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ライオンハート [b o o k s]

  • Oh! England, my Lionheart!
    Peter Pan steals the kids in Kensington Park.
    You read me Shakespeare on the rolling Thames‥
    That old river poet that never, ever ends.
    Our thumping hearts hold the ravens in,
    And keep the tower from tumbling.
                         Kate Bush 〈Oh England My Lionheart〉
  •                     *

    「断筆宣言」していた筒井康隆先生が、支那そば→中華ソバ→ラーメンの順に不味そうになって行くと昨今の「差別用語」の言い換えを痛烈に皮肉ったように、ライオンハート→らいおんハート→らいおんはーと、という無意味なカタカナ→ひらがな変換も仮名文字の占める割合が増すほどに何故か嫌らしくなって行く。一昔前に流行った「来夢来人」とか「美蕾樹」(この当て字は好センス!)とかいう摩訶不思議な外来語→漢字変換語にも異和感があったけれど、「らいおんはーと」というカナ→かな変換も相当にキモいですね。硬質な外来語が舌っ足らずな幼児語に退化したみたいで(甘ったれた言述の垂れ流し?)ベタベタして汗ばんだ子供の掌を想い出します。コギャルの喋り言葉は全部ひらがな語に変換されたりして‥‥。Kate Bush→恩田陸→SMAP→小泉前総理という連想も、美しい宝石のイメージから3段落ちで限りなく薄気味悪いスライム状の粘体に変容して行く。ところで「ライオンハート」ってなあに?

    「ライオンハート」 (Lion - Hearted) は勇猛果敢な武将として名高い英国王リチャード1世(1157ー1199)の通称。しかし「獅子心王」の耀かしい武勲譚に反して、〈Oh England My Lionheart〉の中でKate Bushは撃墜された戦闘機スピットファイアの男性パイロット(の意識)に憑依して「My Lionheart!」と歌う。逆説的な「反戦歌」 ?‥‥「I don't want to go.」というフレーズに彼女の切々としたメッセージが凝縮されている。恩田陸の『ライオンハート』(新潮社 2000)は著者自身が「あとがき」で言及しているように、中学生時代にTVで視たKate Bushのステージ(第7回東京音楽祭世界大会 1978)と、2ndアルバム《Lionheart》(EMI 1978) に触発されて書かれた連作集である。当時13歳の恩田陸は〈嘆きの天使〉(Moving)のライヴ・パフォーマンスに度胆を抜かれたに違いない。

    各章の扉に掲げられた1枚の絵からイメージした5篇の夢物語。直接的には「ライオンハート」というネーミングの「不思議なニュアンス」と、〈テート・ギャラリー展〉(東京都美術館 1998)に出品されていたウォルター・リチャード・シッカートの〈エアハート嬢の到着〉(1932)──アメリア・イアハート(Amelia Earhart 1897ー1937)は太平洋上で消息を絶ったアメリカ初の女性飛行士。Joni Mitchellの歌に〈Amelia〉という名曲があります──という1枚の絵が奇蹟的に結び着くことで最初の1篇が完成した悲しきタイムトラベラーの「擦れ違い」SFメロドラマで、「ロバート・ネイサンの『ジェニーの肖像』(早川書房 1975)への個人的なオマージュ」にもなっているという。貧乏画家のイーベン・アダムズと少女ジェニー・アップルトンの邂逅‥‥『ジェニー』は「時を駆ける少女」たちの先駆的なファンタジー作品ですね。

                        *
      
    月産400枚という超売れっ子作家・恩田陸は中退した広末涼子さんの先輩に当たります。デビュー作『六番目の小夜子』(新潮社 1992/98)は最初文庫本として出版された後に大幅改稿した単行本が出ました。幻の文庫本のカヴァ&挿画が秋里和国だったのが要らぬ誤解(やおい系?‥‥せめて山岸凉子か吉田秋生にして欲しかった)を生んだのでしょうか。『六番目の小夜子』は、その後TVドラマ化(NHK教育 2000)されたことでも有名なホラー色の濃い学園ミステリ長編。もともと〈NHK少年ドラマ・シリーズ〉のオマージュとして書かれた経緯もあって、「謎の転校生」津村沙世子役の栗山千明さんはドハマリでしたが、もう1人のヒロイン少女・玲(鈴木杏)が原作には存在しないキャラ──オリジナルでは松本まりかの演じた花宮雅子が潮田玲役を兼ねていた!──だったことは余り知られていません。SFかホラーは兎も角、現実レヴェルのミステリにしても論理的に解決されない澱のような謎の残留するザラザラした読後感が〈恩田ワールド〉をして「奇妙な味」と称される所以です。

