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宇宙からの訪問者 [m u s i c]

密かに地球に潜入しているエイリアンは60年代のインベーダや友好的なクリンゴンたちばかりではない。Thinking Fellers Union Local 282(TFUL 282)と名乗るオークランド地方に棲息する女性1人を含む5人組も、なかなか素顔を公表しないところが怪しい謎のグループだ。メンバー全員がヴォーカルを担当、楽器パートも流動的で固定していない点も、人間間の固有性(エゴ)を否定しているかのように受け取れる。《Mother Of All Saints》(Matador 1992)のスリーヴ巻末のディスコグラフィを参照すると、88年頃から活動し始め(カセットのみ)、本アルバムが第3作目で、91年には変態集団Carolinerのトリビュート盤(EP)のAB面を盟友のSun City Girlsと分け合ったりもしている。全23曲約70分の大作に反し、歌詞が記載されている楽曲は10曲のみ、残る13曲はインスト、断片、即興、ノイズ、空白‥‥と、USローファイ・バンドに有り勝ちなパターンである。

人格崩壊したDavid Byrneが妄想の中でのた打ち回る〈Hornet's Heart〉、調子っパズレな独白独歩のパンク女(?)が次第に混乱化して行く〈Tell Me〉、ミツバチの生態観測記ロックみたいな〈Hive〉、変拍子が異常なテンションと摩訶不思議なグルーヴを産み出す〈Hummingbird In A Cube Of Ice〉、紅一点の儚いヴォイスが貧血状態のMBVを想い出させなくもない〈Wild Forehead〉‥‥。「歌もの」が前半に集中していることもあってか後半部へ進むほどに(例えば葬儀に流れる読経みたいな曲など)、混沌化への度合いを深めて行くような印象を受ける。そのような意図で予め構成されているのだろうか‥‥そうそう、5曲目(騒々しい変拍インスト曲)のタイトル名を危うく書き忘れるところだった!──〈Star Trek〉!!

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PULSE!誌(#130)の「インディーズ特集」(Lone Wolf '94)のレヴューでPaul AshbyがTFUL 282の《The Funeral Pudding》(Brinkman 1994)に5つ星★★★★★を付けていた。《この30分余りのEP盤は、よくあるアルバム間(前〜次作)の埋め草的ものでは断じてない》という、冒頭から読者の心理を見透かしたような文章に、どうせ「場つなぎ」的なミニ・アルバムだろうと高を括っていたので、グサッと来た。米タワレコのインポート部門(TRIP)を担当していたP. Ashbyのレコード評は、その音楽的嗜好とユーモア溢れる文章が面白くて毎回愉しみにしていた。US盤以外のレコード(CD)を対象としなければならない特殊な制限下、そのハンディを逆手に取ったかのような鋭い視点と選択眼で「輸入盤」を紹介して行くPA。彼の取り扱う「ロック」はUK〜ユーロは勿論のこと、ニュージーランド〜プエルト・リコと‥‥世界の辺境にまで及ぶ。

Paul Ashbyは1991年中に《Curse Of The Mekons》(Blast First 1991)を輸入アルバム欄で採り挙げなかったことを懺悔して('91インポート部門のNo.3に入れた)、欄外で1992年の「初夢」を次のように語る(#101)。彼自身のための〈ロラパルーザ '92〉を計画したPAは以下のメンバーたちに出演交渉する‥‥《Neil Young, Sonic Youth, The Chills, The Mekons, Thin White Rope, American Music Club, Yo La Tengo and Bongwater》‥‥そこで、パッと目が醒めた!──Neil Young〜Sonic Youthという良く有り勝ちなパターンにThe MekonsやBongwaterを(ドサクサ紛れに?)参加させてしまうところが超ポイント高い‥‥彼の音楽的嗜好のユニークさなのである。恐らくTFUL 282も〈ロラパルーザ '94〉ツアーの掉尾に加えたい、お気に入りのバンドなんでしょうね。

全9曲のタイトル名が記載されているものの(1曲は***)、例によって「歌詞」は3曲分のみで、残りのトラックは 「recorded at practice space」 という但し書きが付く。「稽古場で録音された」インスト、断片、ノイズ‥‥が有機的な触媒としての効果を充分に上げているかと問われると聊か心許ないのだが、前作の騒乱〜黒ミサ空間と比べて思いの外、静謐感が漂う。それは《葬式用のプディング》──「葬式まんじゅう」と和訳して良いものかどうか?‥‥そもそも「葬式饅頭」はデザートなのだろうか?──というアルバム・タイトルや「青いハサミの入った黒靴」を描いた蒼っぽい静物画のスリーヴにも少なからず影響を受けているのかもしれない。PAはピザを食べ過ぎてサッサと寝てしまう前に、夢を見るための「サウンドトラック」として、聴くデザートとして宅配プディングはいかが?‥‥と書いている。実に的を得た巧みなメタファではないだろうか。

