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サイ・ビョークが行く [m u s i c]

  • 彼(引用者註:クリス・ロバーツ)はシュガーキューブスのデビュー・シングル「バースデイ」を、イギリスの音楽出版業界特有の、放縦で絢爛たる文章で誉め上げた。「キレ気味でアブナイ瞳の歌姫さまは、デニス・ラヴァンに似ているけれど、むしろ私は悪夢の中で私の唇を噛み切った少女を思い出す。とにかくこのバンド、人生でいちばん大切なものに向かってまっしぐらに、そしてホロニガ気味に突進する。雰囲気にハマった音の束(とでも言うべきもの)が、苦痛に満ちたあえぎとともに聞こえてくる‥‥。それは呼吸し、溶け、うねり、形を変える。その海の中でリスナーたちよ、愛する者といっしょに死ぬがいい」。これ以降、ビョークと彼女のバンドはエキゾティックな変わりダネ扱いはされるものの、少なくとも国際的な注目を集めるに価するとみなされるようになった。(《メロディ・メーカー》によると、ビョークはこんなことも言ったらしい。「私の背中には乳房が4つあるって言えば、きっとみんな信じるわよ、なんたって私はアイスランドから来た変人なんだから」)
    エヴェリン・マクドネル 『ビョークが行く』

  • 2002年11月、Bjork初のベスト・アルバムが2種リリースされた。文字通りの《Greatest Hits》と裏ベスト的な内容の 《Family Tree》──前者がネット上のファンの人気投票に基づくベスト盤(14曲+新曲1)なのに対して、後者は彼女自身の選曲によるCD(12曲入)と未発表&レア音源等を収録した3インチCD×5枚、歌詞ブックレット(20頁 16曲)、解説文がピンク色の透明プラケース+純白の紙ケースに収まった可憐なボックス仕様(直輸入盤に日本語の解説と対訳を付けただけの国内盤が¥6500、輸入盤でさえバーゲン特価で¥4000と値段の方も超破格)。両者の5インチCDの曲目リストを見較べてみると面白い。重複曲は〈Venus As A Boy〉〈Hyperballad〉〈Isobel〉〈Joga〉〈Bachelorette〉〈All Is Full Of Love〉〈Pegan Poetry〉の7曲のみ。つまり、この7曲は一般ファンとBjork公私共に認め合った彼女の代表曲と看做して良いだろう。問題は彼女とファンの間で評価の別れた?──Bjorkはファンの集計結果を知った上で自選した可能性もあるので一概に言えないが──曲の方にある。

    ファンが選出した「通常盤」の残り7曲はシングル・カットされた曲だが、「豪華版」の方にはシングル盤のB面(?)やオリジナル・アルバムとは言い難い主演映画『Dancer In The Dark』(2000)のサントラ盤《Selma Songs》から2曲入っていたりする(Bjorkサイドから見ればファンから無視されたことへの意志表示なのかもしれない)。「裏ベスト」を聴いていると不思議な既聴感に襲われる。注意深く耳を傾けていた貴方なら即座に気づくだろう‥‥〈Venus As A Boy〉〜〈It’s Not Up To You〉の12曲がアルバム発表順、オリジナル・アルバムの曲順通りに並べてあるだけだということに。すなわち3〜4曲目の〈You’ve Been Flirting Again〉がフェイドアウトして〈Isobel〉に繋がっていく瞬間、5〜7曲目の〈Joga〉〈Unravel〉〈Bachelorette〉と続くパートに 《Post》(1995)や 《Homogenic》(1997)を聴いていた時の記憶の断片が艶かしくフラッシュバックしてしまうのだ。さり気ないBjorkの策略?‥‥それとも単に投げ遺りなだけだったりして?

    それにしても1曲目の〈Venus As A Boy〉のサウンドは強烈だ。《Debut》(1993)から1曲だけ選ばれたということは、Bjorkがデビュー作の中で一番気に入っていることの証しだし、大方のファンも依存はないはずだ。このシタールとタブラとスティールパンの響きとストリングスのうねりが代わる代わる陽炎のように立ち昇り、人知れぬ潮騒のように波状運動を繰り返すアンドロギュヌス的無国籍レゲエの揺らぎには聴く度に魅了される。どうしてこんなにも音が良いのだろうか?‥‥いつも次の〈Hyperballad〉で音量を上げてしまう程なのだが、元々自室のステレオ再生装置のサウンドチェックに使っていた位だからね(CDプレーヤは10年前に買い替えた中級品、もう相当ガタが来ているアンプは20年、左右のスピーカに至っては30年以上の年代物)。5曲目の〈Joga〉もBjorkの大のお気に入り、この1曲だけでリミックス・アルバムを1枚作ってしまった程の最愛曲。もし今、彼女の究極のアナログEP盤を限定プレスするとしたら〈少年ヴィーナス / ヨーガ〉の両A面でしょうか。

