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アリ・アップ・リップ(RIP) [m u s i c]



某大型CDショップ内を徘徊してアルバムを物色していると、Ari Upの特集コーナーが目に入った。立て看板風のディスプレイ棚にAri UpやThe Slits関連のアルバムが数枚並んでいる。今どき粋な趣向だなと目を細めて眺めているうちに、不意に「追悼」という2文字が目に飛び込んで来た(目には見えていたけれど、脳が知覚を拒んでいたのだろうか?)。Ari Upが死んだ!?‥‥寝耳に水の訃報に茫然自失してしまう。全国誌には死亡記事は載らなかったものの、ネット上では既に彼女の「死」が報じられていた。その情報元が義父の公式サイト「ROTTON TALK」だったことにも驚いたが、Ari Upの「死」の前では、John Lydon (PIL)が彼女の母親(何歳?)と結婚していたという仰天事実も霞む。Ariane Daniele Forster、2010年10月20日逝去(享年48歳)。死因は「重篤な病」(a serious illness)としか公表されていないけれど、英語版Wikipediaには「癌」(cancer)と書いてある。

もし長期に渡る癌疾患ならば、28年振りにリリースされたThe Slitsの3rdアルバムの録音時にAri Upは遠からぬ自分の「死」を覚悟していたことになる。再結成にも参加しているオリジナル・メンバーのTessa Pollittにも報らされていなかったくらいに、その病状が徹底的に伏せられていたとしたら、マスコミ・メディア(音楽業界)やファンが気づくはずもない。彼女の「死」によって、The Slits関連のアルバムが別の意味を帯てくる。たとえば、John LennonやMichael Jacksonの「死」が彼らの生前の音楽を変化させたように、ミュージシャンの「死」が、その過去に影響を与えるということがあるのだ。リスナーは全く情報のない真っさらな状態で純粋に音楽だけを聴いているわけではない。特にインターネット時代のポップ・ソングは有象無象の情報で着膨れしている。Ari Upが遺した音楽も異なった相貌を見せるだろう。一体どのような気持ちで彼女の「死」と音楽に対面すべきなのか途方に暮れる。誰もが出来るならば追悼文や追悼記事は書きたくないのだから。

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The Slitsの《Cut》(Island 1979)はThe Pop Groupの《Y》(Radarscope 1979)とペアで語られるべきアルバムである。Dennis Bovell(Matumbi)のプロデュースというだけでなく、2枚共に土俗的なヌード・カヴァで彩られているのだから‥‥。土偶のような仮面を被った原住民たちの《Y》に対して、《Cut》はメンバー3人が腰蓑だけを纏った泥塗れの半裸体を晒している。左からViv Albertine(ギター)、Ari Up(ヴォーカル)、Tessa Pollitt(ベース)の3人娘の肢体は女戦士アマゾネスを想わせるけれど、なぜか4人目のメンバーがカヴァに写っていない。裏ジャケには「Created by the slits and Palmolive」とあることから推察すると、恐らくアルバム録音後にPalmolive(ドラムス)が離脱して、The Raincoatsに加入してしまったということなのだろう(「Drummer Budgie」という記載もあるので録音中かもしれない)。一説によると、Palmoliveがアルバム・カヴァのコンセプトに同意しなかった、つまり「泥ん娘ヌード」になるのが嫌だったとも考えられる。

変則5拍子の〈Instant Hit〉、裏リズムの〈Spend, Spend, Spend〉、万引きを奨励する〈Shoplifting〉、8ビートとレゲエのリズム変化が鮮やかな〈Typical Girls〉‥‥。The Slitsが何故パンクからレゲエ〜ダブへ変貌したのかは良く分からないが、Dennis Bovellがプロデュースすることで比類なきサウンドを創出している(30年を経て「歴史的名盤」となった)。黒くて太いベース、重いドラムス、浮游するギター、気怠いヴォイスと少女っぽいコーラスなどがエコー&ディレイ処理加工されることで、虚無的な奥行きと原始的な広がりを得た。底なしのドロ沼の中にズブズブと嵌り込んで行くような恐怖感と、鬱蒼とした森の中に迷い込んでしまったような孤独感が混在する世界。パンクとレゲエを融合させて商業的に成功したのはThe Police(Sting)だが、ClashやPIL、The SlitsやThe Pop Groupなど、レゲエ〜ダブの実験的な試みが後世に与えた影響力は測り知れない。ダブとは「言葉」が暴力的に剥奪されたアナーキーな音響空間なのである。