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やっぱり「場つなぎ」的なジャンク・フードだったのか!‥‥冷たいプディングを食べた後、1ヵ月も経たないうちに届けられた出来立てのフルコース・ディナー、《Strangers From The Universe》(Matador 1994)を目の前にして溜息を吐く。「歌もの」(全14曲中9曲)にインスト、断片、ノイズ‥‥を挿入して行く前作と同趣向の構造が「異物」を挟み込むことで、その前後の楽曲を有機的に結び着ける、あるいは逆に例えばマンデリシュタームのテクストのように「異化」させることに成功している。歌とインストとのサンドイッチ状の2重構造は、1曲の中に於いてもヴォーカルとインスト・パートが恰もバームクーヘン状に圧縮されて美しい層を成していること、アルバム単位で捉えても《葬式用プディング》がインスト、断片‥‥に相当することから、それぞれ曲内、曲間=アルバム内、アルバム間で複合重層的に補強されていることになる。

例えば汚いものを洗い流す、躰を洗い浄める、シャワーを浴びるといった清冽なイメージの奔流が、この上もなく美しく心地良い〈Cup Of Dreams〉──短い電子音、長い反復から成るギター・イントロ〜主メロディ〜マッチョな男声コーラス〜主ヴォーカル(その背後で繰り返される「ビックリ箱」から飛び出したみたいなホッピング音、何かがコロコロ転がるような音、驚く男の声、アブク音などのサンプリング・コラージュ・ループは少年時代のセピア色に褪色した遠い記憶のカレイドスコープを覗いているようで、妙に懐かしく何度聴いても涙が零れそうになる)〜サビ〜後奏──は単独でも「名曲」に間違いないないのだが、その前に挿入された〈Pull My Pants Up Tight〉という僅か59秒の「断片」から通して聴くことで2曲は化学反応を起こし、より増幅・拡大した至福感を産み出す。そのことは余韻を愉しむという意味で〈Cup Of Dreams〉の次に置かれたインスト〈The Oxenmaster〉にも当て嵌まり、それは同時に次の曲の〈The Operation〉の前奏として機能する。

上に挙げた例は、本アルバムのハイライト部分(8〜11曲)に過ぎない。アルバム全体も、このように考え抜かれた連鎖的重層構造になっていると看做して欲しい。断片化した「異物」を曲間に挿入する秀逸なアイディアをローファイ的な見地から眺めると、音質に劣る簡易レコーディング(4〜8トラック)の結果による厖大な録音物の効果的なリサイクルと考えることも出来る。この利点は前後の曲を「異化」することに加えて断片化→時間圧縮(1分前後)によってタイム・ロスが少ないこと(飽きる前に終わる!)、部分の呈示によって、その全体像を(危険な音楽廃棄物?)を聴き手に想像させることであろう。例えばWeenはインディーズ時代に延べ3000時間もテープを回して1枚のアルバムを制作したし、Trumans Waterがアルバムの副産物として丸々1枚の「ジャンク品」を発表してしまう時でさえ、ソフト(カセット、LP、CD)の時間的制約からは逃れられないし、これがレコーディング総量の一部でしかないことは言うまでもない。TFUL 282は彼ら以上に禁欲的だから、より厳しい取捨選択の判断基準を自らに課しているはずだ。

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TFUL 282の特徴を表わす形容の1つとしてPAが 「weird」という単語を使っていることからも分かるように、その閉じた球体は「岸辺のない海」のような超自然的な、この世のものとは思えない異界から降り注ぐ一雫のメッセージ(凸面鏡の歪んだ像を映す)のようにも思えて来る。例えば〈Socket〉という「感電ソング」は次のように歌われる──幼い頃、壁のコンセントに触れて「失神」し、生死の境を彷徨う(《天使たちと一緒に歌を歌った》)。しかし背中に羽の生えた天使たちはコソコソと鳩首協議を開いて「まだ死ぬには早い(何か手違いがあったらしい?)」と告げ、下界へ舞い戻す。気がつくと、そこは病室で(口や鼻を)チューブや計器類に繋がれている自分を発見する。医者たちは、どこにも異常は見当たらないと診断を下すのだが、味覚も嗅覚も全く感じられず、殆ど目も見えない‥‥。