    しかし、今のところは総じて長篇よりも短篇の方が遙かに面白い。決して水増しと言うつもりはないけれど、ワン・アイディアで書かれたと思しき長編作、例えば『MAZE』(双葉社 2001)や『ドミノ』(角川書店 2001)は長編としては少々苦しい。『三月は深き紅の淵を』(講談社 1997)『麦の海に沈む果実』(2000)『黒と茶の幻想』(2001)の3部作(?)も冗長な気がする。それとは対照的に『象と耳鳴り』(祥伝社 1999)や『図書室の海』(新潮社 2002)といった短編集は少量の服用で効力覿面の甘美な毒薬のように稠密で鮮烈な痙攣を食客に齎す。連作風の『光の帝国』(集英社 1997)──タイトルはマグリットの絵から頂戴した?(文庫版の「解説」は見当ハズレだったけれど)──も不思議な舌触りを残す。『月の裏側』(幻冬舎 2000)『ネバーランド』(集英社 2000)『劫尽童女』(光文社 2002)‥‥も各々悪くないんだけどビミョーだなぁ。そうそう、ネタばらしの超悶絶「あとがき」も恩田本の愉しみの1つですね(皆川博子の「結ぶ」を読みました)。

    『光の帝国』の「あとがき」で作者は「子供の頃の読んだお気に入りのSF」にゼナ・ヘンダースンの〈ピープル・シリーズ〉を挙げている。遙か彼方の滅びつつある母星から脱出して、人知れず地球に棲み着いた異星人の村に1人の若い女教師が赴任して来ることから始まる人間とエイリアン(人間そっくり!)のコンタクトもので、F・コッポラ・プロ制作の海外ドラマ『不思議な村』(原題『The People』1972)として日本国内でも過去に何度かTV放映されたこともありました。Goldfrappのデビュー作 《Felt Mountain》(Mute 2000)を聴いている時に何故か突然、この古いSFドラマのイメージが記憶の彼方から甦って来た。この時点では『光の帝国』を未読だったので、「あとがき」を読んだ時には心底吃驚しました。今どき〈ザ・ピープル〉のことなんか一体誰が話題にするでしょうか。若き日の恩田少女が、この海外ドラマをTVで観ていたのかどうかは分からないけれど、Kate Bushの大好きな彼女なら、きっとAlison Goldfrapp嬢の世界も気に入ってくれるでしょう。

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    2002年9月17日、日朝首脳会談のために北朝鮮入りした小泉(コリズニ)総理は、拉致被害者8名の「死亡」を告げられたショックで全身硬直&顔面蒼白になり、日本から用意して来た昼の弁当もオニギリ1個しか喉を通らなかったという(同伴した安部晋三は全部食べたそうだが、お粥しか食べられずに総理大臣職を放棄というのだから政治家の言動は良く分からない)。これが事実なら随分と気の小さい「らいおん」さんね‥‥。「らいおんはーと」よりも「ちきんはーと」(ノミの心臓?)の方が似つかわしいと思います。国内では「旧自民党をブッ壊す」とか「北朝鮮は日本人を拉致して殺してしまう実に怪しからん国だ」とか威勢良く吼えてみせる「らいおん丸」も、1歩外に出ると「借りて来た猫」に豹変してしまう内弁慶ぶりが典型的な島国根性〜右翼体質を露わにしています。「変人」総理のバケの皮剥がれたり!‥‥ライオンマスクの覆面の下は臆病なニワトリ顔だった?