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    3インチCD(5枚組)はRoots(CD 1. 2)、Beats(CD 3)、Strings(CD 4. 5)の3つのパートから成る。Rootsはアイスランド在住の少女期(15才)〜 Sugarcubes時代、Beatsは世界へ向けて飛び立ったソロ時代(1993〜)、Stringsは過去10年間に及ぶクラシック音楽学習の成果──具体的にはストリング・アレンジメントが彼女の「世界」とアカデミックな音楽を弁証法的に結び付けた──であるBrodsky Quartetとのコラボレーション(1999ー2000)。弦楽四重奏のみをバックに歌われる、このパートは言わばアンプラグド(アクースティック)的な剥き出しの「生ビョーク」を堪能出来る白眉部分。いずれのパートもBjork本来のアイスランド的気質とヨーロッパのエレクトロニック・ビーツやクラシカルなストリングスとの二律背反的な鬩ぎ合い・葛藤→融合に至る過程を管見出来る内容になっている。それが従来の欧米ロックや最先端のエレクトロニカの潮流に安易に感化されたものではなく、非西欧文化圏風の衣裳を纏っているところが実に彼女らしい。

    可愛らしいピンクの小函のアートワークはBjorkの友人でもあるアイスランドの女性彫刻家Gabriela嬢の手に依るものだ。彼女の所有する4つの「寝室」の名称に準えて 《Family Tree》 を4つのパートに分類することにしたという。5枚の3インチCDを収めたパッケージ──2枚収納用見開きミニ紙ジャケ×2種と1CD用透明塩ビ・スリーヴに付属するミニ・ブックレット──には彼女の作品(彫刻やドローイング類の写真)が所狭しと鏤められている。Wordsと名付けられた4番目の小部屋、歌詞ブックレットの表・裏カヴァには恐らく彼女自身と想われる女性の少々グロテスクな2葉のセルフ・ポートレイトが使われている。白い椅子に坐って丸テーブルの上のノートブックを操作し乍ら、カメラ目線でこちら側を威嚇している異形(被りもの?)の女性‥‥彼女の手許には乳白色の iBookがある。Wordsに全曲分の歌詞が収められていないのは不可解ですが、いみじくもBjork自身が書いているように、相対する4つの部屋を繋ぎ合わせることで彼女の『家系図』は、バラバラになってしまった世界(家族)を再び結合する「媒体」として機能するでしょう。

    《Family Tree》 の総収録時間は148分20秒(全35曲)。ギリギリ2CDに収まる分量なのにも拘らず、なぜ敢えて1CD+5CDS(6枚組ボックス)という非効率的な形態にしたのだろうか?‥‥5枚の3インチCDを入れ替える手間暇がアナログ・シングル盤風な手触りを再現し、ミニチュア化することでグリコのオマケ的な収集欲を刺戟し、コレクター・アイテム的お宝感がマニア心を擽る?‥‥ピンクのケースは、女の子の「おままごとセット」一式を収納するためのオシャレな意匠のようなものなのかもしれない。この手の函もの(豪華ボックス仕様)は入手した時の喜びに反し、往々にして後々の保存→収納に頭を悩ますことになるのだが、CDキャリング・ケース並みのコンパクトな形状が鶏肋的場所取りを阻止している。それでも使い勝手や安全性、省スペースを優先させるならCD用のインナーケースに入れて保存した方が良いのかな?

