SSブログ

アルゼンチン・ミュージック [m u s i c]



アルゼンチン=タンゴという旧来のイメージはゼロ年代に入ってから完全に払拭された。今は亡きヴァージン・メガストア新宿で《Segundo》(Blabla 2000)に出逢った時の衝撃は忘れられない。「アルゼンチン音響派」と称されることになるJuana Molinaのアルバム。倉多江美の自画像みたいなイラスト・カヴァのデビュー・アルバムが不如意だったという彼女の放った面目躍如たる2ndアルバムだった。金髪が横顔を覆い隠すミステリアスなカヴァ・アートも斬新で、決して素顔を晒さない「ヘン顔の女たち」は最新6thアルバム《Wed 21》(Crammed Discs 2013)まで継承されている。『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS 2013)は2000年以降にリリースされたアルバム250枚を「オール・ジャンルで紹介した本邦初のディスク・ガイド」本。音響派、コンテンポラリー・フォルクローレ、エレクトロニカ、ジャズ、ロック、ポップス、タンゴなどを「水」「風」「光」「空」「大地」という5つの章に振り分けて構成。21世紀のアルゼンチン・ミュージックはボルヘスやイサベル・アジェンデなどのラテン・アメリカ文学と同じような血湧き肉躍る知的興奮で魅了する。

  • ◎ Ventanas(Calle Angosta 2009)Aca Seca Trio
  • Juan Quintero(ギター)、Andres Beeuwsaert(ピアノ)、Mariano Cantero(ドラムス、パーカッション)によるトリオの強みは3人が歌えること。3rdアルバムの中でも美しいヴォーカル・ハーモニーのアカペラ〈Pobre Mi Negra〉を披露しているし、フルートやチェロ、コントラバスを配した室内楽風のインスト〈Distancia〉も演奏する。Juan Quinteroが洒脱にスキャットする〈Pasan〉、Liliana Herrenoの凄みのあるヴォーカルを3人のコーラスが好サポートした〈Cancion De Las Cantinas〉、フレット・ベースが躍動する6拍子の〈Esa Tristeza〉、Tatiana Parraが優しく歌う〈Casa〉‥‥。ジャズというよりも洗練されたコンテンポラリー・フォルクローレでリスナーを魅了する。リニューアル・カヴァのリイシュー盤(2011)にはライヴDVDを同梱した2枚組もリリースされている。

  • ◎ Aguaribay(Cecilia Zabala 2007)Cecilia Zabala
  • 透明な高音ヴォイスが澄み切った青空に広がり、軽やかなアクースティック・ギターの音色が爽やかな風に乗って流れて行く。ブエノス・アイレス生まれの女性SSW、Cecilia Zabalaのデビュー・アルバムには全15曲(オリジナル7曲、カヴァ8曲)を収録。彼女の顔(唇)とギターの一部がトリミングされているアルバム・カヴァ写真が示唆しているように、全編ギター弾き語りのスタイルで、それ以外の楽器は全く使用していない。シンプルこの上ない「声とギター」だけのサウンドなのに平板でも凡庸でもないのは、Quique Sinesiに師事したという7弦ギターやレキント(Requinto)という小型高音ギターの演奏が卓越しているからだろう。アルバム・タイトル曲〈Aguaribay〉ではSilvia Iriondoとスキャット、Quique Sinesiとギターで師弟共演し、〈Tango~Incertidumbre〉でJuan Faluと男女デュエットする。Juan Quintero(Aca Seca Trio)やAtahualpa Yupanquiのカヴァも、彼女のオリジナル弾き語り曲と同じようなアレンジで聴かせる。

  • ◎ Zorzal(Los Anos Luz 2005)Axel Krygier
  • 黒地に金色の小鳥(ツグミ)のシルエッットがピカピカ輝く。「アルゼンチン音響派」の1人、Axel Krygierの3rdアルバムはシックなカヴァに反してメチャクチャ愉しい。Fernando Samalea(ドラムス)、Christian Basso(ベース)のリズム隊にAxel Krygierはヴォーカルだけでなく、ピアノ、バンジョー、オルガン、サックス、トランペット、クラリネット、フルート、ローズ・ピアノ、4弦ギター(Cuatro venezolado)、ギター、シンセ、クラヴィネット、サンプラー、ビート・ボックス‥‥というマルチ奏者ぶりを発揮する。Alejandro Franov(シタール)やGaby Kerpel(ダルブッカ・サンプリング)など音響派も多数ゲスト参加している。アフロ、フォルクローレ、ファンク、テクノ、レゲエ‥‥という風に目紛しく変わって行く脱力ミクスチャー、無国籍音楽(エキゾチカ)で、いわゆるアヴァギャン系の難解さは微塵もない。「ジャン、ケン、ポン。あっち向いてホイ!」という日本語も飛び出す茶目っ気ぶりなのだ。

