4シーズンズ [b o o k s]
森 博嗣 『四季 春』
森博嗣の〈四季シリーズ〉4部作が2004年3月に完結した。四季──春・夏・秋・冬に、緑・赤・白・黒を対応させた英語タイトル──Green Spring、Red Summer、White Autumn、Black Winter──からも分かるように、Vシリーズ最終作『赤緑黒白』(講談社 2002)の延長線上に位置している。その前後、真賀田四季の少女時代(5〜13歳)を描く『春』。『F』以前、四季の両親殺害の真相が語られる『夏』。『有限と微小のパン』から3年後、実質的なS&Mシリーズが復活(ファン待望!)する『秋』。そして現在(近未来?)、彼女が犀川創平と再会(ランデヴー?)を遂げる『冬』。4部作とはいえ、サイコ・スリラー風、帰納法ミステリィ、謎解きサスペンス仕立て、恋愛ロマンス未来編(?)と、それぞれ趣向が凝らされていて愉しめる。四季の視点によって補完された前2シリーズの名場面の再現、読者の心を擽る種明かしの数々、よりソフィストケートされた登場人物たちの会話等‥‥S&MやVシリーズのファンならニヤリとする「隠しアイテム」が鏤められているのだ。
『四季 春』(講談社 2003)の語り手は全く当てにならない〈一人称単数〉で「僕」という主語で語る話者が2人(人格)いる。しかもその内の1人は「透明人間」だった?‥‥つまりヒロイン四季の別人格・栗本其志雄(死んだ双子の兄?)と、実在した実兄・真賀田其志雄の別人格者。その2人が例えば「僕」「俺」「私」というような名称で区別されず、同じ「僕」という1人称で表わされるので最初読者は混乱を余儀なくされる(というより、混乱させるような書き方を敢えて選んでいる)。例によって「密室殺人」が起こるけれど、もうこうなって来ると密室トリック〜真犯人探しはミステリィの形態を維持するためだけの便宜的な付け足しに過ぎず、メインの謎解きは2人の「僕」の正体と四季の関わり合いの方にある。そして、四季の天才少女時代を描きながら、S&MやVシリーズで御馴染みの〈那古野の人々〉‥‥瀬在丸紅子や各務亜樹良、オマケに美少女・西之園萌絵までが客演するサーヴィス過剰ぶり。この超サイコな展開に中・高校生の読者は尾いて来れるんでしょうか?
『春』の主人公は四季の異母兄・真賀田其志雄なのかもしれない。若き天才にしてナチュラル・ボーン・キラーである其志雄は戸籍上死亡したことになっていて、叔父・新藤清二の病院に隔離されていた。院内で発生した看護婦殺害事件から1ヵ月後、「彼ら」はアメリカへ国外退去を命じられる。2年後、四季(8歳)はMITに仮入学した。マンションのペントハウスで独り優雅に暮らす其志雄 / 僕。その数ヵ月後、其志雄(21歳)は長年心に秘めていた計画を実行するため、日本へ戻って来る。父親・左千朗の国内出張に一緒に尾いて行く四季 / 僕。国際会議の会場となった大学の図書館内で瀬在丸紅子と「再会」する栗本其志雄(僕)──『赤緑黒白』の衝撃ラスト・シーンの四季視点での再現。一方、真賀田其志雄は実母の百合子・クリムト(独逸人と結婚した、四季の母・美千代の妹!)に逢いに長野へ赴く。「私の伯母であり、義理の母」である百合子と美千代がハーフ姉妹ならば、伯母似の四季はクォータ‥‥彼女の睛が青いのも当然と言えましょう。
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『四季 夏』(2003)では遂に両親殺害の一部始終が明かされる。アメリカから帰国した四季(13歳)は妃真加島に建設中の研究所を叔父の新藤と共に見学に行く。彼女の世話役だった森川須磨の交通事故死、エージェントを務める各務亜樹良の存在。N大学の図書館で瀬在丸紅子と5年振りに再会する四季。その直後にやって来た高校生(!)の喜多北斗と犀川創平に偶然出会う紅子‥‥四季と創平くんのニアミス、クラスメイトに「姉」と偽る紅子さん。四季の願いを聞き入れて遊園地に連れて行く新藤。園内で「美術品専門の窃盗犯」を張り込み中の祖父江七夏。男とデート中の亜樹良を目敏く発見〜尾行し、米バイオ学者ロバート・スワニィと秘密裏に待ち合わせる四季。叔父の許ヘ戻って行く手前で彼女は何者かに拉致〜誘拐されてしまう。警邏中の刑事に姪の失踪を告げる新藤。咄嗟の陽動作戦が功を奏し、まんまと園内のイヴェント館から目当ての絵画(習作スケッチブック)を盗み出すことに成功した泥棒‥‥七夏の上司、林警部が到着した時には既に建物から脱出した後だった。
