャパンは強かったなぁ^^
- マンUのFWテヴェス(Carlos Tévez)は素晴しい選手ですね
confederations nights 2005 / 2003 / sknynx / 140
- Host Country: Germany
- Dates: 15 June - 29 June
- Teams: Germany / Brazil / Mexico / Tunisia / Greece / Argentina / Japan / Australia
- Venue(s): Frankfurt / Cologne / Hanover / Leipzig / Nuremberg
- 著者:金井 美恵子
- 出版社:朝日新聞社
- 発売日:2006/06/30
- メディア:単行本
- 目次:連載再開のお知らせ、その他 / 老猫病床記 / 貧乏ひまなし日記 /「ラスト・エンペラー」と共に老いる / 夏が来れば思い出す / 灰かぶりキャベツ、その他 / 長月のアジサイ / グズグズ日記 1 / グズグズ日記 2 / 正月日記 / 大久保の桃、その他 1 / 大久保の桃...
2008-04-11 00:27
コメント(2)
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この後の2記事にはコメント入れにくいので(笑)、ここに書いておくと…
ベルカンプの飛行機嫌いは、有名な話ですね。
スティングみたいな風貌(髪型)で颯爽とシュートを決める姿は、カッコ良かった。
ワールド・カップでのアルゼンチンを倒したゴールは、今でも鮮明に覚えています。
by モバサム41 (2008-04-28 01:37)
モバサムさん41さん、コメントありがとう。
国内ヅラ業者は「○ゲは醜く恥ずかしい」という
洗脳CMを日夜流しているけれど、
カッコ悪い奴は被っても、植えても(生えても?)カッコ悪いのだ!
ベルカンプのプレーはエレガントで美しかった。
最近はプレミア・リーグの試合をTVで視ています。
どこかの国の「カン蹴り」とは、流石にレヴェルが違うなぁ^^;
CLの決勝も英国同士の対決になっちゃうのでしょうか?
by sknys (2008-04-28 19:28)