《New Age Steppers》(On-U Sound 1980)はNASのデビュー・アルバムという以上に、On-U Soundによる第1弾フル・アルバムという記念碑的な意味もあった。レーベルを主宰するAdrian Sherwood(プロデューサ)の許に集結したミュージシャンは、Ari Up、Mark Stewart(ヴォーカル)、Viv Albertine(ギター)、Bruce Smith(ドラムス)など、The SlitsとThe Pop Groupが合体したようなメンバーで、言うまでもなくレゲエ〜ダブ色が濃い。Ari Upが歌う〈Fade Away〉はJunior Bylesのカヴァ、Mark Stewartの〈Crazy Dreams And High Ideals〉は過激なThe Pop Groupとは一線を劃したレゲエ〜ダブとなっている。ダビーな〈Animal Space〉はThe Slitsの持ち歌(レパートリー)で、彼女たちの2ndアルバム《Return Of The Giant Slits》(CBS 1981)にも収録されている。Bim Shermanの〈Love Forever〉では、Ari Upの悲鳴のような高音ヴォイスとダブ・エフェクトが堪能出来る。

ボーダー柄のシャツを着たリーゼント風の若者(顔はジープで隠されている)が車のタイヤをフラフープのように回し、乳児顔のサッカー選手がボールを蹴るコラージュ・カヴァとは裏腹に、軽快なステップを踏んで踊れない曲が多い。一概にレゲエ〜ダブ・サウンドといっても、Dennis BovellとAdrian Sherwoodのプロデュース・アルバムでは印象が大きく異なる。奥行きと広がりのある懐の深い嫋やかな黒髭(Blackbeard)に比較すると、Adrian Sherwoodは技巧的で鋭く冷たいメタリックな感触がある。インダストリアル・ノイズにも通底する無機質感と言ったら良いか(音が減退してスカスカに感じる瞬間もある)。在英カリビアン(Barbados)と英国白人、ミュージシャンとDJ(ミキサー)という気質の違いもあるのだろうか?‥‥肉感的なThe SlitsにはDennis Bovellのダブの方が相性が良いような気もする。一方、Adrian Sherwoodとタッグを組んだMark Stewartはレゲエ〜ダブからテクノ〜トランス的なサウンドを追求して行く。

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Ari Upのソロ・アルバム《Dread More Dan Dead》(Collision 2005)はレゲエとラップ〜ヒップホップを融合させたラガマフィン・スタイルが多く、暗鬱なレゲエ〜ダブは後退している。打ち込み主体のエレクトロ・サウンドに乗った彼女のヴォーカルもThe Slits時代よりも軽快で力強い。Gary Puckett & The Union Gapの大ヒット曲〈Young Girl〉をパロった〈Young Boy〉に意表を衝かれ、ドラムンベース風の〈Kill Em With Love〉に酔い痴れ、Terravovaがゲスト参加したスラッシュ・メタル・レゲエの〈I'm Allergic〉に度肝を抜かれる。〈Baby Mother〉のインストと〈Me Done〉のアカペラ・ヴァージョンを併録。リスナー各自がヴォーカルとインスト・トラックを録音して投稿するコンテストを行ない、最優秀曲は次の12インチ盤に収録されるという元祖DIYミュージシャンらしい企画も用意されていた。The Slits〜Ari Upが後進のガールズ・バンドに切り拓いた道は決して小さくない。もし彼女が存在しなかったら、M.I.A.もデビューしていないかもしれない。映像特典として〈Me Done〉のPVも付いている。