四季の両親殺害には、5年前の忌わしい事件、兄・其志雄が長野の山荘で起こした惨劇が伏線〜暗い影(トラウマ?)を落としていた。水面下で進行する両親の離婚話。叔父・新藤への彼女の愛情‥‥Xmasの2日前、四季は叔父をデートに誘う。其志雄に加えて、新たな別人格・森川須磨が現れる。叔父と姪の禁断の性愛‥‥。1年後の夏、完成間近の妃真加島の研究所。長らく四季のエージェントを務めていた各務亜樹良の離脱。研究所の竣工祝いと新藤の誕生日を兼ねたパーティの席上、両親の前で愛娘は爆弾発言をする──「私が妊娠したのは、叔父様の精子のためです」と。妃真加島に来る途中、四季が金物屋で買い求めた登山ナイフ(叔父へのプレゼント)、叔父が気を利かして持って来た古い布製の人形(幼かった頃の四季の玩弄物)、遅れて来た新藤裕見子(叔母)が血塗れの犯行現場を目撃する‥‥。
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『F』から4年後、『有微パン』から10ヵ月後の那古野シティ‥‥真賀田四季の消息を気に懸ける犀川&萌絵と儀同世津子。各務亜樹良の行方を追って日本に舞い戻って来た椙田泰男(保呂草潤平)、萌絵の同期生・牧野陽子、助手の国枝桃子、叔父の西之園捷輔、叔母の佐々木睦子‥‥が登場する『四季 秋』(2004)は実質的なS&Mシリーズの続編である。2年後、院生(D1)となった萌絵、助手から私大助教授に転出した国枝。萌絵のマンションで開かれた婚約パーティ?──萌絵、犀川、世津子、睦子、捷輔の5人──の席上で話題に挙がった四季(33歳)の消息‥‥失踪したロバート・スワニィ博士の名前が出た時、突如として犀川が閃く。イタリア・ミラノでの亜樹良と保呂草の逢瀬。犀川&萌絵は妃真加島の研究所の地下、四季の部屋に残されていたレゴ・ブロック(英近衛兵の人形)の内部に隠されていた6年前のメッセージを発見〜解読する(保呂草は一足早く解答に到達していた)。四季と共に消えたレゴ(300個以上)の謎。イタリアの片田舎の教会堂の地下で「四季」と再会する犀川&萌絵、保呂草&亜樹良の跳んだ2カップル。「四季」自身が語る『F』の真相、彼女の真意とは?
『四季 冬』(2004)の時代設定は故意に曖昧化されている。精巧な女アンドロイド(ユス、パティ、道流)や球形の乗り物等から推察すると現代<近未来なのかもしれない。前3作の豪華絢爛なオールスター・キャストとは一変して、主要キャラは四季と犀川ぐらいしか登場しない。連続殺人犯に曾孫を射殺されたドクタ久慈昌山(117歳という高齢も近未来を暗示している)からの犯人探しの依頼、対立する組織による四季の拉致〜誘拐計画などが起こるものの、大半は四季の独白(回想・想像・思考)と、其志雄との対話で成り立っている。彼女が妃真加島の研究所からの脱出の際に密かに持ち出したもの、最先端クローン技術で再生した見知らぬ「息子」、頭部を損傷した曾孫娘の躰と腹部にダメージを負った「クローン人間」の脳移植手術‥‥犀川と再会を果した四季(失恋?)は一体どこヘ行こうとしているのか。〈那古野の人々〉も含めて、このシリーズの続編はあるのだろうか。
〈四季4部作〉で判明した幾つかの仰天新事実、前2シリーズの謎解き部分も含めて挙げておこう。初対面の四季に名前を訊かれて、林警部が「犀川といいます」と答える衝撃シーン〔夏〕──「林」って苗字じゃなかったの?‥‥「犀川林(太郎?)」ってチョット苦しい。それともジョン・小野・レノンみたいなミドルネームだったりして? 今の職を辞め、彼の後を追って南米へ行きたいと四季に告白する亜樹良〔夏〕──あの煮ても焼いても喰えない女がホロクサにホの字だったとはね!‥‥「腐れ縁」ということなんでしょうか、女の本性って本当に分かりませんね。時価数十億の宝剣を首から下げて貰って内心喜色満面の亜樹良〔秋〕──実は最後まで使える「男の武器」だったエンジェル・マヌーヴァ。「しまった‥‥」と思わず舌打ちをする四季〔春〕──其志雄の姓「栗本」がクリムトの(無意識裡の四季の)ゴロ合わせだったこと。紅子の住いを訪れた萌絵〔秋〕──未来の嫁と姑の初対面の会話は、四季と紅子の対話に劣らず含蓄に富んでいるし、「エピローグ」〔冬〕で、儀同世津子の謎の隣人・瀬戸千衣を四季の視点で回想する場面もメチャ面白い。