  • ◎ 39°(Los Anos Luz 2007)Lisandro Aristimuno
  • 熱に魘されて描いた絵は平熱に下がってから見直すと、夢から醒めた時のように色褪せてしまうものだが、何か尋常でないものの残滓が妖気のように浮遊していたりする。「39度」と題されたアルバムはLisandro Aristimunoが高熱を発して寝込んでいた時に書き留めたアイディアが元になっているという。チェロ、チャランゴ(Charango)、チューバ、トロンボーン、トランペットなどが奏でる優雅なフォルクローレで始まり、次第に奇妙なエレクトロニカ色へ染まって行く。タップダンスが弾け、逆回転エフェクトが流れるアルバム・タイトル曲〈39°〉、Mariana Barajがコーラスや大太鼓(Bombo legüero)で参加した〈Algun Lado〉。Liliana Herrenoとデュエットする〈El Plastico De Tu Perfume〉。タンゴ歌手のCristobal Repettoが客演した〈El Buho〉ではギターやチェロ、グロッケンシュピール、ロンロコ(10弦ギター)だけでなく、不気味な声で鳴くフクロウまで登場する。まるで朦朧状態の中で見る幻覚や夢の中に出て来るフクロウのようである。

  • ◎ Miniatura(Lucio Mantel 2010)Lucio Mantel
  • 魚貝類やボタンなどを集積コラージュしたアルチンボルド風のトロンプ・ルイユ(騙し絵)は猪や犀の横顔のようにも見える。Lucio Mantelの2ndアルバムは少々グロテスクに見えなくもないカヴァとは対照的にロマンティックな詩情で溢れている。Lucio Mantelのギター弾き語り、Andy Inchaustiのパーカッションにヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ヴィブラフォン、チューバ、トロンボーン、クラリネット、フルートなどのオーケストラを融合させた優雅で麗しいサウンドに魅惑される。ゲスト・ヴォーカルにLiliana Herreroを迎えた〈Desvelada〉には圧倒されるし、Ezequiel Borraがギタレレ(ミニギター)とコ ーラスで客演した〈Bailar Con Tu Sombra〉は美しすぎて涙が零れる。Lucio Mantelの中性的なヴォイスは愁いや儚さを湛えているだけでなく、〈Polka Mar〉のように暗鬱なストリングスやAlejandro Teránのクラリネットと混じり合い、退廃的な美を抽出している。

  • ◎ Mate De Metal(Julian Mourin 2012)Julian Mourin
  • 蛇口から滴るカラフルな水滴が如雨露(カップ)に溜まり、溢れた水(紐)がスパークプラグと反応してアンプ・スピーカーに繋がるという見立ての、どこか空を飛ぶ鳥を想わせるカヴァ・アート。Julian Mourinのソロ・アルバムは思わず一緒に口ずさみたくなる曲が少なくない。Julian Mourinのヴォーカル、ギター、ピアノ、キーボード、パンディロ、プログラミング、コンガ(Tumbandora)、タンボール・ピアノ(Piano Tambor)、トライアングルに、Belen Ile、Ezequiel Borra、Lucio Mantel、Gabi La Malfa、Gato Perezなど、総勢20名以上のゲストたちがヴォーカルやコーラス、ギター、パーカッションで参加。Caetano Velosoを彷彿させる優しいヴォイスと親しみやすいメロディなのに〈Chinchulin〉はサビまで5拍子だったりする。Lenine風の〈Otro Espejo〉は子供たちのコーラスで盛り上がる。12曲+シークレット・トラックとしてアルバム・タイトル曲〈Mate De Metal〉が隠されている。フリー・ダウンロード版の「デジタル・アルバム」は1曲多い全14曲入り!