衝撃の「泥ん娘ヌード」から30年!‥‥2009年にThe Slitsのニュー・アルバムが聴けるとは思ってもみなかった。Ari UpとTessa Pollittを中心に再結成された新生The Slits(女5人組)の3rdアルバム《Trapped Aminal》(Sweet Nothing 2009)は前半こそヒップホップ〜ラップ調のエレクトロ・ビートに拍子抜けするけれど、姦しいスカ・ナンバーの〈Peer Pressure〉やレゲエ〜ダブの〈Partner From Hell〉、〈Babylon〉以降の後半になると本領を発揮。Adrian Sherwoodのミックスも冴え渡り、ズブズブとダブの底なし沼の竜宮城へ沈んで行く。何よりも虚を衝かれたのは、日本語で歌っている〈Be It〉(恐らく日本人女性のヴォーカルだと思う)。さらに驚くべきことに、〈Had A Day〉の中で〈荒城の月〉の一節が歌われているのだ。しかも少しも異和感の感じられないところが不思議?‥‥30年の捩れた時空を超えて日本に漂着してしまった元パンク少女みたいな気分かしら。シークレット・トラックとして〈Reggae Gypsy〉のダブ・ヴァージョンも収録されています。

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30周年記念の《Cut》(Island 2009)は「Deluxe Edition」としてリイシューされたが、このリマスター・シリーズは未発表デモやライヴ・ヴァージョンを加えて無理矢理CD2枚組に仕立てなような感じがして好きになれない(New Orderの「Deluxe Edition」は発売直後にメンバーからボーナス・トラックの音質にクレームが付いて回収騒ぎになった)。通常盤と限定盤の2種を同時にリリースするニュー・アルバムと異なって、購入者に選択の余地がないことも気に入らない。The Slitsの「Deluxe Edition」もオリジナル・アルバム(全10曲)に8トラック・デモ、BBCライヴ、ラフ・ミックス、アウトテイクなど30曲が2CDに、これでもかと言わんばかりに追加収録されている。「歴史的名盤」の資料的な価値はあるかもしれないけれど、一部の音楽マニアや研究者以外のファンにとっては余計な付録物という気がする。分厚く不格好になったデジパック仕様(2CD)もアナログ・アルバムのアートワークを台無しにしている。どうして版元のレコード会社は最新オリジナル・リマスター盤(1CD)を出さないのだろうか。アリ・アップ・リップ(RIP)‥‥合掌。

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Cut

Cut

  • Artist: The Slits
  • Label: Koch Records
  • Date: 2005/01/25
  • Media: Audio CD
  • Songs: Instant Hit / So Tough / Spend, Spend, Spend / Shoplifting / FM / Newtown / Ping Pong Affair / Love Und Romance / Typical Girls / Adventures Close To Home / I Heard It Through The Grapevine / Liebe And Romanze (Slow Version)


New Age Steppers

New Age Steppers

  • Artist: New Age Steppers
  • Label: On-U Sound
  • Date: 2000/04/25
  • Media: Audio CD
  • Songs: Fade Away / Radial Drill / State Assembly / Crazy Dreams And High Ideals / Abderhamane's Demise / Animal Space / Love Forever / Private Armies


Dread More Dan Dead

Dread More Dan Dead

  • Artist: Ari Up
  • Label: Collision Cause Chap
  • Date: 2005/07/12
  • Media: Audio CD
  • Songs: Baby Mother / True Warrior / Exterminator / Me Done / Young Boy / Bashment / Kill Em With love / Allergic / Can't Share / Can't Trust The Majority Mass / Baby Mother (Instrumental) / Me Done (Vocal Only Version)


Trapped Animal

Trapped Animal

  • Artist: The Slits
  • Label: Narnack Records
  • Date: 2009/10/20
  • Media: Audio CD
  • Songs: Ask Ma / Lazy Slam / Pay Rent / Reject / Trapped Animal / Issues / Peer Pressure / Partner From Hell / Babylon / Cry Baby / Reggae Gypsy / Be It / Can't Relate / Had A Day / Dubby Gypsy

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