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    既発のプロモーション・ヴィデオ集 『Volumen』(1998)に、それ以降の新作PV7本を追加収録した 『Volumen 1993ー2003』(Bjork 514DVD)もベストCDに併せて発売された。この輸入DVDが優れている点はPAL+NTSC両方式に対応したハイブリッド版(2面ディスク)であることと、悪辣で嫌らしいリージョン・コードを無効化していることだ。この2点の障碍をクリアすることによって、世界中全地域でのDVD再生が(このディスク1枚で!)可能になった(NTSC方式の国内盤より安く、パソコンでPALとNTSCを見比べることさえ可能だ)。洋画は兎も角、洋楽(ライヴ映像やPV)ソフト──NTSC、リージョン・フリー、日本語字幕入りのDVD(輸入盤)をリリースしているブラジルを例外として──で、ここまでユーザ側の利便性を慮ったDVDは今までになかった。地域コードのような悪しき規制は今後、BjorkのようなDVDが増え続けることで自然淘汰されるしかない。一音楽ファンに出来る最大で唯一の対抗処置はリージョン制限付きDVDやCCCDを1枚足りとも絶対に買わないこと(不買運動)‥‥。地域コードやCCCDを採用している大手レコード&映画会社のCDやDVDの売り上げが極端に落ち込めば、頭の堅い守銭奴拝金主義経営者(CEO)たちも悔い改めるかもしれないではないか。

    『Volumen』はクマ〈Human Behaviour〉に始まりクマ「兎」(金井美恵子 1972)少女のように、クマの中に彼女は内包(食べられ?)され、クマの着ぐるみを被ったようにクマに「変身」する。女性監督、Sophie Mullerが手掛けた〈Venus As A Boy〉のPVはBjorkが台所で目玉焼きを作る過程を撮っただけのもの。調理前後のアンニュイな雰囲気〜彼女の表情に、料理→後片付けする女性というジェンダーに対する戸惑い〜批判が暗に込められているのかもしれない。Michel Gondryの〈Army Of Me〉は彼女の見た夢を忠実に再現してみせる。眠れる恋人を悪夢から目醒めさせるために夢の中で美術館に時限爆弾を仕掛けるBjork!‥‥すべては彼の夢の中の物語ではないか、ちょうど少女アリスと「赤の王」の入れ子関係のように‥‥という解釈は「ゴリラの歯科医」と同じくらい通俗的で分かり易い。実写と実物模型(ジオラマ)とCGを混在させたナショナル・ジオグラフィック擬きの大自然の空撮〜地殻変動〜環境ヴィデオ風の〈Joga〉は曲自体の良さと相俟って何度観ても見飽きることがない。

    追加収録された7本のPVは、初期のコミカル〜ユーモア風のポップな作りから、アーティスティック〜シリアス(内省的)な作風に深化している。動的多彩色から静的モノクローム世界への深航、拡散と蝟集、固体から液体への融解、そして再凝固。Bjorkにはコナゴナに砕け散った自己(死)→ 再生(脱構築)を繰り返すシジフォスの神話にも似たオブセッションがあるらしい。2体のヒューマノイドの性愛をエロティックに謳歌するChris Cunninghamの〈All Is Full Of Love〉、立体カンヴァスに見立てた彼女の顔面の孔腔部(目〜口〜鼻)から虹色の流動体(半生命体?)が出たり入ったりするシュールな〈Hidden Place〉、旧日本人風に髪を結った全裸のBjorkの左右の乳首から2本の真紅のリボン(新体操のリボンを想わせる)が生き物のようにクルクル舞い踊り巻き付いて、彼女の躰全体を覆い尽くす(イヴ・クラインやクリストの人体梱包パフォーマンスを想い起こさせなくもない)石岡瑛子の〈Cocoon〉はストイック&ストレート過ぎて東京都現代美術館のCGアート部門に展示したいくらいだ。近作は少々肩が凝る嫌いもあるけれど、全体的に愉しく(特に前半)、何度も見返したくなるBjorkファン必携の決定版PV集大成である。

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    2003年1月に出版された『ビョークが行く』(新潮社 2003)はBjorkの評伝というよりは著者エヴェリン・マクドネル女史が彼女に取材したスケッチ風の私的素描集といった趣きの小冊子。彼女が行なったBjorkヘのインタヴューや、過去の音楽誌や伝記本などからの気の利いた引用、ウイットに富んだ言い回しを多用する地の文章が適度にシャッフルされていて愉しく読める。元々彼女はフェミニズム系の「ガーリィ・パンクス」(女性パンク・ロッカー)の信奉者の1人だったらしいが、Bjorkに対する相反する感情が共感へと変化して行く過程を個人的な場所からスリリングに語り出す──《「ザ・モダン・シングス」はロックンロールよりも、ガブリエル・ガルシア=マルケスやカルロス・フェンテスが描くポストコロニアルなマジック・リアリズムの世界と、より多くの点で共通している》《「パンクと文学が一緒になって、その上にシュルレアリスムを振りかけた感じね。10代の激情、ってとこかな」》《(これはビョークの大のお気に入り、バタイユが書いた『眼球譚』からの着想だろう)》《3年後、この本のためにあれこれ調べていたら、bjorkがアイスランド語で「白樺」という意味だと知った》‥‥。