原詞は簡潔かつイマジナティヴな「中学生英語」で書かれているので、上記のクドクドしい描写は個人的な想像力で脚色した拙い「作文」に過ぎないが、最終節のセンテンス── 「And sleep is my worst enemy」に留意して欲しい。〈February〉という曲では逆に「Sleep is better」と歌われるからだ。貴重な「臨死体験」の真偽のほどは措くとして、この時の「後遺症」でヘンテコなロック・バンドを組み、ヘンテコな曲を歌うようになったと受け取れなくもないところが無性に可笑しい(取り敢えず死なずに良かった?‥‥ドジな天使たちに感謝しなくてはならない?)。3rdアルバムに収録されていた〈Hornet's Heart〉は「感電男」の話以上にクレイジーな倒錯世界を映し出す。何故なら愛妻の心臓の中に巣喰っているスズメバチを5寸釘で突き刺したいと熱望している「妄想狂」の酸鼻を極める告白なのだから‥‥。ノコギリで切り刻み、心臓(スズメバチ)を摘出して、彼女を調理さえしてしまう血腥い「惨殺劇」は、ある種の猟奇殺人を思い起こさせずにはおかない。

この異常極まりない「カニバリズム」(?)に加えて、〈Hive〉とか〈Hummingbird In A Cube Of Ice〉とか〈1'' Tall〉とかいったタイトル名を挙げるまでもなく、このアルバムには一種のミニアチュール世界や閉じた小空間に何かを閉じ込める(あるいは閉じ込められる)ことへの偏愛や恐怖という強迫観念が見え隠れする。きっとダイヤモンドの中に美少女を幽閉したり、1冊の書物の中に「世界」を丸ごと封印したりするのが大好きな人たちなのかもしれない。〈Heavy Head〉の持ち主である「眠る人」は身体的に何かの打撃を蒙っている「怪我人」なのか、「手錠でベッドに繋がれている」──あの「感電男」もベッドに縛りつけられていた!──ある種の拷問下にある「囚人」なのか、途轍もなく兇暴な「精神異常者」なのか分からないが、「夢」とも「現実」とも及び着かない極限的なシチュエーションの中で(それは「朦朧とした頭」の裡で起こっていることなのかもしれないが)夢見ながら、恐らく死んでいく。PAがレヴューの末尾で眠り→夢について触れているのは鋭い示唆である。ピザを食べ過ぎた読者=あなたは「サントラ」を聴きながら予感する‥‥余り愉しそうな夢ではなさそうだと‥‥。

ここまで来ればTFUL 282の世界が「現実世界」とは別の閉ざされた時空間、一種の密室に他ならないこと、その扉を開く魔法が「眠り・夢・死」という「現実」に穿たれた孔に差し込まれた透明な鍵、秘密の通路への誘導装置であることは疑う余地がないだろう。彼らは「異世界」の住人なのである。それが内部なのか外部なのか、「アンダーグラウンド」なのか「ユニヴァース」なのかは兎も角、彼らが「異邦人」であることに何ら変わりはない。「現実」という壁に開いた亀裂は地上の至る所で仄暗い口腔を覗かせている。「もう1つの世界」への秘密の通路──それが出口なのか、入口なのかは誰にも分からない。《宇宙からの訪問者》のラストに収められた〈Noble Experiment〉とは、言うまでもなく「死」の別名である。1度向こう側へ行って天使たちと戯れたことのある人ならではの「死生観」であろうか。

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〈スタート・レック!〉の後編です。幾ら何でも一挙掲載は長い?‥‥元々2部構成(Star Trek+TFUL 282)だったので、この方が都合が良い(読者をビックリさせる?)ということもありますが、これには執筆中のチョットした逸話が少なからず影響しています。実は前半部を書きながら、何故TVドラマ『スター・トレック』がTFUL 282と結び付くのか腑に落ちなかった、後半部まで書き進めてCD裏ジャケの曲目リスト「5. Star Trek」を確認するまでは‥‥。そうか、そういうことだったのか !!‥‥と、独り夜中に興奮しましたね。本人は忘れていたつもりでも、「脳内記憶」がシッカリと無意識裡に記憶=保存していたことに。まぁ、究極の1人ボケ〜1人ツッコミですが、この時の驚きの何分の1かでも読者に体感して欲しいという想いから、前・後編に分載してみました。

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  • TFUL282のサイトから「audio sample♪」をDLすると、iTunesで曲の一部を試聴出来るようになります。〈Star Trek〉〈Cup Of Dreams〉をクリックしてね