  • ◎ Los Senderos Amarillos(Sony / BMG 2008)Loli Molina
  • ブエノス・アイレス生まれの女性SSW、Loli Molinaちゃんのデビュー・アルバム(当時20歳)。いわゆる生ギター弾き語りタイプの自作自演歌手で、あどけなさの残る顔立ちから発する舌っ足らずのロリータ・ヴォイスはVanesa Paradisを想わせなくもない。Nico Cotaのプロデュースによるアルバムは土臭いフォルクローレではなく、都市生活者のための洒落たポップス。ローズ・ピアノ、ウーリッツァー、ムーグ・シンセ、メロトロンなどの柔らかなエレクトリック・サウンドに包まれてLoli Molinaのヴォーカルが軽やかに浮遊する。Andres Beeuwsaert (Aca Seca Trio)がピアノで客演した〈Si〉はノスタルジックで、6拍子の〈Alma De Agua〉やファンク調の〈Hamacas〉にはメランコリックな倦怠感さえある。〈Karma Chameleon〉のアクースティック・カヴァも違和感なくハマっている。2ndアルバム《Si O No》(2011)では垢抜けて、より美しく洗練されたルックスに変身した。

                        *


                        *
    • 『アルゼンチン音楽手帖』の中から、本ブログで未紹介のアルバムを選んでみました

    • 「RSSフィード」が表示されない不具合(Q&A)を修正しました(2013. 11. 11)
                        *




    アルゼンチン音楽手帖

    アルゼンチン音楽手帖

    • 著者:栗本 斉
    • 出版社:DU BOOKS
    • 発売日:2013/06/07
    • メディア:単行本
    • 目次:まえがき「オーガニックでボーダレスなアルゼンチン音楽の世界へ」「21世紀のアルゼンチン音楽」/ 第1章 水 -Aqua- / 特別寄稿 橋本徹「素晴らしきメランコリーのアルゼンチンをたずねて三千里」/ ...


    Ventanas

    Ventanas

    • Artist: Aca Seca Trio
    • Label: Calle Angosta
    • Date: 2011/09/20
    • Media: Audio CD
    • Songs: Paloma / La Manana / Ventanas / Pobre Mi Negra / Distancia / Chiquita / Pasan / Cancion De Las Cantinas / Esa Ttisteza / Solitario / Casa


    Aguaribay

    Aguaribay

    • Artist: Cecilia Zabala
    • Label: Gobi R.
    • Date: 2009/09/22
    • Media: Audio CD
    • Songs: Maravilla / Si Llega A Ser Tucumana / Aguaribay / A Pique / La Luz De Tu Mirada / Doa Ubenza / Aire Soy / Vidala Para Mi Sombra / Tango~Incertidumbre / Los Ejes De Mi Carreta / Hermano / Chacarera De Un Triste / Zamba Para La Viuda / Aguaribay


    Zorzal

    Zorzal

    • Artist: Axel Krygier
    • Label: Los Anos Luz Discos
    • Date: 2007/07/31
    • Media: Audio CD
    • Songs: Vamos Los Gauchos / Dnde Estars Hermanita? / Princesa / Zorzal / Rosebud / Sentimiento/Pensamiento / Emppate! / Looking 4 The Summer Hit / Para Que No Te Fueras / Hablame Por Favor! / Jan Ken Pon / Ya Me Voy


    39°

    39°

    • Artist: Lisandro Aristimuno
    • Label: Los Anos Luz Discos
    • Date: 2007/08/07
    • Media: Audio CD
    • Songs: Me Hice Cargo De Tu Lus / Pluma / Algun Lado / 39° / Tus Canciones / Demasiado / Pez / El Plastico De Tu Perfume / El Beso / Para Vestirte Hoy / El Buho / Despedida


    Miniatura

    Miniatura

    • Artist: Lucio Mantel
    • Label: EDICION DE AUTO
    • Date: 2010/12/24
    • Media: Audio CD
    • Songs: Punto De Fuga / Adentro O Afuera / Mi Memoria (Nadando En El Sueno) / Desvelada / Mar Interior / En El Siguiente Suspiro / Polka Mar / Bailar Con Tu Sombra / Solar / Miniatura No1


    Mate De Metal

    Mate De Metal

    • Artist: Julian Mourin
    • Label: Julian Mourin
    • Date: 2013/01/08
    • Media: MP3
    • Songs: Cancin Para Despertarla / De Paja Y Madera / Huinserf / Chinchuln / La Vie / Nuevos Buenos Aires / Abundancia / Donde El Cero Es Lucero / Lgrima Suelta / Rimas Imn / Otro Espejo / Rio Amigo / Yosequest / Mate De Metal


    Los Senderos Amarillos

    Los Senderos Amarillos

    • Artist: Loli Molina
    • Label: Sony Import
    • Date: 2008/11/19
    • Media: Audio CD
    • Songs: Hasta El Mar / Vacío & Silencio / Cuandarbol / Alma De Agua / Algo Quizá / Bailo / Miel / Hamacas / (Vamos?) / Karma Chameleon / Ricardito

    コメント(0)  トラックバック(0) 

    コメント 0

    コメントを書く

    お名前:
    URL:
    コメント:
    画像認証:
    下の画像に表示されている文字を入力してください。

    トラックバック 0