    大親分の森喜郎(シンキロー)前総理を反面教師とした巧妙なマスメディア操作術、最近は何をやっても単なる「人気取り」にしか見えなくなって来た各種パフォーマンス、先の内閣改造でドロリとした三白眼の国防おたくを防衛庁長官に任命してしまう超タカ派的体質、話せば分かると言いながら黒を白と言い包める問答無用のディスクール、滅多矢鱈に感動するのが大好きなミーハー・オヤジぶり、この際利用出来るものは何にでもスリ寄って便乗してしまう節操の無さ‥‥それもこれも、みんな「内閣支持率」という名の芸能人&タレント人気調査レベルの数字を上げるためなのだから何とも情けないじゃありませんか。キムタク人気は幾ら高くても良いけれど、一国の指導者の評価を一時の浮ついた「人気」だけで判断して良いのでしょうか。

    コリズニ首相には当初から総理大臣の椅子(地位)に安楽している「酔っ払いのオッサン」という認識しか持っていなかったが、決定的な異和感を覚えたのは怪我を圧して優勝した貴乃花へ飛ばした「痛みに耐えて良くガンバッタ、感動した!」という檄だった。一般のスポーツでは重傷(半月板損傷)の躰で試合に出場すること自体考えられない。100%の力を出せない状態での闘いは本人だけでなく相手にも観客にも不本意な、誰にとっても不幸な行為だ。ケガが選手の生死に直結する場合もあるシリアスなボクシングでは、レフリーの独自の判断で速やかに試合を終了できるTKOや、セコンドがタオルをリング内に投げ入れることで負けを認める緊急処置がある。相撲の行司に審判の権限を与えるのは無理としても、物言いの際に土俵に昇って物々しく協議する砂被り席の御意見番がドクターストップを命じるぐらいのルール改正があって然るべきでしょう。もし優勝決定戦で貴乃花が休場(不戦敗)していたらケガの恢復が、こんなに長引くこともなかったし、早過ぎる引退もなかったのではないか!‥‥武蔵丸も相撲を取り難かったと思うよ。

    自らの生死を省みない向う見ずなカミカゼ特攻精神が本当に好きな人‥‥。小心者だからこそ逆に自分の死さえも怖れない「中世騎士道の英雄」──「ライオンハート」に憧れるのでしょう。一大決戦を目の前にして特攻・逃亡・投降の選択は御本人の自由ですが、国民を巻き込むのだけは止めて欲しいですね。名立たる武勇伝とは裏腹にリチャード1世は政治的な手腕に欠けていたという。この点においてのみ「らいおんはーと」と呼ぶべき宰相だったのか?‥‥小泉内閣が誕生してからというもの、フリータや不正規雇用者が増大して所得格差が拡大。「ワーキングプア」なる新語が生まれ、「貧困」という死語がゾンビのように甦った。交通事故の死者は半減したけれど、年間3万人以上の日本人が自殺している。構造改革頓挫して景気回復も見せかけ、拉致問題も暗礁に乗り上げて日朝国交正常化交渉難航。いつまで「懲りずに総理大臣」を続けるのかしら?‥‥と嫌味を言っている間に任期満了で「安倍死にそう内閣」へ横滑り。その1年後には突然の職場放棄で総理大臣辞職とは!

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    数年前に書いたまま「下書き」保存してあった原稿なのですが、完全にUPするタイミングを逸してしまいました。その理由の1つには恩田陸をテーマにした記事を1本書きたかったということがあります。「恩田ランド」の作品を10冊纏めて紹介という目論見も新刊ラッシュに敢えなく頓挫!‥‥『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『黒と茶の幻想』を再読するのも億劫だしなぁと思うようになり‥‥正月明けに風邪でダウンしたことを口実に蔵出しすることにしました。本稿はKate Bush / 恩田陸 / コリズニ元総理 という「ライオンハート」の三題話になっていますが、SMAPの歌に関しては敢えて触れませんでした。スニンクスは「洋楽」ブロクだし、これ以上悪口は書きたくないというのが偽らざる心境です。

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    • 夜のピンボケ猫ちゃんですが、オッドアイが綺麗なので載せました^^:

    • 『六番目の小夜子』は単行本(改訂版)を再文庫化したもので、表紙イラストも変更されています

    • 〈Oh England My Lionheart〉の日本語訳詞(◯本安見)は酷いなぁ。「私はどこにも行きはしない」(I don't want to go.)だって?‥‥「僕は死にたくない」と訳すべきでしょう

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    Lionheart

    Lionheart

    • Artist: Kate Bush
    • label: EMI
    • Date: 1990/10/25
    • Media: Audio CD
    • Songs: Symphony In Blue / In Search Of Peter Pan / Wow / Don't Push Your Foot On The Heartbrake / Oh England My Lionheart / Fullhouse / In The Warm Room / Kashka From Baghdad / Coffee Homeground / Hammer Horror