  • 《Bob Dinners & Larry Noodles Present...》(Communion 2001)以降、休眠中(子育てに忙しい?)ですが、この人たち、頭がおかしいんじゃないの^^

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Strangers From The Universe

Strangers From The Universe

  • Artist: TFUL 282
  • Label: Matador
  • Date: 1994/09/12
  • Media: Audio CD
  • Songs: My Pal the Tortoise / Socket / Bomber Pilot WWII / Hundreds Of Years / Guillotine / Uranium / February / Pull My Pants Up Tight / Cup Of Dreams / The Oxenmaster / The Operation / The Piston And The Shaft / Communication / Noble Experiment


Funeral Pudding

The Funeral Pudding

  • Artist: TFUL 282
  • Label: Ajax
  • Date: 1995/01/01
  • Media: Audio CD
  • Songs: Waited Too Long / Flames Up / Firing Squad / *** / 23 Kings Crossing / Heavy Head / Give Me Back My Golden Arm / Sidewinder / The Invitation


Mother Of All Saints

Mother Of All Saints

  • Artist: TFUL 282
  • Label: Matador
  • Date: 1994/08/19
  • Media: Audio CD
  • Songs: ... / A Gentleman's Lament / Catcher / Hornet's Heart / Star Trek / Tell Me / Heaven For Addled Imbeciles / Hive / Hummingbird In A Cube Of Ice / None Too Fancy / Wide Forehead / Infection / Pleasure Circle / Tight Little Thing / Hosanna Loud Hosanna / Tuning Notes / ...

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コメント 4

こにゃ

こんばんにゃん^^ 丸い~まん丸~~♡
このお屋敷で“殺人”が起こったのですか??
後ろに隠れているにゃこも気になるのですけど・・・・。

前記事の話なのですが『スター・トレック』って
こんなにシリーズがあったのか・・・しかも話数も多っ!
どこから観たらいいのかしら、映画版だけでもいい??
by こにゃ (2007-02-01 23:06) 

sknys

こにゃさん、コメントありがとう。
ネコを虐待していたオジさんが、
猫の目の前で惨殺された!‥‥というのは嘘ニャン。
『びっくり館の殺人』(綾辻行人)のタイトルをモジっただけです。
そりゃ「猫屋敷」なので、そこらじゅう猫だらけ^^

『スター・トレック』を視るなら、TNG(The Next Genaration)ですね。
このシリーズは、ジャン=リュック・ピカード艦長
‥‥シェークスピア俳優(の演技)がピカピカ光っている^^
スキンヘッドのパトリック・スチュワートは、こにゃさん好み?

映画版は『ファースト・コンタクト』(1996)が笑えますよ。
‥‥天敵ボーグ絡みのタイムスリップものなので、
TVシリーズを視ていないと分かり難い部分もありますが。
by sknys (2007-02-02 00:50) 

sknysさーん ▼o・_・o▼コンニチワ♪
いやー、互いに性を入れ違ってましたですね(爆)
それでもいい感じしますけど( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

カスタマイズではかなりお世話になりました。
これからも、いろいろな技をお願いいたします!!

それ以外でも、にゃんこ好きの私としましても、とても楽しいブログです。
実はチャトラの♂で生後3ヵ月前後のにゃんこを探しているのです。
実家がずっと猫を飼っていまして、初代は13年生きたのですが、2代目がなんと不慮の事故で2年足らずで亡くなってしまい、実家の両親がガックリきているのです。実家はマンションですので、猫は完全に家猫になりますが、情報を求めています。

私も次に引越しする時は、ペットOKのところにしてニャンコ生活をしたいです♪
by (2007-02-03 11:59) 

sknys

松matsuさん、コメントありがとう。
HNやタイトル、記事(テーマ、文体)だけではなく、
使用しているスキン・イメージにも「性別」があるのかな?

金井美恵子が文庫版『噂の娘』の巻末インタヴューで
次のように応えていました。
──女性の読者しか想定していない。男性は読むことで女性化する。
私に選ばれた読者なのだ(←立ち読みなので、ウル覚え!)
‥‥男女の性差は余りないという立場ですね^^

昨年5月、近くの公園に仔猫が捨てられていた。
http://blog.so-net.ne.jp/sknys/2006-10-26#bleau
このまま放置すればカラスどもの餌食になってしまう。
かといって、その日に里親を見つけるのも難しい。
捨て猫〜里親探しの情報ネットワークがあれば良いのですが。
どこかのブログで見た記憶が‥‥。
by sknys (2007-02-04 00:05) 

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