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    • 「サイ・ビョーク(Cy-bjork)」はサイボーグ(Cyborg)とビョーク(Bjork)の造語です

    • アルバム(CD)やPVのリンク切れを修正しました(2014. 01. 17)

    • 《Family Tree》は純白の紙ケースに入っている状態、『Volumen 1993ー2003』は紙ケースを抜いたジャケ(蜘蛛ビョーク)です^^

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    Family Tree

    Family Tree

    • Artist: Bjork
    • Label: One Little Indian
    • Date: 2002/11/04
    • Media: CD(1CD+5CDS)
    • Songs: Venus As A Boy / Hyperballad / You've Been Flirting Again / Isobel / Jóga / Unravel / Bachelorette / All Is Full Of Love / Scatterheart / I've Seen It All / Pagan Poetry / It's Not Up To You // ...


    Volumen 1993-2003

    Volumen 1993-2003

    • Artist: Bjork
    • Label: One Little Indian
    • Date: 2002/12/17
    • Media: DVD(PAL+NTSC)
    • Videos: Human Behaviour / Venus As A Boy / Play Dead / Big Time Sensuality / Violently Happy / Army Of Me / Isobel / It’s Oh So Quiet / Hyperballad / Possibly Maybe / I Miss You / Joga / Bachelorette / Hunter / Alarm Call / All Is Full Of Love / Hidden Place / Pagan Poetry / Cocoon / It’s In Our Hands


    ビョークが行く

    ビョークが行く

    • 著者:エヴェリン・マクドネル(Evelyn McDonnell)/ 栩木 玲子(訳)
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2003/01/20
    • メディア:単行本
    • 目次:この本のコンセプトについて語り手が説明し、ひとつのサウンドに恋をする / 語り手と我らがヒロイン、山の女王となる / 我らがヒロイン、「とんでもない変化」について語る / 我らがヒロイン、ヨーロッパをアイスランド流に侵略し、自分が小妖精であることを発見する / 我らがヒロイン、ゴリラと闘い、存在するはずのないものが実在することを証明する / 我らがヒロイン、生まれ故郷が一番であることに気づき、語り手も我らがヒロインを再...評価する / 我らがヒロイン、闘いには負けるが戦争には勝つ / 語り手と我らがヒロイン、再会する

    タグ:Music bjork
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    コメント 4

    ぶーけ

    ビョークは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でしか知りません。
    でも、ごめんなさい、私あの映画、ダメだったんです。><
    以来避けております。。
    by ぶーけ (2007-08-02 15:15) 

    sknys

    ぶーけ姫さん、コメントありがとう。
    『Dancer In The Dark』の評価は真っ2つに分かれていますね。
    『Dancer』に主演するかどうか、Bjork自身にも葛藤があったようです。

    『ビョークが行く』の著者エヴェリン・マクドネル女史も
    「過激で幼稚な」ラース・フォン・トリアー監督には批判的。
    『Dancer』の映像は忘れて(目を瞑って!)聴いて下さい^^
    by sknys (2007-08-02 21:47) 

    yubeshi

    こんばんは。
    Greatest Hitsは持っていますが、Family Treeは経済的事情により断念しています。
    ベストなのに年代順じゃないし、ヒットした曲でもあえて外されていたりと一筋縄にはいかないアルバム。新作のように楽しむ事が出来ると思います。
    アルバムに収めきれないビョークの世界観を網羅するにはCD5枚くらいはひつようになっちゃうんでしょうね・・・敷居高いけど(泣)
    by yubeshi (2007-08-03 00:02) 

    sknys

    yubeshiさん、コメントありがとう。
    《Greatest Hits》はリクエスト数の多かった順に並べただけなのかな?
    ベスト盤の方は見送って、
    某Dユニオンのバーゲンで《Family Tree》を入手しました。

    CDSが見開きミニ紙ジャケ×2に収まっていて、とっても可愛い。
    ここでしか聴けない貴重音源というところが
    「ビョークおたく」の心を擽る(CDの出し入れが面倒ですが)。

    《Livebox》(4CD+1DVD)は次の機会に紹介します^^
    by sknys (2007-08-03 01:52) 

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