    ライオンハート

    ライオンハート

    • 著者:恩田 陸
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2004/02/01
    • メディア:文庫
    • 目次:エアハート嬢の到着 / 春 / イヴァンチッツェの思い出 / 天球のハーモニー / 記憶 / あとがき / 解説(梶尾 真治)


    六番目の小夜子

    六番目の小夜子

    • 著者:恩田 陸
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2001/02/01
    • メディア:文庫
    • 目次:プロローグ / 春の章 / 夏の章 / 秋の章 / 冬の章 / 再び、春 / あとがき / 解説(岡田 幸四郎)


    ジェニーの肖像

    ジェニーの肖像

    • 著者:ロバート・ネイサン(Robert Nathan)/ 井上 一夫(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:1975/03/31
    • メディア:文庫
    • 目次:ジェニーの肖像 / 訳者あとがき

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    コメント 6

    miyuco

    こんにちは。
    『光の帝国』…あの密度と切れ味は絶品でした。
    『ライオンハート』は残念ながら物語に入りきれませんでした…
    (そういえば感想も書いてなかった^^;)
    Kate Bushは衝撃でした。
    まず「声」に感動してその後パフォーマンスを見てビックリでした。
    すごいインパクトだった。
    レコードを聴きながら「Wuthering Heights 」を唄ったりしてました。
    無謀すぎて完全に自己満足の世界です^^;

    今年もよろしくお願いします。
    by miyuco (2008-01-11 18:14) 

    sknys

    miyucoさん、コメントありがとう。
    恩田陸は長編よりも連作や短篇の方が切れ味鋭いということでしょうか。
    「恩田ワールド」はストーリを紹介(ネタバレ)するよりは、
    元ネタをバラす方が面白かったりして?
    『ライオンハート』はパイロット繋がりだったりします。

    〈Lionheart〉のライヴ・ヴィデオを貼るつもりでしたが、
    関連ヴィデオの中に東京音楽祭世界大会の〈嘆きの天使〉がありました^^
    30年振りに視ても凄い映像だなぁ。
    デビュー当時のKate Bushはキーが高すぎて、
    この世にあらざる存在(妖精?)を思わせる
    ‥‥miyucoさんもピンクのヒラヒラ衣裳で歌っていたんですか?
    by sknys (2008-01-12 01:41) 

    tumuzi

    ぼくも度肝を抜かれたくちです。
    あの時の鳥肌をこえる「肌具合」は未だに無いです。
    アルバム「Lionheart」はつい最近まで持っていませんでした。
    あのビデオがあるなんて思いもしなかった。あとで見ます。
    今年もゆるゆるよろしく。
    by tumuzi (2008-01-12 11:57) 

    sknys

    tumuziさん、コメントありがとう。
    地上に舞い降りたピンクの妖精?
    Kate Bushと観客の間に見えないバリアのようなものがあって近寄れない。
    流石に彼女もギャップを感じたのか、ライヴ活動を休止してしまうのですが。

    〈Lionheart〉のライヴ・ヴィデオは飛行士のコスプレ姿。
    隣に坐っている男性が撃墜された戦闘機スピットファイアのパイロットで、
    死に瀕した彼の意識に憑依して歌っています。
    《ピーターパンがケンジントン公園で子供たちを攫っている》という
    クレイジーな歌詞も、今際の際の「意識の流れ」だから‥‥。

    こちらこそ、2008年もユルユルよろしくね^^
    by sknys (2008-01-13 13:17) 

    モバサム41

    あらら、東京音楽祭の映像よく見つかりましたね。
    ケイトのパフォーマンスは万人受けするものでは決してなくて、近寄りがたい「異物」があったからこそ逆に永続したのだと思います。
    獅子心王リチャード1世は、スコットの「アイヴァンホー」に黒チュー…じゃなかった、黒騎士として登場してましたね。
    by モバサム41 (2008-01-18 01:33) 

    sknys

    モバサム41さん、コメントありがとう。
    Kate Bushのパフォーマンスに度胆を抜かれた人が結構いたんですね^^
    「東京音楽祭世界大会」で検索すると、TBS関係者の回想録が見つかります。

    〈Lionheart〉の歌詞はケイト流の「意識の流れ」ですね。
    リチャード1世に関しては深く調べていません。
    お蔵入りの記事ということで、多少の瑕瑾は見逃して下さい^^;
    by sknys (2008-01-18 02:06) 

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