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〈四季シリーズ〉は文字通り真賀田四季をヒロインに据えた4部作だが、同時に前2シリーズ(S&MとV)を補完する機能も持っている。両作品の時間差を埋め、登場人物の相関図を描く。時代の重層性と人間の共時性。『F』や「V」だけ読んで満足している読者は、妃真加島で起こった「密室殺人」の真相を永遠に知ることはないし、林警部の「姓名」も永久に分からない。ミステリィのルール違反だと怒るか、インターテクスチュアリティ(相互参照)の関係性を愉しむか?‥‥テクスト間を横断する犀川創平、西之園萌絵、儀同世津子、国枝桃子、西之園捷輔、佐々木睦子、瀬在丸紅子、保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子、祖父江七夏、各務亜樹良‥‥「那古野の人々」と、真賀田四季 / 栗本其志雄。新たな謎は謎として、次の〈Gシリーズ〉に引き継がれて行く。
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- オリジナル単行本にリンクすることしていますが、下のAmazon 商品紹介はカラフル&スタイリッシュな文庫本にリンクしました(発売日の日付けが本文と異なります)
- 犀川&萌絵(S&M)→ 紅子(V)→ 四季シリーズの順に、お読み下さい^^
- 著者:森 博嗣
- 出版社:講談社
- 発売日:2006/11/16
- メディア:文庫
- 目次:プロローグ / 透明な決意そして野心 / 殺意と美の抽象 / 神の造形あるいは破壊 / 分裂と統合すなわち誕生 / 危機回避の原理と手法 / 永劫の約束そして消滅 / エピローグ
- 著者:森 博嗣
- 出版社:講談社
- 発売日:2006/11/16
- メディア:文庫
- 目次:プロローグ / 欲望と苦心その攪乱 / 隷属と支配の活路 / 祈りと腐心は似ている / 希望は懐かしさの欠片 / 冷徹と敏捷その格調 / エピローグ
- 著者:森 博嗣
- 出版社:講談社
- 発売日:2006/12/15
- メディア:文庫
- 目次:プロローグ / 漸近し集束した曲線 / 発散の手前の極解 / 収斂の末のゼロ・デバイド / 時間変化率の不連続性 / 祈りと願いの外積 / エピローグ
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f is for flowers / nagono people / 4 seasons / sknynx / 072
うわー、この記事2ヶ月早いですよ〜!!
まだ、「笑わない数学者」の途中なのに・・・・(泣)
駄目、駄目、まだ記事を読んではいけないと自分に言い聞かせています。
そういえば犀川先生、ロキシーミュージック好きなんですね。何のアルバムだろう・・・・個人的には「マニフェスト」が似合いそうな気がするのですが(
笑)
by yubeshi (2007-03-12 23:57)
yubeshiさん、コメントありがとう。
〈四季シリーズ〉までの道程は長〜〜〜いですよ。
『F』の真相が知りたければ、時空ワープ(?)して、
先に『四季 秋』を読んじゃう手もあります。
『笑わない数学者』の大トリックは、読書の途中で気づきました^^
あの犀川先生がロキシー好きというのは意外ですが、
イーノが在籍していた初期の頃でしょうか?
森博嗣はプログレ、瀬在丸紅子はブリティッシュ・ロック好きですね。
by sknys (2007-03-13 01:18)
1ヶ月前になるのですが、四季シリーズ、読破しました。
ミッシングリンクであり、エピローグであり、推理小説という枠に当てはまらない分、散文的な文章の良さが全面に出ていた様な気がしましたね。
どちらかと言えば、S&MシリーズとVシリーズの20冊が四季のプロローグだと思えるくらい。
でも・・・・次のシリーズにも常連メンバーが出てくるんですって!?
そういえば、推理モノとは別に「スカイクロラ」シリーズっていうのがあって、今度映画にもなるらしいですね。
このタイトルもGenesisの「Carpet Crawlers」からの引用かな?
by yubeshi (2007-08-05 13:46)
yubeshiさん、コメントありがとう。
四季4部作を読むと、真賀田四季が「良い人」に思えて来ちゃう^^
『四季 春』が少々難解ですが‥‥。
GシリーズはS&Mの、その後
‥‥西之園萌絵や犀川創平も登場しますが、
中心は山吹早月、海月及介、加部谷恵美の3人組。
『四季』と同じく1段組にスリム化されています。
短篇集『レタス・フライ』の「刀之津診療所の怪」が面白かった。
『今夜はパラシュート博物館ヘ』に収録されている
「ぶるぶる人形にうってつけの夜」→「刀之津‥‥」の順で読んで下さい^^
「スカイ・クロラ」は未読ですが、映画の公開前に読破したいと思います。
P.S. 西之園萌絵の愛犬トーマが永眠しました。合掌。
by sknys (2007-08-06 12:58)